イスラム教、2つのキーワード – ハラルとイスラム国家(イスラム教の理想)


イスラム国家

イスラム教、2つのキーワード – ハラルとイスラム国家(イスラム教の理想)

イスラム国家は、イスラームによって統治される国家。即ち唯一全能の神(アッラーフ)が預言者ムハンマドに下した神勅たるクルアーン、預言者の言行録たるハディース、そしてそれらを基礎として成立したイスラーム法(シャリーア)に基づきムスリムの指導者が統治を行い、ムスリムの同胞としての緊密な結合とすべての政治や社会秩序はイスラームに基づくという理念によりアッラーフの祝福が永久に約束されるとする国家のこと。

従って、ムスリム(イスラム教徒)が多数を占める「イスラム教国」であってもトルコ共和国のように世俗主義を標榜し、シャリーアを廃止している国家は、イスラム国家とは言われないのが普通である。(ウィキペディア参照)

うして同じイスラム教徒の中でもトルコやインド、マレーシアやインドネシアのような国家の平穏な社会を乱すこと無く信仰する宗教を尊重してもらえる社会が存在しているのに、エジプトやシリア、サウジアラビア、パキスタンなどのようにそれらの地域に暮らす人々の不満だけが蓄積していく社会が存在するのであろうか。

経済かなぁ、と・・・エジプトの若者は新しい未来のエジプトを夢見てアラブの春を起こしましたけど、殆ど何も変わっていません。アフリカでは屈指の経済規模でありBRICsの次に経済発展が期待できると言われているNEXT11の一国にも数えられていますが、スエズ運河収入と観光産業収入に依存するところが大きく、政情に左右されやすいというのは残念です。

シリアでは経済活動どころではなく、シリア内戦に拠る被害、毎日生存するためにギリギリの生活環境を強いられています。サウジアラビアはOPECの盟主的存在であり、石油などの天然資源の採掘と輸出が主な外貨獲得源(石油が外貨収入の約90%を占めている)となっている他、これらで獲得した外貨を世界各国で投資運用していることから経済的には潤っています。

石油関連の金持ちは半端ないです。日本人の金持ちと感覚的に違うと言っても何処がどう違うのか・・・努力すること無しに偶々石油という資源が自国内領土に存在し、世界中の需要とマッチしたために金持ちになりました。それも巨万の富。欲しいものがあったら金額など関係なく買う、という行為は、金はいくらでもあるという心理の裏に、これからもずっと在る、努力する必要なし、石油が在る限りという・・・謙虚さがないというか・・・

サウジアラビアはアメリカの存在が怒りそのものなんでしょう。パキスタンもアメリカが関与している国。アメリカは世界の警察だからしょうが無いかもしれませんが、アメリカが関与する場合は必ず資源確保に絡んできます。後はイスラエルの存在です、アメリカが関与してくるのは。どこの中東諸国もアラブの主となり、イスラエルを潰したいのです。

エジプト、シリア、サウジアラビア、パキスタンにハラル経済圏が確立されても、人々は不安定な生活を強いられているかもしれません。エジプトはイスラエルとの関係性に巻き込まれます。アメリカも関与しているでしょう。シリアもイスラエルとの関係性に巻き込まれます。イラクともトルコとの関係性も複雑に絡んでくるでしょう。ここでもアメリカが関与してきます。サウジアラビアからアメリカ軍が撤退するとは考えられません。パキスタンも隣国のアフガニスタンが安定しない限り、ハラル経済圏だけでは心細いです。ここでもアメリカは関与しています。

ハラル経済圏の中でも重要な立ち位置をキープする宗教的指導者や独裁者の倫理観、懐の深さ、将来的なビジョンに拠るところが大きいのは変えることが不可能な事実なのでしょうか? ハラル経済圏発展とともにその圏内で暮らす人々の生活向上を目のあたりにしても、宗教的指導者や独裁者はイスラム教価値観にこだわるのでしょうか?

トルコやインドのイスラム社会

独裁政治の社会にイスラムが根づいている国は、それが怒りの抗議行動の媒体になる – エジプト、シリア、サウジアラビア、パキスタンなどがそうだ。だが、民主的で多元的な社会にイスラムが根づいている国 – トルコやインド – などでは、進歩的なものの見方が広まっていて、さまざまな解釈をしっかりと聞ける場がある。(トーマス・フリードマン著「フラット化する世界」参照)

戦時代の頃のように、大国が発するプロパガンダによって人々の生活が抑圧されているとしたならば、戦争屋、軍産複合体が潤っている構造と同じではないか!イスラム国家に経済的援助、武器提供援助を行う組織の目的は何であろうか。アラブ諸国内にイスラム国家を建設して一番得するのは誰か?アラブ諸国内に緊張感を長く持続させることに拠って利益を獲得するシステムが存在していることは確かだと思います。イデオロギー的な思想は駒となって動いている人々を確保するために利用しているだけ、というのは私の妄想でしょうか?

