金原ひとみさんに惹かれて


金原ひとみ

金原ひとみさんに惹かれて

にピアス朗読会。コロンビア大学内のドナルド・キーン日本文化センターで芥川賞受賞作家金原ひとみさんの著書「 蛇にピアス」の朗読会が行われいってきた。実は彼女の本は一冊もそれまで読んだことはなく、ただ噂で彼女の生い立ちを少しばかり知っていた程度である。

だが、芥川賞受賞の時の村上龍氏の言葉が頭をよぎり、彼女に会ってみたいと思い、ほとんど彼女の経歴のほうに興味を持った形で彼女に惹かれていった。行く前に紀ノ国屋によって彼女のデビュー作「蛇にピアス」を購入。まぁ後で読むだろうが99%の目的は文庫本にサインをしてもらうことだった。(その通り、僕はミーハーです)

会場には朗読会が始まる30分前についてしまい、まだ誰も居ない会場を見て、全然人が集まらなかったらどうしよう、などと彼女の心が傷つくことがなければいいなぁ、と身内のような感情を持ってしまう。というのも僕がこの会場へ足を運んだ理由、金原ひとみさんの経歴に興味を持ったからだと思う。

不登校、リストカット、いじめなどの体験をしてきた彼女が小説を書くということだけはやめなかったそのドライブはなんなんだろう? 午後6時。気がついたら会場は人でいっぱいになっており、日本人のほか外国人の姿も見れる。総勢60人前後というところだろう。金原ひとみさんはまだ姿を見せない。どうやら少し遅れそう。時間がもったいないということで日本語と英語での朗読会が始まった。

身体加工

プリットタン。どうやら身体加工などがストーリーの展開に含まれているらしい。リストカット、ボディカット、フェイスカットのことは「夜回り先生」こと、水谷修氏の特集を NHKスペシャルで見ていたのである程度は知っていた。

刺青やボディピアスが若者の間で流行っているが、自分も10代か20代はじめの頃に同じような流行が若者たちの関心ごとだったらはまっていたと思う。僕が19歳で日本を飛び出した頃の日本は、バブルの絶頂期で、そんなカネ、カネ、カネの東京が嫌いで日本から遠いところにとにかく行きたかった。

金原ひとみさんも児童文学者で翻訳も手がける父、金原瑞人氏の仕事のため、サンフランシスコで一年弱を過ごしたことがある。そのときに日本語が恋しくて父親が紙袋いっぱいに買ってきてくれた本の中に山田詠美さんの『放課後の【音符/キイノート】』や村上龍さんの『コインロッカー・ベイビーズ』があった。

衝撃的だったらしい。こんなにも人間の内面を掘り下げられるのかと……。そして、自分も書いてみたい、自分なら何が書けるだろうと思うようになっていく。

本人登場!

読会が始まって30分ほどたっただろうか、廊下がざわざわし始めた。どうやら本人が到着したらい。あっ、ちらっと見えた。会場に入ってくる。第1印象。色白というよりもちょっと周りに立っている女性と比べると肌の色は蒼白。緊張しているのだろう、どこか身構えているというか、不安というバリアを張っているようだ。それもそうだろう。コロンビア大学といえばアメリカでは名門校の一つでそこで開かれる朗読会である。

どんなインテリの人が集まっているのだろうか? 自分の作品は受け入れられているのだろうか? 20代前半の人とのコミュニケーションが苦手だった過去を持つ彼女はデビュー作、芥川賞受賞、その後も着々と作家としての自分を確立するべく歩み始めている築き始めたばかりの自信を盾に勇気を振り絞ってこの会場へとやってきたように見える。

そういえば中嶋悟という元 F1 レーシングドライバーはとてもシャイな男で人前で喋ることなどまったくといっていいほどできなかった。それが F1 という過酷な世界で戦ってきた実績が、 中嶋悟氏に自信をみなぎらせ F1 引退後の数々の講演会では驚くほど流暢に聴衆に向かって話していたそうである。

朗読の間、会場内を見渡すでもなく、渡されたテキストを手に自分の作品を朗読される声と一緒に追っていく金原ひとみさん。髪の毛によく手がいく。まだ落ち着かないのだろうか? それにしても彼女の身体は華奢というよりもやせていてひ弱というか不健康そうな印象がぬぐえない。彼女の過去の経歴のことで僕の彼女を見る目にバイアスがかかっているのか?

彼女にはどうしても聞きたいことが一つあった。それが僕がこの会場に足を運んだ理由なんだけど、彼女を傷つけることだけはしたくなかった。どうしても全身に繊細さというか英語で言う、 Too Sensitive という表現がぴったりのオーラが出ている。

質疑応答

読が終わり、質疑応答が始まった。白人の男性が手を上げる。小説を書く際にリサーチやインタビューなどをするのか?という質問らしい。金原ひとみさんの答え。あんまりしないらしい。それはそうだろう。まだデビューしてそんなに経験を積んだわけでもなく、今まさに作家としての自分を創り始めている段階。

自分のこれまでの人生での経験など、自分の知的情報範囲内で小説が書ける最後のほうの時期なのだろう。作家という職業はそこからは自分で経験などを積んで知的に自分自身を広げていかないと作品が書けなくなるらしい。そうやって書く技術もつかんでゆく。リサーチも自然とするようになるだろうし、作品の情報集めのために取材もするようになる。

