モチベーションその3、アルゴリズムとヒューリスティック

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モチベーション

モチベーションその3、アルゴリズムとヒューリスティック

職氷河期への疑問。インターネットがこれほど社会に普及しても能動的に自分にとって有利な情報を探し当てることが出来ない人は相変わらず一つの価値観に縛られることが多いんだなぁ・・・と大学生のほとんどが学生時代から就職活動を何十社と行って内定取りに血眼になっている様子から想像してしまう。

学生が感じる漠然とした不安というものがその社会の一部に入ると物凄く増幅されて、一歩でもそのレールから足を踏み外すと自分は劣等感を感じてしまう。一度日本の社会から飛び出て海外に2、3年住み、外から日本社会というものを眺めてみればどれほどそういうもののプレッシャーから解放されることだろう!

若いうちから多様な文化、社会などに触れる、同じ世代の人間との価値観を比較してみる。こういうことから自分の内部に少しずつ自信の幅のようなものが形成され、自己への投資以外自分を際立たせることはできないと気が付いて努力を始めるほうが健康的であると思う。

バラク・オバマ大統領一般教書演説

年初め行われたオバマ大統領の一般教書を聞いただろうか? 特に前半の部分で力を入れていた教育とイノベーションの部分にこれからのアメリカ社会の意気込みを感じられた。海外へ仕事を発注する企業に対して恨みつらみを言うよりももっと自分たちが知的に向上して知識集約的産業にフィットできる人材に一人一人が努力し始めようではないかと!

同じような危機感を持っている日本のリーダーはどれぐらいいるのだろうか? 就職活動に専念することも大事かもしれないが、それよりもその先にある社会の変化、日本も「アルゴリズム」(段階的手法またはルーチンワーク)的な仕事は海外へアウトソーシングされてしまうからそのときになって慌てないように自分に投資していく。

変化に気付いている若者はもう行動に移していると思うんだけど、実際にアルゴリズム(Algorithm)的な仕事とヒューリスティック(Heuristic)的な仕事とはどのように違うのかを今回もまた「モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか」の著書をヒントにしながらまとめてみた。

アルゴリズムとヒューリスティック

行動科学者は、仕事と勉強を、「アルゴリズム」(段階的手法またはルーチンワーク)と「ヒューリスティック」(発見的方法)の二つに分類することが多い。アルゴリズム的な仕事とは、一つの結論にいたる一本の道を、実証された指示に従って辿る類に仕事だ。つまり、解決にはアルゴリズムが存在する。

ヒューリスティックは仕事は逆だ。解決にアルゴリズムが存在しないからこそ、可能性を試行錯誤して新たな解決策を考案する必要がある。スーパーのレジの仕事は、たいていアルゴリズム的な仕事だ。ほとんど同じことを、何度も何度も一定の方法で行う。広告キャンペーンの企画は、大概ヒューリスティックだ。何か新しいアイデアを生み出さなくてはならない。

イントはヒューリスティックな仕事にはクリエイティブな思考が必要とされるということ。能動的に普段から自分の脳みそに知的な刺激を与えていないと人間は惰性に陥りやすい。他人から情報を与えてもらうほうが楽だから・・・これが思考停止を招く。

ホワイトカラーのルーチンワーク

20世紀を通して、多くの仕事がアルゴリズムだった。それは、一日中同じ方法で同じネジを締める仕事だけに限らない。ブルーカラーだけではなくホワイトカラーも、担当業務はルーチンワークの場合が多かった。つまり、仕事・・・会計でも法律でも、コンピューター・プログラミングでもそのほかの分野でも・・・の大半を、スクリプトや仕様書、慣例など、正しい解答を導く一連の手順にまとめることが可能だった。

だが現在、北米、西欧、日本や韓国、オーストラリアのほとんどで、ホワイトカラーのルーチンワークは消えつつある。その種の仕事は一番コストがかからない国や地域へと、どんどん委託されるようになっている。インドやブルガリア、フィリピンなどで、先進国よりも低賃金で雇用された労働者が、アルゴリズム的な仕事をこなし、正確な答えを見つけ、一万キロ離れた顧客や注文主のもとへコンピューターで瞬時に送信する。

気就職先ナンバーワンが公務員というニュースを聞いたとき、若者が保守的になっている国は危険だなぁ、と危機感を覚えた頃と今では日本社会の状況は変わったのだろうか? 地方自治体の財政が厳しい、公的資金の無駄使い。お役所の仕事を一番コストがかからない国や地域へとどんどん委託していく。

