ジャパンブランド、世界に届ける日本の美味しいもの(カレー)、ハウス食品

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ハウス食品

ジャパンブランド、世界に届ける日本の美味しいもの(カレー)、ハウス食品

われた10年、20年とネガティブな表現を日本経済、日本社会に当てはめることがある。確かにそのような部分もあるかもしれないが、皆が皆、全員が全員、ただ黙ってそのセリフを受け入れてきたわけではないと思う。私は「カンブリア宮殿」に登場する様々な会社経営者の生き様を観察してきて、ただではやっぱり日本人、転ばないなぁという思いを抱いている。

多くの個人はそのネガティブな潮流に流されゆくまま自分の身を任せ、他人も一緒だからいいや、とそのまま思考停止状態に陥る。私は危険だと思う。少数だが新しい社会の変化に対応しようと、または飽和状態の産業フィールドに新しい改革を起こそうとしている人間たちがいるという事実は勇気を与えてくれないだろうか?

日本社会はこれからも少しずつだか変わっていく。テクノロジーの進歩が社会に小さな変化を受け入れさせ、それが知らず知らずの内に標準化され、気がついたらあるテクノロジーなしの昔の社会の有り様を想像できないばかりか、受け入れることさえできないほど、社会が大きな舵転換をしたことに驚きを感じるであろう。

海外生活24年、日本人の感覚を持った視点で海外から日本の現象を観るととても新鮮で、これは新しい潮流へと成長する、というのが直感的に確信する機会が多くなる。私の今与えられた役目はこれらの真実を日本に住んでいる日本人の皆様に伝えることではないかと思っている。

余計なお世話! まぁまぁ、浦島太郎は何と言っているのか少しだけでも耳を傾けてみてはいかがであろうか? 日本人はもっと自信を持つべき!その理由を知りたいだろうか? 今回は「日本の“カレー文化”創った100年企業、家庭で愛される強さの秘密、ハウス食品」のお話である。

  • 2050年以降の世界経済
  • 技術的特異点を迎えるにあたって

カレー大好き日本人、なぜ?

レー発祥地はインド、18世紀に入るとインドを植民地にしていたイギリスへ渡り、小麦粉でトロミをつけた西洋風カレーになる、そのカレーが日本へ伝わったのは幕末。開港時にイギリス人が伝えたと言われる。以来150年、カレーは学校給食の人気メニューとなり、キャンプの定番料理でもカレー、日本人のいるところカレーあり、カレーは日本の国民食。日本のカレー生産量、年間約56億食。一人当たり、年間約50食、週に1度はカレーを食べている。

カレールウの売り上げランキング

  • 1位、バーモント(ハウス)
  • 2位、こくまろ(ハウス)
  • 3位、2段熱(グリコ)
  • 4位、ゴールデン(S&B)
  • 5位、ジャワ(ハウス)
  • 6位、とろけるカレー(S&B)
  • 7位、ディナー(S&B)
  • 8位、おいしさギューッととけ込むカレー(S&B)
  • 9位、ザ・カリー(ハウス)
  • 10位、プライムジャワ(ハウス)

カレールウの売り上げシェア(出荷ベース)

  • ハウス食品58.6%
  • エスビー食品26%
  • 江崎グリコ12.6%
  • その他

なぜハウス食品を選ぶのか?

倒的な品揃いで勝負、バーモントだけで10種類。ハウスのカレールウ商品(市販品)、約80種類、レトルト・業務量を含めると約450種類。家庭の味、バーモントカレー、こくまろ、ジャワカレー、子供のいる家庭向き。専門店風、ザ・カリー、ザ・ホテルカレー、グリーンカレー、量より質の年配層向き。

ハウスの華麗なる戦略その1、一生離しません!

ハウスのカレーには戦略という様々なスパイスが調合されている。子供の頃食べた味(バーモント)、成長期に食べた味(こくまろ)、大人になって食べる味(ジャワ)、結婚して子供ができて、料理するときには子供の頃の味を再び(バーモント)。生涯ハウス戦略!

ハウスの華麗なる戦略その2、味も変えています!

