2003年北アメリカ大停電、停電時の備え


Northeast blackout of 2003

2003年北アメリカ大停電、停電時の備え

週の金曜日8月22日でアメリカに来てかれこれ15年の月日が経とうとしている。その生活の中で起こったいくつかの出来事は、経験したくても中々できないようなアメリカならではの体験であった。

まずロサンゼルスではロドニー・キング事件判決をめぐるロス暴動。あの時はいろいろなところで放火が起こり、空は昼間だというのに燃え上がる黒煙のために暗かったことを覚えている。National Guardがダウンタウン駐車場にキャンプを張って治安維持にあたっていた。アーミーの格好をした人を街中で見たのは初めてだった。

それからノースリッジ地震の時にもロサンゼルスにいた。日本人であるため地震は日本で経験済みだがこのときの揺れは本当に死ぬかと思った。それまで熟睡していた自分が何気に目が覚めた瞬間に天井が揺れ、寝ている自分の身体が激しく上下に揺れた。天災の力は恐ろしい。

そして一昨年の9月11日に起こったアメリカ同時多発テロ事件。早いもので来月にはあのときの悲劇からもう2年も経とうとしている。あの後は自分が働いている日本食レストランの営業に被害が出たので、自分の財政的自立を早く確立しなくては、と強く思ったものだ。自分がコントロールできない大きな力に対してある程度の自由度を保つためには、経済的な蓄えが余裕を持ってあることが大事だと感じたことを覚えている。

そしてこの木曜日の夕方に起こった北東地域のアメリカとカナダの一部を含む2003年北アメリカ大停電。大都市での生活は電気がないと当たり前だが何にもできないことがわかった。未だにはっきりとした原因は確認できていないが、短時間でこれだけの地域の電気供給がストップしたのは21世紀のアメリカ社会ではいただけない。

システムはどうなっていたのだろう。今回の停電がテロでなかったにせよ、悪さをしようとしている連中にはいい情報を与えてしまったに違いない。それだけ現代人の生活には電気が欠かせない。

停電が起こった時点で地元のフォーレストヒルズに戻ってきていた自分はラッキーだった。信号機が消えていたので地下鉄ホームのトンネルをくぐって道路を渡ろうとしたが駅構内は真っ暗。その時点でもこの近辺だけの停電だと思っていたので家に帰るが、家についても停電していたのでかなり広い地域での停電なのだなぁー、ぐらいにしかまだ思っていなかった。

すると大家が家に来て大停電っていうからビックリ。なんと西はオハイオ州、北はカナダの南地域。テロとは思わなかったが過去にもニューヨークで停電があったので家にいろ、とのこと。その過去の時にはずいぶんと略奪があったらしい。しょうがないので家にいることになったが暑い。クーラーがつかないのだ。

どうしようかと考えてとりあえず明かりのあるうちにシャワーを浴び、簡単な食事をすませる、といってもパンを詰め込んだだけだが。そのうちにテレビもコンピューターも使えないことに気づき、うー、と考えているときに目に入ったのがウォークマン(WALKMAN)。これにラジオが付いていた。

あー、非常にラッキー。停電の時には電池で動くラジオは絶対に必要。このラジオのおかげで今、どのような状況になっているのか、これからどのような事態になろうとしているのか、電気はいつ頃に復帰するのかとか貴重な情報を得ることができたので、苛立つこともなく落ち着いて夜を過ごすことができた。

ラジオで流れてくる情報は悲惨なものもいくつかあった。地下鉄やエレベーターに閉じ込められた人々。ひどい場合は4時間以上経ってもまだ救出されないでいたらしい。病院ではこういうときのために自家発電が備えてある。手術中だったケースもあったが大丈夫だったみたい。

観光客は思わぬ人災に遭ったといっていいだろう。ホテルの部屋へは戻れずに道路で一晩を明かすことになる。そのほか大勢の人が家に帰れずにホームレス状態で一夜を過ごした。そのような不便な目に遭わなかった自分は本当にラッキー。

結局その夜遅くなっても電気はもどることなく仕方がないので寝る。CDウォークマンで音楽を聴くのも近所の真っ暗な中を散歩するのにも飽きていたし。次の朝、7時に起きるがまだ電気の回復は起こっていなかった。仕方がないのでラジオをつける。

朝8時30分。突然電気が戻る。急いでテレビをつけるが何も映らない。おそらくテレビ局のほうではまだ電源の復帰が遅れているのだろう。仕方がないのでコンピューターを立ち上げ、インターネットで情報を得ることにする。こういうときのインターネットも非常に有難かった。他地域がどのような状態なのか知ることもできるし、公共サービスの復旧具合とかも知ることができた。結局ニューヨーク全体が普段の生活に戻れることになったのは土曜日朝からだった。

また一つあまり経験したくない出来事が僕の歴史の中に起こってしまった。今回の停電で学んだこと。電池で動くラジオは絶対に必要。非常事態の時には絶対に必要。それからローソクや懐中電灯。たくさんの飲料水。これらのものは最低限あったほうがいい。それにしても電気のない生活は本当に不便だった。

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