ジャパンブランド、地方再生のための資源をどのように発見するか、市役所職員


神子原米

ジャパンブランド、地方再生のための資源をどのように発見するか、市役所職員

われた10年、20年とネガティブな表現を日本経済、日本社会に当てはめることがある。確かにそのような部分もあるかもしれないが、皆が皆、全員が全員、ただ黙ってそのセリフを受け入れてきたわけではないと思う。私は「カンブリア宮殿」に登場する様々な会社経営者の生き様を観察してきて、ただではやっぱり日本人、転ばないなぁという思いを抱いている。

多くの個人はそのネガティブな潮流に流されゆくまま自分の身を任せ、他人も一緒だからいいや、とそのまま思考停止状態に陥る。私は危険だと思う。少数だが新しい社会の変化に対応しようと、または飽和状態の産業フィールドに新しい改革を起こそうとしている人間たちがいるという事実は勇気を与えてくれないだろうか?

日本社会はこれからも少しずつだか変わっていく。テクノロジーの進歩が社会に小さな変化を受け入れさせ、それが知らず知らずの内に標準化され、気がついたらあるテクノロジーなしの昔の社会の有り様を想像できないばかりか、受け入れることさえできないほど、社会が大きな舵転換をしたことに驚きを感じるであろう。

海外生活24年、日本人の感覚を持った視点で海外から日本の現象を観るととても新鮮で、これは新しい潮流へと成長する、というのが直感的に確信する機会が多くなる。私の今与えられた役目はこれらの真実を日本に住んでいる日本人の皆様に伝えることではないかと思っている。

余計なお世話! まぁまぁ、浦島太郎は何と言っているのか少しだけでも耳を傾けてみてはいかがであろうか? 日本人はもっと自信を持つべき!その理由を知りたいだろうか? 今回は「限界集落から奇跡の脱出!地方再生!仕掛けるスーパー公務員」のお話である。

  • 2050年以降の世界経済
  • 技術的特異点を迎えるにあたって

限界集落、日本の地方の現状

本に今現在、どのぐらいの限界集落が存在するのかご存知であろうか? 日本全国1万ヶ所以上も在るというから驚く。住民の半数以上が65歳以上の高齢者で、このままでは将来的に消滅の危機にあることが限界集落の定義となっている。そして限界集落から克服、復活した例はほとんど無いという現実。棚田の原風景が残る山間の里、石川県羽咋市神子原もかつては限界集落であった。そこから如何にして稀に見る脱出を成し得たのであろうか?

限界集落など過疎地の住民は都市部に移住させた方が合理的だという指摘がある。しかし限界集落や疲弊している地方に存在するお荷物的な、邪魔な存在物も違った角度から眺めてみると、資産に変わる可能性があるという。今現在の日本では限界集落に限らず、地方、地域の潜在的な資源を再発見する努力は必要であり、資源の再発見には外部からの視点が不可欠である、と。

公務員は言い訳をする

から補助金がおりなかったのでできませんでしたとか、財政難を一つの言い訳にしている。役人が役所という機構のためにだけ生きようとすると、機構には必要かもしれないけど、地域社会にとっては居てもいなくてもいい公務員になってしまう。地域社会にとって何か役に立つ、だから役人・・・

顧客が住民であるという意識があって・・・こんな会社でいいのか?という疑問を抱かない公務員はおかしいと思う。普通の公務員が普通の会社だとするならば多分すぐ潰れてしまう。このように言ってのけるのは、今回の主役、石川県羽咋(はくい)市役所職員高野誠鮮(じょうせん)氏。

変化への適応って基本的に面倒臭いもの。それをなんとか変えていくのは凄く面倒臭い作業だから、できれば皆やりたくないんじゃないかと思う、と高野氏。一体どこを見て仕事をしているのか。その集落を見て仕事をしているのか? 上司の顔色を見て仕事をしているのか?

ほとんどの役所の人たちはそういった面がある、どうして? 要するに大過なく過ごしたいんでしょう、と。何もやらなくても何かやらかしても、給料は一緒だから。何か変化させようとすると物凄い大過あるはず。ぶつかるし軋轢が生まれてくる。だが、変化のための軋轢を恐れるな、と高野市は語る。異端公務員の突破術、面倒な変化に挑む、地域再生の極意を勉強してみよう!