周りの様子を窺いながら東京を眺めているような地方は財政面で地盤沈下を皮膚感覚で感じられるようになったときにはもうかなり危ないと思われるんだけど・・・生き残る手段は日本の外に活路を見出すこと。人材も、金も、情報も外から取り寄せる。日本人だけ、日本人、日本、という拘りだけでサバイバルしていくのはもう日本社会では無理だと思う。

サービス産業にイノベーションを発揮させる

だが、オフショアリング(業務の海外へのアウトソーシング=BPOとも呼ばれる)は、左脳的な型どおりの仕事を奪う要因の一つに過ぎない。単純な肉体労働を最初は牛が、やがてフォークリフトがこなすようになったように、単純な知的労働は、人間の代わりにコンピューターがこなすようになってきている。アウトソーシングが加速度的に進む一方で、ソフトウェアはすでに、ルールに基づく専門的職務を人間よりも巧みに、素早く安価でこなしている。

例えば、あなたの従兄弟の公認会計士の仕事の大半がルーチンワークだとする。彼は、月給500ドルのマニラの会計士との競争に直面しているだけではなく、30ドルでダウンロードできる確定申告書作成プログラムとの競争にも直面しているのである。コンサルティング会社のマッキンゼーによれば、新たに作られる雇用のうちアルゴリズム的な仕事の占める割合は、アメリカでは30%にすぎず、70%はヒューリスティックな仕事が占めている。ルーチンワークはアウトソーシングや自動化が可能だが、芸術的で、感情移入が必要な非ルーチンワークの仕事には、それが不可能だからだ。

それがモチベーションに与える影響は、きわめて大きい。ハーバード・ビジネススクールのテレサ・アマビルなどの研究者は、外的な報酬と罰・・・つまりアメとムチ・・・は、アルゴリズム的な仕事には効果を発揮するが、ヒューリスティックな仕事には、むしろマイナスに作用する恐れがあると気付いた。

この種の課題・・・新たな問題を解決したり、独創性に富んだ製品を創造することなど・・・は、ハーロウの唱えた第三の動機付けに頼るところが大きいからだ。アマビルはこれを、創造性に関する(内発的動機付けの法則)と呼び、「内発的動機付けは創造性につながり、統制された外発的な動機付けは創造性を奪う」と主張した。言い換えれば、(モチベーション2.0)の核となる信条は、現代経済が依存するヒューリスティックな、右脳的な仕事に“有害”な影響を及ぼしかねないということだ。

れからの日本社会で一番変化の危機感に気付いて環境適応能力を発揮していくのは現場の人たちであろう。特に営業! 営業というところの意味は広い意味でのセールス、ということであって自分を売り込む技術が欠けるようではこれからのソーシャルネットワーク時代、難しいんじゃないだろうか? あなたが優秀な人材だということをどれぐらいの人が認知しているだろうか? あなたのスキルにどれぐらいの信用度、信頼度が蓄積されているのだろうか?

単純化された仕事はどんどんアウトソーシングされるだろうがクリエイティブな感覚を要する提案型のサービスはこれからどんどん日本社会で需要が高まっていくに違いない。社会のニーズ、人々のニーズを素早くキャッチしてどこに問題の本質が隠されていてどのようなサービスを展開していけば企業として利益を上げながら成長していけるのか? 能動的に行動して自分のアンテナを常に磨いている、自分に投資することは一つの価値観に流されて自分の貴重な時間を浪費してしまうより大事だと思う所以はここにある。

自ら意欲を起こせる人材

創造性を必要とする仕事が増え、型どおりに進められるケースが少なくなってきたこともあり、仕事を楽しいと感じる人も増えている。これも、(モチベーション2.0)の仮定を混乱に陥れている。この古いOSは、仕事とは「本質的に“楽しくない”ものだ」とみなしている。だからこそ、外的な報酬で人を動かし、外的な罰で脅かさなければいけないと考える。

第5章に登場する心理学者のミハイ・チクセントミハイは、娯楽よりも仕事をしているときのほうが、人は遥かに(心の安らぎを伴う)最適経験をしやすい、という意外な発見をした。だが仕事が楽しいという人が増えてくれば、(モチベーション2.0)の核心である外的な刺激は、ますます不要になる。それどころか、デシが40年前に気付いたように、本来は興味深いはずの作業に外的な報酬を加えると、モチベーションを低下させ、成果を損ないかねない。

・・・中略

こうした企業でなくても、自己管理は必要だ。アメリカでは、3370万人もの人が、少なくとも月に一日は在宅で働く。また1470万人もの人が、在宅勤務という形態で毎日働いている。かなりの数の労働人口が、マネジャーの目の届かないところで、自分の仕事を自分で管理するように求められている。

