大韓民国女子プロゴルファーの憂鬱、英語できますか?


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大韓民国女子プロゴルファーの憂鬱、英語できますか?

米女子プロゴルフ協会(LPGA)は、来年から同ツアーに2年間在籍し英会話能力の評価が必要と判断された選手を対象に英語の口語テストを実施し、基準に達しない場合は出場停止とすることを決めた。AP通信が、26日伝えた。

LPGAには現在、26カ国から121人の外国人選手が在籍。その中には活躍が目立つ韓国出身の45人が含まれている。すでに前週のセーフウェー・クラシックの大会前に、韓国選手にはこの決定について説明を行ったという。

LPGAは「選手たちには、コースと同様に、メディアやファン、スポンサーとの関係でも成功してもらいたい」とテスト実施の理由を挙げ「特定の国や選手をターゲットとしたわけではない」としている。

近上がったニュースの一つだけど、これを見た瞬間、やっぱりなぁ、というのが僕の感想だった。去年以前から兆候はあっただろうが、今年に入ってというかLPGA に突如韓国人の女子プロゴルファーが上位を占めるようになっていたのである。

テレビの中継を見ると途中経過のトップ 10 には 6 人から 7 人あまりの韓国人選手の名前が連なる。それはまるで韓国国内で行われているゴルフトーナメントのようであり、主催者側のアメリカ人というか白人側はこういう状態、気に入らないだろうなぁとは薄々感じていた。

ミシェル・ウィーのような綺麗であり尚且つ英語でコミュニケートできるならば問題ないであろうが、ほとんどの韓国人選手は英語でコミュニケートできないようである。こういうことにはアメリカ人、結構敏感なんだよね。

例えばそれが一人二人という話で、たとえ英語が喋れなくても周囲を納得させてしまう雰囲気を併せ持った選手とか、圧倒的に強くてオーラをまとっているような存在で、アメリカ人側からも一目置かれるようであればまったく問題ない話である。

しかし世の中、韓国人が固まるのを嫌う雰囲気が漂っているのも事実なことであり、特にゴルフトーナメントを開催中に韓国側に小コミュニティーを形成されては不気味というより怒りに近い感情が開催者側に発生したとしてもちっとも不思議ではない。

それほど韓国人が集団で固まり話をしていると回りに嫌悪感が漂うのは他のアジア人に比べると多いように感じるのは気のせいであろうか? 日本語と違い、韓国語には母音が 12 個あるので声が大きくなるのは致し方ないとしても。

ロサンゼルスにあるコリア・タウンに行ってみるといい。ハングル語のオンパレードでまったく意味を成さない光景は異様である。他者をシャットアウトしている雰囲気は直接的には韓国人側を非難しないにせよ、人々の心の中では小さな嫌悪感が積み重ねられていく。

カリフォルニア州ロサンゼルスウィルシャー (Wilshire) 地区は、米国最大のコリア・タウンとして知られる。ウィルシャー地区の東側にはダウンタウン、北側にはハリウッド、西側にはビバリーヒルズ、南側に サウスセントラル( インナーシティ化している)がある。

1960 年代から韓人が増え始め、1980 年代にコリア・タウンとして繁栄を極めた。 1992 年のロサンゼルス暴動では多数の韓国系商店が略奪を受けた。これは、サウスセントラルの暴動が波及したためである。この他、グレンデール、ガーデングローブ、フラートンなどロス郊外には中産階級の韓人が集住する地区が数ヶ所ある。(ウィキペディア参照)

回のLPGA の措置に対して驚いた方も居るだろうし、日本人女子プロゴルファーにも少なからず影響を与えることであろうが、大方の感情は増え続けて活躍し続ける韓国人女子プロゴルファーに向けての対処と見たほうが無難であろう。

このような白人というかアメリカ人の黄色人種を恐れる感情は何も今に始まったことではない。歴史を振り返ればわかるとおり過去、アメリカ大陸を走る横断鉄道などの構築のために大量に連れてこられた中国人や、早くから移民の生活を送っていた日系人も嫌がらせを受けている。黄禍論と聞けば知られた有名な話である。

黄禍論

19 世紀半ば、清朝が衰退し、イギリスをはじめ西洋諸国によって半植民地の状態におかれた中国では、安定した生活を求め海外に移住する者が出始めた。ちょうどこのころカリフォルニア州で金鉱が発見されゴールドラッシュ沸きかえっていた。それもあって西部開拓が推し進められ、大陸横断鉄道の敷設が進められた。金鉱の鉱夫や鉄道工事の工夫として多くの中国人労働者が受け入れられた。

少し遅れて日本人がハワイに移住を始める。ハワイが米国に併合され、またカリフォルニア開発の進展などにより農場労働者が必要になると日系移民の米本国への移転が増加する。祖国では困窮しきっていた彼らは新天地での仕事に低賃金でも文句を言わず良く働いた。そのためイタリア系やアイルランド系などの白人社会では、下層を占めていた人々の雇用を奪うようになる。それが社会問題化し黄禍論が唱えられるようになった。(ウィキペディア参照 )

