日本人がマイノリティーな場所で闘うことだけが個人を強くする(サッカー)


マイノリティー

日本人がマイノリティーな場所で闘うことだけが個人を強くする(サッカー)

オランダ人の見た日本代表の弱点。試合後、いやハーフタイムにオランダ人は日本の弱点を見抜いた。この日のテレビ中継を見ると、「日本のサッカーは攻撃的。しかし、ストライカーがいない」とコメンテーターが解説者のペトロビッチに話を振っている。

元浦和の“ペトロ”にとって、この手の話は得意なもの。「Jリーグにはいい選手がいるけれど、ストライカーが長年育っていないんだ。ほとんど外国人がストライカーを務めているからね」などと説明していた。

「フンテラールが『日本のシュートが下手すぎる』と笑っていたぞ」と記者仲間が教えてくれた。玉田圭司にしろ、岡崎慎司にしろ質の高い動きは見せたが、ゴールへの積極性は見られず、後半から入った本田圭佑はシュートゼロだった。(  選手、解説者のコメントを振り返る  )

ストライカーがいないというか心理的な問題

本の国際試合を観るたびに思うんだけど、どうしてあぁも日本のFWはゴール前で慌ててしまうのだろう、という疑問。普段のJリーグなんかでは落ち着いてゴールを決めていたりするのにどうして国際試合になるとゴール枠どころか、ポカーンと大きく打ち上げるような情けないシュートを放つのか納得がいかなかった。

あせってしまうんだと思う。プレーする上で普段感じているプレッシャーの速さや相手ディフェンス選手の体格にびびってしまうんじゃないだろうか、ということを想像するんだけどどうだろうか?

普段プレーする環境の違いが実力の差

闘莉王が「面白かったけどね。気付いたら0-3だった。そんなにやられた感じはしなかったんだけど、結果は結果。完敗です」と悔しそうに言う。「勝負どころ、最後の精度というところ。2点目(スナイデル)、3点目(フンテラール)がそう。あそこでピンポイントで合わせて、ああいうキックが蹴れる。ちょっと違いを感じます。普通にブロックしているところでも、上からかわしていく感じが見事」

そこは中村憲も同じ意見。「めちゃくちゃオランダにチャンスを作られたわけじゃないけれど質が……。CK(1点目)もそう。スナイデルのシュートもそう。ふだんJリーグでは見ない。3点目のクロスもそう。フンテラールの佑二さん(中澤)から逃げる動き。佑都と佑二さんの間だから、また捕まえにくい。そこへピンポイント。シュート自体はきれいじゃないけれど、しっかりゴールへ入れるのが能力」( 選手、解説者のコメントを振り返る )

ランダの選手の何気ないシュートを日本人選手は驚いたようなコメントをしているけど、どこが違うのか普通のシュートとなんら変わらないシュートに思えてならない。違いがあるとすれば、普段からオランダの選手はプレッシャーの厳しい環境でプレーしているから、日本代表のようなプレッシャーの甘い環境下では余計にリラックスしてシュートを打てるのだろう。

リラックスしているから集中できているし、目の前に開いたシュートコースも一瞬にして判断できるに違いない。シュートを打つ体制も日本人のように慌てていないから身体が上に開かず、ボールを気持ちかぶるような感じで踏み込み、奇麗にヒットさせる。

世界のトップクラスのFWのシュートってほとんどがグラウンダーなんだよね! 低い軌道で地面すれすれをこするような感じでゴールキーパーの横をすり抜けていくシュート。あのようなシュートは慌ててシュートを打たなくてはいけない、という体制では絶対に放てない、リラックスして集中していないと身体が上に開いてしまうのだ。

自分がマイノリティーという環境が個人を強くする

っぱり日本人選手が海外へ出て行く、というのはもう必須なんだと思う。海外へ出て行き他の外国から来た選手と普段から練習中でも切磋琢磨の状況下でもがいていく。

日本のJリーグでプレーしているとなんで居心地がいいかといったらやっぱり周りが皆日本人だからなんだよ、この環境を自分で打破して自分がマイノリティーになるようなフィールドへ出て行かないと、精神的にもフィジカル的にも強くは絶対にならない!

そのような普段の練習からプレッシャーが厳しいという状態でプレーすることに慣れていけば自然、緊張している状態で如何にボールをコントロールさせて集中、自分の個性を出していくか、というように追い込まれるから日本のぬるま湯的環境でプレーするより俄然いいのは理解できると思う。

日本の海外組みを見てみるがいい、本田に俊輔に稲本、長谷部と普段から厳しい環境下で練習しているから国際試合のプレー中でも萎縮していないのだ!

普段の生活環境がすでにアウェイ

ゃなぜ海外へ出て行くと精神的にもフィジカル的にもタフになっていくのか、といったら答えはこれしかないと思う、つまり普段の生活環境が日本の居心地のいいものとは違った違和感を強いられるものであり、それがすでにアウェイという状況になっているからだと思う。

人間というのは自然に防御システムが働くから、何とか異なった新しい環境へと自分がアジャストしていくように変化していく。この変化していく過程がタフネスへの道なんだと思っていて、この緊張した環境から受けるストレスは相当なものだよ! エネルギーをたくさん必要とするしね。

日本の環境、周りが皆同じ日本人、というのは安心するし安定するんだよ! 特に日本の社会なんて同化を強制するプレッシャーがあるから、なんとか同じような環境の中へ閉じ込めようとする。こういう環境の中で自分の居場所がある人は、日本ほど居心地がいいところはないと思うよ!

