取材する側の姿勢、マスメディアのあり方とは?(スポーツ編)

LINEで送る
Facebook にシェア
LinkedIn にシェア
[`evernote` not found]

取材する側の姿勢

取材する側の姿勢、マスメディアのあり方とは?(スポーツ編)

刊スポーツ のサイトで掲載されている「野茂英雄のメッセージ」。今回のタイトルはずばり「田沢」というものだったのでクリックしてどういうものか読んでみる興味が湧いてきた。実際、 野茂英雄 氏自身、現在の 田澤純一 選手が置かれているような状況と似た環境下で メジャーリーグ へ飛び出してきた。

つまり日本の野球界の空気に自分自身の野球に対する姿勢がそぐわないと判断したための結果であり、もし野茂が主張していたような自由な環境が日本の野球界でも用意されていれば、もしかしたら野茂はメジャーリーグ行きを選択していなかったのではないだろうか?

そういう思いもどこかに残っているのかなぁ、という漠然とした想像が野茂に対して僕の中に気になる部分として存在していることは確かだ。その野茂が実際にアメリカへ渡り、多くの人が野茂の選択に同情し、陰ながらが不安と一緒に期待、応援していたことと思う。

また、多くの人が妬みがらみの感情と一緒に、上手く行くはずがない、失敗して日本野球界への復帰を向こうからお願いしてくるぞ、などという展開を期待した輩も大勢いたことと想像する。しかし、野茂の活躍がその後の方向性を大きく変えてしまった。

中田英寿

茂のアメリカでのプレースタイルを見るときに重なる人物としてサッカー界の 中田英寿 氏という人物が浮かび上がってくる。二人とも自分がプレーする競技に対しての姿勢が似ているのだ。野球であろうとサッカーであろうと、自分のスタイルを確立していて、それに自信と誇りを持っている。

日本でプレーしようが海外でプレーしようが、そこにあるのは己に対するプロフェッショナルな意識。それを評価してくれて、自分のプロとしての価値を納得の行く形で表してくれれば、自分が選んだ競技をプレーする場所が、日本であろうと海外であろうと関係がないというもの。

同じ人間同士なんだし、最初のうちは日本にはないものを学ぶ期間というものが存在することは承知の上、別に特別気負う必要もないのである。

中学生から高校生へ、ユースからプロへ、と渡っていく過程で得ることになる一つうえのレベルでプレーする上での情報は、実際自分自身がその場所へ踏み込んでプレーしてみないとわからないし、感覚としても自分の中に入ってこない。

しかし一歩一つ上のランクへと自分を昇格することができたのならば今までのスタイル、その環境の中で如何にしてプロとしての自分を開花させるか、そういうことへの達成のための努力が始まる。

二人の中では日本でプレーしていた普段の生活の中からそのような自分自身の上へ上がるためのプレースタイルというか、全体としての姿勢、どこへいってもぶれない自分自身の野球やサッカーに対する思いを確立していたんだとおもう。

だから野茂がメジャーリーグへわたってドジャーズで奪三振の山を築き上げ、アメリカ野球界から「 トルネード投法 」として受け止められても野茂にとっては普通の出来事だったに違いない。自分の野球スタイルをアメリカでも貫いているだけなのに、というような感情、”野球をすることが大好きだ”。

中田にしても同じである。デビューとなった ユヴェントス 戦でいきなり2ゴールを上げ、結果3-2で負けはしたもののイタリア・ セリエ A に衝撃的な印象を植え付けた。中田にしては特別に意識したものではなかったのかもしれない。普段どおりにプレーする。如何にして勝つか。それが有名どころユベントスであろうが気負う必要などない。

マスメディア嫌い

のような感覚が二人には持ち合わせていたのではないかと想像するのだ。そしてこのような態度が多くの人に残念だけど誤解を与えるきっかけにもなってしまう。そういうところはメディアなどがバックアップしてあげるべきなんだけど、メディアという傘に隠れて相手の言葉だけを伝えようとする姿勢。

こういう態度にも二人は腹が立ったのだと思う。中田は自分自身のサイトを立ち上げ、そこから自分自身の主張を発表するようになり、メディアはそこを通してから情報を得ることとなってしまう。一個人がメディアと戦う場合にはどうしてもまだまだ個人は弱者の側からの主張ということになる。

古今のメディアに関するニュースを読む限りではいくらか風向きも変わってきているようだけど、個人が自分のメディアを通して社会からの信頼を得る、というスタイルまでには完全になりきれていないのでは?

