新ミドルクラスに必要な人材(7)、熱心なパーソナライザー(営業力)


営業力

新ミドルクラスに必要な人材(7)、熱心なパーソナライザー(営業力)

フラットな世界では個人として栄えるには、自分を無敵の民にする方策を見つけなければならない。そのとおり、世界がフラット化すると、階級制度はひっくり返る。たとえは良くないがフラットな世界では誰もが無敵の民になろうとしなければならない。私の辞書の無敵の民とは、自分の仕事がアウトソーシング、デジタル化、オートメーション化されることがない人を意味する。

本語だから大丈夫? 自分の仕事が外国人で日本語でのコミュニケーションに支障をきたさないところへ移動してしまう。自分の仕事が経済合理化進行のため、デジタル化されてしまう。自分の仕事がローボットなどによってオートメーション化されてしまう。気がついたら社会の景色がすっかり変わってしまった後は、情報化社会の始まりの終わりであり、そのときの日本語労働環境は多くの日本人を守ってくれるでしょうか?

自分の個性は武器になる

しかし、その売り子はさらに、単純作業に無形のパーソナルな側面を加味することで、より高い報酬を得る新ミドルにまで自分を高めている。そういったパーソナルな側面は、熱意であったり、客を喜ばせる芸能であったり、誰も思いつかないようなクリエイティブな味付けであったりする。どういうものでも、それによってありふれた仕事の格が上がって、新ミドルの仕事になる。

業です。すべての個人に営業スキルを身につけさせることができれば世界中、どこへ出て行っても通用する人材になるでしょう。お気に入りの板前、バーテンダー、バウリスタ、理髪店、ウェイター、ウェイトレス、シェフ、お店の店員、ベビーシッター、ドッグシッター、弁護士、会計士、マッサージ師、医者、歯医者などで営業的なスキル、おもてなしを心得ている人材にはファンがたくさん付くはずです。

個人的な味付けサービス

新ミドルの仕事の多くがパーソナルな味付けを必要とするから、工業化やインターネットによって衰退した人間同士のやりとりという技倆が、やがて復活するのではないか、とブレンダーは述べている。コンピュータ合成の声とか遠いインドの声ではなく、人間によるパーソナルなサービスを届けてほしいという欲求が、チャーリー・チャップリンがモダン・タイムスで見事にパロディ化した現象とは正反対の方向にひっぱていくかもしれない。

子高齢化社会の労働環境を考えるとき、高齢者が働ける環境として、人間味溢れるサービスを必要としているところに需要が在るのではないか?と想像します。高齢者は特に人との繋がりを必要としますから、経験もあり知恵も在るお年寄りはかなりの戦力になり得ると思います。後は社会や企業、個人がニーズを引き起こしてあげる。仕組みづくりは横との繋がりからひらめきなどが生まれてきそうな気がします。

マーケットからの逆指名

人間は他人との関係を楽しむ社会的動物である。現代の経済生活は、かくも長きあいだ、仕事に纏わる自然な人間の接触を減らすことに向けられてきた。これからの時代、パーソナルなサービスが優勢になるにつれて、その流れは逆に向かうように思われる。おそらくは、疎外感を減らし、ごく一般的な仕事でより大きな満足が得られる方向へ進むだろう。

さなパイを高齢者と若者で奪い合うのではなく、労働環境というパイを大きくするようなイノベーションを生んでいけばいいのです。若い人は高齢者が持っている経験や知恵に憧れ、高齢者は若い人が持っている可能性に憧れる。世界中から少子高齢社会を迎える日本がどう切り盛りしていくのか注目している中、見事成功モデルを起立できれば日本は再び憧れの対象国へと昇華されるのです。

かけがえのない、もしくは特化した人

フラットな世界の無敵の民は、3つに大別される、と私は考える。第一は、「かけがえのない、もしくは特化した」人々だ。マイケル・ジョーダン、マドンナ、エルトン・ジョン、かかりつけの脳外科医、国立衛生研究所の一流癌研究者。

こうした人々の果たしている機能は、極めて特化しているか、誰にも真似できないことなので、アウトソーシングされたり、オートメーション化されたり、電子的な輸送手段でやりとりされることがない。これが無敵の民だ。自分たちの商品やサービスのグローバル市場を持ち、グローバルな報酬を自分たちで支配できる。

本経済の規模が現状維持をキープし続けるならば日本国内だけでマーケットを考えるのはありかもしれません。情報化社会と少子高齢化社会によって日本経済が拡大していくのか、現状維持を保っていくのか、それとも縮小していくのか? 人の動き、人口動態は大事なキーワードとなってくるでしょう。

地元に密着して錨を下ろしている人

第二は地元に密着して錨を下ろしている人々だ。無数の人間がこれに当てはまる。この人々が無敵の民なのは、特定の場所で仕事をしていたり、特殊な地場の知識が関係していたり、顧客、クライアント、患者、同僚、聴衆と直接の個人的な結びつきや相互交流があったりするからだ。無敵なのは、しっかりと錨を下ろしているからでもある。

私の行きつけの理髪店、レストランのウェイトレス、調理場のシェフ、配管工、看護師、歯科医、ホテルのラウンジの歌手、マッサージ師、商店の店員、修理工、ベビーシッター、庭師、清掃員、離婚専門弁護士がこれに当てはまる。

高度な仕事に携わっている人々(弁護士や歯科医)、専門職(配管工、大工)、簡単な仕事(ゴミ収集人、メイド)など、職種がさまざまなことに注目してほしい。労働の知識や技術の程度に関係なく、こうした人々の賃金は、地元の需要と供給によって定まる。

本社会の場合、これらの人材を今後、日本人だけで賄えるのか、ということが問題だと思うのです。一つのシナリオは少子高齢化社会ということで高齢者が70歳、80歳、90歳になっても働き続けて日本経済を支えるというもの。医療技術の進歩により、高齢になっても働き続ける人が存在し続けて日本経済規模が予想していたよりも縮小しない。

もう一つ考える必要があるのは、将来的に日本人がアジアの労働市場で、世界の労働市場で自由に働ける選択肢を持った時です。多くの日本人は住み慣れた日本での生活を諦め諸外国へと旅立つでしょうか? ここでも人の動き、人口動態が大事になってきます。

出ていく自由があれば入ってくる自由も在る。当然その時には外からの移民労働者も日本労働市場に参入してくるはずです。想像しづらい社会的テーマですけど、絶対に起こらないという確率は低いように思うのですがいかがでしょうか?

日は昇り始めてしまった!

「アフリカで毎朝、シマウマが目を覚ます。一番足の速いライオンよりも速く走らないと殺されることを、シマウマは知っている。毎朝、ライオンが目を覚ます。一番足の遅いシマウマに追いつけないと飢え死にすることを、ライオンは知っている。ライオンであろうとシマウマであろうと変わりはない。日が昇ったら、走りはじめたほうがいい。」

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