ジャパンブランド、圧倒的を1つ作ればいい戦略の感動分岐点経営、フラワーパーク再生請負人


フラワーパーク

ジャパンブランド、圧倒的を1つ作ればいい戦略の感動分岐点経営、フラワーパーク再生請負人

われた10年、20年とネガティブな表現を日本経済、日本社会に当てはめることがある。確かにそのような部分もあるかもしれないが、皆が皆、全員が全員、ただ黙ってそのセリフを受け入れてきたわけではないと思う。私は「カンブリア宮殿」に登場する様々な会社経営者の生き様を観察してきて、ただではやっぱり日本人、転ばないなぁという思いを抱いている。

多くの個人はそのネガティブな潮流に流されゆくまま自分の身を任せ、他人も一緒だからいいや、とそのまま思考停止状態に陥る。私は危険だと思う。少数だが新しい社会の変化に対応しようと、または飽和状態の産業フィールドに新しい改革を起こそうとしている人間たちがいるという事実は勇気を与えてくれないだろうか?

日本社会はこれからも少しずつだか変わっていく。テクノロジーの進歩が社会に小さな変化を受け入れさせ、それが知らず知らずの内に標準化され、気がついたらあるテクノロジーなしの昔の社会の有り様を想像できないばかりか、受け入れることさえできないほど、社会が大きな舵転換をしたことに驚きを感じるであろう。

海外生活26年、日本人の感覚を持った視点で海外から日本の現象を観るととても新鮮で、これは新しい潮流へと成長する、というのが直感的に確信する機会が多くなる。私の今与えられた役目はこれらの真実を日本に住んでいる日本人の皆様に伝えることではないかと思っている。

余計なお世話! まぁまぁ、浦島太郎は何と言っているのか少しだけでも耳を傾けてみてはいかがであろうか? 日本人はもっと自信を持つべき!その理由を知りたいだろうか? 今回は「“感動分岐点”を超えろ!リピーター続出の驚き再生術!はままつフラワーパーク理事長」のお話である。

  • 2050年以降の世界経済
  • 技術的特異点を迎えるにあたって

今が旬の絶景スポット

梨県・富士河口湖町、富士本栖湖リゾート。富士宮焼きそば600円、桔梗信玄餅ソフト500円、京やきぐり540円、富士山周辺のご当地グルメが一度に味わえるイベント、富士山うまいものフェスタ。しかし入園者の本当のお目当てはご当地グルメではありません、今しか観られない絶景、日本一の富士山の裾野に広がる、鮮やかなピンクの絨毯、芝桜(80万株)。

フラワーパーク再生請負人、塚本こなみ

岡県・浜松市、はままつフラワーパーク、面積30万平方メートル、豊かな自然の中に作られたパーク。約3000種、100万本の花々が咲きほこります。1970年、はままつフラワーパーク開業、年間60万人が訪れる人気スポット。しかし施設老朽化、近くに無料の植物園ができたこともあり、入園者半減。市の財政負担は100億円を超え、閉園の危機に。自力での再生を断念した市は理事長を公募、塚本こなみ就任へ、藤のエキスパート、全国から引っ張りだこの人物です。

感動分岐点を超えた園ができれば、また来年も観てみたい!感動をすれば今度は口コミリーダーになってもらえる。経営には収益分岐点や損益分岐点がある、それと同じように心の中にも「この程度では感動しない」という境がある。「綺麗」と体を震わせて、涙が出るほど美しくないと感動分岐点を超えることはできない、と塚本さんのお言葉。

感動分岐点を越えれば客は来る、その信念の元、塚本さんが作った風景があります。世界一の桜とチューリップの庭園、1300本もの桜と60万球のチューリップのコラボレーション、池上にも仕掛けが、チューリップでつくった花の虹。感動分岐点を超える場所を作るため、外部の才能を呼び寄せたことも。神奈川・箱根町、星の王子様ミュージアムなどを手がけたガーデンデザイナー、吉谷桂子さん。人に喜んでほしい、と言うことを本気で考えている人物が塚本さん、と吉谷さんは仰っていました。

感動の景色とともに塚本さんが生み出した仕組み、新しい料金システム

年中、美しくても草だらけでも、真冬でも800円だった入園料。1年中800円というのは適正価格ではない、と。そこで導入したのが変動料金制という仕組み、花の状態に合わせて入園料が変化する、最も花が美しい3月から6月は600円から1000円の間に設定、暑くて屋外に出たくない夏場は無料、花が減る10月から2月までは500円。

但し入園料が安い時期も客を喜ばせることは怠りません。クリスマスイルミネーション、入園料500円でもまた来たくなる場所にしようと電球を倍増し客の心に響くレベルまで引き上げました。500円分のお買い物券、実質0円((無料で配布)、買い物やレストランを利用すれば500円では済まない人心、実際、オフシーズンの売り上げ上昇です。

「藤」は日本の固有種で、4500年前の三内丸山遺跡にも

と梁を結ぶのは”藤のつる”と書いてあり、昔ロープがない頃、吊り橋は「葛」とか「藤」のつるで作っていたそうです。昔の人は明治までは藤の布を着て、藤布(ふじふ)という布を織っていた、と。後「藤」は若葉をおひたしで食べられる、と塚本さんは教えておられました。

世界一って言っていいんですか?

