住民投票制度の必要性

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住民投票制度

住民投票制度の必要性

天間基地代替施設移設問題に揺れ動く日本の政治劇、社会民主党の党首福島瑞穂女史が沖縄を裏切ることはできないとし、自分の言葉に責任を持つ政治を貫きたい姿勢を表明、大臣罷免への経緯をたどる。

署名を拒否したことについて3つの大義があります。1つ目は沖縄の市民と日本国民の連帯です。国民の期待に応えなければなりません。2つ目は国民と日本政府との信頼関係。国外、最低でも県外と約束をしてきたのにそれが破壊されました。3つ目は日米関係です。地元の人たちが賛成しないことは熟知しているのに、沖縄の同意なしの移設はいい結果にはなりません。(福島みずほのどきどき日記 大臣罷免を受けての記者会見)

ぜこのような頑固なまでの姿勢を示す必要があったのか? 先に記述した書評「地球の落とし穴」広瀬隆氏著の中に次のような箇所があるのを発見。なるほどこのようなことが過去10年以上も前にあったではないか?

現在の日本では、選挙によって選ばれた政治家が、事実上は一地域の利益誘導のために活動する。一方、社会問題のすべては、それが最大の問題となる国策であればこそ、国民の合意が必要なはずだが、これまでエネルギー問題や日米安全保障問題について、国が国民の合意を形成するように努力したことなどは一度もなく、強引に、無関係の生活利権をアメにして選挙結果を利用してきたにすぎない。現在では、選挙時に公約した政策を、離党や新党結成も含めて、政治家が公然と破り続けてきたことが、最大の政治不信感に繋がっている。

社会党(現・社会民主党)がなぜ没落したかといえば、彼らが公約に違反したからである。その党首が94年から96年初めまで、ほぼ一年半の長きにわたって首相の座にあったというのだから、阪神大震災でも、地下鉄サリン事件でも、“もんじゅ”事故の局面でも、この国家非常時に、議会制民主主義も政治家も存在しない「無の存在」だったのである。しかもその果ての総選挙で、政治不信が頂点に達し、危険率が史上最高を記録した。これでは、我々国民は救われない。(地球の落とし穴、広瀬隆著)

投票結果には法的拘束力はありません

民の声が反映されない、地方の声が永田町に、霞ヶ関に届かない、というのは官僚や政治家が上から目線、つまり地方の人々やその人たちの生活基盤をリスペクトできていない証拠ではないだろうか?

日本というか日本人の特徴なんだけど、自分のところに火の粉が降りかからない限り、問題を抱えている当事者の立場に立って物事を考える、という配慮に欠けるというか想像力、共感力が乏しいように思ってしまう(自分も含めて反省)。すべてとは言わないが日本から発せられる、例えば世界平和への願いであるとか、ヒューマニズムなど概念的主張がどうしても奇麗事に聞こえてしまうのはこのようなところにも起因しているのかもしれない。

政治家のモラルが低い日本は、アメリカやドイツより一層強く、住民投票制度を必要としていることになる。ところがこの論争には落とし穴があり、以上のような現状にある日本の政治的な欠陥をまったく無視して、ただ外国の住民投票制度を法律論だけで議論し、とりわけ住民投票を批判する人が、そちこちに見られる。

しかもその人たちは、「国民の8割以上が住民投票の制度化を望んでいる」という、民主主義においてこれほど明白な民主的意見はない主張を無視して、「議会制民主主義が崩壊する」と訳の分からない論を喋り続けている。選挙の投票率が5割を切れば、すでに議会制民主主義は大崩壊であり、だからこそ国民は、一刻も早く自分の意見を政治に反映させるための住民投票制度を必要としているのである。

また、住民投票の制度化に反対している人、あるいは「現実には制度化は難しい」と発言する人は、なぜか法学者が多いのだが、法とは国民が望む人生のために存在するものであり、国民のために誕生するべきものである。因循姑息な法律の慣例にならうべき義務など、どこにもない。法学者は、直接にはこの問題と関係ないものである。どうしようもない学者が、日本には多すぎる。

彼らの過ちを指摘しておくと、巻町と沖縄県で住民投票が実施された時、マスメディアは、そのニュースの枕詞として、必ず「この投票結果には法的拘束力はありませんが」と、一部の法学者の見解を引用した。

しかし住民投票は、巻町が投票条例を制定した時点で、巻町の立派な法律となっているのである。自治体の条例はすべて法であり、これに違反すれば、不法な廃棄物の投棄が処罰されるのと同様、地元警察もそれに従う法である。ただし日本国の法ではなく、新潟県の法でもなく、新潟市の法でもない。巻町内だけの法である。住民投票にかけられる問題は地域問題であるから、それで必要充分の条件を満たしている。

