政治家が亡くなるとき、エドワード・ケネディ米上院議員

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エドワード・ケネディ

政治家が亡くなるとき、エドワード・ケネディ米上院議員

25日に77歳で死去したエドワード・ケネディ米上院議員の葬儀ミサが29日、マサチューセッツ州ボストンのカトリック教会でしめやかに営まれた。葬儀にはオバマ大統領も参列し、同議員の米国民と国家に対する生前の尽力を称賛するとともに、深い哀悼の意を示した。

ケネディ議員は昨年5月に悪性脳腫瘍(しゅよう)と診断され、約15カ月間の闘病の末に亡くなった。議員歴は上院で3番目に長い46年9カ月。リベラル派大物議員として、大統領選でオバマ氏を支持し強力な後ろ盾になった。葬儀には、カーター、クリントン両元大統領とともに、ブッシュ前大統領も出席した。(時事)

人物紹介

ジョセフ・P・ケネディの9人の子供の末っ子であり、連邦上院議員、大統領を務めたジョン・F・ケネディ、司法長官、連邦上院議員を務めたロバート・ケネディは兄。愛称はテッド、時にテディと呼ばれることもある。

民主党リベラル派の代表格と看做されており、イラク戦争反対の急先鋒であった。上院では民主党上院院内幹事(1969年 – 1971年)、司法委員長(1978年 – 1980年)、労働委員長(1987年 – 1995年)、厚生・教育・労働・年金委員長(2001年 – 2003年)を歴任。(ウィキペディア参照)

かと悲劇の多いケネディ家出身ということでアメリカ人は特別な想いを抱いてしまうのかもしれない。ジョン・F・ケネディが暗殺されたときエドワード31歳、5年後にはもう一人の兄ロバート・ケネディも暗殺されて他界、彼は36歳であった。

若かりし頃の3人が映っている写真を見ると、もうそれだけでアメリカが経験してきた1960年代からの歴史を感じることができるんだよ!

この特別な想い、あぁ、一つの時代が終わったなぁ、とその時代を生きてきたアメリカ人ならば誰でも感じていることだと思う。エドワードもこれでやっと二人の兄の元に行けるんだ、安らかに眠ってください! という彼らに対する愛情というか、アメリカ国家のために身も心も捧げてくれた彼らに対する当然のリスペクトを感じることができる。

自分の人生を振り返る

回のエドワード・ケネディ米上院議員の死でもそうだが、一人の偉大な政治家が亡くなるとこんなにもアメリカメディアがその人の業績、記した証などを振り返るのは何故だろうか? 僕はこれまでアメリカへ来てから二人の大物政治家の死を体験した。一人はリチャード・ニクソン、第37代アメリカ合衆国大統領でもう一人がロナルド・レーガン、第40代アメリカ合衆国大統領。

ニクソンなんかはウォーターゲート事件により第二次世界大戦後の大統領で最低の支持率を記録、任期中に辞任した唯一のアメリカ大統領となったはずであったが、いざなくなってみるとアメリカ社会がニクソンが大統領に就任していた激動の時期(ベトナム戦争の終結や中華人民共和国との国交成立)の任務を労って、その死に対してリスペクトしていた。

きっとニクソンが政治家として活動をしていた時期と同じ時期を過ごし成長してきた世代に人たちには感慨深い思いが募ったのではなかろうか?

そのような時代の流れというかアメリカ人一人一人、個々の人生を振り返るような感じでニクソンの死を受け入れた人も数多く存在したと想像するのだ、あぁ、あのニクソンもついにくたばったかぁ、といった感じで。

もう一人のレーガンは言うまでもないであろう、あんなにアメリカ人から愛されていた大統領がいたであろうか? 国内ではレーガン自身、暗殺未遂事件にあったりレーガノミックスと呼ばれる一連の経済政策を実地し、外交では冷戦の終結に貢献、ソ連のゴルバチョフ書記長と4度に渡って首脳会談を行った。

ここでもアメリカ人はあのレーガンが大統領に就任していた1980年代を振り返るのだ。日本がエコノミックアニマルと呼ばれた時期、アメリカは何とか不況から脱しようとしたところで、クソッ、今に見ていろ、といって密かにいろいろなところで準備していたのがあの頃のアメリカ。

ニクソンの頃は自分はあぁだったなぁ、レーガンになって自分の暮らしはこうなったんだよなぁ、などとやっぱりアメリカ社会は大統領選挙ごとにダイナミックに動くからよくもあれ、悪くもあれ、一般の人々の生活に大きな影響を与える。

だからある大物政治家がなくなれば、アメリカ国民は、おぉ、あいつもついにくたばったかぁ、といった感じで自その政治家が活躍した時代を振り返るきっかけになるのだと思う。

リスペクトを見せるアメリカ国民

メリカ人が振り返るときに見せるその政治家に対してのリスペクト的な思いはその政治家が属していた政党はあまり問題にならない。「老兵は死なず、ただ去るのみ」といった感じで政界を引退していき、死をもってまるで戦死したかのようにその政治家を一人の兵士のようにリスペクトする。多分、これはアメリカ独特のものかもしれない。

アメリカ国歌の歌詞、「星条旗よ永遠なれ (Stars and Stripes Forever)」を理解すれば気がつくと思うけど、やっぱりアメリカは戦って自由を手に入れた国家。「砲弾が赤く光を放ち宙で炸裂する中、我等の旗は夜通し翻っていた。ああ、星条旗はまだたなびいているか? 自由の地 勇者の故郷の上に!」といった歌詞の雰囲気にすべてが含まれている。