その白人の男性は、アメリカでは当たり前と思われるジャーナリストや作家としての姿勢を金原ひとみさんも身につけて書いているのか確かめたかったのだろう。そんなものは今はなくてもいい。10代という一番多感な時期を人より苦しみながら生きてきた一人の少女が、書くことだけはあきらめず、ここまでやってきた。

そしてデビュー作が芥川賞を受賞し、世にポーンと出されて、今やっと自分という自己を確立しようとしている。他にもいろいろな質問が出たがだいたい彼女の作家としての質問がほとんどだった。そのような質問には僕は興味をもつことができず、時折髪を後ろに掻き分け束ねる、金原ひとみさんばかりを見つめていた。

結局、僕は質問を彼女にぶつけることはできなかった。帰り際、買ってきた「蛇にピアス」の文庫本を手に金原ひとみさんに近づいた。

僕、「どうも、こんにちは」
ひとみさん、「あ、どうも、お疲れ様です」(あっ笑顔がかわいい)
僕、「あのー、本にサインを書いてほしいんですけど、どこでもいいです」
ひとみさん、「あぁ、じゃ、はい」(金原ひとみ、と縦書きに書いてくれました)
僕、「今日の日付もいいですか?」
ひとみさん、「えぇ、えーと、2006年12月のー、今日は?」
僕、「13日です」
ひとみさん、「あっ、13日」
僕、「あっ、どうもありがとう」
ひとみさん、「いいえ、どうもありがとうございます」(笑顔、かわいいなぁ)
僕、「握手、いいですか?」右手を差し出す。(オイ!)
ひとみさん、「はい、じゃぁ」
僕、「これからも頑張ってくださいね」
ひとみさん、「はい、どうもありがとうございます」

差し出された手を握るととても細い手で僕は強く握り返すことができなかった。彼女の今にも折れてしまいそうなほどひ弱なエネルギーが僕を躊躇させた。

内臓で書かれた小説

に帰るとすぐに「蛇にピアス」を一気に読んだ。途中、何度も金原ひとみさんの描写にこちらの肩が緊張、いつの間にか力が入ってしまう場面が何度かあった。なるほど、村上龍氏が言っている。

頭脳ではなく、内臓で書かれた小説だけがリアルなのだ

解説の中で村上龍氏が書いているある部分に目が止まった。

作者は登場人物たちをコントロールするわけではなく、登場人物たちに引きずられるわけでもない。小説を書いている間、作者は登場人物たちと“共に生きる”のだ

いうことは物語のイメージは右脳によって作られ、それを書き表していく行為は言語能力をつかさどる左脳を使って行っていることになる。(多分?)意識していたのか、それとも無意識のうちにそのような状態でこの「蛇にピアス」を書いていたとしたら、彼女には作家というアーティストとしての才能も持っていることになる。

きっと彼女は村上龍氏のエッセイにあるように「自分の好きなこと」「自分の身体が楽しいと感じること」を生きるときの最優先行為として選んできたのだろう。いじめ、不登校、ニート、フリーター、格差社会、リストカット、身体改造。若者達が日本の閉鎖社会の中で悲鳴をあげている。その中から突然、特出した才能を持って飛び出してきてしまった金原ひとみさん。

きっと社会が分類している負け組みという枠組みから見つめる若者達にとっては彼女は憧れのアイコンなのかもしれない。会場にもたくさんの若い男女が来ていた。彼女自身はどう思っているのだろう? 負け組みに対して特別な思いやメッセージはあるのだろうか? 若者全体に対して自分が感じているメッセージを心に秘めているのだろうか? 僕が聞きたかった質問、彼女の経歴を見て惹かれていった思いはその辺にある。

作者としてのメインテーマ

上龍氏が「愛と幻想のファシズム」の中で、この作品は30代から40代のサラリーマンの多くに読んでもらいたい、というようなことを言っていた。村上龍氏の作品の中で占めるメインのテーマはシステムから逃亡し続けることだという。日本という様々な共同体から常に自由でいること。

ちょっと大変だが、その枠組みの外にしか本当の快楽は存在しない、というようなことを書かれていた。僕が金原ひとみさんに聞きたかった質問は、彼女もそのような自分の作品の軸となるテーマを自分自身の中に持って書いているのか、というようなことだった。

不登校、いじめ、リストカットなどを経験してきて、作家として成功の道を歩み始めている彼女もかつて自分が属していたと思われる側の若者達へ、きっとメッセージを持って作品を書いているに違いない、と思った。

しかし、会場に現れた彼女はやっと作家として自己を少しずつ確立しはじめた、まだか弱い20歳前半の金原ひとみだった。今はそんなテーマやメッセージなどなくていい。自分を信じて好きな書くことを続けていけばいい。彼女をみて、そう思ってしまった。彼女のあの笑顔を思い出す。カリフォルニアの太陽の下であの笑顔を見たいと思った。きっと眩しいだろうなぁ。金原ひとみを応援し続けよう、と決めた。

我慢って何よ? キクしっかりしなさいよ 。何を寝ぼけてるの、何の事言ってるのか知らないけど アンタ間違ってるわ。 あたしは一番嫌いなのよ。我慢って事が嫌いなの、みんな我慢のしすぎよ 。物わかり良すぎるって気がするわ。 アタシ達、みんな子供の頃から我慢のしすぎなのよ。(コインロッカー・ベイビーズby 村上龍)

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