これに対して、「原発の建設はエネルギー問題という国策に関わるものであり、地域問題ではない。沖縄の米軍基地は日米安保という国策に関わる問題であり、地域問題ではない。このように高度な問題を、一地域の住民が正しく判断することはできないので、最終的には国民の総意を得た国会で決定しなければならない」と、のたまう学者がいる。

これほど国民全体を愚民扱いした意見があるだろうか。一地域の住民に高度な判断をする能力がないなら、そのような地域の住民によって選ばれた政治家が、高度な判断を下す能力など存在するはずはないであろう。国民にとって最大の謎は、なぜ政治家が、住民投票制度をおそれるか、なぜ制度化に反対するか、ということである。(地球の落とし穴、広瀬隆著)

ドイツの政治家

日本とドイツが異なるのは、現在のドイツの政治家が、財界も含めて市民の声を聞こうとする態度を持つのに対して、日本では官僚の作文通りに政治家が行動し、財界が自己の利権だけを考え、一向に国をゆくえを哲学的に思索しない、民度の低さにある。ドイツの政治家や財界が、これまで手放しで称賛できるほど立派だったわけではない。しかしドイツでは、住民投票制度の設置そのものが政治家を追い詰めたため、政治家の倫理観を高め、議会制が磨かれることになった。

そして興味深いことに、投票そのものは、それほど実施されていない。住民投票制度が存在するだけで、政治が監視され、改善されるのである。政治家は、問題を起こせば住民投票で攻撃され、落選することを知っているので、住民の意思を確かめながら毎日の行動をとらなければならない。これこそ、住民にとって、著名を集めたり投票を実施する面倒がなく、無駄なく政治家のモラルを高める大きな効果があるのだ。

これが理想的な変化である。つまり投票制度が存在するだけで、政治家に対する住民の威圧となり、間接民主主義を洗練されたものにする大きな効果があることに注目すべきである。(地球の落とし穴、広瀬隆著)

かにこの本が書かれた90年代終わりごろに比べれば幾分か政治家が国民に近寄り始めたというような現象が起こりつつある。日本でも爆発的に流行り出したTwitterというサービスを政治家が利用するようになったし、ブログなどを発信して国民との距離を縮めようと努力している政治家も存在する。

先週末NHKで行っていた討論番組「日本の、これから」。今回のお題は草食化する日本社会、若者の草食化ということで興味深く拝見したのだが、その際に気になったポイントというかシステム、ある社会的サービスが必要なんじゃないかなぁ。

国民の声を反映させることのできるサービス

の世代は今の若者たちは、と言ってその低落振りに嘆き、下の世代は上の世代は自分たちの境遇を何も理解していないといってお互い世代間の上でミスマッチしているなぁ、と言うのが僕の印象なんだけど多分ほとんどの人もそのように感じているのではないだろうか?

要はせっかくTwitterのような気軽に投稿できるサービスができてきて、それを利用する人が増えているんだからその声を集結させる、ここへ行けばとりあえず世代別の声の雑感に触れることができるというような場所を政府でもNHKでも民間でもいいから提供できればなぁ、と思った。

お互いに言いたいことはあるのに一方的につぶやいてもそれが届いてほしいところに届いていかないジレンマ。年配の人は若者に言いたいこと、たくさんあることと思う。若者に努力が足りないと言うならば上の世代もそのような声を若者たちの次元で発することができるようアジャストしていく必要があるのではないだろうか?

どうしても40代、50代、60代、それ以降の年齢の方のネットでの発言を見かけることができないのはいささか怠慢であると思われる。本来ならばもっと上の世代がネットの文化に浸って、その中で若者たちと同じチャンネル、例えばTwitterとかで自分たち世代の思いとかを発することができれば若者たちにも届くのではないだろうか?

若者側もそのような上の世代からの声を拾える場所としてある場所が日本人にとっての井戸端的な雑談ができるような雰囲気のサービスだと認識できれば積極的に上の世代へ自分たちの思いをぶつけていくように感じる。

そのようなことが積み重なって行く過程でネットでの匿名性なども解消していくかもしれないし、日本人が自分の考えをきちんと論理的に相手に伝える方法、コミュニケーション力を高めていくきっかけにもなる可能性がある。

上の世代も声を発信していく努力、若い世代も上からの声に耳を傾けていく姿勢。それらの要素と重なって、日本の政治家も声を発信、国民に近づく、国民も政治家の声に耳を傾ける努力というようになっていけないだろうか?