全国4カ所にあるハウスの食品工場、4工場で1日130万箱のカレールウを製造している。20種類以上のスパイスを調合し、独自の味を創造している。カレーの黄色い色、ウコン。独特の香り、クミン。辛味、唐辛子。

スパイスに小麦粉と食用油を炒めたものを加え、1時間煮込んでカレールウができる。それをカレールウ専用の容器に流し込み、冷やして固まったら箱詰めして出来上がり。バーモントカレー、発売して50年になるがこれまで10回以上も味を変更している。商品開発研究所、玉ねぎを炒める時間を長くする、コクを増すために。粉末味噌を加える、よりコクを出すために。

カレーの味のイメージ図、味覚の設計図、個々の商品の個性を作り出す

  • 甘口の設計図・・乳の香り、乳のコクと味、カレー感、甘みと酸味、小麦の食感
  • 辛口の設計図・・乳の香り、乳のコクと味、香ばしさ、カレー感、甘みと酸味、辛味、小麦の食感

ハウスの華麗なる戦略その3、極上の簡単便利を!

主婦を虜にするハウスの戦略、カレールウの蓋が前より開けやすくなった? 容器包装開発部、パソコンで容器を設計する、3Dプリンターで容器の型を出力。少子化に合わせてルウはあらかじめ半分のサイズに変更。容器の裏には深い溝が、蓋を剥がさなくても簡単に割れるので鍋に入れるとき手が汚れない工夫も施されている。

カレールウ容器の素材も進化している? 剥がすシールが付いている部分、7層になっている。一番上はポリプロピレン、ハウス食品が業界で初めて採用した素材。以前は上のフィルムが剥がれず包丁などで切りみを入れ切っていた。ポリプロピレンは剥がれやすい性質がある、簡単にフィルムを剥がせるように。

こうした改善は消費者からの声がきっかけとなる、毎日届く要望などをこまめにチェックしている。例えば、ルウのカートン易廃棄性。外箱は捨ててしまうので賞味期限がわからないとのお客様からの指摘。ハウス食品、外箱を捨てずに済むようにルウの箱を改良。

総合食品メーカー

業員4968人、売上高2097億円(連結)。カレーが主力商品だがその売り上げは全体の3割ほど。調味料やデザート、スナック菓子なども手がける総合食品メーカーのハウス食品。成熟市場の製品開発はマーケットシェアよりもリピート率、ターゲットとしたお客様にどれぐらい深く愛していただけるか大事とハウス食品社長浦上博史氏は仰っていました。

日本のカレー文化を創った原点

913年創業、大阪で浦上商店として漢方薬などを販売。創業者は浦上靖介(当時21歳)。1926年、取引先の社長からホームカレー粉の事業を引き継いでくれとの依頼される。その頃、もり蕎麦、かけ蕎麦が6銭で洋食屋のカレーが30銭から60銭という時代背景。一般の人には知られていない食品を取り扱うべきか?

妻の励ましで引き受けることに。その後、1928年、即席カレールウ発売、調味料で味付けしたもの。パッケージには登録商標のロゴ、家をシンボルにしたところに「In Every House」の文字、日本中の食卓を幸福にしたいとの思いを込めて。

カレーを広めるためになんでも行うことを開始。食品業界初、実演販売を。お客の目の前でカレーを調理、如何に簡単で手軽に美味しいカレーが出来るとアピール。他には独自の宣伝カーで全国を回る、50台も作って行脚に乗り出す。

ブレークは1963年、バーモントカレー登場。リンゴとハチミツ入りのカレー、人気アイドル西城秀樹などをCMで活用して大人気に。大人が大好きだったカレーを子供が大好きな食べ物へと変えた。簡単に作れるようにすることと、カレーの世界観を広げる。この2つのポイントで日本全国の家庭へ広がっていった。

