ここだけの話ですが、僕もよく道を聞かれるんです


ここだけの話ですが、僕もよく道を聞かれるんです

夜も生でさだまさし 。昨日のアメリカ独立記念日の夜中、僕はこちらのTVJapanで放送されたさだまさしさんの「今夜も生でさだまさし 」を楽しく拝見していた。でもこの放送はすでに過去のものになっていて日本ではどうやら5月31日に放送されたものらしい。

あぁ、どうしてこんなことをするのかなぁ、今までは日本で放送されたのとほぼ同時に海外でも視聴することができたのになぁ、と不思議がっていたんだけど、放送中のある視聴者からの葉書をさださんが読んでいるところでだいたいの想像ができた。

あるオランダからの視聴者からの手紙を読んでいるさださん、どうやらその視聴者は海外からでも同時にリアルタイムで今ではインターネットのサービスを利用すれば日本のテレビを見れるんですよ、ということを伝えたいらしかった。

サーバーは日本に置いてあってそれに海外から接続するから大丈夫というようなことを言っていたんだけどそこでさださんが隣に座る構成作家の井上知幸さんに尋ねる、大丈夫なの? みたいに。

すぐさま井上知幸さんの反応、「NHK的には○○です」と応えていた。音声だけでその井上知幸さんのしぐさが見えなかったのでなんともいえないけど、多分さださんに向かって×のサインを出していたんだと思う。

一瞬、さださんの顔に緊張が走るのが見て取れた。周りの職員にもその動揺がかすかに伝わったのだろう、さださん、必死になってその場の雰囲気を楽しいものに作ろうとしている空気が読めちゃったんだよね。

日本に住んでいる人にはあんまり関係ないけど、今年の5月にある事件が起こってねぇ、それが日本のテレビを海外からでも視聴ができる、ということと非常によくからんでいるんだよ。だからNHKでも敏感だったんじゃないかなぁ、と想像するわけ。( 日本のテレビ番組を無断で海外に有料配信、警視庁が社長ら逮捕  )

本来ならば日本と同じ時期に放送していたさだまさしの「今夜も生でさだまさし 」を1ヶ月遅れて海外では放送させる。残念だけれど、まっ、しょうがないか!

なんで自分に!

がすっかり最初からずれてしまったけれど、その番組内の葉書を読んでいるところで僕にも当てはまるある現象を抱えている人からのお手紙。その人曰く、普段からよく道を訪ねられるらしい。住んでいる場所に限らず、どこかへ出かけた際にも土地の人間でないに関わらず道を聞かれるらしい。

これを聴いてさださん、この道を聞かれてわからなかったときの日本人の反応が好きだと。知りません、わかりせん、とただ応えればすむところをどうしてこうも申し訳なさそうに、あぁ、あそこはねぇ、とかえぇっとねぇ、と必死になって考えて、ちょっとわからないねぇ、と申し訳なさそうに応える。この気持ちはよくわかります。

そうなんです、僕も非常によく道を聞かれるからです。あんまり出歩かないから毎日とか言うわけではないんだけど、それでも忘れた頃にふと何気に人から道を尋ねられることが多い。一日に2度も、というときも稀に起こるから不思議!

本当に不思議なんだよねぇ、どうして周りにたくさん人が僕の他にもいるじゃん! と思っていてどうして僕をピックアップするのかなぁ、と何か話しかけやすいオーラとか、こいつなら知っていそうだ、という顔でもしているのだろうか?

でもねぇ、道を良く聞かれる人って知らない土地、初めて訪れる場所でも必ず聞かれるからね、ほんとマジで! えっ、ローカルの人間じゃないからわからないんだけど、というか明らかに地元の人間じゃない素振りをしているんだけど、どうしてこうも声をかけられるのか? 一つ理由があるとすれば、歩くときの姿勢かなぁ?

日本にいるときには(高校生の頃まで)下斜め前45度辺りを見ながら歩いていたんだけど、ニューヨークにきて変わったというか、いつの間にか前方斜め20度から30度上を見ながら歩いている。

こうやって歩くと考えたんだけど多分気持ちのよさそうな顔して歩いているんだと思う。いろんな景色を楽しみながら、人々の服装、顔色、動作を観察したり、お店とか街並みの風景を、気持ちのいい天候を味わいながら歩いている時が僕自身非常に多い。

そうするとねぇ、多分脳内でアルファ波が出ているから、それが周囲に自分の周りにすーと入ってこれる環境が作り出されているんじゃないかなぁ、と考えた。だから人々は無意識に、あっ、この人に聞いてみよう! という好意に繋がっているんだと思う。

後考えられるのはアメリカ人の目線に合わせて看板とかお店のサインが掲げられているから、自然背の高いアメリカ人の上を見上げるように歩くことになる。こういうこととも関係しているんじゃないだろうか?

初めて行った場所で駅のある方角を聞かれ(僕も探していたんだけど)、マンハッタン以外はあんまり詳しくないタクシーの運ちゃんに道がわからないといって助けを求められ(カーナビを買いなさい!)、観光地でアトラクションの場所を聞かれ(地図を見ろ!)、スペイン語で聞かれ(僕は何人に見えるのだろう?)、とまぁいろいろとある。

番外編としてはスーパーの野菜売り場でキャリア系姉ちゃんにジャガイモの献立はどれがいいと思うと声をかけられたり(おっ、逆ナンパ?)、地下鉄内で女子大学生にホームワークの課題のテーマについてどう思うか訪ねられ(内容が難しすぎてわからなかったけど)、といったものまで、不思議だと思わない?

後信号待ちをしていて年老いたお婆ちゃんに声をかけられたこともある。どうやら信号を一緒に渡ってくれないか、ということらしい。外見から判断するとかなりお年を召したかたなのだろう、信号を一人で渡るより誰かの付き添いでわたったほうが安全だと。

僕は快くOKした。そうしたら、すっと右手を差し出すんだよね、あぁ、手をつないでほしいんだ、と納得。優しく老婆の右手を握り締め、しばしゆっくりと老婆の歩行速度に合わせて横断報道を交差した。

「Sorry, I make you slow」とその老婆は申し訳なさそうにいうんだけど、僕は非常に気持ちがよかった、「No, this is my pleasure. I enjoy it, walking with you」と応えてあげた。そしたらね、ニコッっと笑顔をみせて、とてもチャーミング。

アメリカはねぇ、人に何かを尋ねることに躊躇しない。助けやアドバイスが利用できるのならば聞いてみる、とりあえず聞いてみる、言葉を、コミュニケーションをこちらから投げかけることに躊躇しないんだよね。

まっ、何でもかんでも聞いていいという雰囲気は流石にないけれど、ある程度の空気を読んで何気ない会話をスタートさせる、ということではリラックスな社会的雰囲気なんだろう。人に道を尋ねられる、もしかしたら自分の精神状態がいいときのバロメーターになっているかもしれない!

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