動というのは、料理ならそこそこ美味しいではダメ、他で食べられる味、他で観られるもの、ではない”もの”を提供すること。社員に「こういうものをこういうやり方でやるという方針を明確にし、職員たちを集めて、これがはままつフラワーパークの名物だと思うものを言いなさい、と塚本さん。

梅、ロウバイ、桜、チューリップ、バラ、菖蒲、アジサイ、サルスベリ、温室があります、と社員からの声。そんなにいっぱいあるのは何もないのと一緒、これだけは絶対にこの季節に見に来て、というのを一つ挙げなさい、と塚本さん。

絶対この季節に見てほしいもの、それががチューリップと桜だったのです。世界一美しい桜とチューリップの庭園というキャッチコピーにし、社員からは「世界一って言っていいんですか?」、と。「すればいいのよ、作ればいいのよ!」と塚本さん、流石です!

塚本さんが最初に再生を手がけたフラワーパーク、あしかがフラワーパーク

木県・足利市、あしかがフラワーパーク、年間入園者110万人、No. 1フラワーパーク。中に入れば日常を忘れる別世界、面積8万2000平方メートル、花の種類約1200種。350本以上有する藤の花、80メートルにわたって続く白藤のトンネル、圧巻の景色。黄花藤、日本では栽培が難しいとされる品種。

野田九尺藤、あしかがフラワーパーク一番の観るべき景色。樹齢100年以上と言われる大藤、巨木4本からなる景色、一本の藤棚の広さが約600畳、CNNが選んだ世界の夢の旅行先9箇所の内の一つに選ばれました。

出会って結婚した相手が造園家

の塚本明氏と1971年、22歳で結婚。造園家の夫には8人の内弟子がいていきなり女将さん、という立場に。樹木のエキスパートになるきっかけは、造園家の夫が公共事業の仕事を請け負った時。本来植えるべきではない時期の木でも、公共事業に合わせて植えなければいけなかったそうです。しかももし枯れてしまったら夫の会社負担で植え替えをしなければいけないと。木が枯れないように私が管理しよう、と決意。

庭づくりや経営のノウハウを学び、1985年、36歳で独立、樹木のメンテナンス会社を設立。1992年、43歳で日本初の女性樹木医となります。周りの造園業界の人たちは、庭を造る、街路樹を植える、公園を造る、工事の受注に目の色を変えて競い合っていた時代。そうではなく、植えた後は健全に育たなければいけない、その「育てる」という視点を皆が持っていない時期だったそうです。植えて終わりではない、「育てる」ことであれば、私にもできると思い、日本中を観て歩き勉強しました。

そして44歳の時、あしかがフラワーパークの藤の移植を手がけることに。2年がかりで藤の枝を切り、運べる大きさに整えます。1996年、移植開始。この時集められた植木職人は塚本さんより年上ばかり、その様な職人集団をまとめなければいけませんでした。

「私の指示通りにやってください。まずやり方を説明しますから、もっといいやり方があったら教えてください。ただし最終的には私が決めたことには従って頂きます。この移植はうまくいったら皆さんのおかげ、失敗したら私の責任です。」経営者の言葉です、と村上龍氏も驚きの様子でした。

藤移植後、1999年、あしかがフラワーパーク園長就任。ライバルである関東の藤の名所、埼玉・春日部市、「牛島の藤」、群馬・藤岡市、「ふじの咲く丘」、東京・江東区、「亀戸天神社」。挑発的なチラシを配り、世界一の藤の庭園というキャッチコピーをあえて付けます。そこに秘めた明確な戦略、自分の街の藤を確かめるために地元の人が訪れることに!結果、年間20万人だった入園者が110万人まで増えることになりました。

番組を見終わって、あとがき・・・わざわざ行く価値がある場所を創造する

動というのは、料理ならそこそこ美味しいではダメ、他で食べられる味、他で観られるもの、ではない”もの”を提供すること。この塚本さんのお言葉が全てです。わざわざ行って観る価値のある場所を創造すること。全てのエンターテイメントはこれを明確にしないと生き残れない時代なんでしょう。逆に世界一の何々というものを提供できれば、お客は世界中から訪れます。

2050年以降の世界経済

経済史のアンガス・マディソン教授によると、中国のGDPのピーク時は1820年で、そのときの規模は世界の33%を占めるほどの世界規模であった。現在はまだ世界の10%に過ぎない経済規模であるので、まだまだ途中経過であることを理解しておいた方が良い。折角これだけ勢いのある経済が隣国にあるのだから、いかに協調して双方が発展する経済協力を果たすかを、百年計画で考えた方が良い。

世界史を紐解けば中国が世界最大の経済規模だった期間は長い。つい最近でいえば、1880年代の光緒帝(ラストエンペラーの1代前)の清王朝までは、2千年以上世界最大の経済規模だった。この中国の定位置だった世界一の経済大国の称号が、1世紀ばかりのインターバルを置いて元に戻ることになる。日本にとっては悔しいことだろうが、世界の中から見ればこれは通過点に過ぎない。

