明日の記憶 – 荻原浩、アルツハイマー型認知症とどう向き合うか?


明日の記憶 – 荻原浩、アルツハイマー型認知症とどう向き合うか?

アルツハイマーは単に記憶が損なわれていくだけの病気じゃない。人格も失われていくのだ。父もそうだった。温厚な人だったのに理由もなく怒り出したり、わけもなく人を疑うようになった。

正月に帰ったときも、母や義姉が飯を出してくれないと、食器を片付けたばかりのテーブルの前で私に何度も訴えた。家に長くこもるようになってからは、目の光と、声の張りと、表情を失った。

施設に入るより自宅介護のほうが症状を抑制できると言われたにもかかわらず、父は急速に悪化していった。義姉に続いて孫たちを忘れ、私や兄や自分の亡くなった妹の名で呼びかける。他人だと思って鏡に映った自分に話しかける。病的な洗顔が治まったと思ったら、逆に入浴も着替えもしなくなり、大小便を垂れ流すようになった頃には、兄は昔の戦友になった。

最後は母も忘れ、毎朝起きると、同じ部屋にいる母の顔を不思議そうに眺めて、「あなたはどなたですか?」と声をかけていたそうだ。75歳で亡くなったときの直接の原因は、急性肺炎だったが、私は知っていた。もしあのまま体に不調がなかったとしても、数年後にはアルツハイマーによって命を奪われていただろうということを。

父が発病したのをきっかけに知り得たことがいくつかある。そのひとつは、アルツハイマーが、死に至る病だということだ。言葉や思考に続いて体の機能も奪われていく。体が生きることを忘れていくのだ。

が生きることを忘れていく、なんという症状だろうか、読んでいて恐ろしくなってしまった。意識があるうちから次第に自分の記憶が怪しくなり、最初は誰もが物忘れが激しくなったことを自分が歳を重ねてた性だと納得させたがる。それをアルツハイマー型認知症が原因です、という診断が自分に対して下されたときに、果たして受け入れることができるのだろうか?

この小説では若年性アルツハイマーということで診断された主人公はまだ50歳という若さである。古今、日本の長寿は世界に広く知れ渡ることとなっていて、人生80歳まで生きることはもはやノルマとされる。

この主人公の男性は50歳というまだまだ現役で働いている自分の期待を裏切り、自ら決断、アルツハイマーという病を受け入れるまでの葛藤がリアルに描かれていて、こうまで人間という生き物が変わってしまうのかという現実に驚いた。

自意識が働いていて自分の記憶が曖昧なうちはいいけど、その意識の錯覚が自分の記憶のないところで起きだしたときにアルツハイマーは患者周囲の介護する側への負担へと変わっていく。長年一緒に暮らしてきた家族が変わっていく様を見るのは非常に辛いことであろう。ましてや、相手が人生を共に生きてきた自分を忘れて認識できなくなるときの悲しみは想像することができない。

他人に認識してもらいながら生きていくのが人というならば、家族という最も身近な存在から安心感を得ることができなくなる。それでもかつての記憶や一緒に暮らしてきた年月という愛の蓄積ゆえに介護を施す家族たちの心の葛藤は、現在の医療技術では完璧に治すことができないアルツハイマーと向き合っていくには希望が少なすぎる。

自分が絶対にアルツハイマーにはかからないという自信も大事だがもしかしたら身近な家族の存在の中から患者が発生してしまうとも限らない。そのときのためにも万が一という知識を知っておくことは人々が毎日の生活を生きていく上で自分を律するための手助けとなるであろう。

たとえ私の寿命がまだまだ続いたとしても、一緒にいられる時間がたくさん残されているわけじゃない。大切なものを拾おうとするように、床を這ったまま割れた皿の破片と千切りキャベツをかき集めている枝実子の背中に、どんな言葉をかけていいのかわからず、私はずっと前から言おうと思っていたセリフを頭の隅から引っ張り出した。

「もういいよ、俺のことは。お前はまだ若いんだから、俺がいなくなってからのことを考えろ」

「何それ? 安っぽいドラマみたいなこと言わないで。言われる身にもなってよ。こっちには最終回なんかないんだから」枝実子が声をあげて泣くのを聞いたのは、いつ以来だろう。たとえ病気でなくても覚えていないほど遠い昔のはずだ。

緒にいられる時間がたくさん残されているわけじゃない、という意味を実感できるだろうか? たとえ生命上は生きていても全く他人を認識できなくなる。自分が知っている、または知っていた家族の一員が他人のように振舞う、自分たちを認識しなくなる。

一緒にいられる時間というのはアルツハイマー患者が記憶をなくしていく前の健康状態の内に、という意味なんだろうけど、当然患者本人は自分の意識がしっかりしているうちに、自分が自分でない状態になったときの家族側の対応を心配する。

これが独りよがりの身勝手な決断に、この小説の主人公の妻は勝手に自分たちの生活空間を投げ出してしまった夫に対して怒りを顕にしたのだ。

私の声が聞こえますか?