アラブ諸国政権の問題点

原因の一つは、アラブ・イスラム教国の政府が、過激派に対抗して思想面で論陣を張るのを避けていることだろう。アラブ諸国の政府は、イスラム・レーニン主義者を逮捕して投獄することには熱心だが、現代的・進歩的なイスラム教解釈によってイスラム・レーニン主義者を迎撃するのにはひどく消極的だ。なぜなら、アラブ・イスラム世界の指導者は、ほとんどといっていいくらい、正統な国家指導者ではないからだ。

軍事力で権力の座に就いたために、穏健で進歩的なイスラム教徒として認められておらず、正統的なイスラム政権ではないと強硬なイスラム宗教指導者から非難されたらひとたまりもないという認識がある。だから、アラブ諸国の政権は、過激派に本気で対処せず、投獄するか、金をあたえて外国へ追い払う。そのため、たちの悪い宗教的・政治的空白が生じる。(トーマス・フリードマン著「フラット化する世界」参照)

教的パワーです。ムハンマドの教えが平等の原則と富の再分配と互換性を持ち、また宗教的共同体であるウンマを基礎とする社会主義は可能と主張している、という教えに背くことになるぞ、と何に付け諭されれば自らの行動を自重してしまうでしょう。宗教的指導者がムハンマドの教えに一番近い存在、シンボル的な存在に社会全体が仕立てあげていくと、浄化するシステムは排除されていく仕組みにもなり得ます。

矛盾しているイスラム社会が目指す理想

イスラム教徒の宗教指導者やイスラム過激派・原理主義者が望むような社会の形態というのはどのようなものなのだろうか?

イスラムの学校ではコーランは神の啓示を受けて書かれた書物であり、文学的批判や独創的な解釈は許されないとしている。この神聖な書物は丸暗記するものであって、現代の生活の要求やさまざまな機会に合うように改変されてはならない。しかし、独創的な解釈や批判的な意見を進んで受け入れるゆとりのある文化でないと、独創的な考え方はしぼむ。他の学者に引用されるような世界的に高いレベルの科学論文がアラブ・イスラム世界の大学でほとんど生み出されないとは、それが原因かもしれない。

・・・中略

ダルリンプルは述べている。かりに西洋世界でシェイクスピアがわれわれが研究すべき唯一の課題、われわれの生活の唯一の指針であったなら、たちどころに精神的停滞あるいは後退に陥るだろう。

厄介なのは、イスラム教徒の多くが停滞と力を同時に望んでいることだ。七世紀と何一つ変わらない時代に戻りながら、二十一世紀を支配する。それこそが自分達の教義の生得権、神から人にあたえられた最後の契約であると信じている。彼らが七世紀という沈滞した池に浸かって、なんの進化もない静寂主義のもとで安閉としていてくれるのであれば、お互いになんの問題もない。双方にとって厄介なのは、イスラム世界が求める力は、自由な探求の成果であるのに、自由な探求もそれを許容する哲学や機関もそこに存在しないことだ。

イスラム世界はジレンマに直面している。大切にしてきた宗教をすてるか、人類の技術進化の最後尾の位置にとどまりつづけるか。どちらも望ましくない。現在の世界で力を得て勝者になりたいという願望と、宗教を捨てたくないという願望のあいだの緊張関係を解決するには、自分を爆弾として破裂させるしか方法がない、と考えている人々もいる。御しがたいジレンマにぶつかると、人は腹を立てる。そして攻撃する。(トーマス・フリードマン著「フラット化する世界」参照)

ラル経済圏発展、発達、進化はイスラム教徒社会全体を希望が抱ける存在へと変貌させていくことに繋がるでしょか? 経済よりもイデオロギーを優先するのでしょうか? ハラル経済圏発展の恩恵を受け入れる東南アジア、マレーシアやインドネシア。他にもインドやトルコ、などといった国が存在する中、どこまでイデオロギー絶対主義を貫き通せるのか疑問です。そこまでしてもイスラム社会のイデオロギー理想にこだわるのならば、中東諸国、エジプト、サウジアラビアやパキスタンなどに存在する不満分子は、これからも欧米社会の存在を憎み続けるでしょう。