家で作るデザートも開発。1968年、、シャービック発売。1976年、フルーチェ発売。親子で簡単に楽しく作れる商品はここでも大衆消費者マーケットに支持される。

ハウスの意(こころ)、1965年制定

  • 自分自身を知ろう
  • 謙虚な自信と誇りを持とう
  • 創意ある仕事こそ尊い
  • ハウスの発展は我々一人一人の進歩にある
  • ハウスの力は我々一人一人の総合力である
  • 給与とは社会に役立つ事によって得られる報酬である
  • 世にあって有用な社員たるべし、又社たるべし
  • 有用な社員は事業目的遂行の為の良きパートナーである
  • 社会にとって有用な社である為には利潤が必要である
  • 我々一人一人の社に対する広く深い熱意がハウスの運命を決める

日本式カレー、Japanese Style Curry

国・上海、ゼロからの市場開拓に挑む。好侍と書いてハウス。中国ではカレーはほとんど食べられていない。2005年、上海に本格進出。日本式カレーを中国でも根付くように、あらゆる場所でカレーを食べるシーンを作っていかないと拡大していかない、と。

中国人の好みに合った家庭用カレールウの開発。中国人はトマト味が大好き、黄色い色に食欲がそそられる、八角という隠し味としての調味料。ハウスが主催するカレーの料理教室、カレー作りを体験して味わってもらう試み。

他には富士ゼロックス上海工場、社員食堂で人気メニューはハウスが手がけるカレーメニュー。従業員は中国各地から集まっているので、日本式カレーが中国各地に広まる可能性がある、と。中国でカレーを人民食にすることがハウスグループの目標。短粒米文化圏、日本と同じお米のところに日本式カレーをという考え方で攻める戦略で挑んでいく。

番組を見終わって、あとがき・・・カレーが国民食になるまでのきっかけは些細なこと

でこそカレーと言えば日本人殆どの人が大好きなメニューの一つであると思う。もし浦上商店がホームカレー粉事業を引き継いでいなかったら、今現在我々が味わっているカレー文化なるものも存在しなかったかもしれない。きっかけは些細な事だがその後の開拓史を振り返れば、ハウス食品が提供する商品が、日本の各家庭に届けている幸福は計り知れない。

2050年以降の世界経済

経済史のアンガス・マディソン教授によると、中国のGDPのピーク時は1820年で、そのときの規模は世界の33%を占めるほどの世界規模であった。現在はまだ世界の10%に過ぎない経済規模であるので、まだまだ途中経過であることを理解しておいた方が良い。折角これだけ勢いのある経済が隣国にあるのだから、いかに協調して双方が発展する経済協力を果たすかを、百年計画で考えた方が良い。

世界史を紐解けば中国が世界最大の経済規模だった期間は長い。つい最近でいえば、1880年代の光緒帝(ラストエンペラーの1代前)の清王朝までは、2千年以上世界最大の経済規模だった。この中国の定位置だった世界一の経済大国の称号が、1世紀ばかりのインターバルを置いて元に戻ることになる。日本にとっては悔しいことだろうが、世界の中から見ればこれは通過点に過ぎない。(10秒で読む日経)

中華経済圏の中で適者生存していくにはどうしたらいいのだろうか?50年後、100年後の経済界ではあの会社もこの会社も、気がついたら中国系資本というマーケットが誕生しているかもしれない。否確実に存在しているであろう。私の興味はこの「日本の“カレー文化”創った100年企業、家庭で愛される強さの秘密、ハウス食品」にあるユニークなジャパンブランド的市場有利性が大中華経済圏の中で通用しているのか、という点である。

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大中華経済圏でも、親日国家インド社会でも、イスラム社会でも、アフリカ大陸でも、欧米社会でも日本式カレーは受け入れられていると思います。中国市場、短粒米文化圏ではまず間違いなく受け入れられていくでしょう。中国でカレーを人民食にするという意気込みですが、私は決して大きな話では無いと思います。日本で広めていったように、中国でもカレー文化をその国使用にローカライズできれば大丈夫なのではないでしょうか。

中国市場の先に在るのがインド社会であり、この場合はカレー文化の逆輸入ですけど、ありえない話ではないと思います。イスラム社会でも、アフリカ社会でも、日本式カレー文化はローカライズされながら浸透していくのではないでしょうか。知らないだけで、それを広める戦略さえ緻密に創造していけば、新しいマーケットを確立できるはずです。