ドイツに市民運動が発生した背景

ドイツには、80年代から大きな市民運動のうねりがあった。その大きなきっかけは、ソ連が東ドイツにミサイルを配備し、それに対抗してアメリカが西ドイツにミサイルを配備する“核戦争の危機”であった。これと並行して、森林が酸性雨によって朽ちてゆく自然破壊が顕著になり、これらに取り組む反戦争平和運動と自然保護運動が一つに合流して、市民運動の代表者を議会に送り込むため、「緑の党」が誕生した。

「緑の党」が船出して暫く後に、ヨーロッパ全土を震撼させるチェルノブイリ原発事故が発生した。ミュンヘンなど西ドイツ南部では、空から降下した放射性物資が極めて深刻な量に達し、そのため、放射能汚染食品の危機に対する市民の不満が爆発して、多くの人たちが「緑の党」に合流していった。

こうしてそれまであった“対決する国際政治”の価値観より自分たちの家庭生活を守ることが重視され、さらにそれが89年のベルリンの壁崩壊の原動力となって、雪崩のように東西対立消滅と自由化の時代に突入していった。そして今や住民の生存権の主張が最大の関心事となってきたのである。

住民投票制度が、次々に法制化されてきたのは当然であった。つまりドイツにおけるこの制度の目的は、主の「緑の党」が要求する自然保護、反戦平和(米軍基地撤去など)、反核・反原発を底流として、市民が政治に良識を要求する手段として生まれたものであった。(地球の落とし穴、広瀬隆著)

ーロッパにアメリカ、そのほか例えば最近ではタイで起こった暴動騒ぎ( 暗黒の土曜日 )などである意味その国民は鍛えられる。現実と闘うことで人間は成熟していくのだろうか? どうしてそれが日本では起こらないのだろうか? 教育の問題? それとも自分には関係ない?

落合信彦氏の著書の中で東欧の若者たちが革命を起こし、成熟していった様を記述している部分を思い出した。以下、

彼らの怒りは、あくまでも国家権力に向けられていたのだ。東ドイツには「スターズィ」という悪名高い国家保安局があったが、この本部に対して若者たちが先頭に立って攻撃を仕掛けた。俺が東ベルリンの本部に行った時にはガラスはすべて割られ、机はひっくり返されて、爆弾でも落ちたような姿を見せていた。

この本部の管理は若者たちの手に委ねられ、彼らは「スターズィ」の犯した罪を徹底的に追及し続けていた。俺は思った。普通の人間が20年もかかる行程を、彼らはたった半年で成し遂げてしまったのだ。革命が、彼らを急激に成熟させたのだ。現実と闘うことで、人間はいかに成長できるかを、俺は再確認した。

本の若者が年寄り連中に不満があるのならば年寄り連中が苦手な分野で活躍してやればいい。そこでのうねりを大きく育てる、そして日本を変えてしまえるようなエネルギーとして社会に若者の怒りを投げかけるのだ! その革命こそがIT革命であろうし、若者が得意とするフィールド、ネット社会、ネット文化、ネット経済なのだとおもう。梅田望夫氏が言っていたようにテクノロジーの進歩は社会の怒りを解消する。だとしたらそこでの変革への加速を若者はもっと早めなくてはいけない!

先のお話に戻るがNHKの「日本の、これから」では議論が白熱するごとにみんなの認識として今の日本は激動真っ只中にいることを実感していた。革命とは、IT革命が権力、既得権益という日本の社会基盤を大きく揺るがすきっかけになるのだろうか? ( 革命=支配層の逆転 – Chikirinの日記 )

日本の住民投票制度はどうだったか?

これに対して日本で住民投票を各地の住民が発議した実例を検証してみると、驚くほど似ている。投票が実施された巻町の反原発と、沖縄の反基地、御嵩町と小林市の産業廃棄物処分場建設反対の例を引くまでもなく、原子力プラントに反対する住民投票の要求が最も多く、高知県窪川原発、青森県核燃料サイクル基地、北海道泊原発、三重県芦浜原発、宮崎県串間原発など、すでに15件に達している。

これと共に、自然保護においても、長良川河口堰、大阪府第2京阪道路の建設、さらにゴルフ場、飛行場、産業廃棄物処分場、鹿児島市内の石橋近代化工事などに反対する無数の地域問題が噴出し、住民投票の要求が出されてきた。

基地問題では、神奈川県池子米軍住宅の建設計画や、立川基地の跡地利用から、沖縄へと火を噴いてきた。ところが日本では、前述の巻町のように、4連勝しなければ住民の意思が反映されない制度になっているため、全国で、自治体の議会において住民投票そのものが阻まれ、「住民の直接参加」が拒否されているのである。

宮崎県の串間市では、住民投票によって原発建設の是非を問うことを公約した人が新市長に当選したが、この市長がなぜか住民投票をしないと宣言し、投票の予算を議会が削ってしまったのだ。名護市の市長も、住民の反対の意思を無視して、ヘリポート基地を受け入れるという声明を発表し、そのまま辞任してしまった。いずれも97年のホットニュースである。

