世界に飛び出せ若きアスリートたち!(ジェネレーションY)


中嶋一貴

世界に飛び出せ若きアスリートたち!(ジェネレーションY)

UEFA チャンピオンズリーグを見ているだろうか? アーセナルのサッカーが面白い。そのアーセナルを引っ張っている中心人物のセスク・ファブレガスが非常にいい。この夏の EURO2008 で見事優勝したスペイン代表でファブレガスはシャビとならび絶賛された。

ファブレガスとシャビは一緒のフィールド内では効果を生まないとされてきたスペインだが、見事その予想を裏切り、二人は調和していたのだ。まだ21歳のファブレガスはそこで自分だけの情報、自分だけのための自信となる源をつかんだのだと思う。それが今回の UEFA チャンピオンズリーグでのアーセナルの戦いぶりに出ている。

俺がアーセナルを引っ張っていくんだという、強い意志を感じるのだ。見ていて非常に気持ちがいい。そしてそのアーセナルの中でひしひしと実力を高めている一人のFWがいる。

セオ・ウォルコット

ングランド代表、FWのセオ・ウォルコットである。彼はまだ控えの存在であるが、めきめきと成長振りを示しだし、先に行われた2010年W杯の予選試合、イングランド対クロアチアとの試合で見事ハットトリックを決めて、デビッド・ベッカムからイングランドの継承者としての賛美を一斉に浴びた男である。

普段からファブレガスやロビン・ファン・ペルシになどの間に囲まれてサッカーをしていれば、成長するのは当たり前である。このような環境に自ら置くことがどんなに精神的な成長をその個人に与えるか、計り知れない効果を生むのだ。

昨シーズンの UEFA チャンピオンズリーグでのアーセナルとAC ミランの試合で、後半から途中出場したウォルコットは3点目を生み出す基点となっていた。アーセナルが速攻をしかけ、右ウイングのウォルコットにボールが渡されて、彼は縦への突破を試みる。

そこでAC ミランの左サイドDFカハ・カラーゼに競り勝ち、そのまま中へドルブルを仕掛け、調度トップスピードで上がってきたアーセナルのFWアデバヨールにどんぴちゃのパス。これをアデバヨールはそのまま走りこんで見事得点。このウォルコットのシーンが非常に印象に残っているのだ。

同大会の決勝トーナメント 1 回戦の AC ミラン戦では、抜群の快足でサイドを駆け上がり、だめ押し点となるアデバヨールへのアシストを決め、プレミアシップのクラブとしてサンシーロで初めて AC ミランを撃破するという快挙に貢献する。

同大会の準々決勝のリバプール戦では、自陣のバイタルエリア付近から相手のゴール前までの距離(約 80 メートル)を 4 人の相手 DF をかわしながら一人で駆け抜け、アデバヨールのゴールをアシストした。チームは敗れたものの、強烈な印象をアンフィールドのみならず全世界に残した。(ウィキペディア参照)

段から僕が日本代表の若い選手は欧州へ行って、それも UEFA チャンピオンズリーグに出場するようなチームに入ってレギュラーとして活躍することがいかに大事かわかっていただけたと思う。怖がる必要などないのだ。要は早い時期にそのような環境に自らの身を置くことがいかに個人として成長させるか。このことは非常に大事だと思われる。

サッカーだけに限った話ではない。モータースポーツにゴルフ、テニスの世界でも早い時期から日本を飛び出し、世界を舞台にして活躍する若者が増え始めていることは喜ばしいことである。

先々週行われた フォーミュラ 1 ( Formula 1 )を観て驚いた。今年から新たにシンガポールグランプリが加わりシンガポール市街地コースで、 F1 史上初のナイトレースで開催ということもあり、久しぶりにF1を見たのだが、そこでスタート前に行われたインタビューであの中嶋悟の息子、中嶋一貴のインタビューをみて驚いたのだ。

中嶋一貴

父のレースを幼少時から見て育った中嶋一貴は、 1997 年 ( 12 歳)にカートレースにデビューする。 1999 年には鈴鹿選手権シリーズ ICA クラスでシリーズチャンピオンとなる。その後、父の中嶋悟の親の七光りと言う評判が付くことを嫌った一貴は、ホンダ系ドライバーであった父親とは違って、 トヨタが運営するフォーミュラトヨタレーシングスクール(FTRS) を2002 年に受講し、スカラシップを獲得した。

2003 年は、そのスカラシップでエントリーする事となったフォーミュラ・トヨタにて、見事シリーズチャンピオンに輝いた。2007 年シーズンは、 GP2 を戦いながらウィリアムズチームの第 3 ドライバーを兼務することになった。これは TDP の「参加ドライバー」として、初めて F1チームとの契約ドライバーになることであった。

このことについては、 2007 年からウィリアムズのエンジンサプライヤーとなったトヨタの推薦を元に、チームオーナーであるフランク・ウィリアムズが自ら面接を行い決断したものであると、共同オーナー兼エンジニアリングディレクターであるパトリック・ヘッドが明かしている。ドライバーとしての能力は当然として、英語が堪能であることも契約に至る判断材料になったものと思われる。(ウィキペディア参照 – 中嶋一貴 )