技術的特異点を迎えるにあたって

術的特異点とかって聞いたことありますか? 英語でTechnological Singularityっていうんですけど、要は今から30年後ぐらいの2045年頃にはコンピューターが人類叡智を超えるというものです。AI、人工知能です。その前の2018年頃(後5、6年後です)にコンピューターチップ容量が人間の脳細胞容量を超えます。で、その30年後、大体2050年前後に、コンピューターチップ容量は人間の脳細胞の100万倍に達しているそうです。

ムーアの法則とか有名ですけど、チェス盤の法則というのもありまして、その話に凄い刺激を受けたんです。簡単に説明すると、ある家来が王様のお役に立つような仕事(チェス盤を発明)をします。ご褒美は何がほしいかと尋ねられた家来は毎日ある量の米粒だけほしいといいます。チェス盤を王様の前に持ってきて最初のマスに米粒一粒、次の日には最初の一粒の倍、つまり2粒。3日目は前の日の2粒の2倍、4粒。このようにしてチェス盤が最後まで埋まるまで倍々で米粒をほしいと王様に交渉します。

もちろん王様は最初の小さい数字にしか気に止めなかったので、たやすいことだとおもい、引き受けるのですが、チェス盤の半分ぐらいに達すると米粒の量が凄いことになるんです。半分以降になると用意しきれなくなることに気づいた王様はその家来を殺してしまうんですが、この仕組みが1958年頃から始まったコンピューターのトランジスターの数と関係してくるという話です。

ムーアの法則では18ヶ月でトランジスターの数は2倍になり集積密度の向上が進むというもの。1958年頃から始まったデジタル革命創世記はチェス盤でいうところの最初のマスあたりです。で、今どのぐらいの位置にいるかというと、2006年頃、丁度iPhoneやYouTube、twitter、Facebookなどが社会に浸透し始めた頃です。ここがチェス盤でいうところの丁度半分ぐらい。で、これから先、倍々ゲームで凄いことになっていくわけです。

これからの30年から50年って多分人類が2度と経験することがないような期間になると思うんです。アナログからデジタルへ、それらテクノロジーが社会の至るところに恩恵を施していく。100年先では当たり前になっている世の中の仕組みをこの30年から50年の間に作っていくことになるであろうと予測するんです。

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商品をどれだけ進出先の市場にあったローカライズが出来るかどうかにかかっていると思います。世界に出ていく上で、まずは中国市場で日本で展開してきたことを少し改良しながら進めていく。ノウハウが蓄積され、美味しさを世界中に届けるのです。

想像して創造すれば、君は何処へでも行ける

ーアの法則が終焉を迎え、思考で物を動かし始める。ロボットと人間が融合し始め、アバターが日常生活に入り込む。遺伝子治療によって医療は個々にカスタマイズされ、老化の停止、遅延が当たり前になる。ナノテクノロジーの進化にともなって量子コンピューターを人類が扱うようになり、核融合発電によって世界のエネルギー需要供給に大変化が起きる。

コンピューター、インターネットのインフラ化が世界中に行き渡り、WiFiの範囲が空気と同じような扱いになる。インターネットに繋がることは呼吸をすることのように無意識になり、情報、テクノロジー革命が全てをデジタルに置き換え、社会がデジタル秩序によって収まる形に整い、人類が営むシステムがデジタル化に移行した後、2千年、3千年、5千年と同じようなシステムが継続していくであろう。

2050年、2100年の はどうなっていると想像しますか? 技術的特異点の恩恵を受けるでしょか? 大中華経済圏の影響を受けているでしょうか? どのような形で人類社会に融合していることが私達(日本人、アジア人、世界中の人々)に幸福をもたらすのでしょうか? 選択肢は私達の思考にあります。想像して創造すれば、私達は何処へでも行けるでしょう。

思考に気をつけましょう、それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけましょう、それはいつか行動になるから。行動に気をつけましょう、それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけましょう、それはいつか性格になるから。性格に気をつけましょう、それはいつか運命になるから・・・

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