トヨタ自動車問題(大規模リコール)、アメリカからの視点

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豊田章男

トヨタ自動車問題(大規模リコール)、アメリカからの視点

連のトヨタ関係ニュース( トヨタ自動車の大規模リコール (2009年-2010年) )が治まってきた感じがするので自分なりにこの問題の総括というかアメリカからの視点を交えてまとめておきたい。今回も前回と同様にネットで上がっていた数々のブログなどの意見を参考にしながら自分の考察を記述してみた。

一番最初に目にした記事はJMM海外レポート/エッセイの冷泉彰彦氏のもの。公聴会が始まる前に豊田章男社長の目に止まればというような願いが込められた内容であり、海外に長く住んでいるものが大方感じるであろう要所要所のポイントを鋭く浮き上がらせている点で、僕自身内心このレポート記事、豊田章男社長、もしくはトヨタ関係者の目に留まればいいのになぁ、と思ったほどである。

アメリカ議会に対するメッセージ

この公聴会は「劇場型」になる可能性があるから「危険」だ、そんな声も耳にします。ですが、世界最大の生産能力を誇る自動車会社と米国議会が対決するのですから「ドラマ」を期待するなというのが無理です。であるならば、豊田社長は主役として、その役割を演じきるべきです。一人の経営者がそのように一市場の立法府に相対するという習慣は、日本の企業文化にはありません。

ですが、参加する以上は主役を演じ、観客を味方にする最大のパフォーマンスを展開すべきです。これは五輪のフィギュアと同じです。フィギュアと同じく、観客(世論)とジャッジ(下院議員)を味方にしなくてはいけないのです。そのためには、自ら積極的にメッセージを発信すべきです。

どうして、そんなメッセージを述べなくてはいけないのか? それは、アメリカの地で、外国の会社が大量に自動車を販売し、米国の地元企業のシェアを奪い、しかも最大の会社を破綻に追い込んだということには、例外的なことだからです。勿論、そこには必然があります。圧倒的な必然があったのです。

ですが、例外的なことだというのは事実です。例外的なことは、時に激しい揺り戻しに会うことがあります。今回は、その良い例です。その激しい揺り戻しに対抗するためには、自身がどうしてクルマを作り、アメリカで売っているのかという原点を述べなくてはなりません。( 豊田章男社長の公聴会パフォーマンスへの期待 )

絶対に謝ってはならない、2米国の自動車文化の歴史への敬意、3米国雇用への貢献、米国側協力者への謝意、4電子化への否定論を排す、米国の半導体技術への謝意、5プリウスの問題、回生ブレーキの特徴と、EVへの展望、共同安全基準策定委員会の提案など公聴会での証言を振り返るとカバーしている部分あり、提案に沿っていない部分ありとなってしまった。

全体的にはよく乗り切った、というのが一般的な印象であり、やっぱり本人、豊田章男社長自身がアメリカ議会の公聴会にわざわざ日本から現れたという事実は大きかった。

公聴会での印象

聴会が始まる前はあんなに騒いでいたメディアもいざ、豊田章男社長がアメリカ議会に現れるや本人を目の前にして少しばかりか物怖じしてしまったようにも感じた。おぉー、あのトヨタの社長が本当に来たよ、といった感じで豊田社長のプレゼンスは明らかにそれだけでアメリカのトヨタ問題に関する空気を和らげた気がする。

北米社長稲葉氏と通訳の女性というチームもまったくぶれていなかった点は多くのアメリカ社会の利害関係者に落ち着きをもたらしたであろう。

見えない相手には強気に出てしまう心理

ストランとか小売りの場面とかでお客様や顧客が苦情、もしくは文句を憤りを感じながら訴えている場面に出くわすが、マネージャーもしくは責任者が現れると途端にトーンダウンしてしまう感じと同じである。

電話やメールで文句を言ってくる顧客にも実際面と向かってお互いが話し合いの環境を受け入れた場面では顧客側の怒りが本人を目の前にした途端、トーンダウンする場合がほとんどだと思う。まぁ、稀に本人を目の前にしても怒り心頭して怒鳴り散らす人物もいることにはいる。

こちらの対応としてはお客様の怒りのエネルギーと同じレベルでそれを受け入れてしまうより、冷静にお客様が感じられたネガティブな印象に共感する姿勢を示してあげれば、その後の対応にも有利に展開できることになるのと同じである。

だから豊田社長がアメリカ議会に堂々と現れて、冒頭しっかりと自分の意思、哲学、思想などを英語で、自分自身の言葉としての英語で相手に対して語りかけたのは非常に良かった。アメリカ側も、おっ、こいつなら少しは話がわかりそうだ、というような印象を持ったに違いない。