在宅勤務を採用していない企業も多いが、経営のスリム化が進み、組織の階層は崩れてきている。企業はコスト削減を図り、経費のかかる中間管理職を整理している。つまり、マネジャーは、従来よりも多くの社員を監督しなければならず、一人ひとりを注意深く観察できなくなっているのだ。

組織のフラット化が進むにつれ、企業には自ら意欲を起こせる人材が必要になる。これにより、多数の組織が、なんというか・・・ウィキペディア化を余儀なくされる。ウィキペディアの参加者は、誰にも「管理」されていない。どうしたら「意欲が湧くか」などと考えて、漠然と過ごしているものなどいない。だからこそ、ウィキペディアは機能している。

ルーチンワークなどの、それほどやりがいが感じられない仕事には管理が必要だ。一方、非ルーチンワークのように興味を喚起する仕事は、自発性が頼りとなる。匿名希望のあるビジネスリーダーは、これを次のように簡潔に言い表した。採用面接を行うとき、応募者にこう告げるのだという。「他人からモチベーションを与えられる必要がある人材を採用するつもりはありません」

生諸君にアドバイスが一つあるとすればここのポイントだと思う。自分が選んだ職場においてそこでは誰からも強制されることなく自分の仕事に関する知識、技術を高めるモチベーションが自然に発生するかどうか? その過程で蓄積された知識が土台となって社会を洞察する知恵を備え付ける、それがイノベーションを生み出すきっかけとなると思うんだけどいかがだろうか?

多感な若い時期こそ多様な価値観、文化、社会環境に触れることはこういったことからも大事なんだけどなぁ・・・結局のところ若者を採用する企業のほうでも人材の芽を潰してしまっている。若い人にプレッシャーを与えることに加担するよりももっと寛容に構えてあげれば、大海を泳いで逞しくなってきた若者を生み出すきっかけになりはしないだろうか? 日本社会の生産性が落ち込んでいく過程を加速させているのは日本企業自身ではないか?

以前ニュースで見た中でこれは良い試みだなぁと感じたものに5年間有効な内定を発行する会社の特集をやっていた。5年間有効な内定を発行する企業としては学生に大学を卒業して即入社というプレッシャーを与えないでその有効期間を自由に学生自身のために費やすことを奨励、いろいろ体験した後更に一回り成長してわが社に入社してほしいというもの。

学生のほうも有効内定期間が5年間あるということで在る者は他の企業に2年ないし3年働いてみて自分の可能性を試してみたり経験することに企てたり、在る者は海外へ長期のボランティア活動へ参加、在る者は自分でベンチャーなどを立ち上げる経験に費やしたりと様々であった。勿論海外へ留学するものも存在するであろう。

一番良いのは可能性を秘めた学生たちの向上心というか何かを体験させることの意欲、モチベーション的な余裕を得られることであろう。経験も知識もない若者が自ら試行錯誤の中進んでいく。個人でできる限界点にもぶつかるであろう。そのときに企業で学べる何かを発見するきっかけになるであろうし、企業側も学生色全般の人材よりも何かを体験してきた若者のほうへと興味を示すのではないだろうか?

オープンソース参加への動機

それは、世界中の何十万というソフトウェアのプロジェクトに限ったことではない。今では、オープンソースのお料理レシピー、教科書、自動車デザイン、医療研究、(判例集などの)訴訟関係資料、写真集、(義肢、義足などの)人口装具、消費者信用組合、コーラ(レシピー)、ソフトドリンクでは満足できない人のためには、オープンソースのビール(レシピー)まで見つかる。

私たちの行動を体系づけるこの新しい方法が登場したからといって、外的な報酬が完全になくなりはしない。オープンソースに携わっている人々は、清貧の誓いを立てているわけではないのだ。多くの人にとっては、このようなプロジェクトへ参加すれば、自らの評判を高められるし、技術も磨かれる。結果的には、経済面にも反映されることになる。オープンソースのアプリケーションソフトの実行や維持管理業務を、企業から請け負うビジネスを立ち上げ、多大な利益を得たものもいる。

だが結局、複数の研究者が指摘するように、従来のビジネスモデルが外発的動機付けに依存しているのと同じくらいに、オープンソースは内発的動機付けに頼っている。MITの経営学教授であるカリーム・ラハニとボストン・コンサルティング・グループのコンサルタント、ボブ・ウルフは、主に北米と欧州におけるオープンソースの開発者684人に対して、プロジェクトに参加した理由を調査した。