思考停止の受け取り側

うすこし情報を受け取る側、つまりエンドユーザー、その情報を処理する側、読者側のほうもいろいろな視点からの情報処理、それを自分のフィルターを通して、客観的な見方を交えた上で自分自身の意見として確立できれば、と願うのである。

そうすればどこどこのメディアが発表した、というだけで盲目的に信じてしまう、いわば自分の脳味噌を使わない受動的な情報処理では不利になるかもしれない、という環境が自分を鍛えるきっかけになると思うんだけどいかがだろうか?

野茂に中田、彼らに共通する部分としてはほとんどの人が思い浮かぶこととしてマスメディア嫌いというものがあげられると思う。でもこれは結果であって彼らが始めからそのような感情をマスメディアに対して抱いていたとは思えないのだ。

もう1つ聞きたいことがあった。メジャーリーグのキャンプが始まっている。今季は日本のドラフト指名を受けるのを拒否して、社会人野球から田沢純一投手(22)が直接メジャーに臨んでいる。

– あの選択を見たときに、どう思いましたか

「いや、今までにもいますからね。アマチュアから直接アメリカの野球に行った選手も。いいんじゃないですかね。それがより普通になっていくんじゃないですか。変なルールでしばってほしくないと思いますね。今までもそうですけど、直接アマチュアから行った人も、向こうでだめなら、戻ってきて日本のドラフトかかって、日本のチームで活躍できる。それでいいんじゃないですか」。

– 変なルールということでいうと「日本のドラフト指名を拒否した選手が外国のプロチームでプレーして日本に戻ってきた場合は、社会人から行ったケースは2年、高校生から行ったケースは3年契約できない」となった(注1)。どう思いますか

「それはメディアとしてはどう思っているんですか? 僕の答えは決まっています。けれど、メディアとしての意見はどうなんですか?」。

– 僕の意見を言うならば、無意味なルールだと思いますよ。それをしたからといって、日本のプロ野球から外に行く人が減るとも思えない

ならば、メディアがもっと主張するべきじゃないですか。ニュースだけを流すのがメディアなだけではないんじゃないですか。ニュースだけならインターネットでも読めますし。こういうことを(影響力のある)誰かに言わせるだけじゃだめじゃないですか。本当は記者も1人1人の意見を持っているはずなんだけど、問題点は人に聞いて書く。あそこの新聞社はこんなカラーだ、というのは一応出ますけれど、それを言っているのは選手だったり、影響力のある人だったり … 。

アマチュアから行く選手というのは、世間的には立場が弱い。それを選手がこういった大人のしょうもないルールに縛られるということを許していることになる。本当許せないですけど、それを指摘するのに僕の言葉を借りなくても、いいんじゃないかとも思いますよ。

きちんとメディアが書けば。誰が見ても(このルールは)間違っている。絶対間違っているじゃないですか。なんでこの子が行ったらアカンねん。マック鈴木は良くて、多田野の場合は良くて、なんでこの選手が行ったらアカンていう。おかしいでしょう … インタビューを受けている僕が言うのもなんですが、それをメディアが指摘するべきじゃないですか」。

– 組織の側の論理からすると「日本の野球が空洞化する」「良い選手がすぐに行ってしまうのではないか」という危機感から出てきた策と思うが

「そのことについてはどう思うのですか?」。

– こんなことで止められるとは思わない。選手がどこでプレーしたいというのは、本来はその人の自由だ。上を目指す選手であればあるほど、自分が思うトップのレベルでプレーしたいという気持ちは止められるはずがないと思う

「そうですよ。組織側の意見もわかりますが、僕は間違っていると思います。日本で良い選手を育てるような環境を作れているかとなったら、(答えは)作れていないじゃないですか。プロ野球選手で辞めた人が、すぐに高校野球の監督、コーチにもなれないですし。指導者にもなりづらい。

これだけ社会人野球などからプロに行くことで成り立っていたのに、(プロアマの障壁の改善には)あまり動こうとしているように見えないですし。そういうことをふまえていえば、組織側の意見というのは間違っているのではないか、と思います。

そういうことをメディアは主張してほしい。立場の弱い一個人が、かみついたところでどうしようもないわけですよ。この構図でいくと、いつまでたっても僕個人が、一個人が、メディアを利用して言わなければならない。これはおかしいんです」。 ( 田沢 )

野茂英雄の怒りが伝わってくるだろうか?