メリカのブロードキャストだといってインタビューを申し込んだんだけど、中嶋一貴は普通に英語でインタビューに答えていた。僕はなるほどねぇ、と思った。時代が変わったのだろう。中嶋悟や鈴木亜久里、片山右京が活躍していた時代とは違って、佐藤琢磨や中嶋一貴のように普通に英語でコミュニケートするアスリートが日本人にも定着し始めてきたことの証だろう。

何度も言っているようにこれからのスポーツアスリートはスポーツの訓練と一緒に語学の習得を必死になって身につけたほうがいいのだ。その思いは続いて行われたネルソン・ピケ Jr. のインタビューを聞いて核心を持った。

ジェネレーション Y 世代

だったらブラジル人、イタリア人、フランス人、などラテン系の多いF1のドライバーのインタビューはそれこそその国の母国語のアクセントを含んだ英語だったけど、ネルソン・ピケ Jr. のそれを聞いてあぁ、時代が変わったんだなぁ、と思った。

普通にアメリカ英語を話していたのだ。彼ら ジェネレーション Y 世代の人間にとっては当たり前の環境なのかもしれない。彼らは物心ついた頃からインターネットが生活の周りにあった世代だ。

だから世界とネットワークで繋がることなど、なんの違和感もないであろうし、そこで繰り広げられるコミュニケーションとしてのツール、英語などにも普通に取り組めるのであろう。これは非常に大きなことであるし、大きな流れなのだ。この方向性は変わらないであろう。(  スポーツをやる子供に第2外国語習得も  )

LPGA Championship 。 Ladies Professional Golf Association ( 全米女子プロゴルフ協会 )が発表したように英語は益々アスリートにとって必要となってくる。

In August 2008, the LPGA Tour announced a new policy that would have required all players who had been on the tour for two years to be able to speak English or face suspension. They rescinded the policy two weeks later amidst increasing criticism, including criticism from LPGA sponsors. Commissioner Bivens will be announcing a revised policy that will not include penalties.

The LPGA has not disclosed by what standards English proficiency will be judged or provided information on whether it will provide education, tutoring, or classes for players whose native language is not English. The LPGA has not required monolingual English-speakers to learn another language.

One American commentator, Ron Sirak of Golf World magazine, said after the demise of the English-only proposal that “The LPGA was hit by a sucker punch — after setting itself up as the sucker,” adding that the single biggest source of revenue for the tour is the sale of television rights in South Korea . (ウィキペディア参照)

子ゴルファーの宮里藍ちゃんとの英語インタビューを聞いたときにもなんの違和感もなく彼女は普通にこなしていた。これが当たり前になってくる! テニスでもそうだ。錦織圭選手が先の全米オープンで世界ランク4位のスペイン、ダビド・フェレールをフルセットの末破ったが、あれなどは早い時期からアメリカの環境で自分のテニス含めさまざまなことを鍛えていたのが大きい。

もし錦織圭選手が日本で10代を過ごしていたらきっとあの全米オープンでの試合は負けていただろう、というのはいいすぎであろうか? 僕はそうは思わない。海外で生活するということはタフネスを要求されることはもちろん、そこで真面目に事に当たり毎日を自分なりに消化しながらいろいろなものを吸収していくことが、個人にあたえる自信はとても大きい。

この自信の裏づけがあったからこそ、世界ランク4位というブランドにも怯まず、自分を信じて自分のテニスができた証なのだと思う。日本にいる若きアスリートたちよ! 勇気を持って世界に飛び出していくがいい。日本のしきたりに従う必要などどこにもない。世界は君たち、新しい世代の活躍を期待しているのだ。

田澤純一

アメリカではメジャーリーグのプレーオフが始まったが今年は何人の日本人が残っているのだろうか? 野茂英雄の時代と比べたら大変な進歩だ。メジャーリーグでも新しい風がどんどん吹いている。社会人野球の田澤純一選手のような行動をとる若者は今後どんどん増えてくるであろう。

2008 年のドラフト上位指名候補とされていた 新日本石油 ENEOS の田澤純一がドラフト会議前にメジャー挑戦を表明したが、これでメジャーにまで上り詰めれば初めてのケースになる。しかし 2008 年 10 月、ドラフトを拒否して海外球団に入団した選手は、退団後2~3年間日本球界への入団を認めないという措置を発表した。(ウィキペディア参照)

りのしきたりも大事だが時代の流れと照らし合わせてどのような方向へ向かうのか自分なりに見極めていくほうがいいと思う。日本球界への入団を2、3年間認めないとしているけれど、こんなもの当てにならない! ファンが観たがるであろうし、必ず獲得競争が起こるであろう。

この球界のポーズは今後、このような流れが大きな潮流にならないことへの恐れであり、どうして新しい時代の流れを取り組んで生き延びようとしないのだろうか? 大好きなサッカー、モータースポーツ、ゴルフ、テニス、野球が続けられる環境を選んでいくことが世界レベルで今、若き日本人アスリートの前に広がっている。

挑戦する若者よ、どんどん世界へ飛び出せ! 僕はそのような若者を応援するであろうし、きっとそのような事実が多くの日本人に勇気を与えることになると思っている。

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