文武両道のススメ、日米その比較(その2)

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文武両道のススメ、日米その比較(その2)

メリカに着たばかりのころのゴルフのM選手。彼はあるツアーの最中にいらいらしていたのだろう、Fの付く言葉を口走ってしまった。それを取り上げたアメリカのマスメディアは彼のことを非常に馬鹿にした。当然である。

日本にいては分からないがこちらで教養のある人やその家庭では、絶対にFの付く言葉は使わない。使わないように教育されているし使う人たちを軽蔑もしている。日本では日常聞く音楽やニュースそのほかのメディアからアメリカの情報を得る人が多いと思うが勘違いしないでほしい。

Fuck言葉やShit言葉は貧しい層の人々、教養のない人々の使う言葉とされている。ましてやそのような言葉をまだ、英語もろくに喋れないような外国人から耳にしたら彼らは馬鹿にするだけだ。M選手などは、一様海外からアメリカのゴルフツアーに挑戦しているお客さんである。M選手のこれからのアメリカでの成功を期待した人たちはその時点では減ったと思う。

このようにまだアメリカに来たての日本人はかっこいいからとか言う理由でFやS言葉を使う人々が多いが、決して勧められるものではない。アメリカのサウスカロライナ州に行ってみるといい。そこにはアーミーの基地があり、南部特有の貧しく教養のない人々がたくさん住んでいる。その人たちの形容詞はどんなものか知っているだろうか?

ほとんどすべてにおいてfuckingが付く。fucking car, fucking food, fucking weather and so on. Shitも多様に使われる。もちろんすべての南部に住む人々が使っているわけではないが、このような例は一般であるはずだ。

これに対してfuckingなどは黒人文化の間ではクール的な意味で使われていて、その様な品位のない意味合いで使われてはいない、という方もおられると思う。しかしあえて言わせてもらうならば、それらは黒人同士の間柄で通じる文化だと思う。アジアのイエロー人種、日本人が真似をしようとしても彼らの中には入っていくことができない。

尊敬するのはいい、日本人が自分たちのアイデンティティーを確立した上での話なら分かるが、ただ単にかっこいいからといって、実際にアメリカの黒人社会や文化を理解することなどなく、口走っているようでは日本にいる分にはいいが決して海外へは、ましてアメリカにはそのような人間は来てほしくない。日本人の地位を下げるだけだ。

逆の立場で考えてみるといい。最近の日本では外国人をたくさん見て取れる。その人の中にはもう何年も日本に住み、日本語も達者な人たちもたくさんいるはずだ。生活習慣にもなじんで、それなりに日本の社会や文化も理解している人々。

しかし、その外国人の人たちが発する馬鹿とか、何だこの野郎ーとかうるせぇーな、などという言葉に僕の偏見かもしれないが日本人に言われるより腹がたつひとが多いと思うのだが、どうだろう? 外国人のお前には言われたくないとか。日本人みたいな口の聞き方するなとか、絶対にあると思う。

つい最近のことだがアメリカのカリフォルニア州で知事選の立候補に上がった、アーノルド・シュワルツェネッガーはカリフォルニアの発音が可笑しいと馬鹿にされていた。そのようにカリフォルニアとちゃんと発音もできない人がカリフォルニアの知事選に立候補するのは憤慨だ、と。なんとレベルの低い議論だろう。

ちょっと話がだいぶずれてしまったが要はちゃんと勉強をしなさいと。スポーツの世界で活躍する選手などはとくに目立つ存在である以上、その言葉の使い方から自らのそのスポーツに対する哲学までを、ある程度きちんと語れる人間にならないとアメリカではやっていけないのではないだろうか?

