男泣きの最後の打席、新庄剛志

お前泣くな、真っすぐ投げるから

プロ野球の枠を超えて話題を振りまいてきたスター、日本ハムの新庄剛志選手(34)が日本一を花道にユニホームを脱ぐ。日本ハムが44年ぶりに栄冠をつかんだ26日、札幌ドームで真っ先に胴上げされた新庄選手が惜しまれながら現役を引退した。

八回の最後の打席から涙が止まらなかった。

中日の捕手、谷繁元信選手(35)から声をかけられた。「『お前泣くな、真っすぐ投げるから』と言ったように聞こえた。最後は三振か本塁打で終わりたいと思った。17年間の思いをフルスイングで終わりたいと思った」。フルスイングでの3球三振。最後まで「SHINJO」であり続けた。

九回の守りでは、何度も何度も涙をぬぐった。「七回くらいから、オレの所に飛んできたら危なかった。チャンピオンになるというより、この仲間と出来なくなるという気持ちが強くて、ボールが見えなかった」。 ( 読売新聞 – 10 月 26 日 )

新庄剛志選手の最後の打席姿に感動してしまった。こちらも思わずもらい泣き。中日ドラゴンズの捕手、谷繁元信選手の言葉使いがまた憎いね。これは男を泣かせるよ! あんなに嬉しい言葉はないんじゃないかなぁ?

真っ直ぐを投げる心意気は敵ながら新庄選手に “ お疲れ様! ” といっているようで感動した。新庄選手が北海道に来てからのファンへのサービスは日本野球界に新しい風を運んだのではなかろうか?

入団会見の際には「札幌ドームを満員にする」「チームを日本一にする」ことを目標に掲げた。会見時はどちらも絵空事のように思われたがどちらも実現し、 「そんな事できる訳が無い」と一蹴していた評論家たちに目にモノ見せ付ける格好となった(なお、開幕前にファイターズを B クラスと予想していた評論家たち に「これ以降は予想できないね」と皮肉を交えてインタビュアーに応えていた)。また、徹底したパフォーマンスとファンサービスで結果を残すと言う、プロ野球史上類を見ない選手だった。(ウィキペディア参照)

ニューヨーク・メッツで学んだファン・サービス

もちろん、阪神タイガースに在籍していた頃から新庄選手、プロ野球ファンには気を使っていたと思う。しかし、僕はアメリカのあの3年間が大きく新庄選手を成長させたと思っている。そう、あのニューヨーク・メッツに在籍していた3年間である。

以前、新庄選手が日本へ帰国するシーズン・オフにこんなエッセイを書いた。(頑張れ新庄剛志選手!古巣の阪神タイガースは優勝したぞ

ずいぶんと新庄選手を批判する内容のエッセイだが、あの3年間で新庄選手がつかんだものはもしかしたらアメリカ流のファン・サービスだったのかもしれない。

アメリカ流ファン・サービスとはいったいどんなものなのか? それは思うにファンと選手の距離を縮めることだと思う。このことの必要性を新庄選手は痛烈に感じたんじゃないかなぁ、と思うのだ。それが数々の日本へ帰国してからの新庄パフォーマンスへと繋がったのだ。

そのオーバーとも思えるパフォーマンスのせいか利己的な性格と誤解されることが多いが、関係者達によるエピソードとして「入団時に背番号 1 を譲ってもらった阿久根鋼吉に 即座に電話を入れ、了解を得る(阿久根は背番号を 9 に変更)」ということにも現れるように、素顔は他人への気配りを非常に大切にする人間である。

特に日本 ハム移籍後は他人を立てるように配慮を配り、その範疇は選手やコーチは勿論、日頃ファンが目にすることの少ないスタッフ(裏方)にまで目が届いているという。また、自分以外の選手にも目立ってもらいたいという想いも持っており、パフォーマンスの演出プランを提供することも多い。(ウィキペディア参照)

ファンあっての自分の野球選手としての存在価値。あの最後のフルスイングは彼の野球への思い、ファンに対する感謝の思いが詰まっていた。男泣きに泣いた、新庄選手の現役最後のプレーに心から感動させてもらった。お疲れ様でした!!

2004 年 9 月 20 日のダイエー戦は、前日、前々日のストライキのファンへのお詫びとして「おととい、昨日と試合できなくてゴメン Joy 」と試合前のシートノックで森本稀哲坪井智哉石本努島田一輝と 5 人で秘密戦隊ゴレンジャーのパフォーマンスを実施してファンの喝采を浴びた。(アカレンジャー=森本、アオレンジャー=島田、キレンジャー=新庄、モモレンジャー=石本、ミドレンジャー=坪井)。

試合では(日本ハム先発は入来祐作) 4-8 で迎えた 4 回裏に新垣渚からソロホームラン、さらに 9-12 から 3 連打で 12-12 と追いつきなおも二死満塁とした 9 回裏、三瀬幸司の投球をファイターズファンでぎっしり埋まった左翼席に叩き込んだ。しかし一塁を回ったところで喜びのあまり抱きついてきた一塁走者の田中幸雄と 2 人揃って一回転、これが追い越しと判定され新庄はアウトに。

しかし、新庄は一塁に到達していたので記録上は安打となり、既に生還していた三塁走者・奈良原浩の得点のみ認められ、 13-12 とチームは劇的なサヨナラ勝利を収めた(もし、生還前に新庄が田中幸を追い越していたり、本塁と一塁間で追い越していたら、二死だったため得点にならず延長戦に突入していた。

なお、田中幸は奈良原の生還を見届けた上で新庄に抱きついたという)。新庄はアウトとなったにもかかわらず、サヨナラホームランの時と同じようにダイヤモンドを一周し、ホームベースでチームメイトから手荒い祝福を受けた。

このあと、田中幸はホームランをシングルヒットにしてしまったことを真っ先に新庄に謝罪しに来たが、自分の記録よりチームの勝利が大切だった新庄は先輩を気遣い「いいんです、何言ってんですか。勝ったんだから」と笑顔で返した。この試合のヒーローインタビューで、「今日のヒーローは僕じゃありません、みんなです !! 」と発言した。(ウィキペディア参照)

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