経済発展は人々に安心をもたらす、富裕化と生活の安全化が進むにつれ、宗教性は薄まっていくという可能性はイスラム教にも当てはまるかもしれません。フェイスブックなどのSNSの存在もイスラム教徒に良い意味でも悪い意味でも貢献するでしょう。イスラム国家起立へ向けての同士を集めるのに利用されたり、ハラル経済発展を加速させるために活用されたり・・・

イスラム教徒の価値観

一方、ムスリムにとっては、『イスラームの良き価値観』とそれに基づく規律によって社会が統制されるため、少なくとも目指すべき体制としてはユートピアとなる。現在イスラーム世界で原理主義が勃興しているのも、腐敗した王政や独裁制にかわってこのようなイスラーム国家を樹立することが、ムスリムの幸福へとつながるという希望が一定程度存在しているためであるとされている。

しかし、仮にイスラーム国家が樹立されたとしても、他のユートピアを唱える政治思想同様、新生政府が現実の諸問題を解決できるとは限らず、ムスリムのイスラーム国家への期待(例えば貧富の格差の解消)はしばしば裏切られる。

更には、支配者の定義する『イスラーム的価値観』に賛同できない場合、ムスリムでも容易に『背教者』、『カーフィル』として断罪されうる。背教であると認定された場合、当該人物はシャリーアの定めるところにより処刑される。同性愛者および婚外性交渉を行った人物に対しても、非ムスリム・ムスリムを問わずシャリーアの定めるところにより処刑が行われる。

また、『イスラーム的価値観』によって国家を運営することを建前としておきながら、実際には国家運営の都合によって『イスラーム的価値観』が体制側に都合の良いものに変貌していくことも起こりうる。(ウィキペディア参照)

動戦士ガンダムのジオン公国独立に向けて地球連邦軍に独立戦争を挑んだ経緯と似ています。当該公国につけられた「ジオン」の国号については、映画『機動戦士ガンダム3 めぐりあい宇宙』でのシャア・アズナブルのセリフによれば、ザビ家によるジオン暗殺の嫌疑をそらすためデギン・ザビが「ジオンの名を使った」とされており・・・ギレンは、ジオン・ズム・ダイクンの唱えた「宇宙市民こそがエリートである」という部分を巧みに利用し、「我ら優良種たるジオンの民が・・・」という形にすり替えて、革命運動は人の革新から宇宙で暮らす人はエリートだから、地球に従う必要はない、とすり替えられました。

2030年には1000兆円規模にもなると言われる巨大市場、ハラル経済圏に私は期待します。東南アジア、マレーシアやインドネシアから勃発したハラル経済圏は、インドやトルコのハラル経済も潤し、中東諸国に広がるイスラム教諸国とは違う歩みを見せ始めるときが一つのターニングポイントになると私は感じています。

2度あることは3度ある?

メリカ、欧米諸国がアル=カーイダなどのイスラーム主義過激派からの攻撃に怯える生活が始まろうとしています。歴史は繰り返す、と言われますがニューヨークが再び標的になる可能性は私の中では大です。空爆が始まり、多くの犠牲者を生み出し、欧米社会への復讐心にとらわれてしまう不満分子は増えていきます。

テロリズムは厄介なんです。先進国側社会に存在している信頼システムを壊してしまえばいいのですから。見えない敵に怯え、自らの行動を自重していく社会はステレスも多く不便で私は大嫌いです。でも復讐心に燃えているイスラム教徒はどこかに存在し、機会を伺っているはず・・・

世界貿易センター爆破事件は、1993年2月26日、ニューヨークの世界貿易センタービル(WTC)の地下駐車場で爆弾が爆発した事件です。犯行はイスラム原理主義テロ組織アルカーイダ(ウサーマ・ビン・ラーディン)とイスラム集団(オマル・アブドッラフマーン)が関与したとされています。これが1度目の攻撃、私はロサンゼルスにいました。

アメリカ同時多発テロ事件は、2001年9月11日にアメリカ合衆国で発生した、航空機を使った4つのテロ事件の総称。イスラム系国際テロ組織アルカイダ実行犯がハイジャックした民間航空機二機が両タワーに次々に自爆突撃をしました。テロリスト含む乗員・乗客・テナント・消防・警察など、あわせて2749人もの死亡者を出す惨事となり、ワールドトレードセンターは崩壊したのです。これが2度目の攻撃、私はニューヨークにいました。

3度目は・・・何でアメリカだけが目立つんでしょうか? ( チェチェン紛争のグローバル・ジハードへの影響はもっと知られていい

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