このように直接民主主義を受け入れないのが、現在のほとんどの地方自治における「議会制」の姿である。投票そのものが実施されていないケースが無数にある。

巻町の笹口町長が、「これまでの巻町には“議会制”だけが存在して“民主主義”は存在しなかった」と指摘したのは、こうした事実の故である。これは巻町だけのことではない。それほど日本全土の自治体では、民主主義が戯言となっているのだ。そのためにこそ、住民投票の制度化が必要になる。(地球の落とし穴、広瀬隆著)

の本、地球の落とし穴が執筆、出版されたのはもう10年以上も前のことである。そして今の現実、普天間基地代替施設移設問題はあの頃と比べても結局何も解決していないではないか! ( 在日米軍再編 )、( 民主党沖縄ビジョン )

米軍基地は抑止力? 韓国哨戒艦爆破事件の真相は? といったトピックがネット上に上がっていたんだけどバランス感覚を保つためにも二つの違った視点からの物の見方を味わってみることは大事だと思われる。

東京に原発を!

将棋の米長邦雄9段は、巻町住民投票後の96年8月18日に行われたテレビ東京の“新世紀対談”において、問題点を実証してみせた。

「原発は、夏場のピーク時のせいぜい2週間ぐらいの昼間の、最も冷房需要などの多い時間に電力を供給するためにつくる。もし必要なら夏場に一番電力を使っている東京の埋立地に作るべきだ。原発を建てるか、2週間我慢するか、二者択一の東京都民の住民投票をおこなうべきだ。万が一のことを考えて東京から離れたところにつくるというのでは、(巻町の人を)納得させることはできない。原発は安全でかつ必要というなら、東京の臨海部に建設すべきだ。もし反対なら、徹底した節電と省エネという責任を、消費者が果たさなければならない」

実に明快、これは私が長年主張してきた「東京に原発を!」と全く同じ意見である。(地球の落とし穴、広瀬隆著)

人を犠牲にして自分が優位な立場を形成する日本社会はもうやめようではないか! 真剣に考えるきっかけとして大人たちが、上の世代が真剣に社会の問題を取り上げ、問いかける、という姿勢を見せていかないと、若者の気力は一向に向上しないのではなかろうか?

まず大人から、上の世代から世の中、おかしいことにはおかしいと、きちんと声に出す! 怒りをもって表現しても構わない。そういう姿勢を元気のある年寄り連中ばかりではなく、ある程度年配の方の共通意識になればいいのだけれど・・・( 日米同盟、アメリカ合衆国第51州日本への道筋(2) – 第2のプエルトリコ )

ころころ変わる日本首相

日の鳩山由紀夫首相辞任のニュースには驚いたが、ちょっと残念な気がした。まぁ、二つのポイントを挙げていたのでその理由を吟味すれば仕方がないといえば仕方がない気もするが残念である。もう少し国民側にも、いや日本社会にも敗者復活戦ではないけれど忍耐を持って見守ることができなかったのか?

このようなニュアンスを書くと誤解されそうだが、せっかく日本を変えようと成果が上がらない中頑張ってきていたのに、一つや二つの過ちでポン、と首相の座を退く雰囲気は日本社会をボディーブローのように長い目で見れば痛めつけてくるのではないだろか?

人間はそんなに完璧なものではないことは誰もが承知のことであろう。しかし一国の首相という立場の人と一般の人の過ちに対する責任は違う、というのもどうかなぁ、と思ってしまうのだ。もう少し社会が少しぐらいの失敗を許容できないものだろうか?

間違いを犯したことは本人が一番よくわかっているはずだ。だったらここはもう少し我慢してそのエネルギーを真っ当な政治改革に当ててもらう。幾ら歴代首相として歴史に名前が残るといってもあそこまで政治家を究めようとする人って案外そんなにいないものなんじゃないだろうか? だとするともったいないというか、じゃぁ誰が後日本の首相に納まる器の人物がいるんだ? コスト的に考えたらちょっと高くつくんじゃないかなぁ?

アメリカだって同じだよ、オバマ大統領に期待していたけれど、余りに成果が現れないものだから人々は嫌気からかティーパーティー運動なんて騒ぎに賛同し始めている。そうじゃないだろう、と。

社会にある程度の成果が現れるなんて時間のかかるものだし、そこは国民側からの努力も求められるもの。それを単純思考回路でオバマは期待していたけれど何もやっていないではないか? というのでは誰が大統領になっても同じであろう。まだシステム的に大統領が即罷免という形に陥らないアメリカはラッキーだけど、日本社会も、日本人ももう少し待ってみても良かったんじゃないかなぁ、というのが僕の感想です。

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