するにずるいのだ。メディアという看板に、陰に隠れてメディアという権利をかざして取材をしてくる、情報をさらされるのは取材される側の一個人。中田のように自分のサイトがある程度、マーケットに浸透していて信頼を得ているならば戦えるかもしれないけど、多くの取材される側はメディアに比べればまだまだ弱者なのだ。

どうだろう、取材する側は自分の意見を上の例のように添える。必ず個人対個人という同じ土俵の上に立ってお互いの思いを公開する。そういう環境を作っていかないと、情報を拾う側はますますインターネットという存在のお陰であらゆることが表面化される方向性に向かっているからメディアは今はいいけど、その内に信頼されないところは淘汰されてしまうだろう。

戦うならば堀江貴文氏のように情報を公開!

> 堀江貴文 様
> 謹啓 時下ますます御清祥のことと存じます。平素は、小誌「週刊文春」に格別のご高配を賜り、厚くお礼申し上げます。
> さて、小誌は2月19日発売号におきまして、堀江様に関する記事を企画、取材しております。そこで以下の事実関係についてお伺いしたく、メールいたします。

> 〔質問①〕
> 現在やられている仕事や、アマゾンからのアフィリエイト、以前からお持ちだった資産の運用などによって、毎月堀江様が使えるお金は、およそ1000万円にのぼると聞いております。その内訳を教えてください。

内訳は教えられません。教える必要もないでしょう。

> 〔質問②〕
> 堀江様がゴルフをプレーされる際、元ライブドア取締役の宮内亮治氏をモデルにした「宮内人形」と呼ばれる、ぬいぐるみをゴルフ場に持参し、ラウンド前にゴルフクラブで打つことで、周りを盛り上げることがあると聞いております。こうした行動に込められた思いを教えてください。事実無根です。そんな面倒くさいことするわけないでしょう。

> 〔質問③〕
> 現在、堀江様は拘置所に入る前より数キロ体重が増加されていると聞いております。拘置所に入っていたときと現在の健康状態の差について教えてください。

健康状態変わりません。

> 〔質問④〕
> 堀江様は六本木ヒルズ以外にも都内に数箇所、住居を確保しており、最近は六本木ヒルズには週に2、3日程度しかお帰りにならないと聞いておりますが、その理由を教えてください。住居はヒルズ以外ありません。

> 〔質問⑤〕
> 堀江様は現在、遠出される際は、二名ほどボディガードを付けているとお聞きしておりますが、その理由を教えてください。ボディガードなんかつけていません。

出先で、取引先の人やお世話になった人と会うので、マネージャーが同行するだけです。

> ご多忙の折、勝手なお願いにて誠に恐れ入りますが、締切りの都合上、本日中にご回答を賜りたくお願い申し上げます。ご回答は、可能なら直接、もしくは電話でお話できれば幸甚です。それが無理な場合、メールでの回答でも構いません。急なお願いで恐縮ですが、何卒よろしくご検討のほどお願い申し上げます。

> 謹白
( ちょっとは週刊文春の売上げに貢献してやるか )

やり方が非常に汚い、と思わないか? 卑怯だと思わないか? 何とかホリエモンの揚げ足を取ろうとしている姿勢が感じられる。 どうしてこうなってしまうのだろうか?

中川昭一大臣辞任後の自民党

げ足といえば日本の政治家ほど揚げ足取りに一生懸命だという印象を強く持つ。 中川昭一大臣辞任のニュースの後、自民党は民主党から何か揚げ足取りができる材料がないかとそういうくだらないことにエネルギーを注いでいたことと思う。

そして小沢一郎氏の第7艦隊だけで充分、という発言。自民党にしてみれば待ってました、とばかりに攻撃開始。ほとんどの政治家は小沢氏の発言に対して批判、揚げ足をとることだけをしているけど、自分の意見、つまりアメリカの軍隊が日本に駐留することに対しての自分の姿勢を表現してるだろうか?

小沢氏は第7艦隊だけで充分だというけれど、自分はこうこうこういう意見で反対だ、とか、自分もこうこうこういう意見を持っているのでその部分では小沢氏に共感できる思いもある、とか語った政治家はいただろうか?

