北京オリンピックの感想、期待に応えた人、出来なかった人


北京オリンピック

北京オリンピックの感想、期待に応えた人、出来なかった人

回の北京オリンピックは比較的良くテレビの前で見ていたほうだと思う。インターネットが普及したのも手伝ってネットで逸早く情報を得、テレビの放送で楽しむというような感じで楽しんでいた。日本人は全部でメダル 25 個ですか。いいんじゃないでしょうか。

一個も取れなかった国だってあるだろうし、初の金、ましてやメダル獲得、という国だってあったことであろう。日本人選手のなかにも思うように活躍できた人、残念だったけど活躍できなかった人、それぞれに北京オリンピックは終わりを告げた。

期待通りの活躍、北島康介

待通りの活躍をしてくれた人は水泳の北島康介選手。彼は海外のメディアも絶賛するほどであった。プレッシャーもあったであろうがその中であのような活躍、自分の結果を出し切る精神力はたいしたものだと思う。

2008 年 8 月 11 日 、北京オリンピックの男子 100 メートル平泳ぎに於いて、ノルウェーの新鋭: アレクサンダー・ダーレ・オーエンらを振り切り、人類史上初、 59 秒の壁を破る 58 秒 91 の世界新記録で優勝し、金メダル。「世界記録を出し、金メダルを獲得する」という試合前の予告をその通りに果たした。男子 100 メートル平泳ぎの大会 2 連覇は正式種目となってから初、平泳ぎの同一種目の連覇は鶴田義行以来 76 年ぶりのことである。

2008 年 8 月 14 日 、 北京オリンピックの男子 200 メートル平泳ぎ決勝において優勝。 2 分 07 秒 64 のタイムは自ら前日の準決勝で打ち立てたオリンピックレコードを更新するものである。アテネに続く 2 冠王に輝いた。日本人選手が競泳で 2 大会連続 2 種目制覇を成し遂げたのは史上初めて。(ウィキペディア参照 – 北島康介 )

意地の石井慧

回の北京オリンピックを振り返るにあたり、男子の活躍がどうもなぁ、と納得しないのは選手個々から闘争心をあまり感じることなく敗退した選手が数多く居たせいかもしれない。柔道、サッカー、マラソン、野球と期待されていたにしては結果はあまりにもさびしすぎた。

海外との力の差はいいからそれよりも闘争心を自分の中で持続できるかどうか、他の選手たちには絶対に負けないという闘争心が多くの日本男子アスリートの中からは感じることができなかった点が残念である。柔道では一人石井慧選手が金メダルを獲得したが、彼の言葉からその強さの秘密を知ることができる。

自分のように海外の JUDO を取り入れ、先に対応できた選手が強くなれる。 織田信長が鉄砲をいち早く取り入れたように」(ウィキペディア参照 – 石井慧 )

道はどうやら JUDO になりつつあるらしい。その点日本女子アスリートは頑張ったというか、やっぱり女性はいざとなったら強いねぇ、というのが感想である。女子柔道に女子レスリングではさすがという感じ。今の日本を象徴しているようで女性のほうが元気!

なでしこジャパンもメダルは取れなかったとはいえ結果は 4 位。予想外の活躍ぶりに多くの人が感動を与えてもらったことであろう。走るサッカー、あきらめないサッカー、戦うサッカーをしていたのは男子よりも女子サッカー、なでしこジャパンのほうだった。

318 球、上野由岐子

してやっぱりソフトボール競技女子の金メダルはすごかった。絶対にアメリカには勝てないだろうなぁ、と思っていたのでよく凌いだというか、我慢したなぁと思った。

自分たちにチャンスがくるまであきらめなかったあたりはさすがというより、もっと男子アスリートも見習ったらどうだろうか、と思うほど。特にピッチャーの上野由岐子投手には脱帽したね。よく一人で投げきった。あの頑張りが周囲のみんなを奮起させたんだと思う。

2008 年、北京オリンピック、準決勝のアメリカ戦、決勝進出決定戦の豪州戦と 2 試合続けて登板、いずれも延長戦となり 318 球を投げ完投(準決勝は敗戦、決勝進出決定戦は勝利)した。そしてアメリカとの決勝戦も先発して 7 回完投勝利、 2 日間 3 試合 413 球を投げ抜き、球技としては 1976 年 第 21 回夏季オリンピックモントリオール大会女子バレーボール以来の日本の金メダルに大きく貢献した。(ウィキペディア参照 – 上野由岐子 )

国際経験不足の星野Japan

キューバはハングリー。恵まれた環境下の日本のプロ選手とは違う」ことも認めている。韓国は兵役義務のある選手が免除を目標に目の色を変えてきた。日本の選手はプロの技術を持っていても、戦い方はいかにもスマート。泥臭さや勝利への執念で見劣りした。

