911アメリカ同時多発テロ事件、5周忌を迎えて(その1)


World Trade Center

911アメリカ同時多発テロ事件、5周忌を迎えて(その1)

れから早いもので5年の年月が去るのかぁ。昨日の夜、911アメリカ同時多発テロ事件を明日に控えての僕が心に抱いた思いであった。ジョージ・ W ・ブッシュ大統領がグラウンド・ゼロに来ているということで早速お店の休み時間に抜け出して WTC 跡地の方へと足を向けた。

たくさんのポリスが出動して辺りを警戒している。結局近づけたのはトリニティ教会辺りまで。ブッシュを見つけることはできなかった。次の朝、今年も同じように9月11日は快晴の朝。あの日もそうであった。雲一つない快晴の秋晴れ。

広瀬隆氏の「世界石油戦争」やトーマス・フリードマン の「 フラット化する世界 」を読んでいたので、この日に行われるたくさんの催し物に対して少し違和感を感じ始めていた。しかし、 CNN 特集で実際にあの日の映像が映し出されるとさすがにあの時の記憶が甦る。

めちゃくちゃすごかった超高層ビル

がワールドトレードセンターの屋上に初めて登ったのは1989年のことである。ノースカロライナ大学シャーロット校 付属英語学校に通っていた当時の僕は春休みの選択としてニューヨークを選んだ。

バスがニュージャージ州側からマンハッタンに入るときに現れたあの景色に感動。写真とかテレビでしか観たことのないあのマンハッタンの摩天楼が目の前に迫ってくる。一際目立つワールドトレードセンターは圧巻であった。

2回目に登ったのはロサンゼルスからニューヨークに移ってきた1996年。イギリスからの友達を連れて3人で上がった。確か8ドルを支払ってエレベーターに乗る。そして一気に120階ぐらいまで上がるんだけどそのスピードがあっという間で凄かったのを覚えている。

展望台に達するとそこからの景色は360度、すべてを見下ろせる高さだった。ガラスの窓で仕切られているとはいえ、さすがに高所恐怖症の僕はガラスにへばりついて下を見つめるがいつしか恐くて腰が引けている。人やイエローキャブがおもちゃのようでかわいい(僕はムスカじゃないよ!)。

展望台からは屋外に通じるエスカレーターも出ていてそれに乗ってさらに上へ。ニューヨークはエンパイア・ステート・ビルディングと並ぶシンボル、ワールドトレードセンターの頂上は登ったものにすげなぁという感嘆の驚きと満足感を人々に与えていた。隣の北側ビルがすぐそばでそびえ立つ。あぁー、本当に懐かしい。

僕が今現在も働いている日本食レストランはワールドトレードセンターのすぐ近くにある。だからお店の昼休みにはしょっちゅうワールドトレードセンターにある大きな本屋さんや地下街ショッピングセンター、そしてその隣の ワールドフィナンシャルセンター へ出かけていた。真下から見上げると背中を後ろにそらすようにしないとその頂上を見上げることはできないぐらいに本当に高い。

9月11日、当日朝

月10日の夜もお店が終わり、いつものようにワールドトレードセンターを見つめ地下鉄へと向かっていった。次の日。お店への出勤がディナーからだったのでお昼近くまで寝ていた。そこへお店のウエイトレスの女の子から電話がかかってくる。

「ちょっと、ワールドトレードセンターがなくなっちゃったよ」「えっ?」「テレビつけてご覧よ」急いでローカル番組の NY 1を付けると信じられない映像が飛び込んでくる。崩壊している。信じられない。昨日の夜、そこにあったではないか。

2機の飛行機がワールドトレードセンターへと突っ込む。1機目の飛行機が北のビルに突っ込むシーン。僕が働いている日本食レストランのすぐ目の前で撮影されたものだった。そして2機目の飛行機が見事なまでのクリアーな空間の端から突如現れ、そのまま南のビルへと消えてゆく。ペンタゴン 、ペンシルバニア郊外でも飛行機が墜落したらしい。

2001 年 9 月 11 日 の午前、イスラム系国際テロ組織アルカイダ実行犯がハイジャックした民間航空機二機が両タワーに次々に自爆突撃をした。テロリスト含む乗員・乗客・テナント・消防・警察など、あわせて 2749 人もの死亡者を出す史上最悪のテロとなった。

しかしビルの所有者が巨額のテロ保険を寸前に賭けているなど不可解な点があまりにも多いことから、その後に起こるイラク戦争のためのアメリカ政府の陰謀の一つではないかとも言われている。

心の奥を抉られたような悲しみと失望感

くの人々が道端で立ち止まり、はるか彼方、煙の立ち込めるツインタワーを眺めている。その瞬間はあまりにも突然やってきた。ワールドトレードセンターのアタックからそろそろ1時間が経過する中、人々の目の前に信じられない光景が現れる。南側のビルの崩壊。受け入れられない光景。そして北側のビルも限界に達したのか、一気に崩れ去る。

アメリカ全空港は閉鎖され、この緊急事態の社会の中に自分が今現在いることが信じられなかった。あの心の淵をえぐられるような喪失感。日本人である僕がこれほどのショックを受けたのだから、アメリカ経済のシンボルとしてワールドトレードセンターを誇りに思っていたアメリカ人のショックは物凄いものだろう。

その日の夜から次の日にかけて、前市長ルドルフ・ジュリアーニが人々は家に滞在しているよう呼びかけ、9月12日は静かな一日が過ぎて行った。人々に心の空白をそれぞれが現実を受け入れるまでの時間のためにその日は費やされたといってもいい。

そして次の日。混乱する社会のスタートが始まった。家族や同僚などを探す人々、瓦礫をどのように撤去しようか、誰がなんのために、どうしてこのようなことをアメリカに仕掛けたのか? ニューヨーク、アメリカは立ち直れるだろうか?

WTC 建造物への被害は以下のとおり:

1WTC :ノースタワー( 110 階) → 94–98 階に航空機が直撃、完全崩壊
2WTC :サウスタワー( 110 階) → 78–84 階に航空機が直撃、完全崩壊
3WTC :マリオットホテル( 22 階) → 2WTC 崩壊により半壊、 1WTC 崩壊でほぼ全壊
4WTC :オフィスビル( 9 階) → 2WTC 崩壊によりほぼ全壊
5WTC :オフィスビル( 9 階) → 9 階から 3 階まで両タワー崩壊によりほぼ全壊
6WTC :合衆国関税局 / 先物取引場( 7 階) → 両タワー崩壊によりほぼ全壊
7WTC :オフィスビル( 47 階) → テロ発生 8 時間後に完全崩壊

These views are no longer available.On top of WTC tower 2… 10/06/2001

June 10, 2001,sunny day in New York City on top of tower two of the WTC.These views are no longer available. At the time it was taken for granted, but only 3 months and one day later they were gone.

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