トヨタの焦り、電気自動車市場で湧き上がるエネルギー

豊田社長「2つ目に、今回のリコール問題の原因を振り返ってみたいと思います。トヨタは過去数年間、急激にその業務内容を拡大してまいりましたが、正直ややその成長のスピードが速すぎたと感じております。もともとトヨタ経営の優先順位は、(1)安全(2)品質(3)量(お客さまにタイムリーに車を届けるとの意味)であります。

この優先順位が崩れ、そのためわれわれ自身が立ち止まって改善を考える余裕を無くし、よりよい商品をつくるためにお客さまの声を聞く姿勢をおろそかにし人や組織が成長するスピードを超えた成長を追い求めてきたことは真摯(しんし)に反省すべきであります。

その結果として今回リコールに至った品質問題を引き起こしたこと、それが原因で事故を引き起こしたことは、まことに残念であります」( 【トヨタ社長証言】(2)「全てのトヨタの車には私の名前が入っている。車が傷つくことは私の体が傷つくこと」)

れは他社との競争にトヨタがあせったのかもしれない! 電気自動車に関するエッセイでも述べたがトヨタは多くの自動車会社とは戦略を異にしており、トヨタ自身の技術と信念で電気自動車ではなく、最初の数年はプラグインハイブリッドカーで勝負するという試み。

トヨタ自動車側の読みとしては今後、すぐには今話題の電気自動車市場にはならないだろうとのこと。20年先はまだガソリン車というものの需要はなくならず、電気自動車が社会的にもインフラが整った状態になるまでにもまだまだ時間がかかるはず。

その間、ガソリン車と電気モーターを組み合わせたプラグインハイブリッドカーとして両方の美味しいところを組み合わせたトヨタの自動車技術は需要があるはずだ、とこれで勝負に挑む意気込みなのだ。( 自動車産業はどこへ行く、その1 – ガソリン自動車の未来、トヨタの戦略 )

かし電気自動車産業で起こっている膨大な成長へのエネルギーをトヨタも肌で感じている。今まで築いてきた実績と信頼をこのまま強固な状態で保ちたい。攻めに転じて自陣を固めるのではなく、守りに、保守に転じてしまい、不安と焦りからか自分の足元だけを見てしまったのが今回のトヨタの対応だろう。( 自動車産業はどこへ行く、その2 – 電気自動車の未来、日産の戦略 )( 自動車産業はどこへ行く、その3 – 電気自動車、シリコンバレーの戦略 )

トップは現場に歩み寄れ!

「さらに大切なこととして、経営陣自身が実際にクルマを運転し、問題の所在とその深刻さを自ら確認することを徹底いたします。私自身が、訓練を受けたテストドライバーの一人であり、プロとしてクルマの良さも悪さも判断できますし、クルマの持つ怖さもわかります。

今回対象になっているペダルを対策前後で、さまざまな環境設定の中で比較することもいたしましたし、プリウスのブレーキフィーリングも確認をいたしました。会議室で報告書やデータで物事を判断するのではなく、実際にものを見ることによって、はじめてお客さまの視点から判断できるものと確信しています」( 【トヨタ社長証言】(3)「自らテストドライバーとして安全確認」)

っぱり現場なんだよね! トップに立つ人物ほど現場に積極的に足を運び、現場の空気、市場の動向、顧客の心理、といった生の情報を蓄える必要がある。何の苦労もなくトップの席についてしまった人、親の事業を引き継いだとか、現場を知ることなく親からの財政的支援で事業を始めてしまった人が陥りやすいパターン。

上からの視線で現場を眺めていても今のビジネス環境が刻一刻と変化する市場では対処に遅れる。さらに悪い例は厳しい現場からの意見に耳をかさなくなる。自分の立場、ポジションを守るのに必死で、自分にとって聞き心地良い意見しか入ってこなくなり、現場もその雰囲気を察してか、クリティカルな情報は諦めの思いも手伝って(どうせ上に言っても無駄)届かなくなる。

こうなると組織は内部から崩壊し始め、やがてビジネス環境の外部的要因なども手伝って顧客を失っていく。上の位置に留まってふんぞり返っているトップは自分自身の後ろを振り返ってみるがいい! 誰か組織の人間がついてきてくれているだろうか?

