新型インフルエンザワクチン接種優先順位を考察、子供たち


新型インフルエンザワクチン

新型インフルエンザワクチン接種優先順位を考察、子供たち

パンデミックワクチンの実施体制

(1) 接種対象者

○ 対象は全国民であるが、パンデミックワクチンの製造量に一定の限界がある段階においては、まず医療従事者及び社会機能維持者等のうち、新型インフルエンザに感染するおそれが高いと考えられる者から順に、本人の同意の上で接種を行う。

なお、ヒト-ヒト感染を起こすウイルスの感染予防にプレパンデミックワクチンが有効であり、パンデミックワクチンの追加接種の必要性がないことが期待される場合には、すでにプレパンデミックワクチンを接種している医療従事者・社会機能維持者等はパンデミックワクチンの対象から外れる場合もある

○ それ以外の対象者については以下の4つの群に分ける。そして新型インフルエンザによる死亡者数を最小限にするという考え方を原則とするが、我が国の将来を守ることに重点を置くという考え方もあるので、こうした点も含めてウイルスのタイプに応じ、接種の優先順位を検討する。ただし、実際流行する新型インフルエンザウイルスの性質によって、順番の変化はありうる( 新型インフルエンザワクチン接種に関するガイドライン )

  • 医学的ハイリスク者:呼吸器疾患、心臓血管系疾患を有する者等、発症することにより重症化するリスクが高いと考えられる者
  • 小児:我が国の将来を担う群
  • 成人:社会機能を維持するために重要な群(本項に記載した医療従事者及び社会機能維持者等を除く一般の成人)
  • 高齢者:ウイルスに感染することによって重症化するリスクが高いと考えられる群

我が国の将来を守ることに重点を置く

のようなアナウンスは日本という国のあり方、特に未来の日本というものをどのような方向性に持って行きたいのか、ということを考えるきっかけになる可能性がある。小児イコール我が国の将来を担う群、成人イコール社会機能を維持するために重要な群という指摘はわかりやすい。国の存亡に関わる事実をその国民にアナウンスすることは有効であろう。

特に今まで日本という国がなくなってしまったという経験をしたことのない日本人には必要な認識ではないだろうか? 大げさじゃなくてもね!

医学的ハイリスク者と高齢者というのもわかりやすい。新型インフルエンザによる死亡者数を最小限にするという考え方を原則とする、の意向に沿っている。仮にだけど、例えば上のカテゴリーからたくさんの死者が発生してしまった場合、そのインパクトが与える心理的な影響がそのほかの国民に及ぼすであろうことも危惧している感じがする。

そのようなことを考えた場合、日本はこれから高齢者社会へその形を変えていく中、日本国民の人口を年齢別に分けたとき、マジョリティーを形成しているであろう高齢者群が新型インフルエンザで死亡してしまうということは(仮に)日本の人口減少を加速度的に貢献してしまうことになってしまう。

このようなリスク、日本という国がいきなり人口減少に陥る危険性があるという認識も広く共有されるべきだと思う。

成人か、高齢者か?

1)新型インフルエンザによる重症化、死亡を可能な限り抑えることに重点を置いた場合

○ 成人・若年者に重症者が多いタイプの新型インフルエンザの場合※(成人よりも医学的ハイリスク者の方が小児よりも成人の方が重症化しやすいと仮定)①医学的ハイリスク者 ②成人 ③小児 ④高齢者

○ 高齢者に重症者が多いタイプの新型インフルエンザの場合(高齢者よりも医学的ハイリスク者の方が、成人よりも小児の方が重症化しやすいと仮定)①医学的ハイリスク者 ②高齢者 ③小児 ④成人

般に高齢者の方が年齢とともに免疫力も低下していくから病気にかかった際、死亡リスクが高くなるといわれているけれど、これも場合によって異なってくる可能性もある。

例えば成人・若年者の場合、若くて健康的であるが故にその細胞も活発に活動している。仮に攻撃性の高いウィルスにかかってしまった場合、悪い細胞を一気に活性化させてしまうことも考えられる。お年寄りの場合と違って、悪化のスピードが健康ゆえに早くなってしまうのだ。

昔読んだ石田衣良氏著「ブルータワー」の小説の中に黄魔というインフルエンザのお話が出てくる。勿論フィクションだが、そのインフルエンザが社会へと広がっていく様を描いた背景は恐ろしい!