これからの日本社会に必要な人材育成

  • リーダーシップ、問題解決提案型(コンサルタント、プロジェクトマネジメント等)
  • ソフトウェア、知識集約型産業(会計、財政、マーケティング、統計データー等)
  • アントレプレナー、異端児起業家(社会起業家、ベンチャー企業、一人企業等)

とにかく“実績”を作れ!高野流の突破力とは

羽咋市で生まれ育ち、江戸時代から続く由緒ある寺の住職でもある高野。もともとは東京でテレビの放送作家をしていたが、30歳の時にUターン。市役所の臨時職員となり町おこしを手掛ける。するとテレビマンらしい奇抜なアイデア力を発揮。「UFOで町おこし」をテーマに

川県羽咋(はくい)市役所職員高野誠鮮(じょうせん)氏。30歳まで東京でテレビ関係の放送作家をしていた。1984年、市役所の臨時職員となったが二足のわらじを履くことに。もう一足は41代続く寺の住職というユニークな肩書。高野氏が任された役割、疲れた街を元気にすること、ということがテーマであったという。

限界集落、奇跡の脱出物語

々神子原は米作りに適した環境。山間で寒暖が大きく、良質な湧き水にも恵まれている。甘みのある米が育ち、棚田で取れる米は美味しいと評判であった。しかし全国の平均年収約350万円に対して神子原87万円。どうしてこの差が生まれてくるのか考える。売り方が下手、売れないんじゃなくて売っていないじゃないかと・・・高野氏は考える。

神子原の米、農協を通して石川米として販売していた。値段は農協の言いなりという状況。これではダメ、自分たちで値段を決めることができる直売しかない、という考えに辿り着く。2004年秋、公民館に農民を集めて説得を始める高野氏。

しかし米を作ったこともないのに何がわかると反発を食い、農家のためを思っての提案だったが賛成は169軒中3軒だけであった。それでも高野氏諦めず、農家とある約束を交わす。私が米を売ったら皆さんで米を直売する会社を作ってください!、と。

米を売るための対策1、ネーミングを考えること

神子原米としてのパッケージも用意、市役所が販売。1年目は全く売れなかった。

米を売るための対策2、ニュースになるような大物に試食してもらうこと

ローマ法王へ神子原米の献上、これが実現すれば・・・話題性があると手紙を書く。そして、2005年、ローマ法王への毎年の献上が許可される、法王にふさわしい米として扱われることに。ニュースは日本中を駆け巡り多くのメディアが報道する。ローマ法王に献上されたお米とは、どのようなお米なのだろうか? 人々は皆興味が湧く、食べてみたいとPR効果は絶大だったという。直売を始めて2年目、全国から注文が殺到するまでに成長した。

米を売るための対策3、販売ルートの拡大作戦

市役所へ一般の人から、ローマ法王に献上されたお米を購入したいという問い合わせを受ける。しかし高野氏、申し訳ありません、売り切れてしまいました、と対応(故意的に)。ただデパートには在庫があるかもしれません、と布石を打つ。で後日、デパートから電話が入る、ローマ法王のお米を卸していただけませんか?と。自分で売り込むことなく、デパートに神子原米を置かせてもらうことに成功したという。

農家にも変化が現れ、神子原米は限界集落を救うブランド米となる。2007年、農家が出資した直売会社「神子の里」設立、農協への販売価格の約3倍の値段で売れるようになる。今では米・野菜などで年間売り上げ1億円を達成するまでに成長した。

この成功をきっかけに住んでみたいという人が現れる。移住第1号、7年前に岐阜県から移住したカフェを経営する武藤一樹氏。最初は村人達の面接を受けることになり大変だったが、移住した最初の年に赤ちゃんが生まれる。なんと、神子原に子供が誕生したのは18年ぶり。待ち望んでいたものがここにあると、村人達が代わる代わる赤ちゃんを抱っこしていた。

移住家族が3組になった2009年、神子原の高齢化率は2005年度54%だったのが、2009年度47 %となり、限界集落から脱出することを達成!

