フラット化する世界 – トーマス・フリードマン、その2

アラブ・イスラム世界で生まれたアルゴリズム

規律や勤勉さ、知識、偉業、科学的探究、多元性が、かつてのアラブ世界には存在していた。エールグローバル・オンラインの編集者ナヤン・チャンダがいったように、代数(アルジェブラ)もアルゴリズムもアラブ・イスラム世界で生まれた。いずれも語源はアラビア語である。

別の言い方をすれば、「アルゴリズムに頼る部分が多い現代の IT 革命は、アラブ・イスラム文明とその偉大な学問だったバクダッドとアレキサンドリアにその源がある」と、チャンダは指摘する。

二都市は初めてこの概念を編み出し、当時イスラム教国だったスペイン経由で、それがヨーロッパに伝わった。アラブ・イスラム世界の人々は、とてつもなく豊かな文化的伝統と文明を誇り、長い歳月にわたって繁栄とイノベーションを謳歌し、若者たちの鑑となってよい刺激をあたえてきた。近代化に必要な資源はすべて、アラブの文化が内包している。あとはそれを呼び出せばいいだけだ。

古代のバクダット近辺には世界が誇れる文明が存在していたはずだ。強力なアルゴリズムを開発して現在の IT 革命の巨大な存在となりつつある Google の利用率がアラブ・イスラム系の国からのアクセスが非常に少ないことは、なんとも言えない皮肉であろうか?

イラク人もパレスチナ人も本来はとても知性のある民族なのだ。その知性を自分達の社会が豊かになるようにプラスの方向へと転化し、多くのプラスの実を自ら収穫できるようにはならないだろうか?

反啓蒙主義者

残念ながらアラブ・イスラム世界では、独裁的・宗教的な反啓蒙主義者が、近代化に強く抵抗している。だから、世界のこの部分が解放され、ほんとうの力を得たと感じるためには、思想の戦いをくぐりぬけなければならない。しかも、穏健派が勝って初めてそうなる。

一五〇年前、アメリカでも思想をめぐる内戦があった。寛容さ、文化的多元性、人間の尊厳と平等をめぐる戦いだった。

アラブ・イスラム世界のために部外者が精一杯やれるのは、あらゆる方法で進歩派に協力することだ – アラブ・イスラエル紛争の解決、イラクの安定化、多数のアラブ諸国との FTA (自由貿易協定)調印といった努力によって、アメリカがくぐり抜けたような思想の戦いの芽を、アラブ文明のもとで育てなければならない。

それしか方法はない。それをやらなかったら、アラブ・イスラム世界は、巨大な反フラット化勢力になりかねない。この地域の善良な人々の幸せをわれわれは願う。しかし、戦って勝つのは彼ら自身だ。誰も代わりに戦ってやることはできない。

アラーの神もキリストの神も一緒だ。天は自ら助くる者を助く!

イスラム教本来の姿

自己矯正は自己認識と告白から始まる。それをやったうえで、自分たちが歪んだ文化のすっぱいブドウであることを充分に理解し、テロリストとなったわれわれの息子たちを追討しなければならない。

かつてモスクは安息の場であり、宗教は平和と和解の声だった。説教は道義を正し、道徳的な暮らしを温かく指し示すものだった。そこへネオ・イスラム教徒が出現した。

イスラム教はもともと清らかで慈愛に満ちた宗教であり、緊急の必要がない場合には木を切り倒してはいけないとする聖句まである。殺人は最も忌まわしい罪であるとして、一人を殺すのは全人類を殺すのにも等しいと、聖典に明記されている。

それが世界的な民族像悪を告げるものに変えられ、宇宙に鳴響く鬨の声となってしまった・・・テロリズムがイスラムの偉業になってしまい、イスラム教徒の男女が独善的に実行する唯一の商売になっているという恥ずべき事実を認めないかぎり、汚名をすすぐことは不可能だ。

自分の子供を欧米の学校や大学に行かせる一方で、他人の子供を革命的思想家などともとはやして死地に送り込むシークどもと対決しないかぎり、過激派となった若者達を取り戻すことはできない。

イスラム教イコール、テロリズムという認識を多くの人々が抱くようになってしまった。これをきちんとした方向へ正していくのには多大なコストと努力が必要だ。イスラム教と西側諸国はこの先、共存できるのであろうか?

