勝負師、羽生善治氏の考え方、その1 – 真剣勝負


羽生善治

勝負師、羽生善治氏の考え方、その1 – 真剣勝負

本では去年の9月13日収録となっていたNHKスペシャル「100年インタビュー」、対談相手羽生善治氏、ということになっていたんだけどこちらアメリカでは今年2009年元旦の日に放送が行われた。

羽生氏登場ということで期待してみていたんだけど予想通り、お話はとても内容の濃いものになりこれは是非ともブログに自分の感想なども含めてアップするべき対象だと判断。一通りの番組内容を書き起こしてから構成などを考えていたら結構時間を費やしてしまった。

僕が羽生氏に興味を持ったきっかけというのは梅田望夫氏著「ウェブ進化論」の中に出てくる”学習の高速道路論”というのを知ったときであろう。将棋をするでもない僕は一様、羽生氏の存在は知っていたけど、彼が発するアイディアになるほど、と感嘆させられてからは羽生氏の考え方にとても興味を抱いた。

将棋の世界

羽生:5、6年前にすごく流行った、高飛車って言葉がありますようにちょっと横柄な態度のこと、威張っている感じのこと、あんまり良くないことなんですね、将棋でも実はそれがすごく流行り出した。今まではそんなところに飛車を置くとですね、高飛車ですから、セオリーに反してるといって怒られたいた。

それが大流行してみんな高飛車で、下のほうに飛車は置くのが基本と言われていたんですけど、形によっては上のほうにしておいたほうが面白いということがわかった。今までは例えば高飛車はダメだとかセオリーに反するとか、そういうので一刀両断することがやりづらい雰囲気だったんですけど、それがいろいろ出てくるようになってそこから可能性が広がった。

感覚を自分も合わせていかなくてはいけない、自分自身の常識とか当たり前だと思っていたことを切り替えて、高飛車という感覚はどういうものか、マスターしていかないといけない。

インタビュー:逆にいうとそれを考え出した、マスターしたからといって上手くいくかというと?

羽生:これがまた難しいんです、将棋の世界って特許とかないですから、真似していいわけですね、いい手があったらいい作戦がでたらすぐに真似をされるし研究もされるし、対策も立てられていく、そこから進んでいっていろんな手の発見、戦術の進歩ということもある。

何もないところから創造的なことを始めるんじゃなくて、基礎的な知識とかデーターを踏まえた上で、そこからどういう工夫を加えるとか、どういうアイディア、発想を付け加えていくかということが大事、基礎的なことを抑えておくためのすごい時間を費やすということ、あります。

報化社会の中でもしかしたら棋士ほど常に研究、常に勝つにはどうしたらいいのかを考えながら生活している職業はないのではないだろうか? すべては自分に返ってくる、これほと厳しい世界で活躍するには相当の覚悟と、決意が必要なんだと思う。

データーというのはすべての人が手に入れることができるもの、インフォメーション、そこからどのように与えられたものの中から自分の発想、創造力を駆使して攻めに転じていくのか? もしかしたら個人で戦うという分野に限っていえば、棋士という職業は一番厳しい世界の中で戦っているのではないだろうか?

スポーツの世界だと、一人で行う競技といえばテニスや卓球、水泳とかスキーにマラソンなんかはコーチが付いている。ゴルフぐらいだろうなぁ、一人で知識を吸収しつつメンタルにも技術的にも常に自分自身を研磨して勝つための道を究めていかないといけないのは。

将棋というのはフィジカルな戦いではなくて(体力も要求されるだろうけど)、頭脳の対決だからこれほど自分を能動的に、積極的に自ら進化することを求められるフィールドって他にはないんじゃないかな?

すぐに真似され研究されるって凄い勝負の世界。奇麗なフォームとか無駄のない動きとかって参考にはなるかもしれないけれど、フィジカルの世界では完璧には真似ということはできないから、微妙な反射神経、運動神経って勝負に反映されると思う。

しかし、将棋の世界では知識はそこにあって誰でも手に入れることができる。そこからどのようにして自分なりに工夫をしていくのか? 個人の創造力が大きく作用することは想像できるけれど、フィジカルの世界のように絶対に勝ちたいというモチベーションは知力の戦いの世界でも発揮されるのだろうか?