環境の違いが与える違和感

れがねぇ、海外に出て行くと当たり前のように日本人はマイノリティーになっているから、ってここが本当に大事なポイント。多分、普段日本で生活している人が海外へ旅行やビジネスで行くとなったときに、普段見慣れていない景色が自分の周りで起こっているから緊張すると思う。見慣れていない景色とは自分の目線に入ってくる人間の肌の色というか人種の多さや違いなど。

僕みたいに海外に長く住んでいる人、例えば帰国子女が日本の原宿へ行ったときのコメントなんかに驚くかもしれないけれど、その女の子たちは自分たちの周りがほとんど全員日本人ということに違和感を覚えていたんだよね。これ、わかる気がする!

こっちに長く住んでいるから僕の目線に入ってくる景色って、いろいろな人種、肌の違う人たちがいることが当たり前になってしまっていて、違和感どころかどこがおかしいのかさえ気がつかない状態。

これが逆に今の自分だったら、自分の周りが日本人だらけ、ということになったら変な違和感を感じてしまうかもしれない。なんか変なんだよねぇ、自分の目線に入ってくる人たちがほとんど全員日本人っていう状況が。

ちょっと話がずれてしまったけれど、ポイントはつまり日本から海外へ出て行くと、最初はいろいろな国から来たほかの外国人や、その移籍した本国の人たちに囲まれて、生まれてから初めて自分(日本人)がマイノリティーという状況になる。

その環境に違和感がなくなったころ、海外勢との親善試合なんかを行っても、たとえそれが日本以外の国で行われて、会場には多くの外国人がいることになったとしても、そういう状況は自分の中で慣れてしまっているから、普段どおりにプレーできることに繋がるんだと思う。

気がつけばタフになっている自分

りが外国人、という環境で普段の生活からサッカーの練習などでも無我夢中でやっていれば、自然いつの間にかそのようなタフネスな環境に対してアジャストしている自分を発見できているから。

自信もついているだろうし、日本へ帰国しても余裕のある自分に気がつくはず。そのようなタフネスさが身に付いたところでオランダのような強豪国と対戦してみるがいい、どんなに大きな外国人に囲まれてもきっと慌てずにいつものように集中できているはずだから。

本田圭佑の強気発言は当たり前

から日本のサッカー選手は外に出ないと、弱肉強食の環境下で闘うことが如何にタフで、どんだけエネルギーのいるものかきっと理解できるから。そうするとねぇ、日本のマスメディアにはちょっと生意気な雰囲気で扱われている本田の言動も海外でサバイバルするにはむしろ必要な心構え、といった感じで当たり前のように捉えることができると思う。

日本人の周りと仲良くしましょうという環境下でぬくぬくと過ごしてきた連中には理解できない。そのようなものに受け入れてもらおう、理解してもらおうと自分の信念、姿勢を変える必要などない。

オランダ戦後、オランダメディアと日本のメディアの本田に対しての扱い方を比べるがいい。世界で戦っている本田の姿勢は充分すぎるほど当たり前のことであり、それを違和感をもって伝える日本のメディアが日本のサッカーと一緒、つまり世界の舞台で通用しない理由なんだと思う。

不安なら第2外国語の勉強だけはやっておけ

し、これから海外を目指すことを視野に入れているならば、日本にいる間にできること。それは語学に力を入れろということ。日本のJリーグでプレーしている選手ならば、そのような余裕はないかもしれないけど、例えばまだ学生の身分で、将来はJリーグに進み、いずれ海外でプレーという夢を抱いているならば、学校での勉強、英語だけは時間を費やしていて絶対に損はしない。

たとえ英語を母国語とする国以外へ移籍することになっても、ドイツに行こうが、フランスに行こうが、イタリアに行こうが、スペインへ行こうが、英語を勉強していたことは無駄にはならないはずだ。

どうしてかというと、英語はじめドイツ語でもフランス語でもイタリア語でもスペイン語でも、日本語という漢字、ひらがな、カタカナ、という生まれた頃から親しんできた語学からローマ字を基本とする語学へ変換するのは非常に苦労する。

ここを一つでも突破できれば、他の言語、例えば英語をある程度習得してからのラテン系の語学を習うのは、日本語から英語を習ったときほどの苦労はしなくて済むと思う。日本語から中国語を習うのに、ローマ字圏内から来た人よりも日本語で漢字を使っているせいで、ある程度のアドバンテージがあるのと同じ作用だ!

情報があれば恐くない

外で長いこと生活している人ならば絶対に当たり前のことだとおもうけど、もう白人を見て、あぁあの人は北欧系だなぁとか、ユダヤ系だなぁとか、ラテン系だなぁ、とか判断できると思う。黒人を見ても同じ、あぁこの人はアフリカ人だろうなぁとか黒人でスペイン語を喋っている、じゃカリブ系かなぁ、とか判断ができるであろう。

同じアジア人でもインド系でもアラブ系でも大体どこの国から来た人だろうことは容易に想像できるようになるのである。

こういうことがサッカーに結びつくかどうかわからないけど、仮に日本以外の国で会場にも日本人がほとんどいない地域で、完璧にアウェイという環境下でもなんの違和感もなく普段の自分らしいプレーができるに違いない。

環境が変化した、ということは許容範囲内の出来事であり、そうした変化に対するストレスは、むしろ普段の生活の中に自然発生している要素であるのだから。


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