日本の魅力、日本に行かないと手にはいらない魅力

  • 飲食、和洋中、素材の新鮮さ(肉、魚、野菜等)、五感に訴える、日本酒文化
  • 自然、豊かな自然環境、百名山、名水百選、温泉、山川海、北海道から沖縄まで
  • 職人、モノづくり社会、工芸品、伝統技、洗練、効率性、利便性、ハードウェア

移住して農家をやりたい人のための改革

家の認定には耕地30アール以上が条件となっていて高いハードルが存在する。そこで高野氏、農林水産省に直接交渉、農地特区として認めさせてしまった。耕地10アール以上で認定するという。他にも酒造りの規制もあったが、どぶろく特区として認めさせてしまう。白麹、神酔酒(みよいさけ)、紅麹、神酔酒の誕生である。

過疎の村を賑やかにしようと学生向けの農業体験を実施

界集落で年寄りばかりだから誰も学生の宿泊を受け入れてくれない。そこで烏帽子制度を活用する。かぶり物を与え盃を交わして仮の親子関係を結ぶ風習であるという。酒を飲める女子大生に限定、過疎地でお年寄りばかりのところへ若い人が集まって賑やかになる。

完全無農薬は高コストとの指摘

薬、肥料、除草剤を使わなくても作物はできると高野市は主張する。TPPなんて怖くないと、鎧をつければいい、戦さだ思えば・・・関税撤廃は場合によっては勝てる。高野氏曰く、日本の農業を見ていると国内競争で戦国時代を演じている、と。北海道のより九州が美味しい、それは国内の競争である、と。

日本よりも小さな面積しかない、九州ぐらいの大きさしかないオランダ。農産物で世界3位の輸出量、日本は48位という低落ぶり。高野氏、日本には凄い技術ある、敵は内側ではない、外なんだ、と。日本には莫大な放棄田、放棄地がある、これは見方によっては宝であると。4年も5年も農薬、肥料を使っていなければこれは宝となる。その地面の下に微生物が十分戻ってきている可能性が濃厚であると主張する。

番組を見終わって、あとがき・・・成果目標設定、TPPなんて怖くない

いなぁ、この人、と思いましたが、村上龍氏の指摘に納得。ビジネスマンやプラナーとしては一般的であり、役所というところで起こっているから凄いとなってしまう。よほど保守的な場所なんだなぁ、と語っていました。

この変化を起こしたくない空気というか周りからの圧力というか、出る杭は打たれる、ということで大過なく過ごしていくことが自分の身を守る最適化された処世術なんでしょう。これでは日本の地方再生、どこも周りの様子を伺って自分たちから先頭を走る、という行為には発展しないでしょう。変化はゆっくりと、しかも自分に火の粉が降りかかってこない程度に。

日本の地方、地域社会に求められているのは成果目標設定です。限界集落からの脱出。どうしたら世間から、世界から注目を集めることが出来るのか。何か地域に眠っている資産はないか。それをどのようにしてブランド化したり、ビジネスとして展開させることができるのか。はっきりとした成果目標を設定するのです。

そして成果目標を設定し終えたら、その場所に住んでいる住民全員を巻き込んで自主的に積極的に活動してもらう。皆がリーダーということで成果目標達成まで、進んでもらう。途中、方向転換するようなこと、撤退するようなことがあっても、成果目標という大まかな軸がブレなければ大丈夫。お互い励まし合って、確実に成果目標達成のための道標を歩んでいくべきです。

後、TPPに関する高野氏の発言には感銘を受けました。TPPなんて怖くないと公の場で表現した大人に初めて出会った気がします。日本の技術に自信と信頼を持っている証拠であり、外からの敵なんて怖くない、むしろ戦って更に自己研磨して向上していくべきと高野氏は考えているのでしょう。

私も同感です。そのような資質(外から入ってきたものを日本人に合うよう改良、改革を進める力)を日本人は持っているし、飽くなき探究心は凄い日本人、もっと多くの日本人に自信を持って欲しいです。世界を相手に戦いましょう!

2050年以降の世界経済

経済史のアンガス・マディソン教授によると、中国のGDPのピーク時は1820年で、そのときの規模は世界の33%を占めるほどの世界規模であった。現在はまだ世界の10%に過ぎない経済規模であるので、まだまだ途中経過であることを理解しておいた方が良い。折角これだけ勢いのある経済が隣国にあるのだから、いかに協調して双方が発展する経済協力を果たすかを、百年計画で考えた方が良い。

世界史を紐解けば中国が世界最大の経済規模だった期間は長い。つい最近でいえば、1880年代の光緒帝(ラストエンペラーの1代前)の清王朝までは、2千年以上世界最大の経済規模だった。この中国の定位置だった世界一の経済大国の称号が、1世紀ばかりのインターバルを置いて元に戻ることになる。日本にとっては悔しいことだろうが、世界の中から見ればこれは通過点に過ぎない。(10秒で読む日経)