勝負を分けるものとは

インタビュー:皆さん研究していて、皆さん同じ情報を取ろうと思えば取れるという中で対局はギリギリ、紙一重の勝負をしている、じゃその勝敗を分けているものは何か?

羽生:一つは運とかツキとかあるような気がする。手が震えるっていう話をしましたけど、指運ってあるんですよ、つまり手がいいところにいくかどうか、例えば最後時間がなくなって手がいいところにいくかどうか。

わからない場面のときにいいかどうかわからないわけですけど、指さないといけないわけです、時間がないですから、その時にいいところに行くかわるいところに行くか、まぁ運ということもある。その人の持っているその考え方とか発想とか、そういうものがでる。

あともう一つはですね、知識は皆共通してあるんですけど、そこから何を切り取って何を選ぶかっていうところはやっぱり個人差があるわけですよ。例えばこの形は自分のスタイルにあっているからやってみようとか、これは面白そうだからやってみようとか、主査選択という部分っていうのはかなり個人差がでてくるような気がする。

インタビュー:指運の話ですけどほんとですか、これ?

羽生:終盤戦のお互い時間がなくなってきたところは、プロでもわかんないんですよ。わかんないというところで決断をしていく、後で時間をかけて調べればわかるんですけど、何がいいかわからないっていう場面は本当に将棋のプロでもよくよくある、目ずらしことではないことなんでまっ、そこでどうするかってことですよね。

れって感覚なんだと思うけど、そのレベルがすごい! 普段から研ぎ澄まさないとこのような境地に行かないのではないだろうか? 単純にいうと熱いものを触った瞬間、これは熱いから手を離すというように脳を通しては考えないはず、一瞬にして反応するもの。

このような無意識の感覚に近いんじゃないかなぁ? それがその人の持っている個性という潜在能力の部分から反応されて個人差となって現れてくるというもの。サッカーでもドリブルやフェイントの練習を普段から体に馴染ませておけば、自然考えずに体が動くようになる。柔道や空手、剣道などでも意識しないで気がついていたら技が出ていた。

こういう感覚じゃないかなぁ、指運というのは。えーぃって無意識に一手を投じるのは普段から勝負勘をつけておくとか、将棋の勝つための戦略を考え続けている状況の中で無意識に飛び出すものだと思う。

後考えられる運というのは、その人がそれに取り組む姿勢なんだと思う。イチローが普段から自分の野球道具を奇麗に自ら手入れしているように、棋士たちの普段の生活、将棋に対する純真な心構え、真理を見極めようとする向上心などが将棋の盤上でその人のプラスの運となって反映されるような気がする。

多忙であることの意義

インタビュー:羽生さんは今年、これまでに37局ということで2番目の方が28なんで9、多い、だいぶ多いですよね。

羽生:まぁ二日性も入っているんで、日数的にしたらもうちょっと多いですね。

インタビュー:でありながら一方でこう地方でイベントがあったり、そういった活動をすごく積極的にされていて大変忙しいわけなんですけど、どうしてそんなに忙しくされているんですか?

羽生:忙しくするつもりはないんですけど、ただ対局が重なる時期っていうのはやっぱりありますね。ここがまた面白いところなんですけど対局が多くなってくるとですね、もちろん体調面では厳しい、体力的には厳しいってところもあるんですけど、ただ段々勘が冴えてくるってこともあるんですよ。

その勝負勘というか、一つの場面でパッとみてここが急所だとか、これは行けるだとか、何かそういうところの主査選択の精度が上がってくるというのはあるんで、忙しいからといって厳しいかって言うとそうでもないこともあるんですね。

一番いい感じは中4日くらいで行くんですよ、野球のピッチャーと同じで中4日でずっと先発していくっていう感じで一番いい状態ですね。でも感覚が詰まってくると中4日が中3日になったり、中2日になったりするんで、なんかちょっと肩に違和感だとか、何かそういう感じにはなってくるんですけど、やっぱり実戦慣れしてるからいいときもあるという、そういうところはありますね。

インタビュー:逆にこう当番感覚が開いちゃうと?

