絶望と希望、その1 – 自殺についての考察


自殺

絶望と希望、その1 – 自殺についての考察

二次世界大戦が終了してから今年で63年もの月日が流れたことになる。日本は直接戦争に巻き込まれることはなくなったもの、いまだに世界各地では戦争が現在も進行しているところが数多くある。

最近勃発したロシアとグルジアの紛争など、このように戦争の火種があらゆる場所で今も発生する瞬間を待っているかのようだ。タイミングがアメリカの次期大統領が決まる前の状況であり、本格的に新しい大統領が決まり、アメリカの次の4年間の方向性が見え出したときには、世界各地で新たな紛争の火種が勃発する可能性がないとはいえない。

アメリカ同時多発テロ事件はブッシュ大統領が新しく政権を握り、これから国内の経済を立て直すぞと意気込んでいた2001年に起こり、結局ブッシュ大統領は任期の8年を終了する今になってもまったく何をアメリカにしでかしてくれたのかとあきれられるほどの不人気で終わろうとしている。2009年、新しい大統領が誕生した後のイランの動きには注意が必要だ!

自殺大国日本

日本の自殺者が 10 年連続で3万人を上回り、 30 数万人もの人々がみずから命を絶っている状況に対して、辺見さんは、「これがどれほどものすごい数字かは、イラク戦争とそれにつづく内戦による市民の犠牲者数とくらべてみればわかる。

米英の非政府組織イラク・ボディーカウントの発表によると、イラク民間人の死者数は 2003 年の開戦以来、ことし6月までの5年間に最多推計で9万2千数百人である。酸鼻をきわめるイラクの戦闘にまきこまれて非情にも殺される人々よりも、平和国家とされる日本でみずから死を選ぶ者たちのほうが圧倒的に多い。これはいったいどういうことなのか」と問いかけます。

自殺の原因が「健康問題」「病気の悩み(うつ病)」というずいぶん大ざっぱな分類でくくられてしまっていることに対して辺見さんは、「貧困の原因を個人の努力・工夫不足のせいにする昨今の傾向と同様に自殺原因の解析でも、国家と社会の病弊を故意に捨象し、個人の心身の病を強引に “ 真因 ” としているように思えてならない。希望の見えないこの社会では、戦闘こそないかもしれないが、こころは依然、内戦的緊張にさらされている」と指摘しています。

また経済学者や医師、NPOなどでつくる「自殺実態解析プロジェクトチーム」によれば、 2004 ~ 06 年の自殺者のうち 被雇用者は 24,208 人で、警察署別に愛知・豊田、山梨・富士吉田、福岡・筑紫野、北海道・苫小牧など重層下請け構造が存在する地域に自殺者が多く、長時間労働、 24 時間交替制、人員整理などが要因と推測されると分析しています。(  10 年間で 30 数万人が自殺~イラク戦争より犠牲者多い「自殺大国ニッポン」は長期の内戦状態にある  )

記の内容からあなたは何を感じただろうか? 憎しみあいの世界がある一方、自らの命を絶っていく希望を持たない人たちが多く存在する現在の日本。多くの人たちが自分には関係ないといって無関心であることに何の違和感も持たないだろうと思われる。

自殺の原因となっている現在の日本社会の構造や自殺などに対する国家の扱い方など、薄々気がついている人も大勢居ると思われるが、所詮自分の身に実際実感となって起こるまでやはり他人事なんだろうなぁ。

重層下請け構造、長時間労働、24時間交替制、人員整理などのキーワードには自分という主体性を感じるものは見当たらない。他人のために生きる。他人のために働きとおしてもいままでの日本では報われた。そんな時代はもうとっくの昔に終わったはずなのに、危機感を持って自ら対応した人はやっぱり犠牲になっているのかなぁ。

大勢の自分の周りで自分と同じような環境の人々がいる存在への安心感とか安堵感。社会や他人や他の物事に責任を訴えるのもわかる気がするけど、やっぱり人を当てにしていては駄目なんじゃないかなぁ? 自分の未来に対して諦めてしまった多くの人たちの選んだ最終決断が自殺というのは改善できそうな気がするんだけど、どうなんだろう。

励ましあえる存在

ょっと関係ないかもしれないけど、最近多くなってきた通り魔事件に関して、歌手のさだまさしさんは、「誰かが気づいてあげればきっととめられただろうなぁ、という事件が多すぎる。ちょっと誰かが声をかけてあげられていれば止められたんじゃないだろうか? もっと人と話そうよ!」って言っていたけどね。苦しいときに一緒になって励ましあう誰かの存在か?

階段を上るときは友と一緒に、階段を下りるときには妻と一緒に!

内戦状態の中で暮らす人々の絶望と、生きていく希望を失ってしまった人々の絶望ではどちらのストレスが高いのだろう? 内戦状態の場合、外からの原因に対して改善できる方向性を見出すことはかなり難しいかもしれないけど、生きていく希望を失ってしまった人々の絶望の場合、外からの原因に対して改善できる方向性を見出すことは自分さえその気になれば不可能だとは思わないんだけど、この僕の考えもやっぱり違うのかなぁ?

自分を捨てるんだったら、もう徹底的に他人、社会のために生きてみるとかねぇ、ボランティアなんか探せばいくらでもあるし、日本だけではなく海外にもいっぱい存在する。それで最低限の暮らしができるんだったら悪い気はしないんじゃないかなぁ。

でもその最低限の暮らしさえできない人がたくさん居るらしいから、そういう人の抱える問題にはやっぱり外からの救済が必要だろうし、自らも行動を起こしてそういうものを探していかないとね。

探し続けること

よい人生とは、よい検索である

田衣良さんの作品に載っていたある文章だけど、まったくその通りだよ。仕事も、友達も、恋人も、結婚相手も、住む場所や投資も、窮地からの脱出方法も、すべて探し続けることが大事なんだと思う。

数打ちゃ当たる、とは言ったもんで世の中狭いようでもあるけど、案外自分が知らない世界は多く存在するよね。そういうものに自ら出会っていくことはきっと自分の視野を広げることにも繋がるし、内面に幅ができると思う。

ロバート・キヨサキ氏は不動産投資の際、本当にいい物件に出会うまでおよそ1000件以上の物件の下見を繰り返すらしい。そしてその中から最終的には3つほど残り、最も好物件と思うものを最終的に選ぶらしい。

自殺を考えている人は自殺方法をインターネットで検索しただろうか? その中の果たして何人の人が、自殺から立ち直った人の人生ストーリーなるものを探した人がいるだろう? みんな苦しいんだよ! 大変なのは自殺を考えている君だけではない!

自殺願望から立ち直るなんて考えられないかもしれないけど、チャンスがあるのならば話を聴いてみる価値は大いにあると思う。何かのきっかけが見つかるかもしれない!

いまのアメリカの若者は、中国やインドやブラジルの若者と競争することになるのを、肝に銘じたほうがいいだろう。グローバリゼーション 1.0 では、国が、グローバルに栄える方法か、最低でも生き残る途だけは考えなければならなかった。

グローバリゼーション 2.0 では、企業が同じように考えなければならなかった。いまのグローバリゼーション 3.0 では、個人がグローバルに栄えるか、せめて生き残れる方法を考えなければならない。それには科学技術の技倆だけではなく、かなりの精神的柔軟性と、努力する気持ち、変化に対する心構えがなければならない。(  フラット化する世界 by トーマス・フリードマン  )

日本の若者にも当てはまる!

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