揺れた大相撲界から日本社会の問題が見えた一年、伊良部秀輝と朝青龍の悲劇

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朝青龍

揺れた大相撲界から日本社会の問題が見えた一年、伊良部秀輝と朝青龍の悲劇

州場所も終わり、気がついてみれば白鵬が4場所も優勝していた今年の大相撲。最後の千秋楽はその横綱白鵬が優勝を決めていながら大関琴光喜に負けるという、なんとも今年の大相撲を象徴していたようなしまりのない終わり方であった。

では今年の大相撲界を象徴していたその負の部分とはなんであろうか? 朝青龍問題に、時津風部屋の若手力士リンチ殺害事件である。2つの問題に共通しているのは今の日本社会をよーくあらわしているところ、大人社会が病んでいる。

ニューヨーク・ヤンキースでの伊良部投手

れは一方的過ぎるなぁ、というのが僕の感想で、横綱も軽率な行動に出てしまい誤解を招いた部分もあると思うが、しかし外から見ているとまるでいじめ問題を見ているようであった。作家である冷泉彰彦氏が「伊良部と朝青龍の悲劇」と題してメールマガジンを発信したものが一番良く説明できていると思うので、すこし引用させていただく。

フル稼働した98年、99年についていえば、この二年間ほぼ完全にローテーションの一角を守り、合わせて55試合に先発、完投4試合を含めて(そのうち2試合は完封)24勝16敗というのは立派な成績です。何よりもこの2年間はヤンキースの輝かしい黄金時代に他ならず、今でも「ダイナスティ(王朝)」を築いた時期と呼ばれているのです。特に98年はレギュラーシーズンは114勝48敗と勝率七割の驚異的な成績を収め、ワールドシリーズでもパドレスを四勝零敗で下しています。

その中にあっての伊良部投手の貢献は明らかです。ガッチリ固まった先発ローテーションには、他にアンディ・ペティット、デビット・コーン、「エル・デューケ(殿下)」ことオーランド・ヘルナンデス、デビット・ウェルズ(98年)、ロジャー・クレメンス(99年)と球界を代表する投手が揃っていましたが、伊良部は彼等と全く互角に、ほとんど中四日で先発し続けたのです。

この時代の伊良部秀輝投手のことははっきり覚えている。1996年からニューヨークに移り住んだ僕はあのヤンキースに日本人投手がいる、というだけでたいしたものだなぁ、と思い日本での伊良部投手の活躍は知らなかったけど野茂英雄に続け、とばかりに応援していたのである。

ニューヨーク・ヤンキースまでの入団経緯

まず、入団の経緯が複雑でした。千葉ロッテのエースとして、パリーグの投手として頂点に立った時点で「ヤンキースへの移籍」を強く直訴、まだFA資格のなかった時点だったのですが、最終的に球団は折れて、大リーグ機構と交渉の結果、現在のポスティング制度の原型のような入札が行われてサンディエゴ・パドレスが交渉権を獲得したのです。ですが、伊良部投手本人はサンディエゴではダメ、あくまでヤンキースという強いこだわりを見せました。

そこでエージェントの団野村氏が動いて、一旦パドレスと契約した後にヤンキースに移籍ということで決着したのです。そこで、新人の入団であるにも関わらずヤンキースは人的補償が必要となり、何人かの選手を出したのです。また年俸も当時としては高額となりました。

良部がだんだんとニューヨーカーから嫌われだしているなぁ、というのは感じてきていました。多分伊良部はコンプレックスを抱えていたんだと思います。他の選手が活躍しようものならばそれこそ黄色い声援が飛びますが、自分には彼らと同じような待遇は受けない。

ちゃんと結果も出しているのに、というイライラ感が初めてのアメリカ生活からくるストレスなどと重なって行ったのではないでしょうか? 伊良部はとうとうファンにも当たり始めてしまったんです。

「伊良部=悪役」のイメージ

ヤンキースのオーナーは、今も変わらずチームの勝敗に極端にこだわり、監督以下選手の粛清を行ったり、確執を抱えたりする激情家、ジョージ・スタインブレーナーでした。このオーナーがこともあろうに、伊良部の個人批判を始めたのですから大変です。

やれ「太りすぎ」だとか「ひきガエル」のようだとか、言いたい放題でした。当時のヤンキースは急速に強くなっていたものの、現在のように盤石の経営基盤ができていたわけではないので、オーナーとしては230万ドルからスタートした伊良部の高年俸について、苦々しく思っていたのは間違いないでしょう。