元バスケットボールプレーヤーのマイケル・ジョーダン氏も一時期、バスケットボール以外でニュースを騒がしたものである。今ならばロサンゼルス・レイカーズのコービー・ブライアントもバスケットボール以外の話題でニュースに出ている。

アメリカの社会ではスポーツの世界で活躍する選手を、子供たちのロールモデルとして扱うのでいくら一流選手でも社会に対してよくない行為を犯した場合には、その責任を追及する態度が非常に厳しいように思う。子供たちへの影響を一番心配している感じが読み取れる。

やはりスポーツ選手にもある程度の教養が求められるのだ。アメリカのマスターズ・トーナメントで上位に入ってくるゴルファーたちのコメントを聞いてすごいと思ったことがある。彼らのコメントには自分のゴルフプレーに対する哲学を感じた。冷静に自分のプレーを振り返り、負けても決して批判的にはならずに現実的に分析している姿勢を見たときに、大学の教授のような雰囲気をかもし出していたのだ。

日本人でこの様にプロとして自分のプレーを客観的に、現実的にそして決して批判的に自分を責めることなくあくまでも肯定的に自分を評価できるスポーツ選手がいるだろうか?

海外へ挑戦するスポーツ選手が多くなるにつれ、単なるスポーツだけの生活をしてきた選手は日本の外へ出てから苦労するに違いない。社会にアジャストするだけでも大変なのに、言葉が通じないのでストレスが溜まっていく。それが悪い循環に陥るとプレー事態に集中することもできなくなり、結果あまり良い成績を残すことなく日本へ帰国ということになる。

コミュニケーション力

れから海外へ挑戦する選手がどれだけ活躍できるかは、その選手が英語などの語学力があるかどうかが、非常に大事になってくると思われる。英語でインタビューに答えることができるか? イタリア語しかりドイツ語やオランダ語、スペイン語など、それぞれの国で生活して尚活躍するにはある程度のコミュニケーション力がないとやっていけない。

2輪の世界で活躍する日本人ライダーは、英語でインタビューに応答する選手が一般的だ。はじめてその場面を見たときには想像していなかったのでビックリしたが、世界で活躍していくにはメカニックやチームマネージャーが外国人である場合が多く、相手や自分の意思交換の為にバイクの技術同様、コミュニケーション能力が必要なのだろう。

ゴルフやテニス、フィギュアスケートの場面でも上位入賞者に英語ができる人材が増えてきたように感じる。昔ゴルフの青木功とジャンボ尾崎の違いを書いた記事にこんな話があった。青木は自分の英語力の上手い下手を気にすることなく、どんどんいろいろな人に話しかけていたそうである。それとは反対にジャンボ尾崎は他の選手と会話することもなく、一人でいることが多かったらしい。

もちろん回りには日本人がたくさん付き添っていただろうが、アメリカでプレーしている間、苦痛だったに違いない。どちらのプレーヤーがアメリカでの知名度が高いだろうか? どちらのプレーヤーを現在もアメリカなどで見ることが多いだろうか? 青木氏のほうである。

このように日本にいるときと違って、海外で活躍しようと思ったら語学力をはじめとした教養がどうしても必要になってくるのだ。これから海外で活躍する日本人選手はどんどん増えてくるだろう。彼らにはそのスポーツに対する自分なりの哲学があるはずだ。それとは逆に日本でしか活躍できない選手もたくさんいることだろう。

日本だけで、日本人だけでやっていこうとするスポーツは大相撲を残して、後はアジアを含む海外との交流が盛んになる。いやいや大相撲も外人力士が増えている。外国から来て日本で活躍するために頑張っている選手たちは、ものすごいモチべーションでやっている。

国内スポーツでも海外と交流を持たないスポーツはどんどん廃れていく運命にある。日本のラグビーやバレーボールは国内だけで盛り上がっている。だがこの秋に行われたラグビーワールドカップでの日本代表の成績は悲惨であった。全戦全敗。バレーボールの日本代表にいたってはどうだろう? こちらも日本代表の成績はよくない。強かった時代はすでに過去になりつつある。

海外と接点を持つ必要の出てきた日本のスポーツ社会。人間的教養もその選手の才能を伸ばす上で必要になってくるはず。そうするとことは日本の教育問題までに関わってくることになる。子供のころからスポーツと勉学を両立できる環境を整えていくことが、非常に大事になってくる。高校で野球だけをしていた、という人間は減らしていかなくてはいけないと思うのだが、どうだろう? アメリカの大学ではちゃんと成績を収めている学生でないとスポーツをやらせてはもらえない。

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