あんまり知られていないかもしれないけれど過去には日系人に対してあからさまにこのような法律も存在したのだ。排日移民法である。

排日移民法

この法律の内容を簡単に言えば、アメリカへの移住を希望する各国の移民希望者に関して国別の受入数制限を定める内容であったが、日本人に関しては移民入国が全面的に不可能となる規定をもっていた ( 法案の内容参照)。

なお正確に言えば「排日移民法」という名前の独立した法律があるわけではなく、既存の移民・ 帰化法 に第 13 条 C 項(移民制限規定)を修正・追加するために制定された「移民法の一部改正法」のことを指す。

「排日移民法」という呼称はその内容に着目して主に日本国内で用いられる俗称である。運用の実態はともかく、移民制限規定そのものは日本人のみを対象としていない。その点よりこの俗称は不適切であると する意見もある。

日本人の場合、ハワイへの移民は明治時代初頭からみられ、やがて米大陸本土への移民も盛んとなる。日本から直接渡航する場合もあったが多くの者は入国しやすくまた日系人コミュニティーがすでに存在していたハワイ諸島(あるいはカナダ・メキシコ) をベースとして、ハワイ併合などにより機を見ては西海岸各都市に渡航していたようである。

移民した日系人たちは勤勉で粘り強く仕事をこなしある程度の成功を掴む者もあらわれた。しかし彼らは一般的に「日系人だけで閉鎖的コミュニティーを形成し地域に溶け込まない」、「稼いだ金は日本の家族に送金してしま う」などとアメリカ人からは見られていた。また現実にアメリカ市民権の取得には熱心ではない人が多く合衆国への忠誠を誓わないなど排斥される理由はあった。

それでも、日本人はアジア諸民族の中で唯一、連邦移民・帰化法による移民全面停止を蒙らなかった民族であった。これは日本が同地域で当時唯一、欧米 諸国と対等の外交関係を構築しうる先進国であり、アメリカ連邦政府もそういった日本の体面維持に協力的であったことによる。しかし連邦政府はその管掌である移民・帰化のコントロールは可能でも、州以下レベルで行われる諸規制に対しては限定的な影響力しか行使できなかった。

こうした連邦レベル以下での排斥行動が典型的に現れたのが1906年、サンフランシスコ市の日本人学童隔離問題であった。同年の大地震で多くの校舎が損傷を受け学校が過密化していることを口実に、市当局は公立学校に通学する日本人学童(総数わずか 100 人程度)に、東洋人学校への転校を命じたのである。この隔離命令はセオドア・ルーズベルト大統領の異例とも言える干渉により翌1907年撤回されたが、その交換条件としてハワイ経由での米本土移民は禁止されるに至った。(ウィキペディア参照)

ういった歴史的事実があることを振り返れば今回のLPGA 側が起こした騒動も韓国人に向けられた嫌がらせであったとしても、あぁ、今度は韓国人か、となってしまうのである。韓国人移民がアメリカで目に見えて増え始めてきたのは韓国国内の経済が悪化した辺り、調度アジア通貨危機があった1997年以降と思われる。

IMFが韓国経済に入ってきたために目に見えて不景気の雰囲気に包まれた韓国国内では多くの韓国人がアメリカなどの国外移民を試みた。彼らはクリーニング店やグロセリーストアなどを経営して小銭をため、こつこつと上昇階段を上っていく。

韓国系の両親は教育に重視をおくものが多いのも特徴で、アメリカの多くの大学では遅くまで図書館内で勉強している韓国人学生の姿をみることはめずらしいことではなくなってしまった。そうして全米女子プロゴルフ界に出てきたのがミシェル・ウィーである。彼女は韓国系アメリカ人であり、この彼女の存在が火をつけた。

アメリカ国内、韓国国内から全米女子プロゴルフ界を目指して英才教育を施す韓国人が増えたものと思われる。それが現在LPGA に所属している 3 分の 1 程度を韓国系が占めるにいたった経路であると言ってもよい。彼らにしてみれば悪気などまったくなく今回の措置に戸惑っているに違いない。英語でコミュニケートできていればLPGA 側での対応も違ったものとなっていたであろう・・・

アスリートに英語は必須?

本人選手の中でも英語でコミュニケートができない選手がいるようなのでその対応に迫られるところだろう。そして今回の措置は何も女子ゴルフ界だけの話ではない。きっと遠くない将来、英語でコミュニケートできるというかそのような能力はスポーツ選手の間、特に世界を舞台にしている競技に関しては常識となるに違いない。

テニスもそうだろうしモータースポーツや野球だってそうだ。スポーツ界だけの話ではない。音楽に映画にいたる文科系のフィールドにも、ビジネスの現場で起こっているような状況というか環境がどんどんあたりまえになっていくであろうと思われる。

英語を扱えない人材は世界のフィールドにはなじめない環境ができてくるのだ。多くのフィールドではじめから世界を目指す子どもたちが現れることも予想される。別にそれは悪いことではないと思うのだがいかがであろうか? ( スポーツをやる子供に第2外国語習得も )

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