またファンの方もオーナーの発言に乗ってしまっていたようで「伊良部=悪役」のイメージが出来上がってからは、打たれて降板するような際には容赦のないブーイングが飛ばされたのです。また真偽のほどは分かりませんが、伊良部投手がアルコールに溺れているという噂が一人歩きしたり、ファンに対して悪態をついたというようなことが大げさに新聞に書かれるようになりました。

そんな中、色々な事件が起きたのです。例えば先発として十分な実績がありながら、ポストシーズンの短期決戦ではほとんど出場機会が与えられないということがありました。オーナーの指令ということもあったのでしょうが、ファンも「アイツは大舞台では打たれるだろうから当然」という感じだったと思います。

ポストシーズンの先発は基本的に四人で良いので、その選にもれただけとはいえ、本人の心中は複雑だったに違いありません。また、オーナーとの確執はキャンプへの参加差し止めなどという具体的な騒動に発展したりもしました。

れははっきり言っていじめ。「ヒキガエル」とか「太りすぎ」とか言われ始め、メディアもこれに加わってしまったからさぁたいへん。真相を知らないファンも自然、伊良部投手を敬遠するようになる。

彼はヤンキースがワールド・シリーズに優勝したときにもメンバーだったからワールド・シリーズで勝ったものだけがもらえるチャンピオンリングを持っているんだけど、一回もポストシーズンでは投げていない。悲しかったというか、さびしかったと思う。あぁ、ここでもオレの居場所はないんだなぁ、と感じたんじゃないかなぁ・・・

コミュニケーション欠落状態

何が悪かったのでしょうか。伊良部投手がアメリカ人であれば、こんなことは起きなかったのでしょう。ということは、スタインブレナーや、NYのヤンキースファンは「日本人が嫌い」なのでしょうか。人種や出身国で人間を差別する感情が働いていたのでしょうか。それは違うと思います。現在、松井秀喜選手が同じスタインブレーナーから、そして、同じように思い入れと思いこみの激しいNYのファンからまず手放しの尊敬を受けていることを見れば、それは明らかです。

問題はコミュニケーションだと思います。当時のヤンキースはベンチ内でのコミュニケーションのために、通訳を配置してはいましたが、NYのファン向けに伊良部選手とのコミュニケーションを続けるような広報活動を行うバイリンガルのスタッフはいませんでした。その結果としてどうして伊良部投手があれほどヤンキースに入りたがったのか、そのチームへの愛のストーリーをファンが理解することはありませんでした。またそうしたチームへの愛が正にチームに溶け込むように作用することもなかったのです。

オーナーに言われれば言われっぱなし、ファンから野次られれば言葉で釈明するのではなく、最後は悪態とも取れるような見よう見まねのボディーランゲージに走ってしまい、誤解が誤解を生む、そんなコミュニケーションの欠落状態に陥ってしまったのだと思います。言葉の通じない異境にあって、その社会の中で窮地に陥りながら、その土地の言葉では自分の思いを語ることができない、それは人間の精神に取って危機に他なりません。

感。 伊良部と松井秀喜の大きな違いは積極的に現地の人たちとコミュニケートして溶け込んでいこうという姿勢があるかないか。松井はこういうところ賢いから、チームメイトともよく会話しているし、監督はじめコーチ陣、それにメディアから“こいつとはコミュニケートできるな”という信頼を相手に植え付けている。

今年コロラド・ロッキーズで活躍した松井稼頭央も同じ。ニューヨーク・メッツにいたときには明らかにどのようにして新しい社会に溶け込んでいこうか迷っていたと思う。自分の野球に対する真摯な姿勢を示していけば相手は理解してくれるはずだ、というような行動に走っていたと思う。

勝負の世界だから結果を求められるから、アジャストできていない松井稼頭央はプレーも萎縮していたし、自分が受け入れられていない不安を感じながらニューヨーク・メッツの一員として生活していたと思う。

日本人に受け入れられるには?

