インド経済成長ストラテジー、その2(インド工科大学)


 ジャワハルラール・ネルー

インド経済成長ストラテジー、その2(インド工科大学)

ンド人の向上心はすごい。そこには頑張ればそれなりの見返りが得られる、というとてつもないインセンティブが隠されている。少しでもいい暮らしがしたい、少しでもいい経済力を得て、次の目標へと進みたい。

日本でもこのようなモチベーションを持つことは可能だろう。しかし、そのモチベーションのエネルギーが断然違う。考えてみるがいい。日本の当たり前のように整備され、とても便利な生活スタイルからこれ以上便利になるとしたらどれぐらいの優遇が用意されているだろうか?

格差社会、といわれるように中流や中流以下の人々がマジョリティーを占める日本社会でもアッパー・ミドル以上の生活では手に入れられる価値あるものに違いがあるのもわかる。しかし、中流もローワー・ミドルもなんとか生きていけるだけの社会的インフラや社会的保障もインドのそれと比べたら贅沢なものなのかもしれない。

日本では当たり前のように手に入る中流やローワー・ミドルの暮らしぶりも、インドの多くの下流に属する人々にはとてもとても贅沢なものだと思う。だからそこから這い上がるために自分を訓練する努力と強い意志が半端じゃない。

インドの高校生

チェンナイどこの学校にもある大学受験コースでは、12年生100人が、奥行き10メートル幅8メートルの派手な装飾の部屋に詰め込まれている。天井で扇風機がまわっているが、室温は35度以上で非常にくたびれる。木の教壇に立つムスクリシュナン・アルルセルバンが、黒板に三角形を書き、内角を記入して、マイクを使い、幾何学の定理を説明する。

午後10時を過ぎているが、生徒たちは真剣に授業を聞いている。アルルセルバン先生が質問すると、生徒たちは声をそろえて答える。問題を与えられると、生徒たちはノートにかがみこみ、鉛筆をなめ、他の生徒よりも早く解こうとする。

こうした週7日の授業は、チェンナイの大学の理工系の学部を志望するインドのハイスクールの生徒にとって、ありふれた生活の一部になっている・・・家に帰ると、ほとんどの生徒が甘く濃いコーヒーを飲んで、さらに何時間か勉強する・・・インドでは、子供を理工系の学部か医学部に入れることが、中流階級の家庭では使命に等しくなっている。(フラット化する世界参照)

の日本でこれと同じような環境を提供することはいろいろな理由から不可能であろう。受験勉強、受験勉強と受験勉強一点張りの日本の教育システムに多くの人が疑問を抱いているからだと思われるが、仮に理工系の子供を育てる、という意味で同じように厳しい環境を用意しても、現代の日本の若者の中でどれほどの人が強いモチベーションをもって厳しい環境にあえて自分から進んで受け入れる子供がどれぐらいいるであろう?

インド工科大学

インドでは、比較的多いエリート階級の間で科学、工学、医学の分野での教育が熱心に行われている。1951年、インド初代首相 ジャワハルラール・ネルーが、東部のカラグプルに インド工科大学7校の最初の 1 校を設立したのは、不朽の業績といえよう。それから50年の間、何十万ものインド人がこの国立工業大学や私立の工業大学(および経営学を教えるインド経営大学6校)で学んできた。(フラット化する世界参照)

ンドの人口は10億を超えるから、この競争によって並外れた数の知的エリート階級が生まれた。インド全体があたかも一つの工場のようになって、工学、コンピューター科学、ソフトウェアの分野で、きわめて優秀な人材を生産しては輸出した。

仮にインドの全人口の10パーセントがエンジニアだとしよう。すると日本の全人口の人々がすべてエンジニア、というのと同じような(絶対にありえないが)、とてつもない競争力を手に入れることになる。このような背景からコンピューター 2000 年問題、いわゆる Y2K コンピュータ危機はインドに頼ることになった。