羽生:体調はいいんですけど、例えば集中するのがすごく難しかったりとか勝負どころを見極めるのが難しくなるっていうことはあります。

インタビュー:ただその情報、データーは集めて研究するって時間も必要なわけですよね?

羽生:これは本当に大事ですね。本当にものすごく大事です。今は特にものすごく大事なんです。(3回も羽生氏は強調しました!)

インタビュー:イベントとかお仕事を減らしてそちらの時間にあてたほうが強くなるかなぁと思うんですけど、必ずしもそうではない?

羽生:これがまた面白いところなんですけど例えば将棋の勉強とか、将棋の研究だけをずっとやり続ければいいかっていうと、必ずしもそうでもないんですよ、つまり突き詰めてやっちゃうと煮詰まるってこともあるんですね。こう煮詰まっちゃってどうしようもなくなるってこともあって、こう何でも合理的に割り切って、その徹底してやるっていうやり方が一番いいやり方じゃないんじゃないかなぁと私は思っています。

何で差をつくかって今わからないんですよ、棋士同士で。情報皆同じで定石皆知っているわけですし、そこから思い浮かぶ発想っていうのはそんなに個人差があるわけじゃないですから。これも不思議なものなんですけどそのいくら机上で考えてもやっぱり実際の真剣勝負の場でやってみないとわからないこととか学べないこととか、吸収できないことっていっぱいあって。

インタビュー:データで見るのと実際とやっぱり違いますか?

羽生:違うんですね、なんというか緊張感とか緊迫感が違うっていうのと、後真剣に普段の時にやっているつもりでも、どこかその待ったができるとか、そういう状況なのと、待ったができなくて失敗が許されないその緊張感とか緊迫感の中で一手一手考えていくっていうところはなんかその同じ思考でも深さが違うというか、重みが違うってことはあるような気はしています。

ロ野球のピッチャーのような心境なのかなぁ? 一球が命取り、緊張感に緊迫感、プレッシャーから投げるコースが甘くなるとか。フィジカルの世界では特にそうなんだけど、プレッシャーの中で如何に自分らしいプレーができるか、普段と同じような感覚でプレーができるかどうかというのが強くなるための絶対条件で、団体競技なんかでもホームではなくアウェイで如何にプレッシャーというか不利な環境の中で力を発揮するのか、ということは本当に大事なこと。

でも実戦って大事なんだね! 昔ミュージシャンの知り合いが話していたんだけど、ギターを一人で練習するのも大事だけど、ライブを一発やったほうがうーんと実力は一気にあがる、みたいなことを言っていたのを思い出した。

答えのない場面に個性は出る

インタビュー:私が申し上げているのはその奇抜な手という意味で言っているんではなくて皆が思いつかない妙手をこう見つけるという意味で言っているんですけどね。

羽生:答えがない場面、わからない場面っていうのはよくあるんですよ。これが妙手だとか悪手だとかわからない場面ってあるので、そこはかなり個性が出ると思います。必ずそういう局面って、一局の中に何回も現れるんでそこで何をするかっていうのは、答えはないわけですから、答えがない中で何をやるかっていうのはその人の個性というのが色濃く反映されるんじゃないかなぁとは思っていますけど。

インタビュー:先が見えない局面で感覚とか個性が生かされる、具体的にどういうことなんですか?

羽生:すごく単純にいうと例えばはっきり良い悪いがわかる場面だったらどんな人もいい方を選ぶじゃないですか、でもそれがもしわからないとか、すごい混沌としているとか答えがないってことになったら、結構その人の好き嫌いとか、好みとかそういうのが出ますよね、ということはその人の個性じゃないですか。

その人が持っている考え方とか感じ方とか培われてきたものとか、そういうものがすごく、性格とか習慣とかそういうものがその時にパッと出てくるっていうことがあるような気が、わからない場面だからこそ、そういうものが出せるということはありますね。答えがわからない場面ってほうが逆にその人の持っているその性格とか資質とか習慣みたいなものが、色濃く反映されるのかなっていう気はしていますね。

インタビュー:羽生さんの場合今それが勝ちに結びついているケースが多いからまぁ、これだけ今強いわけですよね。今こう上手く回っているっていう? ご自分では?