中華経済圏の中で適者生存していくにはどうしたらいいのだろうか?50年後、100年後の経済界ではあの会社もこの会社も、気がついたら中国系資本というマーケットが誕生しているかもしれない。否確実に存在しているであろう。私の興味はこの「“感動分岐点”を超えろ!リピーター続出の驚き再生術!はままつフラワーパーク理事長」にあるユニークなジャパンブランド的市場有利性が大中華経済圏の中で通用しているのか、という点である。

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大中華経済圏でも、親日国家インド社会でも、イスラム社会でも、アフリカ大陸でも、欧米社会でもフラワーパーク再生請負人、塚本さんの経営哲学は参考にされていると思います。わざわざ行って観る価値のある造園を創造する。世界一の何々、というものを提供することができれば世界中から人々が集まってきます。日常生活を忘れてしまうような圧巻の景色、お花を敬遠する文化というのは地球上に存在しないと思います。

技術的特異点を迎えるにあたって

術的特異点とかって聞いたことありますか? 英語でTechnological Singularityっていうんですけど、要は今から30年後ぐらいの2045年頃にはコンピューターが人類叡智を超えるというものです。AI、人工知能です。その前の2018年頃(後3、4年後です)にコンピューターチップ容量が人間の脳細胞容量を超えます。で、その30年後、大体2050年前後に、コンピューターチップ容量は人間の脳細胞の100万倍に達しているそうです。

ムーアの法則とか有名ですけど、チェス盤の法則というのもありまして、その話に凄い刺激を受けたんです。簡単に説明すると、ある家来が王様のお役に立つような仕事(チェス盤を発明)をします。ご褒美は何がほしいかと尋ねられた家来は毎日ある量の米粒だけほしいといいます。チェス盤を王様の前に持ってきて最初のマスに米粒一粒、次の日には最初の一粒の倍、つまり2粒。3日目は前の日の2粒の2倍、4粒。このようにしてチェス盤が最後まで埋まるまで倍々で米粒をほしいと王様に交渉します。

もちろん王様は最初の小さい数字にしか気に止めなかったので、たやすいことだとおもい、引き受けるのですが、チェス盤の半分ぐらいに達すると米粒の量が凄いことになるんです。半分以降になると用意しきれなくなることに気づいた王様はその家来を殺してしまうんですが、この仕組みが1958年頃から始まったコンピューターのトランジスターの数と関係してくるという話です。

ムーアの法則では18ヶ月でトランジスターの数は2倍になり集積密度の向上が進むというもの。1958年頃から始まったデジタル革命創世記はチェス盤でいうところの最初のマスあたりです。で、今どのぐらいの位置にいるかというと、2006年頃、丁度iPhoneやYouTube、twitter、Facebookなどが社会に浸透し始めた頃です。ここがチェス盤でいうところの丁度半分ぐらい。で、これから先、倍々ゲームで凄いことになっていくわけです。

これからの30年から50年って多分人類が2度と経験することがないような期間になると思うんです。アナログからデジタルへ、それらテクノロジーが社会の至るところに恩恵を施していく。100年先では当たり前になっている世の中の仕組みをこの30年から50年の間に作っていくことになるであろうと予測するんです。

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テクノロジーの恩恵をフラワーパークが受けるとするとどういう形ででしょうか? 多分、花の咲き具合を調節できるようになるのでは? 遺伝子を操作して一年中、綺麗に咲き誇る新種花を改良する。一年を通して圧巻の景色、花で彩られた造園を演出できれば経営は安定するでしょう。世界中に広がる多くの緑とお花畑、街の景色は鮮やかになるでしょう。

想像して創造すれば、君は何処へでも行ける

ーアの法則が終焉を迎え、思考で物を動かし始める。ロボットと人間が融合し始め、アバターが日常生活に入り込む。遺伝子治療によって医療は個々にカスタマイズされ、老化の停止、遅延が当たり前になる。ナノテクノロジーの進化にともなって量子コンピューターを人類が扱うようになり、核融合発電によって世界のエネルギー需要供給に大変化が起きる。

コンピューター、インターネットのインフラ化が世界中に行き渡り、WiFiの範囲が空気と同じような扱いになる。インターネットに繋がることは呼吸をすることのように無意識になり、情報、テクノロジー革命が全てをデジタルに置き換え、社会がデジタル秩序によって収まる形に整い、人類が営むシステムがデジタル化に移行した後、2千年、3千年、5千年と同じようなシステムが継続していくであろう。

2050年、2100年の はどうなっていると想像しますか? 技術的特異点の恩恵を受けるでしょか? 大中華経済圏の影響を受けているでしょうか? どのような形で人類社会に融合していることが私達(日本人、アジア人、世界中の人々)に幸福をもたらすのでしょうか? 選択肢は私達の思考にあります。想像して創造すれば、私達は何処へでも行けるでしょう。

思考に気をつけましょう、それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけましょう、それはいつか行動になるから。行動に気をつけましょう、それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけましょう、それはいつか性格になるから。性格に気をつけましょう、それはいつか運命になるから・・・

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