対応の遅れ、すべてはコミュニケーション

一言で言えば、「対応が悪かったのだ」、と思っている。初動の遅さ、適切な説明の有無、論理・感情双方への配慮などコミュニケーション面での課題が多い。残念ながら、今までのトヨタの対応は、悪いコミュニケーションの事例として学ぶ典型的なものとなっていた。こういう問題が発生したら、スピーディに、必要な材料を適切にディスクローズし、感情面への配慮をしながら、コミュニケーションをするのが、肝要なのだ。

FT紙を読んでいて、一番問題だと思ったのは、ダボス会議における豊田社長の姿勢だった。そのFT紙の記事によると、「豊田社長は、ダボス会議でメディアとの接触を逃れ、逃げ帰るようにダボスを去っていった」と書かれていた。これは、事実に反するのかもしれない。

何らかの理由で、早々と帰国する必要があったのかもしれないし、そもそも最初からメディアとのアポなど設定されていなかったのかもしれない。だが、メディアのトップが数多く集うダボスの場は、格好の説明の機会であったと思う。そこで、是非とも堂々と自分のお考えを発していただくべきでなかったか。( オピニオン:トヨタのリコール問題に思う )

場から上がってくる厳しい意見を受け止め(全部を受け入れる必要はない)、周りにやりきらせる実行力を持つこと、イコール、現場に自分からの信頼を投げかけることであり、その信頼を感じた現場は率先して組織の盾となり動いてくれるであろう。世の中営業上がりの社長が多いことがすべてを物語っている。

ご存知の方も多いと思いますが、5年前、トヨタ自動車の張富士夫社長(元)が「やっぱり変だよ日本の営業」( やっぱり変だよ日本の営業 – 宋文洲 )を賞賛し、営業系役員に配りました。思えばあの頃のトヨタ自動車は最も輝いていました。トップの張社長は米国事業を育てた張本人であり、トヨタの問題点は製造よりも営業だと看破していました。

「やっぱり変だよ日本の営業」の最も重要な論点の一つは「営業とは売ることではなく知ること」でした。これは「カンバン方式」の本質でもあります。同じことはなぜ営業の分野にできないかと当時の経営陣が素直に問いかけていました。( トヨタ自動車がはまった本当の罠 )

トヨタの従業員は何を感じたか?

緊張から解放されたためか、豊田社長は「公聴会でも私は一人じゃなかった。あなた方やあなた方の米国中の同僚と一緒だった」と話すと絶句して涙ぐんだ。( トヨタ社長が涙 「一人じゃなかった」公聴会後に従業員らと集会 )

田社長が公聴会で堂々と振舞っていたことにトヨタ従業員は安堵の感を覚えたのではないだろうか? あれだけメディアから叩かれ話題に連日の如く上がり、一トヨタ従業員だったら誰だって不安になるに違いない、トヨタは今後大丈夫だろうか、と!

そしていざ公聴会が始まり、実際に自分が働いている会社のトップの顔が見えた。話している内容も豊田社長自身の言葉と感じたし、それによって起こったアメリカ社会のトヨタに対する感情の治まりのような雰囲気を感じることができたことも、従業員に胸を張って豊田社長を全面的に受け入れることができた姿勢に繋がったのだと思う。

豊田社長は現場に歩み寄って感じたことであろう。素早いトップの対応を行うことがどれだけ現場で、顧客と一番近い立場で対応に迫られる従業員を守るということを! それらの対応が彼ら従業員のトヨタ社員としてのプライドを傷つけずに後押しするものだということを!

トップが現場に歩み寄れば、現場の位置まで降りてくれば社員は今回のようにアメリカを代表するような公聴会に呼ばれて叩かれているトップの側に歩み寄る。自身の後ろを振り返れば従業員が自分を信じてついてきてくれているのを確認できるのだ!

アメリカにとって、トヨタは外資。公聴会に出た議員の中には、地元の雇用のためにもシッカリして欲しいと前向きな意見を述べる人もいました。ディーラーだって労働者だって、みんなトヨタで飯を食ってるんだから、当然、トヨタには巻き返してもらわないと困る。

米国は、世界に冠たるビッグ3を擁しながらも、トヨタやホンダを誘致する道を選んで今日があるわけです。私は、日本に進出した外資が苦境に立ったとき、果たして日本には外国から来た経営者を励ますような懐の深さがあるだろうか?と考えてしまいました。( 豊田章男の戦い。 )

今後の対応を説明する

この点に関しては、私は2つの困難があるように思います。1つは、トヨタ車に搭載されている電子式運転記録システムの持っているデータの扱いです。

このデータを公開できれば、今日の公聴会で「本当に怖かった」と泣きながら運転していたレクサス車の暴走を訴えた女性のケースについて「実は、アクセルとブレーキを踏み違えた」のかどうか「白黒がハッキリ」するのです。他のほとんど全てのケースについてもそうでしょう。ですが、これは大変な問題を引き起こします。仮に1つのケースについて公開してしまうと、それは民事上、あるいは刑事上の事故処理にも影響してきます。

