考える力が不足しているわけではない、考え抜く力が不足している


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考える力が不足しているわけではない、考え抜く力が不足している

学力低下の指摘を受けて実施された今回のテストには日本の子供たちが苦手としてきた記述式問題が多数盛り込まれた。43年前に実施された同種テストと比較すると国が子供に求める学力像の変化も浮かびあがる。

(社会部 村井正美 松本英一郎)「国としてどういう学力を身につけてほしいか。そのメッセージを問題の形で示した」テストの問題を作成した国立教育政策研究所の惣脇宏・教育課程研究センター長は、24日午後の会見でそう述べた。

当時は高度成長期で、与えられた問題を早く正確に処理できる力が重要視され、創造性や独創性まで求められていなかった」と解説したうえで、「問題が多すぎて、今の子供たちは半分もこなせないのでは」と話す。今回も、国語と算数・数学で、漢字や計算問題など基礎的な「知識」を問う出題があったが、文科省が力を入れたのは、図や表を読み取るなどの応用力を試す「活用」の問題だった。

の2つのL&Gニュースの共通点はなんでしょうか? ちょっと強引にもっていきますが、「考える力」ではないでしょうか? 考える力がないまま育ってしまうと、大人になってから簡単に詐欺事件に引っかかってしまいますよ、ということをお話しようと思うんだけど、ちょっと強引かなぁ?

今回のテスト結果をどのようにこれからの教育現場に生かしていくのか? そちらのほうに興味がありますけど、まずは考える力の定義を改めたほうがいいと思うんです。

考え抜く力

の考える力。実は考える力ではなく、「考え抜く力」だと思うんです、大事なのは。実際、考えるだけなら誰でもいくらでもできますよね。学校のホームルームの時間を思い出してください。~君、「考え中です」・・・~さん、「考え中です」

この「考え中です」イコール「考えていない」ではなかったでしょうか? この辺をきちんと把握しておくことって大事じゃないかなぁと思うのです。考えることって妄想なんかも考えている、ってことになりえますし?

じゃ、考え抜くことっていったらどう違うのか? それは自分なりのその問題に対する答えを導き出し、解決するように行動を起こすこと、であると思うのです。今の子供たちが大人になって社会で活躍するような時代では、 Google などでものごとを検索することは今以上に当たり前になっているでしょう。

様々なデーターにいろいろな事実は簡単に検索すれば手に入るのです。大事なのはそれらを活用して物事の真実を導き出すことがこれからは必要になってくると思います。こうなるとやっぱり今の日本の教育システムは抜本的に変える必要があります。

日本人には教育はあるが、教養がない!

識を重視していたシステムゆえに、答えがあった社会に適応するべく人材を育てていくために日本社会がとった教育環境ですけど、これからの社会では本当に知識、知識といった教育が必要かということをもう一度考えたほうがいいと思います。

考えたほうがいいじゃないですね、考え抜いて進むべき方向を見つけ出し行動を起こしていくんです。情報化社会、ナレッジワーカー(知識労働者ないし 頭脳労働 )、といった今の環境はある程度テクノロジーが社会のインフラを整えるであろう2020年ごろまでには終わってしまうんじゃないか、と思うんです。

ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代、という大前研一氏が翻訳したダニエル・ピンク氏の本があるんですけど、もう専門力じゃなくて総合力だ、って言っているんです。

他の国なら、これをもっと安くやれるだろうか? コンピューターなら、これをもっとうまく、早くやれるだろうか? 自分が提供しているものは、この豊かな時代の中でも需要があるだろうか?

こういう環境に日本もなっていくんです。となるとどうしても考え抜く力、知識の中から自分の知性を使って真実を導き出す力が必要じゃないかと。

「カンニングOK」の社会、「右脳主導型」の能力

先生の役割は、すべての生徒が異なった答えを出した時に、クラスの議論を指導したり、そこから新しい知見を生徒が導き出せるように誘導してあげることだ。言い換えれば、これからは「カンニングOK」の社会になるのだ。

未来をリードするのは、何かを創造できる人や他人と共感できる人、パターン認識に優れた人、そして物事に意義を見出せる人である。つまり、芸術家や発明家、デザイナー、ストーリーテラー、介護従事者、カウンセラー、そして総括的に物事を考えられるひとである。

海外の安い働き手にはできないようなレベルの仕事をする必要があるのだ。「業務を処理すること」よりも、「人間関係を結ぶこと」、「ルーチン・ワークをこなすこと」よりも、「斬新な課題に取り組むこと」、「一つひとつの要素を分析する」よりも、「全体像をまとめ上げること」など、「右脳主導型」の能力を活かすのである。

ハイ・コンセプトとは、芸術的・感情的な美を創造する能力、パターンやチャンスを見出す能力、相手を満足させる話ができる能力、見たところ関連性のないアイデアを組み合わせて斬新な新しいものを生み出す能力などである。ハイ・タッチとは、他人と共感する能力、人間関係の機徴を感じ取れる能力、自分自身の中に喜びを見出し、他人にもその手助けをしてやれる能力、ありふれた日常生活の向こうに目的と意義を追求できる能力、などである。

はどうすればいいんでしょうね? 子供にいろいろな角度からものをみれるようにしてあげることなど重要じゃないでしょうか? いろいろな場所に連れて行ってあげたり。学校と自分の家という小さな世界から大人の広大な社会の仕組みを見せてあげることは、いい意味で刺激を与えるものだと思います。散歩なんかいいっていいますよね!

子供はたくさん質問してきますから、できる範囲で教えてあげるといいんです。そしてわからないところは自分で Google などを使って調べさせる。調べたら親に教えてあげるように仕向けるんです。そうしたら子供は自信を持つようになるとおもいます。

後はやっぱり活字を消化させることです、自分の脳みそを使って。いろいろな分野の書物に触れさせるんです。読書が与えてくれる空間って無限ですから。

第2外国語を習得させる

れはできればでいいんですけど、やっぱり今の子供たちが社会にでるころには必要ではなくて必須でしょう。第2外国語を習うことはまず母国語がしっかりしていなくてはいけないし、それを抜きにしては絶対に習得不可能なんです。

この言葉はこの言語ではなんていうんだろう、といった疑問は結局その言語の文化的背景や社会、歴史なんかにも意識がいくようになるんです。そうすると様々な場面で日本という国と自分が習得している国とを比較できるようになり、いい面悪い面を含めてですよ、そうすると比較的バランスの取れた人格に成長しやすいんです。

日本はこういう部分はすばらしい、だけどこの部分はダメだなぁ。この国はこういう部分はすばらしい、日本にはない部分で見習わないと、でもこの部分はダメで日本の社会がこのようにならないようにしないと、とか。

後はなんでしょうね? 自分から行動できる人でしょうか? 出歩く、人と話す、新しいものにチャレンジするなどは考え抜く力を養うにはいいことだとおもいます。やっぱり知性を備えることって結局自分のオプションを増やすことに繋がるんです。こうなった時にはこうする。この可能性にはこのように対処する。

たくさんの可能性、起こりうるイベントに対する自分なりの知性による対処がはっきりしていれば、現実の現時点での自分がもっとも好む選択肢がリアルになるよう集中できる、と思うんです。不安がなくなりますから。目標と計画は生活の中から不安を取り除いてくれるそうです。

自分の人生をデザインしていく

考えるだけではなく、考え抜いていかないと理想とする自分の人生をデザインすることはできないのではないでしょうか?

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