絶望と希望、その2 – 自殺、日本以外の国では何が起こっているのか


自殺

絶望と希望、その2 – 自殺、日本以外の国では何が起こっているのか

こちらのページもあるけど、日本の自殺率はとても高い。日本より高いのは、東欧諸国とロシアぐらいのものだ。日本の自殺者の多さは問題だし、その上、無職者の自殺者数や高齢者なんかの自殺も多いのは事実。

ただし、国際比較を見る限り、貧困とか、福祉が足りないとかの意見には、あまりうなづけない点があるのよ。理由は、スウェーデンやフィンランドみたいな福祉国家でも、自殺率がとても高いから。東欧やロシアほどじゃないけどね。ただ、上位クラスの高さなの。

無論、フィンランドは、女性に派遣職員が多くて4割近くを占め、失業率も高く(失業率の正確な統計がわかりにくい国なんだが)、日本と同じく若年失業率が高いって問題があるし、スウェーデンは、半強制的に国民の 1% に当る人間に断種手術を行った事とか、福祉に徹底的に金を使っているから、給料から税金で半分もっていかれ、消費税率は25%とかで不満を持つ人が多く、福祉に金を使う分、治安とかに金がいかなくて、犯罪発生率が日本の数倍とか、問題はやっぱりあるんだけどね。

シアと東欧も新しい経済システムに自分を適応させることができる個人は希望を抱くことが出来るであろうと思われる。問題は新しい経済システムに自分を適応できない人々は日本に限らず世界中どこにでもある問題。アメリカにだって存在する。

思うに格差が目に見えるような形で社会が動いているとき、そこから受ける絶望や失望の度合いは日本のそれよりロシアや東欧のほうが大きいのだろう。

いままであいつは俺と同じで貧乏だったのに、たまたま石油業界に居たもんだからとか、海外にコネクションがあったからとかで急に豊かな暮らしぶりを目にするようになると自分は運がないとか、負けたとか思ってしまうんだろうなぁ。

日本が貧乏だった頃は、高度経済成長を迎えながら日本全体が豊かになっていったからね。一億総中流意識なんて言葉もあったし。貧乏の度合いも、国家が提供するインフラや社会の構造はまだ日本のほうが恵まれていたのかもしれない。

日照時間と自殺率

欧諸国の自殺率が高いのは、日照時間と関係があるように思えてならない。日本でも日照時間の少ない東北3県は自殺率が高いというのは事実だし。以外かもしれないけど太陽が与える心理的影響はかなり大きいんだよね。

夏の早朝の爽やかさ、快適さは誰でも経験したことがあるだろう。気分を開放的にしてくれる快晴の空。どんより雲、太陽の日光を見ることが極端に少ない地域は当然耐えることが多くなるような気がする。気分もどんよりした気分になるし、太陽を見ない地域は内向き志向のような生活スタイルになっていくよね。

フィンランドやスウェーデンでは IT 産業からあぶれてしまった人たちは焦りを感じているのではないだろうか? ノキアにエリクソン。国を挙げて IT 産業に力を入れて人材の育成に励んだみたいだけど全員が皆これらの新しいシステムに適応できたわけではないであろうと思われる。

自殺率と他殺率

一般的には社会的なストレスが高まると意図的な死の比率が高まってくると考えられるが、実際は、自殺と他殺が両方多くなってくるというより地域によって、自殺へ向かう傾向の国と他殺へ向かう傾向の国に分かれてくるといってよい。

しかも大陸別にその両方向は明確に異なっている。ラテンアメリカとアフリカでは他殺の方向に向かい、ユーラシア大陸などその他の地域では自殺が高まる方向に向かう傾向がある。相関図の下に自殺が多いか他殺が多いかについての地図を参考として掲げたが、これを見るとこうした傾向は驚くほど明確である。( 世界各国の自殺率と他殺率の相関  )

れは宗教とかそれらの地域に住む国民性というか人間の気質みたいなものと関係しているのだろうと思われる。仏教に儒教のアジア大陸ではやはり他人の命を奪うということはご法度、どうしても内なる自分と向き合う姿勢になってしまうのかもしれない。ラテンアメリカにアフリカは衝動的というか動物的感覚というか、要は弱肉強食なのだと思う。

つまり毎日を生き延びることで精一杯という感じ。恵まれた先進国で生きる多くの人には想像ができないことだ。偏見になるかもしれないが、精神的異常者の殺人には白人が多いようにも感じる。変質性を伴った殺人も知的な白人者に多い。黒人の殺人事件はやっぱり動物的であるように思う。アフリカ大地の弱肉強食の DNA を受け継いでいるのかもしれない。

低い比率のインド

それから僕がいつも不思議なのはインド。カースト制度だとか、貧困だとか、とんでもない制度が今でも残っている国だし、最悪の女性に対する風習、サティがあった国でもある。なんだけど、自殺率も他殺率も結構低い。(人口が多いので、自殺者数や他殺者数は多いけど)

れは絶対に宗教だと思う。ヒンドゥー教徒の人々はどこか哲学的な顔つきをしているのはなぜだろう? 道端に寝転んでいるホームレスのようなオッサンも顔つきが哲学者みたい。貧乏でも自殺や他殺の少ない国と、物質的に豊かな日本が自殺率の高い国とはなんとも情けない。

気が狂いそうになる寸前の人が大勢いるのになんの危機感をもって対処しようとしない試みは、きっとボディーブローのように効き目が後になって現れてくるであろう。自分ひとりが死ねばそれで収まる、という考えは間違っていると思う。自殺にしろ、他殺にしろ、社会が支払うコストは結構高いものになる。なんとかなるだろう、ではもう日本の社会は回復しないと感じるのは僕だけだろうか?

フラットな世界では、アメリカ人の仕事などというものはない。ただの仕事だ。しかも、最も優秀で、抜け目なく、生産性が高く、賃金が安い労働者のほうへ仕事が動いてゆく傾向が、日増しに強まっている。その労働者がどこに住んでいようが関係ない。

フラットな世界で個人として栄えるには、自分を「無敵の民」にする方策を見つけなければならない。そのとおり。世界がフラット化すると、階級制度はひっくりかえる。たとえはよくないが、フラットな世界では、誰もが無敵の民になろうとしなければならない。私の辞書の無敵の民とは、「自分の仕事がアウトソーシング、デジタル化、オートメーション化されることがない人」を意味する。( フラット化する世界 by トーマス・フリードマン )

日本人の仕事などというものもない!

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