羽生:あー、そうですね、まぁそれはなんていうか、いいリズムというかあるのかなぁ、とは思っていますね。

インタビュー:先ほどインタビューの中にもあった言葉で、とてもその考え方が柔軟で常にその変化をしていると、お話ありましたけどこれは心がけていることですか?

羽生:そうですね、心がけていることでもあるし、まぁやっぱり今はどうしてもそういうのは必要に迫られているっていうのもやっぱり、目まぐるしくいろんなことが出てくるので、本当に、まぁさっきの話じゃないですけど柔軟性を持って偏見を持たずに、まぁ見て自分なりに考えていくってことは常に大事だと思っていますね。

生氏の話を聞いているうちになんかこう、戦う学者というイメージが湧いてきた。学者なんだけど戦っている。真理を究めるという部分では似ているのかもしれないけれど、でも徹底的に違うのは外の環境にさらされる度合いだろう!

こんなにも自分で常に考えることを強要されるというか、頭を使って勝負の勝ち負け、もちろんそこには体力が続くことが必要というフィジカルな面も含まれるけど、その静の場面、環境の中で己の思考を戦わせての真剣勝負、という頭の格闘技というものは将棋の世界以外にあるのだろうか? そのように羽生氏の話す内容、出ている答えを聞いているうちに感じしまった。

後強く感じたのが、”この人、右脳で喋っているなぁ”という感覚。何なんだろう、多分情報を処理しているはずだからその活字的な要素で言ったら左脳が働いているはずなんだけど、羽生氏が喋っているイメージというのが右脳から発信されているなぁ、というもの。

質問一つ一つに対して、こうある状況を浮かべて、それに合わせて応える情報を繰り出しているというか、そういうイメージを強く感じた。

わからない場面でどうするか

れはもうその人の生き方が反映されているというか、普段からの考え方から自分の好み、選択肢、ポジティブであるかどうかとか、そういうもののフィルターを如何にして自分にとって心地のいいものに仕立てておくか、ということに繋がる気がしてくる。

わからない場面に出会った場合、人は自分をさらけ出す以外に次へのきっかけを見つけ出すことが難しいのではないか? ということも考えた。プロの棋士って凄い! そのプロの棋士たちが羽生氏は凄いっていうんだから、羽生氏の考え方ってすごーく興味がある。

人間の脳の可能性というか、すごい能力を秘めた臓器というか、考えるということを極めるとこれほどの境地にまでいけるのかという感じと驚き、そしてプロの棋士に対しての尊敬の思いと、恐ろしいほどまでのプロ意識にただただ驚くばかりである。

石田和夫九段 – これだけ勝っていてまぁ飽きるほど勝っているんじゃないかと、一冠ぐらいもらいたいなぁって、それぐらい取っていても尚且つね、一局一局一生懸命手を抜いていない姿ね。これがもう本当にいつも感心します、すごいなぁと思います。それプラスね、もちろん才能もですよ、だけど皆さん才能の方ばっかり言うけれども、そういう部分は強く感じますね。

瀬川晶司4段 – 柔軟ですよね、考え方が常に柔軟で、常に新しいものを取り入れようという姿勢がありますよね。今までずっと勝ってきた自分のやり方というのがあると思うんですけど、そういうのを変えるのをなんのためらいもないというか、常に変化されているというのが、まっ強さの一つの理由なのかなぁ、と思いますけど。

豊川孝弘6段 – 羽生さんはそのなんていうんですかね、何かその、やっぱりその違うものが見えているんでしょうね、そんな気がしますね。わかっていれば皆羽生さんに追いついているわけで、何かその将棋っていう、結局自分の中で作っていくものなんですけど、何かその確固たる、なんて言うんでしょうね、真理を追究するって言うんですか。彼、彼は本当にすごいんですよね。

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