そうなれば膨大な事故処理をしている保険会社の調査員、あるいは地域の警察官の仕事などはガラッと変わってしまいます。また、電子記録を使って事故処理の民事裁定をやり直すことになれば、社会は大混乱になります。トヨタ車だけでなく、全てのアメリカを走っている車に電子記録システムを義務付けて、ある時から一斉に証拠能力を認定する、そうでもしなくては公開できないのだと思います。

ですから、トヨタとしては「あくまで日本の本社が技術的観点から安全性向上のためのデータとして使用」するに止めているのだと思います。そうなると、どうしても「本当の原因は何か?」という問いには推測や、消去法で結論を出してゆくしかないことになります。この点が1つあります。

もう1つは、今日の公聴会でもジョー・バートン議員(共和、テキサス州)が言っていたのですが「昔のクルマは、アクセルやブレーキが、メカでペダルとつながっていました。でも今のクルマは電子式で怖い」というイメージです。この「怖い」というイメージ、あるいは「技術がブラックボックス化している」という問題をどう乗り越えるかです。

トヨタの今回の問題では、情報公開が足りないとか、隠蔽体質(そもそもは「ウォール・ストリート・ジャーナル」が言い始めたことですが)があるとかないとかいう議論がありますが、こうした問題も、トヨタが「電子技術についてどのくらいを社会に対して説明して行ったら良いのか分からない」という悩みを抱えている、そのように理解することができます。

例えば、このアメリカ下院委員会の雰囲気は「アクチュエータから信号がプロセッサに送られて、その演算結果に基づいて・・・」とか「エンジンのトルクを、ブレーキ予圧に回さないで済むと燃費が何%削減できて・・・」というレベルの話ができる雰囲気は全くありません。

それは、議員の技術リテラシーがそのレベルだというだけでなく、「有権者の代理(レプレゼンタティブ)」である議員は、有権者が聞いて理解できる会話を行うことが、支持率確保のための鉄則だということを知っているからでもあります。つまり、国民全体の技術リテラシーが向上しないと、大衆政治の意思決定が正確な技術情報を踏まえた話にはならないのです。( トヨタが直面する「技術リテラシー」の壁 )

諸外国でビジネスを展開させる上で

ヨタ問題は多くの企業でもその対応から対処に至るまで参考になったと思われる。今後益々大きくなる大中華経済圏へと日本企業が進出していった場合、または広がるヨーロッパ諸国のまとまり、EU経済圏へと進出した場合、どこまで現地に権限を与えるのか? この線引きが日本人の苦手とするところなのではないか?

ローカルを巻き込む、現地の言葉を日本の本社でも常に漂わせる・・・うーん、難しいね!後積極的にロビイストを配置することも考えたほうがいいかも。

どうしてもその土地でそのローカルの人を巻き込むとなった場合、雇用にしろ、経済状況にしろ、利害の調整に政治家が絡んでくることが多々あることが予想される。そうなったときに普段からパイプ役としてロビイストを政治家との関係強化のために雇っておく。こちら側の情報を随時ロビイストを通してそのローカルの政治家たちにも精通させ、感情論が激化しないように信頼関係を築いておく。

今回のトヨタ問題でトヨタの工場があった州の政治家などは比較的トヨタ側に立ってその姿勢を示した点などが参考になるのではないだろうか?

トヨタ問題は日本社会を表している

社会が成熟すると人々の間に「知らないことを知ってゆこう、人の知らないことを知っている人は偉いからその人に聞こう」という素朴なエネルギーが衰えて「知らない自分が見下げられるのは許せない。知っている特権層の特権利用は許さない」という感情論が蔓延するからです。( トヨタが直面する「技術リテラシー」の壁 )

本社会が内向き、下向き、後ろ向きになっている原因はこういうところにもあるのかもしれない。海外へ出て行かないと、英語をツールとして扱い自分の情報量を高めていかないと、自分が積極的に努力していく姿勢に切り替えていかないと、などといった姿勢に対してネガティブに構えてしまう、それらを実行している人たちに対して嫉妬、もしくは無視する姿勢をとってしまう。

素朴なエネルギーは自分自身も積極的に努力していない限り、自身の内部には宿らず、安易に努力して向上していこうとする人たちの揚げ足をとることで、または現実に起きている変化に対して目をそむけることで対処しようとする。

トヨタの姿勢は現場を無視した焦りであり、電気自動車産業からくる巨大なエネルギーに対する恐れであったのかもしれない・・・

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