まして私の場合、明るい未来はどこにもない。しかし、枝実子のことを考えるとそうも言っていられなかった。アルツハイマーの症状は、しだいに患者本人の苦痛ではなく、介護する人間の苦痛になっていくのだ。

このまま症状が進むと、記憶障害や随伴症状だけでなく行動障害が起こるようになる。例えば、徘徊。私の父の場合、これが酷く、母や兄や義姉は毎日のように道に迷った父を探し歩いていた。異食。味覚や臭覚が狂い、食べ物とそうでないものの区別がつかなくなる。石鹸を齧ったり、観葉植物を口に入れたり。本人は高級チーズや新メニューのサラダを食べているつもりなのだ。

失禁。排泄。10年前にはまだ大人用のおむつが今ほど普及していなかったから、父は母の縫ったサラシを使っていた。不潔行為。「汚い」という感覚が麻痺する。あるいは喪失する。入浴を嫌がったり、同じ服を着続けたり、排泄物を平気で掴んだり。考えただけで、体が震えてくる。つまり私が私でなくなっていくわけだ。私には自分が人ならざる怪物に変わってしまうように思えてならない。

「どうだ、今月中にでも、一度さ。次の土日は? 俺、ひさびさに丸々2日間休めるし。よさそうな場所を探しておくから」

「遊園地へ行くみたいな言い方しないでよ。私は嫌」

枝実子は意地になって首を振るが、排泄物を垂れ流し、それを異食しようとする私を見ても、やはり首を振ってくれるだろうか。

ルツハイマーや認知症というのはどうしてこんなに発生するようになったのだろう? 先進国特有の病気なのだろうか? 発展途上国のようなところでも発生しているのだろうか? 軽はずみなことはいえないにしても、どうも社会が、世の中が便利になりすぎて、人が歳をとってからの楽をしたい、他人に政府に面倒を見てもらいたい、甘えたい、寄りかかりたい、という生活態度などと関係しているように思えてならない。

自分が引退したら政府が面倒を見てくれるという制度などは生活保障や税金という制度が始まる前には存在しなかった希望だろう。そのような気持ちの上での油断が歳を重ねると共に主体的に生きることを自発的にしなくなりその結果脳細胞が加速度的に衰えていくという気がしてしまうのである。

50歳からの人生をどのように生きるのか? 仕事を引退した後の積極的な自分の人生を創造できるか? この小説の中でも書かれていたけれど今の時代、精神年齢は実際の年齢の8かけ、というところが調度いいらしい。

40歳以降の人生を設計して生きていくことは我々現代人の選択肢が増えたことを喜ぶべきなのか、それとも自分の居場所を確立していくためのもがきの始まりなのだろうか?

記憶がいかに大切なものか、それを失いつつある私には痛切にわかる。記憶は自分だけのものじゃない。人と分かち合ったり、確かめあったりするものでもあり、生きていく上での大切な約束ごとでもある。

そのとおりであろう。独りよがりならそんなに重いものにならないだろうが、他人とシェアしているから重みや温もりが自分の過去に記憶に対して感じられるのだ。

「多幸表情ですね。アルツハイマーの特徴のひとつです。どうしてああいう表情になるのかは、先生方にも確かな理由はわからないそうです。不思議ですよね。あの方、しっかりしているのはほんの短い間だけで、普段は自分が嫁入り前の大切な体だって言って、ヘルパーたちが排泄介助をしようとするだけで騒ぎ立てるのに。あの顔をみていると嘘のようです」

老婆の患者服の下半身はおむつの形に盛り上がっている。介護スタッフではないらしい事務係長だというこの中年女性はどこまで理解しているのだろう。私にはなんとなくわかる。

老女は笑った顔の下で泣いている。つかのま現実に目が覚めたときには、記憶の巨大な空洞の前でたじろぎ、傷ついたプライドと闘っている。牢獄と化した肉体の中で精神が助けを求めているはずだ。

HKスペシャル( 私の声が聞こえますか ~植物状態からの帰還~ )をみていたときにもしかしたら、と感じた場面に遭遇した。看護師を中心にある男性患者に対して様々な姿勢をとらせたり、味覚や聴覚など全身の感覚を刺激したりすることで状態を改善する取り組みが行われている。

6週間のプログラムを終了して退院というときに、その男性は目から涙をこぼしているのである。僕たちが見ている男性はほとんど顔などの表情を変えず、こちらからの反応に対してなんのレスポンスを得られない植物状態と化してしまった人間を眺めている。

しかし、患者の内部では必死になってもがいている、何とか自分の叫びを伝えようとしているもう一人の人間がいるように感じてしまったのだ。その男性は植物人間と化してしまった自分の人間という内側で、きっと号泣していたに違いない

老女は笑った顔の下で泣いている、というのもその患者の内側に存在している人間が悲しんでいる様子であろう。見える人には見えているのだと思った。

記憶が消えても、私が過ごしてきた日々が消えるわけじゃない。私が失った記憶は、私と同じ日々を過ごしてきた人たちの中に残っている。

憶というと誰もが主体的に捉えてしまいがちだが、客観的な自分に対しての記憶というものは自分が消えてしまっていくときの、楽観的な希望かもしれない。

確かユダヤ人の教えだったと思う。「お前は自分が生まれてきたときに周りの多くの人が微笑み、お前一人泣きじゃくっていたんだよ。だから、今度お前が自分の人生を全うして死ぬときには、自分は微笑んで周りの多くの人が悲しむような人生を送りなさい!」

現在、認知症患者は、右肩上がりで増えています。昔と今のライフスタイルや、食習慣が変わってきている、ということも影響しているのだと思いますが、今後も患者は増え続けると思われます。

高齢者世帯(高齢者が世帯主の世帯)を分母にすると、認知症の人は今、6世帯に一人くらいですが、一番人数が増えると予想されている27、28年後には4世帯に一人くらいの割合になります。決してまれなものではなくなってきていますし、早く診断、発見できれば決して怖いものではありません。そういうことをきちんと理解した上で自分の健康管理をしっかり行う。

そして、病気とどういうふうに付き合っていけばいいのかを考えていく時期が来ていると思います。(本間昭精神科医)

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