やっぱり変だよ日本の営業 – 宋文洲


やっぱり変だよ日本の営業 – 宋文洲

本のことを良く知っていて、特に外からの視点というか、自分が持っている知識や経験のベースを2国間の文化的というか社会的比較ができる数少ない人材の 宋文洲氏。邱永漢氏もそうであるし、探せば他にもたくさんの物書きが存在していると思う。

邱永漢氏のホームページも毎日更新されるし、宋文洲氏のブログも定期的ではあるが更新されるたびに読む価値のある内容がアップされるので、僕は2つともチェックしている。

回のこの本は前から気になっていた本だったので読むことができたのは良かった。営業というものの古くからあるアイディアを根本的に真新しいものに塗り替えてくれた本は金持ち父さんシリーズの一つ「セールスドッグ」であった。

これを読むとわかるんだけど営業という数々の精神論に基づくと思われる神話などはぜんぜん気にしなくても、誰でも営業というスキルを身につけることができるという内容であった。

日本の営業活動、精神的か科学的か?

本の典型的な営業とはどんなものだろうか? 外回りから始まり、飛び込み営業、泣き落とし、とにかく頑張れ的な精神論、などなど。営業というすばらしいスキル、自分を売り込む、相手に共感する、といったコミュニケーションレベルで自分が向上することができるスキルを人々が遠ざける背景には、日本のこうした精神論に基づく営業的環境の雰囲気が原因としてあると思う。

アメリカでは成功というステージはある程度科学的な訓練を積み重ねれば、実行可能というレベルで捉えられていて、大学で教える一つの科目のように成功という分野は精神論的などこか神秘的なものではなく、充分科学的スキルを駆使して手にすることができるステイタス。

それと同じような感覚で営業もとにかく頑張れ的な精神論ではなく、もっとテクノロジーを利用して数学的に分析するというもの。クラウドコンピューティングやセールスフォース・ドットコム社といった名前を知らない経営者はこの本に書いてあることがすでにもっと進化した形で利用できる社会になっていると聞いてどのように感ずるのであろうか?

負けた理由を営業に求める経営者

つまり、時代に沿ったビジネスを行い、市場での位置を明確に打ち出し、全社レベルの理念共有と情報共有を実現している企業こそが勝つ企業です。勝つための条件を無視し、負けた理由を営業だけに求める経営は怠慢であり、営業の本質を知らないのです。

営業とは「天時、地利、人和」の集大成であり、企業活動そのものです。営業は営業部門だけの仕事であると思う企業は、本当の営業活動をしていません。それで成り立ってきた企業は、営業の要らない時代を生きてきた企業か、営業の要らない商品を作ってきた企業です。

企業全体としての真の営業力を育成しないで、モノが売れてしまうと企業は大変な不利益を被るのです。なぜならば、経営者は勘違いするからです。営業マンが頑張れば頑張るほど、経営者は単純かつ保守的になってしまいます。

けた理由を営業だけに求めたり、もっといいものを作らない製造、製作分野が悪いとか言う言い分もよく聞く話であるけど、この異なった環境にもしお客様、利用者からの視点に立った要点が理解できたとしたら、すべての考え方、行動改善の仕方がカスタマーベースになって内輪的揉め事も解消するのではないだろうか? 経営者は勘違い? している人多いよねぇ!

案内状送付は外部に委託し電話営業は電話上手な社員に頼み、商品説明は営業マンが行い保守はサポートセンターのスタッフにお願いする。このようにしてまず一人の営業マンが川上から川下まで一顧客の面倒を全部見るプロセスをやめることです。

時代の流れ、アウトソーシング

つの会社組織内ですべてを賄う余裕など、今の会社内の体力では到底競争できるレベルを保つことなど難しくなりつつあるのかもしれない。中国の大連にある日本国向けのコールセンターを利用している会社はどれぐらいなんだろうか?

コールセンターだけの範囲には留まらないであろう。単純作業を繰り返しているホワイトカラーの仕事も、今に中国人が、インド人がそれらの知的付加価値サービス分野でも今までの常識を覆していくかもしれない。

海野さんは大手コンサルティング会社・アクセンチュアの代表取締役を退任された後、(  スウィングバイ 2020  )を設立され、その業務の1つとして日本企業の中国への BPO (Business Process Outsourcing) を支援する仕事をされています。私が最も尊敬する経営者の一人です。

・・・中略

海野さんによれば中国が世界一の経済大国となるのは時間の問題であり、そうなれば日本がその影に隠れて存在感がなくなってしまう可能性が大いにあると言います。そのタイムリミットは 2020 年。そうした危機感が「スウィングバイ 2020 」という社名に込められているのだそうです。

中国への BPO というと、日本企業の正社員の仕事を奪うことになりますので、一見、日本のためにならないように見えるかもしれません。しかし、経済がグローバル化して世界がフラットになっている現在の状況において、誰にでもできる仕事をしている正社員に高い給料を払うことは、その日本企業、延いては日本国全体の競争力を著しく弱めることになります。

