人生のすべての出来事をゲーム化して考え行動する


ゲーミフィケーション

人生のすべての出来事をゲーム化して考え行動する

ーミフィケーション。ゲーム、というとどうしても遊んでいるという印象を持ちやすい。自分の貴重な時間を費やしてまで暇つぶしのためにゲームに夢中になる、といったネガティブな感情を抱いてしまう人は考えを改めたほうがいいかもしれない。

教育システムの改革に多様化の必要性は気づいていたけれどももう一つの大事な要素、ゲーム化が世界中のあちこちで抱えている問題の解決方法を見つけ出すイノベーションを引き起こす可能性を秘めている。

ゲームが未来を救う!? ~広がるゲーミフィケーション~

人々を楽しませ、夢中にさせるゲームの手法やノウハウを“ゲーム以外”の分野に活用していこうという動きが、急速に拡がっている。その名も“ゲーミフィケーション”。若者の車離れにあえぐ自動車業界では、運転技術を採点し、ドライバー同士で競わせる機能を搭載した新型車が登場。

ゲーム的な手法の導入は、外食・旅行・小売りなど他の業種にも拡大し、2014年には世界のグローバル企業の70%以上にのぼるという予測もある。更に、米国ではタンパク質の構造解析をゲーム化することで、科学者が10年以上解けなかったエイズ治療のカギを握る酵素の構造を3週間で解明。食糧危機やエネルギー問題などを解決するアイデアを競わせるゲームを通じて、人類が直面する課題の克服に役立てていこうという試みも始まっている。広がる“ゲーミフィケーション”の世界を検証する。

らなかったんだけど「クローズアップ現代」のサイトで放送内容をまるごとチェックと題してテキストで打ち起こしている試みはありがたい! これだけ個々人でブログなどの活用が社会に浸透しているのだから多くのにわかジャーナリスト(自分も含めて)は利用するべきである。著作権がどうのという議論も大事だけど、ここは大局観をもって社会を眺めるならばこれら人々にとって、社会にとって、国にとって良いと思われる材料は広く知れ渡るべきであると考える。

教育環境で起こっているゲーム化

もうひとつすごいのが、ゲーム化だ。ゲームというと時間の浪費と思う親も多いと思うが、ときには才能の浪費と思う親たちもいる。学習におけるゲームの居場所をめぐって議論は絶えないが、でもひとつはっきりしているのは、それがすでに定着していることだ。

だからむしろ、ゲームの良い点を、インターネットやモバイルのゲームと共に育つ今の子どもたちの教育のために積極的に利用したほうがよい。つまり、それを成長のための栄養に変えるのだ。昨年The New York Timesに載った記事によると、Joan Ganz Cooney Centerによる調査の結果では、iPhoneの教育用アプリの売上上位のものの60%は就学前の幼児用だ。

そんな子たちが、一年生になったら、アプリとゲームで育ったことを急に忘れてくれるだろうか? それは、絶対にあり得ないだろう! むしろ、ゲームの利用によって教育がもっと子どもたちにとって魅力的なものになる、と考えたほうが無理がない。ゲームが学習効果を高める点では学年を問わない、幼稚園でも大学の医学部でも変わらないはずだ。

これは私個人の勝手な期待ではなくすでに十分な量の証拠もある。ゲームデザイナーのJane McGonigalが自分のサイトで述べているところによると、自分の人生の第一目標はゲームのデザインが人類に与える影響により、ゲームデザイナーがノーベル賞にノミネートされる事態を目撃することだそうだ。ゲームというものに対するこれからの見方としてはこれぐらい前向きなものこそ妥当だと私は思う。私がとくにワクワクしながら感じている可能性は、ハイスクールの教育が抜本的に変わることだ。

50人のクラスで、教師たちが、退屈しているAの生徒たちと、まったく授業について行けないDの生徒たちに同じ講義をしている現状から、個体差に適応した最適難度を持つ、ゲーム化した学習システムに変わること。しかもそれらは、Facebookが証明しているような人間のソーシャルな側面をうまく利用している。

たとえば、自分のことを日頃からよく知っている友だちが、ある学科の理解を助けてくれる、と想像してみよう。その場合、私の見解では、助けをもらう生徒だけでなく、助けてあげる友だちも、その学科の理解が深まるのだ。そして、(いかにもゲーム的に)ポイントとかスターとかバッジをもらえることが励みになり、そこで過ごす時間も増える。

自分の意思で長居するのだから、今の学校の教室よりは、学習に向かうモチベーションも高まる。さらにこれに、評判システム(reputation system)が加われば、教育の革命が始まる。それらの、おもしろくてやみつきになる教材コンテンツは、そのプロデューサーが上位20%の優秀教師たちだ。

そして彼らトップ教師たちが作り出す教育効果と彼らのリーチが、今後の技術革新によって何倍にも大きくなるから、様子見をしていたトップ教師たちもコンテンツのプロデューシングに参加してくる。それは彼らにとって、これまで好きなテレビ番組を見ることが楽しいことであったのと変わらないほどの、楽しい創造的体験になる。(  教えるのは教師かアルゴリズムか?–教育の高度コンピュータ化はますます人間的な人間教師を必要とする  )