中華経済圏の中で適者生存していくにはどうしたらいいのだろうか?50年後、100年後の経済界ではあの会社もこの会社も、気がついたら中国系資本というマーケットが誕生しているかもしれない。否確実に存在しているであろう。私の興味はこの「限界集落から奇跡の脱出!地方再生!仕掛けるスーパー公務員」にあるユニークなジャパンブランド的市場有利性が大中華経済圏の中で通用しているのか、という点である。

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ユニークな人材、着眼点、発想法に優れ、皆を引っ張っていくリーダーは日本に存在しているであろうか。一人ではなく、皆がリーダーとなって進んでいかないと大中華経済圏に存在する大量の競争相手に負けてしまう。

大中華経済圏からも親日国家、インド社会からも、イスラム社会からも、アフリカ大陸からも、欧米社会からも日本の地方、地域社会へ人、もの、お金の流れを作ることの可能性は在るだろうか。何に注目して、どのような価値観が在ると判断し、ブランド化していくのか? 人任せ、他人任せの思考停止状態が続く多くのマジョリティーが日本人の中に多く存在するのであれば、我々は淘汰されてしまうでしょう。

産地市町村がイタリア地方都市のように、国家や政府に頼らず自力で世界化を目指す!

  • 国家が滅びても地方は困らない、それどころか地方は栄えている
  • 約1500の小さな町の大半が自前の産業を持って世界化し、経済的に自立している
  • 各地方都市の多くが、「世界で一位」のものを一つだけ作っている
  • 中国や東南アジアなどの新興国・途上国が手がけている値段の安い普及品分野では競っていない。高い値段と高いシェアを獲れるモノづくりを目指す
  • 生産部門は切り離しても、ブランド・デザイン部門は動かさない

イタリアでは各都市・産地で製品を高付加価値化し、世界に輸出している

  • コモ:シルク産業
  • ベラージオ:靴
  • ブリアンツァ:木製家具
  • パルマ:食品加工
  • モデナ:自動車(フェラーリー等)
  • エンポリ:アパレル
  • チーヴィタ・カステッラーナ:陶器
  • カラジャヌス:コルク製品
  • ブッドゥーゾ:みかげ石製品
  • ソレント:夜席細工の机
  • ベッルーノ:眼鏡
  • ウディネ:家具
  • モルテベッルーナ:靴
  • ベネチア:ベネチアングラス
  • カルビ:ニットウェア
  • チェゼーナ:陶器
  • ボローニャ:包装機械(パッケージングバレー)
  • サンテルビディオ:靴
  • テラモ:カジュアルウェア
  • ムルジャ:家具

小さな都市単位で産業が集積、高級ブランドなど高付加価値製品を世界に輸出

  • イタリアンワイナーリー、巨大な観光資源になっている
  • ワイナリーツアーを組んで良いところに宿泊、美味しいイタリアンでおもてなし
  • ワインを有名にして世界に輸出する

ブランド・デザインと価格設定能力が欠けている日本モノづくり産業

  • 日本酒蔵元ツアー、巨大な観光資源にする
  • 日本酒蔵元ツアーを組んで良いところに宿泊、無形文化遺産・和食でおもてなし
  • 日本酒を有名にして世界に輸出する

観光産業、付加価値を見つけ出す

  • わざわざ行っても価値が有るところ
  • 一箇所だけでなく周りの付加価値創出場所と繋がること
  • 四国お遍路のような旅路、ロマンティック街道のような
  • 日本人だけでなく、アジア人、欧米人、アフリカ人など

技術的特異点を迎えるにあたって

術的特異点とかって聞いたことありますか? 英語でTechnological Singularityっていうんですけど、要は今から30年後ぐらいの2045年頃にはコンピューターが人類叡智を超えるというものです。AI、人工知能です。その前の2018年頃(後5、6年後です)にコンピューターチップ容量が人間の脳細胞容量を超えます。で、その30年後、大体2050年前後に、コンピューターチップ容量は人間の脳細胞の100万倍に達しているそうです。