監督自身、日本のファンが見慣れた「闘将」ぶりはやや自重気味だった。大会中、敗戦後の記者会見でいら立ちをこらえる姿には闘志健在がうかがえたが、試合中に「らしさ」が出たのは初戦の抗議ぐらい。「五輪の場」がそうさせたのか。国際試合の難しさをのみ込むように「力がなかった」と繰り返した。( 国際試合の厳しさ痛感=力不足認める闘将、星野監督〔五輪・野球〕 )

い訳が多いように感じるのも、要は国際経験に乏しかっただけの話。海外で戦ったことのない選手が戸惑っただけの話である。居心地のいい環境でプレーして育った選手たちと、弱肉強食の世界で戦ってきた選手たちでは戦う前からすでに精神面で劣っているのである。

ワールド・ベースボール・クラシックで日本が優勝できたのはアメリカのメジャーリーグで闘っている選手が混じっていたからだと思う。野球ばかりではない、すべての競技において海外に出て世界のレベル、世界の環境で戦っていかない限り、日本人選手は大きな大会では活躍できなくなる傾向は高まっていくことだろう。

国民からのプレッシャーを一人背負うマラソン選手

けがは、アクシデントだから仕方ないという見方が日本陸連にある。ことに体を酷使し、五輪のために想像を絶する距離を走り込んできたマラソン代表には同情も集まるだろう。だが、女子の野口みずき(シスメックス)に続き、男子の大崎悟史( NTT 西日本)までも直前に出場を断念した事態は、異常と言わざるを得ない。

危機管理能力の欠如が指摘される。野口のけがを、日本陸連は事前に把握していなかった。男女とも補欠は指定を解除されていたため五輪のレースを走らない。大崎の状態を、代表チームはどこまで把握していたのか。高野進監督は「日本出国の際に違和感があるとは聞いていたが、(北京入り後の)治療がうまくいけ ば大丈夫だと思っていた」と楽観していた。

記者会見で男女で故障が続いたことを問われると、「あしたのレース後に話す。出る選手がいるわけだから戦う前に は話せない。ベストパフォーマンスを出してほしいから」と返答を避けた。だが他の選手が動揺するとすれば監督の言動ではなく、健闘を誓い合ってきた同 じ代表の不在に対してだろう。

今回の 2 ケースに関し、けがの情報を早期につかんでいれば、最悪の事態を避けられる可能性も出てくる。日本陸連の沢木啓祐専務理事は「女子、男子と重ね重ねご迷惑をお掛けし、おわび申し上げます」と頭を下げた。大きな教訓が残った。(北京時事)( 問われる危機管理能力=男女マラソン相次ぎリタイア〔五輪・陸上〕 )

ラソンは本当にがっかりした。戦って敗れるならともかく、戦うことすらできなかったのである。選手たちも悔しいであろう。何のため 4 年間もの間、自分の貴重な時間を犠牲にしたのだろうか? もうすこし自分流というか、どこかで自分の内なる心のささやきに耳を傾けないと選手生命は短いので後悔することになる。

コーチ、監督の意見も大事だが、もっと大事なのは戦う自分なのだから、内なる声をもっと信頼してもいいのではないだろうか? それぐらいの自信というか確信みたいなものを持たないと、大きな勝負どころでは自分を信頼できないのではないだろうか? 海外選手はすごい人ばかりだったねぇ。

圧倒的だったウサイン・ボルト

イケル・フェルプスもすごかったけど僕が一番感動したのは陸上男子 100m と男子 200m のウサイン・ボルト選手のすごいとしか言いようのない走り。圧倒的に強すぎて、レースではながす感じが多かったんだけどやっぱり、本気の彼の走りを見たときには感動した。圧倒的なのである。

200m での走りは最後まで歯を食いしばるウサイン・ボルト選手を見ることができ、最後のフィニッシュでは自身の身体を精一杯に前に伸ばしてゴールするというすさまじい走りを見ることができた。

2008 年 8 月 16 日 、北京オリンピック陸 上男子 100m 決勝では、終盤勝利を確信したのか、両手を広げ流しながら走り、ゴールも胸を手で叩くなど、世界大会史上空前のパフォーマンスを見せてフィ ニッシュ。 9 秒 69 (風速+ 0.0m/s )という驚異の世界新記録を樹立し、 2 位との差、 0 秒 20 は電気時計が採用された 1968 年以降では 84 年のカー ル・ルイスと並んで史上最大差。他をまったく寄せ付けない圧倒的な速さで優勝、金メダルを獲得した。

2008 年 8 月 20 日 、北京オリンピック陸上男子 200m 決勝で、 “ 不滅の世界記録 ” 、 “ 向こう 100 年は破られない ” とさえ言われた 1996 年アトランタオリンピックでマイケル・ジョンソン( アメリカ合衆国 )が記録した 19 秒 32 を 12 年振りに打ち破り、 19 秒 30 (風速- 0.9m/s )の驚異的な世界新記録を樹立し優勝。 1984 年ロサンゼルスオリンピックのカール・ルイス( アメリカ合衆国 )以来 24 年ぶりとなる 100m 、 200m 二冠に輝いた。なお、両種目ともに世界新記録での優勝は世界陸上、オリンピックを通じて史上初。(ウィキペディア参照 – ウサイン・ボルト)