誰にでもできる仕事は潔くコストの安い人にアウトソースし、正社員は正社員にしかできない付加価値の高い仕事をするべきです。それが、日本の1人当たりの GDP を引き上げることになり、日本を少子化で人口が減少しても国民1人1人が豊かで幸せに暮らし、諸外国からも一目置かれる国にするのではないかと私は思います。

「 OL にっぽん」にも仕事を奪われることを恐れた日本人正社員が、中国人研修生の業務習得の邪魔をするシーンが出てくるようですが、日本人正社員は中国人研修生にできる仕事は彼女たちに任せて、自分はもっと付加価値の高い、自分にしかできない仕事を探すべきなのです。

ャー、耳が痛い、という方。すでに時代というか社会は動いているのですよ! インドやアイルランドが英語圏からのコールセンターという地位を確立しているときに、必ず日本でもこのようなことが起こると感じていたけれど、日本語圏に守られているからと平気な風を装っていた人はどうするんでしょう?

2009 年問題 か来年に迫っていますし、アメリカはこれから大変だろうな、と傍観していないでせっせと自分の周りの土台を築いていくべきなんでしょうね、一人一人が。そのときに営業力って役立つと思うんだけどなぁ。

情による経営に甘える構造

ところで戦後の日本の経営者たちは、いつの間にか家族愛とか社員人生とか社員教育とかを語ることを美徳とする雰囲気が蔓延してきました。そのくせ、経営者は幹部たちに自分の理念とコンセプトを徹底させていないのです。

「社員を家族のように扱っている」、「家族の数に応じて給料を決める」、「社員とその家族を食わせる」などなど。これが日本の経営者がよく口にする自慢話です。一方「トップに惚れているから入社した」、「会社を愛しているから頑張る」、「社長の夢を何とか叶えてあげたい」などと、日本の社員も負けずに忠誠心を表明します。

この延長線で何が起きているかというと、経営者は気持ちのよい社員たちに囲まれて、彼らの努力の犠牲に頼るような経営をしてしまいます。望まなくてもイエスマンが増えて、一緒に裸になってくれる部下たちに囲まれて裸の王様になってしまいます。外部気候の変化に触れることがなくなります。

社員は会社依存症になり、個人としての自立心が薄くなります。与えられているだけに意味を感じ、努力することだけに価値を感じるようになります。その努力が企業全体、社会および個人にとって本当はどのような意味を持つのかについて無頓着になってしまいます。

長い間安定した時期が続くと、このような「情」による経営があたかも通用するかのように見えます。経営者を中心に、企業のすべての従業員は家族のような雰囲気の中で頑張るというイメージが、理想的な日本企業像のように考えるようになりました。これをちょっとでも外れると、日本の文化に合わないと批判する人さえいます。

のような一体感を相手に求める人って多いだろうなぁ。お互いが寄りかかる甘えの文化はもう日本では期待しないほうがいい、というかまだそれらがどこかにあるだろうという幻想を追っている個人は自立する機会を失っている。日本の社会は新しいフェーズに入ったことをもうそろそろ自覚したらどうだろうか?

ITとは

日本の経営者にはITを技術問題だと勘違いし、分からないことを自慢する人がいます。これは大きな間違いです。ITは経営理念の問題です。その理念を理解しないで現場任せで導入しても、期待するほどの効果が出ないのは当然です。

戦後の日本製品が世界のブランドになれた理由の一つはQC(品質管理)運動にあります。今のITは直訳すれば「情報技術」となってしまいますが、実はITはQCと同じく、技術ではなく経営理念なのです。「いかに今の情報通信時代に合う経営を行うか」という経営理念です。

本ではインターネットをサブカルチャー的に捉えられていると聞いて、僕は信じられなかった。社会の重要なポジションを占める人事がテクノロジーの進化についていけていない。そういう人に限って自分の権威を失いたくないから、フラットな関係になるインターネットの世界に疎いのは理解できるけど、そのインターネットを通して得られるアドバンテージを大衆が認知できるレベルにまで社会がコンセンサスを醸成できるといいんだけどなぁ・・・

IT投資の問題点

経営者の多くは、IT投資の効率の悪さにうんざりしています。しかし、その原因は、経営者自身にある場合が多いのです。最大の原因は、投資のほとんどが箱物、いわゆるハードウェアに使われるためです。経営を改善するのはソフトウェアに仕込まれた仕組みやノウハウであり、機械そのものではありません。

つまり、ソリューションを中心にIT投資をしなくてはならないのに、日本ではつい大きなコンピューターを買うことになってしまいます。結局、ハードウェアメーカーが儲かるだけです。2、3年経てばすぐ、「機械が古くなったから取り替えましょう」といってまた別の機械を売り込んできます。

おまけに「古いソフトは新しい機械では動かないから、ついでにソフトウェアも更新しましょう」といって、ソフトウェアの更新も強要します。結局3~5年で数億のシステムを使い捨ててしまいます。

フトは知性そのものだからね。ハードに投資して自分の周りをそれらの箱物に囲まれれば安心してしまうというか思考がそこから停止してしまうんだろうなぁ。これからの経営者は最高経営責任者( CEO )としての自覚はもちろん、最高情報責任者( CIO )としての素養も必要なのではないだろうか?

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