バラク・オバマアメリカ合衆国大統領誕生、その1 – ジェシー・ジャクソン氏が泣いていた


ジェシー・ジャクソン

バラク・オバマアメリカ合衆国大統領誕生、その1 – ジェシー・ジャクソン氏が泣いていた

ジションは人を成長させる、とかってよく言うけど、昨日のバラック・オバマ氏の勝利演説を見る限り、すっかり自他共に認める自信のようなオーラーを纏っていた。

初の黒人大統領誕生、ということになっているけれど、これがどれぐらいの意味なのか僕は黒人ではないから想像ができないけれど、昨日行われれたシカゴでのオバマ氏による勝利演説を待つ群衆の中に、ジェシー・ジャクソン氏とオプラ・ウィンフリー女史をみることができた。

二人とも黒人層のシンボル的な存在感とでも言おうか、その二人が共に涙を流していた。特にジェシー・ジャクソンがこれまですごしてきた多くの思い出を自分自身で走馬灯のように思い浮かべながら(多分?)感慨深げに涙を流すシーンをみて、こちらも目頭が熱くなった。

市民権活動家(黒人)として知られるジェシー・ジャクソンも実は1988 年アメリカ合衆国大統領選挙の民主党候補争いの候補者として立候補した人物である。結局はマイケル・デュカキス氏に負け、このときはジェシー・ジャクソンを民主党副大統領候補にしようという動きもあったけどマイケル・デュカキスは代わりにロイド・ベンツェン氏を副大統領候補に選んだんだよ。

あの当時は僕はすでにアメリカに来ていて、というか来たばかりのほやほやの状態で、英語なんてほとんどわからずに、通っていたノースカロライナ大学シャーロット校に共和党副大統領候補のダン・クエール氏が来る、ということになっても“誰それ?”ってな感じであったのを覚えている。

英語がわからなくても普通に観察していれば感じることができるように、南部州に属するノースカロライナ州ではやっぱり人種差別というか、黒人は黒人、白人は白人、という形で固まって行動している様子をみてとれた。

あの当時はめちゃくちゃ人気のあったロナルド・レーガン大統領の2期目が終わり、次は誰になるかと注目されたんだけど、やっぱり共和党、保守派、 WASP (ワスプ)、という感じの社会的要素は雰囲気として社会の中に漂っていたと思う。

ジェシー・ジャクソンは悔しかったというか、まだ時期相応なのかなぁ、と思ったに違いない。自分が生きている間に少しでも黒人としての社会的地位がアメリカにおいて向上するだろうか? と常に思ってきた人だと思うよ。

というのもこのジェシー・ジャクソンという人物はあの “ I Have a Dream ” で有名なマーティン・ルーサー・キング Jrと共にまだジェシー・ジャクソン自身が若い頃活動していた人で悲劇となったテネシー州メンフィスでのマーティン・ルーサー・キング Jr 暗殺場面に遭遇していた。

その後キング牧師は、泥沼化が進むベトナム戦争反対運動にも立ち上がったが、時代の中で「黒人社会」からも「白人社会」からも徐々に孤立していき、キング牧師を邪魔だと考える「敵」が増えていった。爆弾テロや刺殺(犯人は精神障害のある黒人女性)未遂もあったが、奇しくも命をとりとめている。

その様な状況下でも精力的に活動を続けていたものの、1968 年4 月 4 日に、遊説活動中のテネシー州メンフィスで “I’ve Been to the Mountaintop” (私は山頂に達した)をメイソン・テンプルで遊説後、メンフィス市内のロレアンヌ・モーテルのバルコニーで、白人男性のジェームス・アール・レイに撃たれる。弾丸は喉から脊髄に達し、病院に搬送されたが、間もなく死亡した。葬られた墓標には「ついに自由を得た」と穿たれている。(ウィキペディア参照)

そのような大きな失望を経験してきて、自分が政治家となってアメリカ社会を変えてやろう、と立ち上がってもまだ時期相応ということで公務を実行できるポジションも与えられずということでずっと悔しい気持ちを胸の奥深くに閉じ込めながら運動を起こし続けてきたんだと思う。

だから今回オバマが黒人初のアメリカ大統領誕生ということになったとき、あのジェシー・ジャクソン自身が若かった頃の出来事などを思い出したんだろう。素直に嬉しいんだろうなぁ!

