自転車プロロードレース、2003ジロ・デ・イタリア


自転車プロロードレース、2003ジロ・デ・イタリア

年初めてジロ・デ・イタリアをテレビ中継だけど、ほとんどすべてのステージを観た。ヨーロッパでは5月にイタリアで7月にフランスで、そして9月にスペインで大きな自転車プロロードレースが行われる。初夏から秋初めごろまで1ヵ月ごとに自転車プロロードレースファンは各国で楽しむことができる。

各国それぞれ美しいコースをレースを通して紹介できることは観光にもつながるし、大きなビジネスだろう。このようにヨーロッパでは自転車プロロードレース選手がモチべーションを保ち続けることができる環境が整っている。うらやましい限り。

ツール・ド・フランスを見ていてフランスの田舎は美しいなぁ、と思っていたがイタリアの田舎もフランスに劣らず美しい風景が続いていた。今年は南方を回ってシチリア島へ向かい、それから中部を通ってイタリアのアルプスを目指し、最後はミラノでフィニッシュを迎えるという内容だった。あのような風景を見ていると自分もツーリングに出かけたくなってくる。

マリオ・チポリーニ

回のレースで新しく知った選手も増えた。まずはイタリアで圧倒的人気のマリオ・チポリーニ。彼はスプリンターでステージ優勝をこれまでに40回を超える活躍をしている。ステージ全体がフラットコース内容の時には、最後の5キロは見ていて本当に緊張する。

マリオ・チポリーニがリーダーのチームは、彼を勝たせるために最後の残り数百メートルまで周りで囲みながらサポートして走る。つまりマリオ・チポリーニの前を走って風除けになったり、他選手との接触のための転倒を避けるためにサポートをする。とくに向かい風を直接受けると体力の消耗が激しいので、チームリーダーは最後の数百メートルまで他のチームメイトに完全に保護されながら走る。

マリオ・チポリーニはツアー前半でステージ優勝40回目のプレッシャーからか、中々勝てなかった。あるステージでは最後残り数百メートルの勝負を途中で諦めてしまうシーンもあり周囲をがっかりさせた。それまで百キロぐらいずっと他のチームメイトと交互に先頭に立って走り、マリオ・チポリーニを向い風による体力消耗から防いできたチームメイトは報われない。ゴールのフィニッシュで負けてもいいから他の選手と最後まで競うべきだった。

どうしたマリオ・チポリーニとイタリアメディアが騒いでいたが、その後難なく見事40回目のステージ優勝を果たすことになった。この辺までで限界だったと思う。後のステージでは雨の中最後のスプリントで他の選手の転倒に巻き込まれて勝利を逃すと、とたんに集中力を失う。あっけなくツアー途中でリタイアしてしまった。

そのマリオ・チポリーニにプレッシャーを与え続けた男がいた。アレサンドロ・ペタッキ。彼もスプリンターでツアー前半のフラットステージでは、ことごとくマリオ・チポリーニの勝利を目の前で砕いてきた選手である。彼の執念というかゴール直前の集中力はすごいものがある。まるで俺のほうがマリオ・チポリーニよりも上だとイタリア中にアピールしているようだった。

そして今年のジロ・デ・イタリアで総合優勝したジルベルト・シモーニ。ステージ全体を見て分かったことだが、ツアーを制して優勝するのにその選手はスプリンターである必要はない。むしろ唯一つの条件はマウンテンステージで絶対的に強いこと。

山岳地帯では多くの選手がタイムを落としていくので、登りに強い選手はそこで他とのタイム差を広げることができるのだ。ジルベルト・シモーニもやはりマウンテンステージでは抜群の強さを見せていた。

最後にあげる選手で優勝はしなかったがあのマルコ・パンターニが復活していた。彼は2000年を最後に自転車プロロードレースには参加していなかった。いろいろなトラブルに巻き込まれ精神的にもうつ状態が続いていたらしい。だが彼は見事に復活していた。イタリアのメディアや彼のファンもマルコ・パンターニの復活を応援していた。特にマウンテンステージではマルコ・パンターニにかかる声援のほうが、先頭を走るジルベルト・シモーニよりも多かった。

7月のツール・ド・フランスが今から楽しみ。

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