期待の星、劉翔の棄権

中国人にとって劉翔の棄権は相当にショックだったに違いない。

8月18日、男子110メール障害1次予選で大事件が起きた。アテネ五輪の金メダリスト、劉翔が他選手のフライングの後、自らスタート地点から去り棄権したのだ。劉翔は中国人にとって今大会の最大の英雄だった。北島を「日本の劉翔」として中国メディアは報道していたくらいだ。西洋人の得意種目で世界の頂点に立つアジア人という意味でそのように形容されていたのだがその中心はあくまでも「わが中華民族」でなければならないという意識が根底にある。

さて、そんな期待の星、21世紀の中華人民共和国の星であり、「中華民族」というフィクションの中心的役割を果たすべき存在であった劉翔が棄権したのである。これは中国人にとって大事件となった。ネットには劉翔を誹謗中傷する罵詈雑言が書き連ねられた。

20日になって共産党機関紙である人民日報が慌てて「劉翔も人間である。怪我をすることもあるので温かく見守るべきだ」という論評を掲載した。つまり、このような論評で国民を誘導しなければならないほど、劉翔への個人攻撃が激烈を極めているということである。(  劉翔の棄権で見えた日本と中国の文化の差異  )

自己満足の北京オリンピック

回の北京オリンピックは成功したのだろうか? 北京オリンピックの全体像を見る限りでは様々な意見が出ているが、文化的に先進国側からの一方的な視線でものをみているからギャップを感じるのであって、ある程度は予想していたことであろう。

英国のフィナンシャルタイムズ紙が「共産党支配の現実と五輪前の約束の矛盾が露呈するのに1週間もかからなかった」と8月15日に報じているが、そんなことは大会前から分かりきっていたことだった。開会式で56人の子供たちが各民族衣装を着て入場するシーンで、ほとんどが漢民族であったというブラックジョークのような「偽装」もあった。例の「口パク少女」も国益を考えての演出で当然のことと北京五輪当局は悪びれなかった。

ベット問題、女子中国の体操競技選手の年齢疑惑問題、日本人選手に対する反日感情を見せ付ける応援の仕方、などいろいろといわれているけど、裏を返せばそれほどまでに自己を保持しないと自国のプライドを満たすことがまだ中国はできないのだと思う。

13億の大国だとはいうが、今は自他共に認めるような超大国になりえていないとこりに 中国のなりふり構わない振る舞いを感じるのだがどうであろうか?

アテネ五輪の体操男子団体決勝、日本の冨田洋之が見事な鉄棒の演技を行った時、それは「栄光への懸け橋だ」の名実況で有名になったが、金メダルを争っていた米国の選手は得点が出る前に冨田の演技に対して拍手を送り、その姿は全世界に放送された。

それは「勝者を称える」もしくは「素晴らしいプレーには敵味方なく賞賛する」という理念の発露であったのかもしれないし「良き敗者たれ」という信念に基づく行動であったのかもしれない。いずれにせよ、非常に感動的なシーンであったし、冨田の演技とともに賞賛されるべきスポーツマンシップであろう。

恐らく涙を飲んでスタート地点から去った自国の英雄に罵詈雑言を浴びせる、開会式の演出で世界を欺く、気に入らない国の選手にブーイングを浴びせる。どれも五輪の理念からかけ離れた行為ではないか。そうした行為は、決して政治体制の違いだけに原因があるのではなく、より根源敵的な文化、文明の問題なのではないかと思えてならない。

んなことも言われていたなぁ、と中国が言えるようになったとき、なりふり振舞わなくても超大国中国振りを世界が認めているときであろう。今後のオリンピックというかメディアへの期待なんだけど、もうすこし平等に報道してくれないかなぁ、という不満が残った。

日本で見ている日本人には当たり前のことかもしれないけど、アメリカでオリンピックを見る限りやはりメディアの扱い方はアメリカ人選手が出ている競技に集中してしまう。柔道やレスリングなどは日本人選手が活躍している場面、一度もテレビで見たことがないほどである。オグシオも福原愛ちゃんの試合も見ることができなかった。これだけインターネットが普及した今日、スポンサーなどの影響が大きいのだろうが、偏った報道の仕方では今後不満は高まるばかりだ。

世界的なイベントになりつつある FIFA ワールドカップサッカーなどは全部の試合を見ることができる。アメリカに居ても日本の試合を見ることができるのだから、他の国の事情も同じであろう。だったら平等に各国の選手というかすべての競技の報道チャンネルを設けて欲しいものだと思った。

期待した YouTube でもバシバシ消されていたから、よっぽど注意していたに違いない。裏を返せばそれだけニーズがあるのだから、もうすこし何とかならないものだろうかと思ってしまう。将来的にすべての競技にアクセスできるメディアの対応を期待したいものだ。

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