ロドニー・キング事件

ェシー・ジャクソン、コリン・パウエル氏、コンドリーザ・ライス女史、そして今回のオバマと順々に黒人の活躍できるレベルを上げてきたこのような歴史を見ると思い出す元 NBAプレーヤーのマジック・ジョンソン氏の言葉。

調度、僕がまだロスアンジェルスにいた1992年にロス暴動という大惨事が発生したんだよね。ロドニー・キング事件というのがあったんだけど黒人のロドニー・キングを白人警官数人がよってたかってボコボコにしていたシーンのビデオがマスメディアに流れた。

結局、その事件における白人警官は無罪ということになり、そのことに対して怒った黒人が暴動を起こしたという流れなんだけど、あの時はすごかったよ、昼間なんだけど外は真っ暗だったからね。

どういうことかというと、いたるところで放火による火事が発生したために消防などの活動が追いつかず、警察もそこら中で発生しているスーパーとかデパートなどへの収奪に追われ、まったくにっちもさっちも行かない状態だったからほとんどの火災現場は無法地帯だったんだよ。

そういう場所がたくさん発生して、その火事の煙による現象で昼間のお天気にもかかわらず、外は真っ暗、という異常な事態が発生した。怖かったよ、銃を持ってるだろなぁ、という奴が大勢うろちょろしていたからね。

日本における報道でロス暴動はロドニー・キング事件に対する白人警官への無罪評決をきっかけとして突如起こったかのような印象を受けることが多いが、その潜在的要因としてロサンゼルスにおける人種間の緊張の高まりが挙げられる。

アフリカ系アメリカ人の高い失業率、ロス市警による黒人への恒常的な圧力、韓国人店主による黒人少女(ラターシャ・ハーリンズ)射殺事件とその判決に対する不満などが重なり、重層的な怒りがサウスセントラル地区の黒人社会に渦巻いていた。そこにロドニー・キング事件のロス市警警官に対して無罪評決が下されたことが引き金となって、黒人社会の怒りが一気に噴出して起きた事件であるといえる。

のときに元NBAプレーヤーのマジック・ジョンソンが訴えるんだよ、“暴力はだめだ、暴力で訴えてはいけない”ってね。“暴力ではなく、頭を使って訴えていかないと、絶対に俺たちの地位は向上しないぞ”というようなことを言ったんだよ。

これ以前にも黒人暴動はあったんだけど、暴力で訴えるたびに逆効果を生み出すことは黒人たちの間でも少しずつ気がついていったんだと思う。そのような思いがあったから、下地があったからブッシュ大統領の組閣にコリン・パウエルやコンドリーザ・ライスなどが国務長官として選ばれてきた。

二人とも博士号を持つ頭のよさで、もちろん新しい大統領オバマもコロンビア大学とハーバード大学ロースクールをでている。ねっ、こうして頭で訴えようと努力して社会のいたるところで活躍し始めた黒人が増えているんだよ。

オバマが発する“ Yes, we can!! ”というメッセージの意味には、俺だって努力してコロンビア大学やハーバード大学を卒業できたんだ、君だってできるよ、 I could do it, too. So you can do it. Yes, we can do it 、っていうようなメッセージも含まれているんだよ。

だから今回のオバマ旋風を見てきた若い世代にとてもいい刺激を与えたと思うから、今後、たくさんのマイノリティー層から社会のいたるところで活躍し始める若者が出てくると思うよ。それぐらいのインパクトが昨日の歴史的瞬間にはあるんだ!

凛々しくあれ!冷静であれ!

日、選挙当日、いつも通っているスターバックスでコーヒーを買おうとしたところ、レジの黒人の男の子がお金を受け取ろうとしないんだよ。

“今日は選挙だからいいよ、受け取れないよ!”って丁寧に断られて、“あっ、そうなんだ”といった感じでこちらはコーヒー代半額をチップ箱に入れてきたけど、黒人の間でも凛々しくしないと、というような雰囲気が生まれていたんだと思う。

お祭り騒ぎになるんじゃなくて、浮かれないようにというか、調子に乗らないようにというか、これなんかはやっぱりオバマが常に冷静な姿勢でことにあたっている態度が影響しているんじゃないだろうか? たかが2ドルのコーヒーなんだけど、気持ちが良かったよ!


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