青龍はどうだろう? 白鵬と比べるとわかりやすいと思うけど、朝青龍は奥さんもモンゴル人ということもありちょくちょくモンゴルへ帰り、白鵬は奥さんが日本人ということもあり、この辺は日本人の特長だと思うが、白鵬のほうをより日本人ぽく受け入れているというか、見ているに違いない。

来年以降もこのように白鵬と朝青龍といった具合に比べ始めると、朝青龍はどんどん日本のことが嫌いになっていくと思うし、メディアともファンともコミュニケートを遠ざけるようになり、よりモンゴル寄りになる可能性がある。

こうした悲劇を避ける方法は二つあります。まず、シーズンオフも含めて英語漬けになり、街の人の生活の息吹を感じたりしながらコミュニティの一員となって、最終的にチームメイトともファンとも心を通わせてゆく方法があります。

例えばメジャーの場合、引退した長谷川滋利選手や、現役では田口壮選手や井口資仁選手の場合がそうでしょう。もう一つのやり方は、日米の言葉と文化に通じた広報アドバイザーとの二人三脚で、ファンやコミュニティとのコミュニケーションを確保する方法で、現在では松井秀喜選手がその成功例でしょう。

そのどちらの方法も取ることができず、今から思えばヤンキースが最も輝いていた数年間に、その中心にあって何一つ恥じ入ることのない成績を収めながら、現在でも「ああ、あのイラブね」とNYっ子たちから揶揄される、悲劇というのはそういうことです。そして、恐らくは朝青龍関に現在起きていることにも、同じような構図があるのだと思います。

朝青龍を応援する理由

は朝青龍の肩を持つわけではないけど、頑張って欲しいと思っているし、育った環境とは違う日本で横綱まで上り詰め、よーく頑張っているとおもう。横綱になればアンチファンが増えるのは仕方がないが、朝青龍の場合、数々の問題から生意気だ、と嫌悪感を露にする人たちも多いことも想像できる。

ましてや古いタイプの人には日本国技の相撲の横綱がモンゴル人というだけであんまりいい気持ちで見ていない人もいるだろうことも想像に難しくない。ほとんどの日本人には想像できないと思うけど、生まれ育った環境を離れ外国に住み、新しい環境に馴染んでいくために新しい言語を覚え、なおかつ母国の相撲とは違う日本の国技というルールで勝負して上り詰めていくことがどれだけ辛抱と、情熱が必要か、理解できる人は少ないんじゃないかなぁ。

この事実だけでも十分に応援に値すると思うんだけど。朝青龍は人一倍、日本人力士よりも努力して横綱まで上り詰めた。それに白鵬が横綱になるまでかなりの期間、一人横綱としての地位を守り、立派にその責任を果たしてきた。

そりぁまぁ、偶には言語道断の行動をとってしまったかもしれないけど、まだ20何歳という年頃の青年に保守的な行動を押し付けるのは、うーん、と思う。周りがそれを理解していて朝青龍をちょっとばかり甘やかしたというのもわかるけど、要はお互いが甘えていた。

相手が理解してくれるだろう希望的観測

ューヨーク・メッツの頃の松井稼頭央と一緒、相手が理解してくれるだろう、という態度に終始してしまい、積極的にコミュニケートして近づいていく姿勢がお互いかけていたのが問題だったと思う。( 甦った松井稼頭央、メジャーリーグに適応した後

僕は朝青龍問題を聞いたとき、メッツの頃の松井稼頭央とヤンキースに移籍した井川慶の環境をすぐに連想した。井川慶と松井稼頭央を可愛そうだ、と感じている人がいたとしたら、同じような環境にいた朝青龍のこともすこしは理解してやって欲しい気がする。

日本社会、相当病んでいるなぁ

う一つの時津風部屋の若手力士リンチ殺害事件。これも共通点としていじめという言葉が浮かんでくる。下っ端力士への集団的リンチ。稽古といえば聞こえはいいが、どうみても集団でいじめたとしか言いようがない。

来年から文部科学省などが徹底して調査をおこない、もしおかしなところがあれば指導していくということらしいが千秋楽の解説者のひとり舞の海の言葉がこの問題の本質を物語っている。

「 文部科学省が入ってくるということは信用されていないということですからよっぽどのことですよ」

信用されていない。閉ざされた世界。 いじめ問題。閉鎖感。見ていて日本社会、相当病んでいるなぁと思うんだけど、大の大人が関わっているとなれば、子供が学校社会でいじめを受けている問題など、どうして解決できようか?

今の学校社会でいじめなどの問題とも対処していかなくてはいけない子供たちはストレスでいっぱいだろう。大人になってもいじめがあると子供は敏感だからわかっている! そうなったら希望がもてないよなぁ。この事が問題なんだけど、日本の社会は大丈夫だろうか?

ポイントは外へ積極的にコミュニケーションを取っていくこと、だと思う。普段の自分の生活範囲外へとコミュニケーションを取っていく。これから訪れてくるであろう嫉妬社会、ストレス社会の中で健康的に生きていくためのキーだと思うのだがいかがだろうか?

日本語圏内だけで助けを求めてはいけなくなってきている。

伊良部秀輝

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