「最初のパンでミックで当時の人口の約55パーセントが死亡しました。翌年秋から冬にかけての二度目の政界的流行で20パーセント強がさらに死亡し、世界の交易と交通が途絶しました。東西対戦も勝者のいないまま終息しています」

「インフルエンザというのは三日四日寝ていれば治るものじゃないのか」

「黄魔は違います。空気感染するインフルエンザの爆発的な伝染力とエボラ出血熱の死亡率をあわせもつ究極の生物兵器です。通常のインフルエンザは感受性細胞がほぼ上気道の粘膜に限られていますが、黄魔は脳神経系と呼吸器系での増殖が可能です。

病状は電撃性で感染後三日から四日のうちにウィルス性脳炎で脳が溶解するか出血性肺炎で呼吸不全になるという最終局面を迎えます。危険な時期を乗り越えても脳炎の場合重いパーキンソン病様後遺症が残ることがほとんどです。黄魔による死亡率は過去30年平均で約88パーセントです」

ワクチンを製造するコスト

週月曜日にクローズアップ現代で取り上げられていたトピック「実現するか“夢”の癌ワクチン」は面白かった。日本とアメリカではこんなにも違うのかと!

がん細胞を体の中の免疫システムを利用して攻撃する「がんワクチン」。手術・放射線・化学療法につぐ第4のがん治療法として注目されている。ワクチンを注射するだけでがんの増殖を抑え、臨床試験では余命数ヶ月と宣告された患者が2年以上も生存した例もある。

国内ではすい臓がんのワクチンが臨床試験の最終段階に来ている。しかし、一方でその他のがんワクチンの臨床試験は進んでいないのが現状だ。理由は臨床試験を行うための資金不足。アメリカではがん患者を支援する民間団体が研究資金を提供し、政府も動かし開発を強力に推進させている。番組では実用化目前のがんワクチンの日米の研究現場を追い、その可能性と課題を探る。

番驚いたのがワクチン開発までのかかるコストの日米差。愕然とした! ワクチンが認めれるまでに繰り返して行われる臨床試験にコストがかかるのだ。

億という単位のお金がかかるから中々研究が進まない現状の日本、研究スタッフが陳情して回る。それに対してアメリカは研究メンバーをサポートするNPOが存在していてこのNPOが彼ら研究者に代わってワクチン開発コストのための陳情を行う。

セレブや一部大金持ちなんかが、例えばビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団なんかは世界における病気・貧困への挑戦を主な目的としているけれど、その寄付の額を聞いてたいへんなお金の額を与えてしまうんだなぁ、と無知的な感情を持っていた。

ワクチン製造までの開発コストの実体を知ったら、もうそれでも足りないんだろうな、という意識が湧いてきたよ!(恥ずかしい)

札幌医大ではいま第1段階の試験(15件)が行われているが、総額2億円かかる。第2段階は症例が60人になり、試算では20億円という。しかし今年の研究費は、厚労省、文科省合わせて6400万円だ。

アメリカでは全く事情が違った。ジョンズ・ホプキンス大学では、すい臓がんの第2段階の研究を終えていた。30人のスタッフと最新機器に30億円。これをNPOが支援していた。1万7000人がネットやイベントで寄付を募り、27億円を提供したという。

NPOのメンバーは陳情もする。「研究者は陳情する必要はない。私たちがそれをやる」。この結果、10年間で研究費は4倍に増えた。いま全米で400の臨床試験が行われているという。公的資金でも、米政府のがん研究費は5000億円以上だが、日本では数百億円だ。

国谷裕子は、「そうして開発されたものを日本で使えないのか?」
薮内記者は、「臨床試験が必要になる。アジア人とヨーロッパ人ではペプチドが違うので、日本人にあったワクチンを開発する必要もある」

鳥越は、「1日も早く結果を出してほしい。この間にも亡くなっているんですから。1番違うのは金だろうが、日本ではおそらくダムにいっちゃってるんだろうな」「もうひとつは市民が立ち上がることで、私も支援団体をやっているが、なかなか集まらない」と嘆いた。( がんワクチン「研究費足りない」 鳥越「日本ではダムに金が…」 )

様々なシュミレーション別対処法

2)我が国の将来を守ることに重点を置いた場合

○ 成人・若年者に重症者が多いタイプの新型インフルエンザの場合※(成人よりも医学的ハイリスク者の方が小児よりも成人の方が重症化しやすいと仮定)①小児 ②医学的ハイリスク者 ③成人 ④高齢者

○ 高齢者に重症者が多いタイプの新型インフルエンザの場合(高齢者よりも医学的ハイリスク者の方が、成人よりも小児の方が重症化しやすいと仮定)①小児 ②医学的ハイリスク者 ③高齢者 ④成人

※ 1918 年に流行したスペイン風邪では、成人・若年者での重篤例が多くみられ、今回のベトナムやインドネシアにおけるH5N1 型インフルエンザウイルスのヒト感染例でも、成人・若年者での重篤例が多く報告されている。

にあげた例と明らかに異なっている結果がここに現れている。我が国の将来を守ることに重点を置いた場合の考え方の基では、小児カテゴリーが一番の優先順位!