だから一人の政治家が亡くなるとき、それはアメリカのために戦ってくれた戦士のように扱われ、そこには「お疲れ様、安らかに眠るがよい」といったニュアンスも存在している。故にその政治家が属していた政党は問題にはならないのだと思う。アメリカ国民はその政治家が胸の内に秘めていたであろう共通点、つまりアメリカ国家をよくしたいという強い想い、理想実現に向けての実行力、身体を張ってきた姿勢にその政治家が動かした社会、国家をアメリカ国民は回顧する。

この共通する想い、愛する国家に対する想いというのは非常に大事だと思うし、それを共用しているアメリカ人たちを羨ましくも思う。一人一人の考え方、政策、戦略は違うかもしれないけれど、最終目的地、つまりアメリカがより素晴らしい国家になるというポイントにたどり着くのまでの歩むべき道筋が異なるというだけの話。

覚えているだろうか、去年の2008年アメリカ大統領選挙を! 敗北したジョン・マケイン上院議員はお互いの健闘を讃えあい、勝利した(この場合、アメリカ国民が支持した)バラク・オバマにたいして祝福の賛辞を送り潔く敗北を受け入れた。

恨みや憎しみといった感情はそこにはなく、お互い愛する国家のために良かれと思った戦いを繰り広げてきた、しかし今回、今の時代にあった人物を選んだのは自分ではなかったけど愛する国家のために託す想いは同じである、といった感じかなぁ。

亡くなったエドワード米上院議員も2人の兄と同じく大統領の座を狙うが1980年の大統領予備選で現職ジミー・カーターに敗北したんだよねぇ。敗北時にエドワードは応援してくれた聴衆に対して次のように述べている。

For me, a few hours ago, this campaign came to an end. For all those whose cares have been our concern, the work goes on, the cause endures, the hope still lives, and the dream shall never die.

このドリームこそアメリカ人が共通して抱いている思い、愛する我が国アメリカをより素晴らしい理想の国家アメリカに近づけよう、といった愛国心だと想像する。

愛国心

本で愛国心というとすぐにお前は右翼か、とか右寄りだなぁ、といった風に受け止められがちだけど、愛国心ってそんな単純なものじゃないと思う。僕の確信なんだけど海外で真剣に毎日生きている日本人ほど、海外での生活の月日を重ねていくうちに自然、日本に対する愛国心は育まれてくるものだと思う。

他人に社会に強制されることなく純粋に日本が好きだ、という想い。あぁ、日本人でよかったなぁ、とか日本が自分にとっての故郷で本当によかったなぁ、とか一つ一つの文化、日本人気質だったり、また海外から批判されるような不器用なところだったり、でもやっぱり日本、大好きだよ、という想い。この感情は良いものだ!

政権交代でどうなる日本?

って日本の政治家はどうであろうか? 自分の信ずる、愛する国家を良くしたいという思いは本心から一人一人の政治家の心に宿っているだろうか? 日本の政治家、順番待ちしているような首相選び、誰も共感しない。無責任な態度、いきなりやめた安倍晋三さん、やっぱりお坊ちゃまだった。洞爺湖サミット開催だけが念願だった福田康夫さん、あなたとは違うんです。一国の代表がよく平気で漢字の読みを間違えるなぁ、と麻生太郎さん。

日本の政治家が亡くなっても、あぁそういえばこの人も首相をやっていたねぇ、いつだったっけぇ? 何をやった人? 印象に残っていないよ! という人ばかり。悲しいと思わないか?

身体を張った政治、自分の信念に基づいて国造りのために戦う政治家。このような政治家が出てくるのはいつだろうか? 今回の政権交代は何かのきっかけになればいいと思う!( 内閣総理大臣の一覧 )

国民にも責任

治家が二流、三流なのはその国民が二流、三流だからというのは真実だね。政策が注目されるようになったのはいいこと、後はそれが実行されるのか検証する日本人の集団的IQを高めていく必要があると思う。

バラク・オバマの健康保険制度改革

バマが公約の一つを実現するために今必死で議会を説得している。反対する共和党陣営は、夏休みを利用して議会を中断、勢いに任せて可決されそうな雰囲気を一旦殺すというかその間に草の根運動を展開、全米各地で反対集会を大々的に行う戦法を繰り広げている。

アメリカ合衆国においては、高齢者を対象としたメディケアや低所得者を主に対象としたメディケイドなどの公的医療保障制度があり、前者は連邦政府予算と自己負担金、後者は連邦政府からの補助金と州財源により運営されている(但し社会的現役の人を対象とした制度は存在しない。クリントン政権当時に、ヒラリー夫人により構想が練られたが、民間医療保険会社の強い抵抗に遭い頓挫した。

アメリカ合衆国は国民健康保険制度がない唯一の先進国である。民間の医療保険に入れない人がおよそ5000万人いる。貧困層でなくても、ちょっとした疾患によって保険への加入を拒否されたり、保険金の支払いを拒否される人は多い。(ウィキペディア参照)

本の皆も感じるといい、政権交代が行われた、さぁ民主党が掲げた公約をどこまで実行してもらえるのか? そこにはやっぱり利害が絡むからそれこそ身体を張って勝負しないと国民は納得しない。健康保険制度改革がこの秋、アメリカでは一つの山場になっている。先の亡くなったエドワード・ケネディもオバマを後押ししていた。

人生を全うして死ぬとき

ダヤ人の教えだったと思う。「お前は自分が生まれてきたときに周りの多くの人が微笑み、お前一人泣きじゃくっていたんだよ。だから、今度お前が自分の人生を全うして死ぬときには、自分は微笑んで周りの多くの人が悲しむような人生を送りなさい」

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