ムーアの法則とか有名ですけど、チェス盤の法則というのもありまして、その話に凄い刺激を受けたんです。簡単に説明すると、ある家来が王様のお役に立つような仕事(チェス盤を発明)をします。ご褒美は何がほしいかと尋ねられた家来は毎日ある量の米粒だけほしいといいます。チェス盤を王様の前に持ってきて最初のマスに米粒一粒、次の日には最初の一粒の倍、つまり2粒。3日目は前の日の2粒の2倍、4粒。このようにしてチェス盤が最後まで埋まるまで倍々で米粒をほしいと王様に交渉します。

もちろん王様は最初の小さい数字にしか気に止めなかったので、たやすいことだとおもい、引き受けるのですが、チェス盤の半分ぐらいに達すると米粒の量が凄いことになるんです。半分以降になると用意しきれなくなることに気づいた王様はその家来を殺してしまうんですが、この仕組みが1958年頃から始まったコンピューターのトランジスターの数と関係してくるという話です。

ムーアの法則では18ヶ月でトランジスターの数は2倍になり集積密度の向上が進むというもの。1958年頃から始まったデジタル革命創世記はチェス盤でいうところの最初のマスあたりです。で、今どのぐらいの位置にいるかというと、2006年頃、丁度iPhoneやYouTube、twitter、Facebookなどが社会に浸透し始めた頃です。ここがチェス盤でいうところの丁度半分ぐらい。で、これから先、倍々ゲームで凄いことになっていくわけです。

これからの30年から50年って多分人類が2度と経験することがないような期間になると思うんです。アナログからデジタルへ、それらテクノロジーが社会の至るところに恩恵を施していく。100年先では当たり前になっている世の中の仕組みをこの30年から50年の間に作っていくことになるであろうと予測するんです。

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限界集落のまま、没してしまった地域社会はどうなっているんでしょうか? テクノロジーの発展、発達はどのようにして社会の仕組み、新たな単位を形成していく過程で利用されるのでしょう?

想像して創造すれば、君は何処へでも行ける

ーアの法則が終焉を迎え、思考で物を動かし始める。ロボットと人間が融合し始め、アバターが日常生活に入り込む。遺伝子治療によって医療は個々にカスタマイズされ、老化の停止、遅延が当たり前になる。ナノテクノロジーの進化にともなって量子コンピューターを人類が扱うようになり、核融合発電によって世界のエネルギー需要供給に大変化が起きる。

コンピューター、インターネットのインフラ化が世界中に行き渡り、WiFiの範囲が空気と同じような扱いになる。インターネットに繋がることは呼吸をすることのように無意識になり、情報、テクノロジー革命が全てをデジタルに置き換え、社会がデジタル秩序によって収まる形に整い、人類が営むシステムがデジタル化に移行した後、2千年、3千年、5千年と同じようなシステムが継続していくであろう。

2050年、2100年の はどうなっていると想像しますか? 技術的特異点の恩恵を受けるでしょか? 大中華経済圏の影響を受けているでしょうか? どのような形で人類社会に融合していることが私達(日本人、アジア人、世界中の人々)に幸福をもたらすのでしょうか? 選択肢は私達の思考にあります。想像して創造すれば、私達は何処へでも行けるでしょう。

思考に気をつけましょう、それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけましょう、それはいつか行動になるから。行動に気をつけましょう、それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけましょう、それはいつか性格になるから。性格に気をつけましょう、それはいつか運命になるから・・・

限界集落から奇跡の脱出!立役者は地元の公務員!

能登半島の真ん中に位置する石川県羽咋市神子原(みこはら)。ここはトキの生息でも知られた自然豊かな場所だ。だが高齢化が進み、限界集落となる(人口の50%以上を65歳以上の高齢者が占める集落)。そんな神子原がいま、全国の自治体や農業関係者からの視察が絶えないほど注目を集めている。地元のコメのブランド化に成功した上、何と2009年に限界集落からの脱出を果たしたからだ。

その立役者こそ羽咋市役所の課長補佐、高野誠鮮だ。その出発点は、地元農業への強い危機感。「農家が自らの手でコメを売る仕組みを作らないと、農業の未来はない」。そう考えた高野は、地元のコメを「神子原米」とネーミングし、神子原⇒神の子⇒キリストという連想からローマ法王へのコメの献上を実現して大きなニュースとなる。その結果、神子原米は「奇跡のコメ」として、今では入手困難なブランド米に成長。これがきっかけとなり、農業を志す若い移住希望者も増加し、見事、限界集落からの脱出を成功させたのだ!

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