こうなってくると国がはっきり今回の症例ではこのタイプに重症者が多いということになり、よってこれこれこの考え方に基づいて行動(接種)を起こしていきますと方向性をアナウンスしたほうがいい。

我先に我先にと人はなんだかんだいって自分が一番かわいいからいざ、というときになっても昔のように国の将来のために、といって犠牲になるようなお人よしはもはや日本には存在しないのではないだろうか?

現実的に考えると、将来の日本のために子供たちが重要とは言っても、日本のどこに資本が配分されて、どのようにそれらが社会の役に立っているのかを見極めた場合、本当に日本は国の将来のための投資をしているのだろうか?

子供たちの価値

の時代に育つ子供たちの価値ってなんだろう? 日本人として生まれてくることの意味は? 我が国の将来を守ることに重点を置かれた場合の選択肢として選ばれた子供たちの役割とは何だろうか? 何かを背負う義務とかあるのだろうか? 日本語、日本の文化、しきたり、習慣、社会とかって当たり前のようにこれからも存在し続けるのだろうか?

膨大な国の借金を抱えた世代の子供たちは、大人たちがしでかした過ちや大きなつけを受け入れてくれるだろうか? 日本人として生きる選択肢をそのままキープしてもらえるのだろうか? 本当に今の子供たちは将来も日本に居残って日本のためにその社会を維持していくことを進んで選んでくれるだろうか?

どのような日本人に育ってほしいのか?

のような大人になってほしいのだろう? どう生きていってほしいと願っているのだろう? 周りをみれば大人たちの身勝手さが目に付く今の社会。いじめ、格差、貧困と大人たちが示す日本社会は疲弊そのものではないか?

インターネットに明るい大人たち、率先して新しい価値観を受け入れ、社会へとフィードバックしていく大人たちは存在しているかい? どうやらそれらの分野では子供たちのほうが優れている!

日本語だけでいいのだろうか? 英語も習得させるべきか? 中国語も習得させるべきか? 良い会社に就職するための施しを子供のときから行わせるべきか? 今までの価値観を踏まえて育てるべきか? それとも新しい時代に合った価値観を示してていくべきか? 新しい価値観って何?

多様化を受け入れられるか?

校までの教育を無料化する動き、良いんじゃないかな! でもきっとそれを選択しない子供も出てくるだろうし、飛び級で進学してくる子供やいきなり海外への学校を選択してしまう子供も出てくるであろう。もう昔のように皆が皆同じように小学校、中学校、高校へと、大学へと、年齢を重ねるごとに一つずつ同じ階段を上ってくることはないだろうね。

異質を受け入れられるか?

れだけグローバルになった世の中、当たり前のように学校に存在する日本人以外の子供も多く見られるようになった。自動車関連の業界で働く多くの日系ブラジル人の子供たちが多かったみたいだけど、これから先はどうなるのかな?

日本に来ることを選択肢として選ぶ諸外国人はいるだろうか? そもそも日本社会は外国からの異質な民族を受け入れるだろうか? 少子化して経営そのものが厳しくなってきた大学に、刺激策として外国からの留学生を進んで受け入れたいだろうか?

自由を与えてあげる(知識を得れば得るほど悲しくなるが、自由になれる)

型インフルエンザワクチン接種優先順位を考える上で子供たちのことを考察、という視点から随分といろんな方向へと話題が広がってしまった。日本で子供のワクチン接種ができるのかと心配する親たちのニュース。なんか日本人全員が新型インフルエンザ流行の対策としてマスクをしていた珍現象となんら変わらないなぁ、と思ってしまった。世間体を気にするというか、親として当然というように振舞わないと不安というか、自信がないのかなぁ、人と違う行動をすることが!

アメリカではワクチンによる副作用を恐れて子供に接種させない親も多数いる( 新型インフルエンザ予防接種の矛盾 )。本当に政府が準備する情報を鵜呑みにしてもいいのだろうか? いろいろと日本の政府に騙され続けてもこの有様である。自分で考えることをどうやら日本人は得意でないとする民族なのかもしれない。

子供たちには自分で自分の人生を選択できる知恵を、勇気を、行動力を身につけてほしいと思っている。知識を得、その過程では真実に驚き、悲しむ場面にも遭遇するかもしれない、しかし、その後は自由になれるのだ。そこから歩み出す自分の一歩は自分で選択できる。このような自由を子供たちに与えるべきではないだろうか?


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