テロリストが利用するオープンソーシングとサプライチェーン

オープンソーシングとサプライチェーンを独創的に使いこなしているやつらが、ほかにもいるのではないか? もちろん、いる。その答えはアルカイーダだ。

アルカイーダは、インフォシスがグローバルな共同作業を使っているのと同じツールを使うすべを実につけている。ただし、製品や利益を生み出すのではなく、暴力や殺人を生み出すために使用している。これはきわめて厄介な問題だ。あるいは、未来だけに目を向けていたいフラットな世界の各国にとって、最も困った地政学的難問かもしれない。

フラットな世界は、残念ながらインフォシスにも、アルカイーダにも開かれている。デル理論は、この裏世界のイスラム・レーニン主義者テロリスト・ネットワークに対しては無力だ。なぜなら、このネットワークは国には関係がないから、指導者に説明責任を果たすよう求める国民はいないし、抑止力になりうる国内ビジネスのロビー団体もない。

この変種グローバル・サプライチェーンは、利益ではなく破壊のために形作られた。投資者はいらない。新兵、寄付者、犠牲者さえいればいい。とはいえ、機動力を持ち、自力で資本調達可能なこの変種サプライチェーンは、フラットな世界が提供する共同作業ツールをすべて使う。

アップローディングを活用して、資金や新兵をつのり、思想を撒き散らし、煽動し、新兵訓練をアウトソーシングし、サプライチェーンを利用して、作戦遂行のためのツールや自爆テロリストを配備する。アメリカ中央軍は、このネットワーク全体を「バーチャル・カリフ王国」と呼んでいる。また、バーチャル・カリフ王国の指導者・革新者は、フォールマートやデルやインフォシスに劣らず、フラットな世界を理解している。

アルカーイダにも開かれているフラットな世界。すべての革命的な進歩がこれからも発明、開発、そして利用される時、同時にアルカーイダの組織にも同じようなアクセスを提供することになる。だからといってこちら側、西側諸国の情報化社会は革命をやめないだろうし、そのスピードは今後、どんどん加速する。

すばらしい技術の進歩が“これで社会がものすごく便利になるぞ”という感情と同時に“アルカーイダの連中もこれを手にすることになったら?”というジレンマはどうにかならないだろうか?

イマジネーションを良い方向へと活かせ

[quote1]

世界をフラットにするやり方は二つある。

一つはイマジネーションを使って、他人を同じレベルまで引き上げるというものだ。もう一つは、イマジネーションを使って、他人を同じレベルまで引きずり落とすというものだ。

デビット・ニールマンは、楽観的なイマジネーションと、フラットな世界の簡単に利用できるテクノロジーを使って人々を引き上げた。想像もしていなかったような新航空会社を立ち上げて成功させ、利益の一部を従業員の災害救援基金にふりむけた。

ウサマ・ビン・ラディンとその弟子たちは、歪んだイマジネーションと、同じフラットな世界のツールを使い、奇襲攻撃を仕掛けて、アメリカの力の象徴であるツインタワーを自分達のレベルに引き落とした。さらに恐ろしいのは、宗教の名を借りて、資金をつのり、この大惨事をもたらしたことだ。

「グローバリゼーションという原始の沼から、二種類の遺伝子が生まれた」インフォシスのナンダン・ニレカニ CEO はいう – 一つはアルカイーダであり、もう一つはインフォシスやジェットブルーだ。「だから、われわれは、良い突然変異種を増やし、悪い突然変異種を駆逐する努力をしなければならない」

大賛成だ。この地球が破壊されてしまわないために、心してそういう努力をすることが、最も重要であるかもしれない。

良い突然変異は資本主義の社会では容易に加速していくものと思われる。問題はいかにして、というかこちら側で利用されているような良い突然変異にもたらした技術的革命を悪い突然変異を駆逐するために利用できないか? ということだと思う。

ナスダックに上場したアラメックスというアラブ企業

「一つの好例は1000の理論に匹敵する」まさに真実だと思う。前にも述べたように、どうしても変わらなければならないときでないと、人間は変わろうとしない。自分に似た他人が変わって、繁栄しているのを見たときも変わる。

あるいは、マンデルバームが指摘するように、「人間は人に教えられるのではなく、自分の目で確かめた結果として変わる」のである。ことに、自分に似たものがいい暮らしをしているのを見たようなときに。

世界クラスのビジネスに発展して、ナスダックに上場したアラメックスというアラブ企業があることを、先に述べた。アメリカ人が全員、アップルやマイクロソフトやデルの成功物語を知っているのと同じように、ヨルダン人も含めたアラブ人はすべて、アラメックスの成功物語を知り、自慢に思うべきだろう。

それが1000の理論に匹敵する一つの例だ。アラメックスは、自分で自分の能力を高め、アラブ人の優秀な頭脳と起業家精神によって経営し、世界という舞台で成功し、社員を富ませるアラブ企業の立派な手本になる。

中略・・・

アルカイーダにインド人イスラム教徒がいないのが偶然ではないように、アラメックスの社員3000人が、自爆テロの爆弾ではなく、経済を成長させ、アラブの人々を繁栄させる荷物を運んでいるのも、偶然ではない。

この好例のように一つが二つになり、二つが四つになり、という具合に地道にしかし着実にプラスの好例を作り上げてゆくことができれば、もしかしたらアラブ・イスラム系の人々の中に希望を持てる雰囲気が形成されるかもしれない。いや、形成されるべきであろう。

人間は希望と絶望から危険を冒す。希望から危険を冒すことは現在よりも未来のすばらしい境遇を期待してのことであり、自ら作り出すことを信じていることから生まれる。破壊してゆく行為とはまるっきり違うのだ。

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