多様な動機があるなかで、「楽しいからという内発的動機付け、つまり、そのプロジェクトに参加すると創造性を感じられることが、もっとも強力で多くの人に共通する動機付けだ」と、二人はこの調査から明らかにした。こうしたプログラマーの大半が、ほどよい挑戦を受けたときの「流れ(フロー)」と呼ばれる心理状態によく達するという。

ドイツの経済学者3人が、同じように世界中のオープンソースのプロジェクトを調査した。その結果、参加者の動機は「一連の内発的動機づけが大半を占めている」とくに、「かなり高度なソフトウェアの課題を克服する・・・楽しみ」や「仲間のプログラマーの世界に貢献したいという欲求」だとわかった。(モチベーション2.0)が、このような欲求に介在する余地はほとんどない。

のような活動に参加していくことはこれからどんどん求められていくであろう。営業の話しをしたけれど結局自分とはどれほどの人材的能力を備えた人間で、どのような人格を形成している人間か、というアピールを自ら仕掛けていくことが要求されていく。経済的見返りも高まると同時にそれよりももっと高尚なもの、人々から認められるという存在意識、信頼などを得たいという願望は益々高まっていくものだと感じる。

内発的動機付けの重要性

すべての仕事にこの実験結果があてはまるわけではない。アマビルのチームは、外的な報酬は、アルゴリズム的な仕事・・・つまり論理的帰結を導くために、既存の常套手段に頼る仕事・・・には効果があると気付いた。だが、右脳的な仕事・・・柔軟な万台解決や創意工夫、概念的な理解が要求される仕事・・・に対しては、条件付報酬はむしろマイナスの影響を与える恐れがあることも明らかにした。

報酬の存在によって、周囲が見えにくくなり、独創的な解決策を生み出しにくくなる傾向がある。これは、社会科学において定説となった。アマビルのチームは何年にもわたり、これについて精査を重ねてきたのだ。芸術家にとっても科学者にとっても、発明家や学生、そのほかすべての人にとって、内発的動機付け・・・その活動に興味を引かれ、やりがいを感じ、夢中になれるからその活動をしたい、という原動力・・・が、高いレベルの創造性を発揮させるためにはきわめて重要である。

だが、多数の企業で主流を占めるアメとムチの「交換条件付き」の動機付けは、創造的思考を呼び起こすどころか、往々にして抑え付ける。先進国経済が、右脳を必要とする概念的な仕事へと重心を移す・・・つまり、いっそう多くの人が、それぞれが抱えるロウソクの問題に対処しなくてはならなくなる。

子高齢化を迎える日本が経済的にサバイバルしていく手段はクリエイティブサービスを行える人材を多く抱えることにかかっていると思う。日本には「おもてなし」という真心こもったサービスが存在するではないか!

物作りにも十分発揮される能力、使う人、使われる環境に配慮した工夫を創造していく思考、思想は日本人が得意とするクリエイティブなサービスだと思う。これを発揮できる個人を数多く育て、社会が存在発展していくためにそれらの個が活躍できる環境を整えていく。需要は世界中で発生するはずだから単純作業は海外へ発注、逆に海外からは日本独自のクリエイティブサービスを受注していけばいい!

4つの基本的要素

十分な給与を払わなければ、社員は会社から離れていきます。しかし、それにもまして、金銭は人に意欲を与える要因ではないのです。お金よりも重要なのは、このようにクリエイティブな人を引き付ける仕組みなのです。未来を見据えた少数の企業が気付きつつあるのは、こうした特徴の一つが自律性であるという点だ。

とりわけ、何をするのか、いつするのか、どのようなやり方でするのか、誰と一緒にするのか、という仕事の4つの側面に対する自律性だ。アトラシアンの事例からわかるように、タイプIの行動は、この4つのT、課題(Task)、時間(Time)、手法(Technique)、チーム(Team)に関して自律性を得た時に現れる。

金を集める投資移民制度には賛成! 人材を集める高機能移民政策にも賛成! 今まで日本人だけですべてをこなしてきた日本社会。これからはどれだけ異質なものを受け入れて上手にお互い融合、活用、成長していくかがキーポイント。自律性の発揮はコミュニケーション能力不足を駆使する可能性はないだろうか?