コンピューター 2000 年問題

コンピュータの欠陥を修理するこの作業は、膨大な量だし、なおかつ手間ひまががかかる。それができるだけのソフトウェア・エンジニアを抱えている国はどこか? 答えはインドだった。 IIT や私立の工業大学やコンピュータ専門学校を出た技術者が、インドには有り余るほどいる。

・ ・・中略

デジタル化できるあらゆるサービス、コールセンター、ビジネス支援業務、知識労働を、世界のどこかの最も安く、賢く、有能な供給者に割り当てることが可能になった。具体的にいうと、地球の反対側にいるインドの技術者が、光ファイバー接続ワークステーションを使って、企業のコンピュータの下に潜り込み、調整を行うことができるようになった。(フラット化する世界参照)

情報革命

IT 革命よりも本当にすごいのは I 革命、つまり情報革命だと、このようなニュアンスのことを梅田望夫氏が言っていたような気がする。この情報革命とはもちろんグーグルがもたらしたもので、多分すべての革命が収まるまでこの革命はいろいろなところで起こり続けるとおもう。多分、2020年ぐらいまで。

きっとそこまでの間にグーグルはインターネット上から手に入れることのできる OS を完成させているだろうし、それが牽引する形になって人々の情報に対する生活スタイルもすっかり落ち着いたもの、今の言葉でいえば Web2.0 的に適応していると思われる。

国という概念はなくなっているかもしれない。多くの人々が知識労働者へと適応しているかもしれない。そこから先は1000年ぐらい、同じような感覚で続いていくんじゃないかな? フラットな世界に繋がることが可能になった世界中の発展途上国の人々は、先進国のミドルクラス並みの生活を手に入れようと、圧倒的な勢いで追いつこうとしている。

日本語は日本人にしか通じない、という事実がアドバンテージになるのか、それとも大きなデスアドバンテージになるのか、今のところわからない。もしかしたら時間稼ぎになるかもしれないし、もしかしたら世界の流れから取り残されることになるかもしれない。どちらにしろ、このトレンドに適応していくしかない。

ヨーガの国、インド

YouTube から探してきた映像を紹介しよう。一つ目はインドのどこかの交差点の様子。とにかくすごい。なにがすごいのか? まずは映像をご覧あれ。( India Driving )どうして事故がおきないの?(多分、多少の事故は起こっていると思われるが)歩いて渡る人もいる。これがインドでは普通の感覚なのだろうか?

これを見ていてある考えが浮かんだ。もしかしたらインド人は他の民族に比べて右脳が発達しているのかもしれない。どういうことかというと、右脳には画面とかの映像をパッと一瞬で全体を捉える能力が備わっていることは良く知られいる事実。フォトリーディングとか 速読はこの右脳の力を開発するんだけど、この右脳を鍛えるには、 禅とか ヨーガの 瞑想がいいらしい。インドと言えば ヨーガの国。うーん、何かわけありのような?

インド人タクシー運転手

、元 F- 1レーサーの 鈴木亜久里選手のことを語っていたコメントで 鈴木亜久里選手はスタートしてすぐあとの混戦の状況判断が他の選手より遅い、というか劣るようである、という内容のことを言われていました。一瞬にして混戦の中から状況判断をして第1コーナーに突っ込むことはもしかしたら右脳の能力が優れているほうが有利なのかもしれない。

将来、 F-1 レーサーにインド人が出てくるかもしれないが、インド人のタクシー運転手はマンハッタンですり抜けがめちゃくちゃ早いという噂は当たっている。インド人のタクシー運ちゃんが一番早く目的地まで届けてくれるという評判があるんだけど、まぁ、実際のところ早いには早いが、こっちもリラックスして乗っていられない。どこかにしがみ付いている腕に自然、力が入るのは言うまでもないであろう。

インド人の感覚

いてもう一つのビデオ。ちょっと信じられない!( The Crazy Couple – India Train )僕はインドにはまだ行ったことないのでわからないが、インド人の感覚はこのようなものなのだろうか? 僕たちが知らないインド。大前研一通信から引っ張り出してきた過去の記事を次でまとめてみよう。

, , , , ,

Powered by WordPress. Designed by WooThemes