何もしない記者

える記者も記者である。もしかしたらいくらかの政治家の中にはそのような正しい行動にでて、揚げ足を取るだけでなく、きちんとした自分自身の意見を公開していた政治家もいたかもしれない。しかし、メディアがまるで民主党の小沢氏に対する逆境の雰囲気を作ろうとばかりにそのようなニュース発信にだけ勤める。

そして誰か著名な人や目立った人が反対の発言、つまり今回の小沢氏の意見に同調するような意見を発信して、社会がそれに対して少しでも同化する雰囲気をかもし出すと今までいけいけだった揚げ足チームは動揺してしまうのだ。自分自身の意見を持っていないからぶれてしまうのだろう。

デヴィ・スカルノ夫人のこの意見

日本では、本当の事を言うと、評論家やマスコミが目くじらを立てて攻撃する。果ては失言だとかいう。なぜ批難されるのか、不思議な国だ。民主党の小沢一郎代表は25日、在日米軍再編に関連し、「日本が、自分たちにかかわることはなるべく自分たちできちんとやるという決意を持てば、米軍が部隊をそんなに日本という前線に置いている必要はなくなる。おおむね(海軍)第7艦隊の存在で十分じゃないか」と発言。その通り、私もそう思う。( 小沢一郎氏と麻生首相 )

日本人の弱点

本人の弱点なんだけど、このように反対の意見というか本筋の存在があることを薄々感じてはいても、声を大にして表明しない。一人誰かが犠牲というか、勇気のある視点を示して、それが多くの人が同調する雰囲気を感じられるようになってきた時点で初めて自分の意見としてのまとまりが形成されつつある。悲しいね、もっと最初の時点から自分なりの意見をはっきりと主張できる日本人が出てこないものだろうか?

マスメディアの役割とは何だろう?

茂、田沢の話に戻るけど、彼らの活躍に多くの日本人が刺激を受けたではないか? ノルディックで日本人が活躍したシーン、見事金メダル獲得。これを僕は YouTube で視聴した。( 2009年ノルディックスキー世界選手権 複合団体 )

日本人全体として考えるとき海外で活躍している日本人の映像は勇気、ポジティブな刺激を与えると思う。放送権、放映権というものをもうすこし本格的に考えるべきときではないだろうか?

金を支払えばすべてその団体の放映権、放送権となることが日本人全体の利益になっているのかどうか? 給付金よりも気持ちで刺激をされたほうが今の日本人にとっては大きな勇気となって受け止められるのではないだろうか? こういうことを考えて欲しいのだ。

田沢にしてもそうである。日本の球界に反したらこういう目に合うんだぞと日本野球界を援護する雰囲気に同調するのではなくて、きっちり自分の意見としてもし彼の選択が日本人にとって勇気を与えるニュースバリューならばそのように伝えるべきでないだろうか、といった行動が取れるかどうか?

日本の子供たちが日本のプロ野球よりもメジャーリーグをいきなり目指す、ということが本当にいけないことなのだろうか? プレーをする本人にとってこれからの社会的方向性を考えるとき、その選択は間違っているものなのだろうか?

吉田えり ちゃんにしてもそうである。客寄せパンダと批判されている彼女をもっと客観的に判断してあげて、良いところは世間に伝えてあげる。もしかしたら刺激を受けてポジティブに変化しようとしてる多くの女性が存在するかもしれない。そういうポジティブな雰囲気をメディアは社会に伝えていく必要性があると思うのだ。

石川遼 君にしてもそうである。アメリカツアー、最初は予選通過できなかった。いいじゃないか! あこがれのタイガー・ウッズと初対面。おっ、いいね! マスターズに初挑戦。よし、どこまでできるか楽しみだ!

好循環

能性を伸ばしてやる。メディアはその可能性を社会に伝える。そしてそのポジティブな可能性の刺激を受けた個人がそれに対して何かポジティブな刺激を受ける。その一個人から新たにポジティブな何かが発信される。こういうようなポジティブな環境は意識すればできるとおもう。

それも今現在メディアで働いている一個人の勇気ある行動さえできれば、きっかけになるかもしれない。大きな傘の下で安心して変化のない自分自身で現状を維持していくのか、それとも一個人として責任ある環境に自ら飛び出していき、自分自身の意見として社会と向き合っていくのか?

5年後、10年後はどのような環境になっているのか想像をしてみるがよい。自ずと答えは出てくるはずだ。次のインタビュー記事は先ほどのホリエモンに対する陳腐なものとは対照的である。

LINEで送る
Facebook にシェア
LinkedIn にシェア
[`evernote` not found]

, , , , , , , , , ,

Powered by WordPress. Designed by WooThemes