インターネットビジネス

最後に気になる話を。これからのベンチャーの舞台はニューヨークになるかもしれないというのだ。ニューヨークタイムズによると、ビジネスのトレンドを最も早く的中させているベンチャーキャピタリストがシリコンバレーからニューヨークに引っ越してきた。シリコンバレーを代表するベンチャーキャピタル「アクセル」のパートナー、ジム・ブレイヤー氏である。

フェイスブックへゴールドマンサックスが500億ドル出資したことがつい最近話題になった。しかし彼は、それを6年ほどさかのぼる2005年4月に、先頭に立ってフェイスブックに1270万ドルを投資していた。今なにかと話題のグルーポンを支えたのも彼の投資である。

この3年でニューヨークのベンチャー15件に投資している彼は「この10年ニューヨークがベンチャーで最もホットな場になる」と見ている。それは、ニューヨークには世界最高のエンターテイメント、メディア、そして商業があるからだという。ブレイヤー氏は「これからのインターネットビジネスは、ソーシャルメディアがエンターテイメント、メディア、商業と交差するときに生まれる。まさにニューヨークこそが最適の場所なのだ」と断言する。

京の次に位置しているのがニューヨークです。これからのインターネットビジネスは、ソーシャルメディアがエンターテイメント、メディア、商業と交差するときに生まれる。まさに東京こそが最適の場所なのだ・・・多くの価値観を多様化できれば・・・

自律性を養う術

だが、自律的になる、といっても責任をないがしろにしてもよいという意味ではない。OSの機能が何であれ、仕事には責任を持たなくてはいけない。ただ、それぞれのOSは、人間の本質について異なる仮定を立てているので、責任を果たす際にも方法が存在する。(モチベーション2.0)は、自由を与えれば人間は怠ける。だから、自律的にやらせれば責任回避をするだろう、という仮説を設定している。一方、(モチベーション3.0)は、異なる仮定に基づく。人は、本来責任を果たすことを望んでいる。つまり、課題や時間、方法、チームを確実に任せることが、目的にいたる早道だと考える。

もちろん、ほとんどの職場では今でも、古いOSを前提とする仕事のやり方が行き渡っているので、自律への移行は一時には起こらない。というより多くの場合は、できない。仮に、管理された環境から人を引き抜いて、その環境以外何も知らない彼らを、ROWEまたは自由裁量が認められた環境にいきなり配置したら、その人たちの苦労は目に見えている。リチャード・ライアンが指摘したように、移行のステップを各従業員が見つけられるように、組織は足場を組む必要がある。

また、一人一人が自律の異なる側面を重んじるようになるはずだ。ある者は、課題設定についての自律を切望するかもしれない。別の者はチーム編成に対する自律を望むかもしれない。ザッポスの創業社長シェイから、次のようなメールを受け取った。「人の幸福にとって、認知制御は重要な要素であると、複数の研究から明らかにされています。しかし、人が何をコントロールしたいと感じるのかは、本当に人それぞれです。ですから、自律の中で一番重要な側面は、誰にとっても同じではないと思います。人によってそれぞれ異なる欲求があるので、雇用主にとってもっとも有効な戦略は、従業員一人一人にとって何が大切なのかを理解することではないでしょうか」

そうした個人の欲求は、一見その人の自己表現に見えるが、やはりそれは共通の根源から芽生えている。私たちは、ゲームの駒ではなくプレーヤーになるために生まれてきた。本来は自律的な個人であって、機械仕掛けの人形ではない。私たちは生来、タイプIなのである。ところが、外部の圧力・・・人は「管理」される必要があるという、ほかならぬその観念も含めて・・・が、私たちに備わっている初期設定を変更して、タイプXへと変えようとする。もし、職場だけではなく、学校や家庭も含めて自分の環境をアップデートすれば、もしリーダーが人間の本質についての真実と、それを裏付ける科学の成果を素直に認めれば、私たち自身も同僚も、人間本来の状態を取り戻せるに違いない。

端に管理された社会から自律への意欲に掻き立てられ自由を取り戻そうとしている地域が中東の各国で見られます。宗教的ではないモチベーション、自分たちも良い暮らしがしたいというモチベーション。

元々中東の人たちは知的に優秀な人材が揃っているので宗教的な制約やデジタル社会への移行を妨げる障害を一つ一つ取り除いていけることができるならば案外中東地域の発展は加速するかもしれないと楽観しているのは僕だけでしょうか?

従順から積極的な関与へ

自律の反対は統制だ。行動という羅針盤においてこの二つは対極に位置しており、両者はわたしたちに異なる目的地を指し示す。すなわち、コントロールは従順へと、自律は関与へと導く(本来は「関与」「絆」などを意味する。最近は、「仕事に対する真剣な取り組み」、さらに「個人と組織が一体となり双方の成長に貢献し合う関係」を指す)。この相違から、タイプIの行動の2番目の要素である(マスタリー、熟達)がもたらされる。マスタリーとは何か価値あることを上達させたいという欲求だ。

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