ゲーム化した個別適応学習により高校落ちこぼれを防ぐAlleyoop

人生の過程におけるゲーム化

くの人が抱える様々な問題。お金、仕事、健康、恋愛、結婚、子育て、家庭など挙げていけばそれこそきりがないだろうし、個人が抱える問題も人それぞれ異なる。

こういったことに関しても解決方法を見つけ出す手段を知っている個人と、その解決方法の存在すら知ることのない個人では得られる個人的幸福感や安定感に差が出るのではないだろうか? 相談者しかり、アドバイザーしかり、良い人生とは良い検索だ! と作家の石田衣良氏は言っている。

教育の新しい傾向とは・・・技術の進歩によって、教育の世界にも新しい重要な変化が生まれている。とくに重要なものは、多極化とゲーム化だ。この二つの最新トレンドを理解すれば、教師は要らないとか、教師を教師職から解放してメンター(mentor, 相談役, アドバイザー)やコーチ(coach, 手引き者, 指導者)になってもらえる、といった説ないし状況が現実的に想像できるようになる。

つまりコンピュータのソフトウェアは、教師を解放してより人間的な関係を持てるようにし、教師は教壇から子どもたちに講義するのではなく、彼らに対する指導相談役(guidance counselor)や、彼らの友だちとして振る舞えるようになる。中でもとくに、この、’友だち’という部分がものすごく重要である。

学校が、単に勉強をするだけでなく、教師と子どもたちとの関係、および子どもたち同士の多様な対話的関係を通して、子どもの社会性を発達させる場になる。学校という場所の、教室という部屋に、子どもがほかの子たちと一緒にいることの本当の意味が初めて前向きに発動し、教師も、授業を教えるだけではない人間的な存在となる。そして、教師の可処分時間が増えることによって、そういう、子どもの社会性の発達という部分でもテクノロジをうまく利用できるようになる。(  教えるのは教師かアルゴリズムか?–教育の高度コンピュータ化はますます人間的な人間教師を必要とする  )

発的に、能動的に、そして主体的に自分の人生を生き延びていく。知的に怠惰では自らの可能性を潰してしまうだろうし、今後は社会も会社も国も助けてくれないかもしれない。自分の身は自分で守る、とは言うものの、これでは人生死ぬまで忙しく溢れる情報を咀嚼し続けなければいけないとなるとそれもシンドイ! だからきっとゲーム感覚なんだろうなぁ、と思ったりもする。

ダメだったら自分さえ諦めなければ何度でも挑戦できるし、すべてをクリアーにしてゼロからスタート、ということも可能である。ゲームの達人はそこら中にいるし、ハウツウも自分で探せば手に入る。ゲーム自体上達すれば面白いし楽しい。

一度しかない人生、やっぱり楽しいことがたくさんあったほうがいいし・・・もしかしたらもう少しリラックスした感覚で全ての出来事をゲーム感覚で解決、人生のステージを楽しんでいくほうがいいのかもしれない、とこの頃思うようになってきた。だとしたら失敗する勇気も湧いてくるんじゃない? 何かにつけて他の事や他人のせいにすることもなくなるかも?

将棋界とグーグル

ックデーター、ゲーム化という言葉を記述しているうちに2つの固有名詞が頭に浮かんでくる、羽生善治氏とグーグルである。昔書いたこのエッセイ( 知のオープン化、人類が進化するために知識を共有する )を参照すると今回の教育システム改革と関連してくるから不思議というかやはり人類が進化するための道筋なのだろうか?

そして羽生は「高速道路論」のその先についても思索を深める。羽生の仮説は「量が質に転化する」ときに生まれる価値こそが、新時代の創造性やイノベーションの鍵を握るのではないかというものだ。

“今は知識の雪だるまを作ってるような段階です。どんどん蓄積して、どんどん分析することで、雪だるまが急激に大きくなっている。転がり続けますから。でも、その雪だるまって、どこまで育つかまだ分からないんですよ。そのデーターベースがかなりの量を網羅していったときに、ひょっとすると相乗的な効果が生まれてくるかもしれませんよね。誰も予想してなかったイノベーションが起こったり。”

この文章は、グーグルの創業者たちが語った英語をやさしい日本語に翻訳したものだ、と言っても誰も疑うまい。グーグルの「情報についての最先端の思想」と同じものが、羽生の頭脳からオリジナルに導き出されているのである。

自分の専門分野を最低1つ

れも受け売りなんだけど大前研一氏はその著書の中で「T字型人間を目指せ」と言う。一つ自分の専門分野を見につける、そうすることで自分の幹が太くしっかりと根付き、それが自分自身への信頼や自信になると。そしてTの字のように広く浅く知識を広げる。こうすることで自分の芯はブレることなく、広く色々な知識を取り入れることになるから人間の幅が広がると。

将棋界の高速道路論と重なるんだけど、早い時期から自分が自ら進んで学習する科目なり、興味ある対象に出会えた幸福はこれからの教育システムを考えていく上で重要だろう。ウィキペディアあり、狭い日本語圏に助けを求めなくても英語圏へ飛び出せば素晴らしい教育者はいくらでも存在していて手を差し伸べてくれる。

このように考えると人類が知識や知性を共有してイノベーションがあちらこちらで起こり、社会が進化、発展していった先には何があるのだろうか? その先の社会でも人類はやはり何かの問題を抱えているのであろうか? 食糧問題、貧困問題、格差社会問題、少子高齢化問題、エネルギー問題は解決されているのであろうか?

真理を追求する過程の人類、というゲームに参加している一個人として与えられた人生、楽しく豊かに過ごせたらなぁと思う。ヨシッ、勉強するぞーーー!

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