強い横綱を目指します!
横綱朝青龍との千秋楽の試合はすごかった。
両者がっぷりと組み合い、力勝負となった大相撲は白鵬の上手出し投げという形で勝負が決まった。これで全取り組み勝ち、15勝という成績を収め文句なしの横綱昇進となる模様。いやー、嬉しいねぇ。
去年の初めての綱とりでは失敗し1 、その後怪我2 などで苦しんだところもあるだろう。それが今糧となって十分な経験と技量をまた積むことになり、今回3回目の優勝という ことになった。全勝というのが一番嬉しいんじゃないかなぁ?
それにしても若者の真っ直ぐな目というのは見ていてホント、気持ちがいいね。優勝インタビューの時の真摯な姿勢で一生懸命答えている場面では目頭が熱くなってしまった。
「強い横綱を目指します!」
東西両横綱の誕生
うー、いいねぇ。22歳と2ヶ月の横綱誕生。(ほぼ確定!)3大きな壁だった横綱朝青龍を倒しての優勝だから本人も手ごたえをつかんでいるに違いない、“ オレならきっとできる、努力すれば必ず結果を出してみせる ”、と。男がこのように自分を信じて自信をもって何かをやっているときってホント、すごいから。
いやー、ほんと白鵬の横綱昇進は嬉しい。これで来場所から東西両横綱の誕生、22場所ぶり。平成14年秋場所の貴乃花、武蔵丸依頼の両横綱による千秋楽決戦というのが見れるかもしれないのだ。4
一人横綱として相撲界の地位を守り続けてきた朝青龍
それ以来だから朝青龍がその間、21ヶ月もずーーーと一人横綱として相撲界の地位を守り続けてきた。これはえらいことだよ。あんまり朝青龍のこと、好きではない人が多いことも知っているが僕は朝青龍のこういう人には決してわからない責任の重みやいろいろな感情を我慢してまで横綱としての振る舞いをしようとしている(彼はモンゴル人だからね)ところを買っているのだ。
日本人の国技である相撲の慣わしに積極的に取り組めない場面もあることであろう。時にはモンゴル人というプライドを捨てなくてはいけない場面とか。それをこらえて大人になってきた横綱朝青龍の気持ちを理解してあげたいのだ。
今回の千秋楽の取り組みも横綱らしく堂々と白鵬の立会いを受け止め、真っ向から力勝負に挑んでいた姿勢はさすがである。白鵬のお父さん、ムンフバトさんの横綱としての心構えの言葉が的を得ていて鋭い。
「私は3回優勝して横綱になった。息子も3回の優勝で横綱になる。長い間頑張った。横綱(朝青龍)を倒して横綱になる。横綱の立場に感謝して、ファンに感謝して相撲を取りなさい」
勝負の世界とは言え、後輩力士それも同郷の力士となれば嬉しいに違いない。来場所は朝青龍の巻き返しに期待している。
家族の存在が力に
話を元に戻そう! 今場所を振り返ってみると白鵬の取り組みは全体的に落ち着いていた。慌てることがなく、急いで勝ちに行かないというか、一番一番を大事に取っている感じがしたのだ。
押し込まれる場面でも落ち着いて土俵真中まで持ち返し、勝負を焦らない姿勢がどこか “ 落ち着いて取れれば自分は負けないんだ ” というような相撲を感じた。
それともう一つは場所前に生まれた女の子の存在が大きいだろうなぁ。これはすごいパワーを与えてくれるでしょう。
そういえば支度部屋にきていた奥さんと赤ちゃんの姿をNHKの中継で見ることができた。奥さん綺麗な人だね。白鵬のご両親も嬉しいことだろう。
さぁ、後は日本人力士からの横綱を待つばかり。どの力士が成長してくるのか? 白鵬は若者の中からぐーんと成長してきた力士である。強い横綱も元は普通の力士からものすごい努力をして這い上がってきたのだ。
同じ人間である。強い日本人力士の成長にも期待したい。来場所、白鵬の土俵入りは不知火型5 で行くそうだ。
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[ Refer To Wikipedia, etc]- 2006 年 7 月場所、初の綱獲り場所初日朝赤龍、 9 日目に雅山に敗れたが、その後順調に勝ち星を積み重ね、千秋楽ではここまで全勝の朝青龍に土をつけ13 勝 2 敗で場所を終えた。横綱昇進が有力視されたが日本相撲協会の放駒審判部長は、朝青龍の独走を許したという理由で、理事会の召集も横綱審議委員会への諮問も行わず、横綱推挙は見送られた。番付上、東横綱・朝青龍と東大関・白鵬との対戦が組まれるのは千秋楽であるため、そこまで優勝争いがもつれなかったという意味で「独走を許した」という表現となった。 14 日目の時点では横綱が 14 勝 0 敗で優勝決定、白鵬が 12 勝 2 敗。ウィキペディア参照 [↩]
- 翌 9 月場所で再び綱獲りを目指したものの、初日に稀勢の里に敗れ、その際右膝を負傷。 12 日目でようやく勝ち越すが、その後千秋楽まで連敗。 8 勝 7 敗で横綱への挑戦は白紙に戻った。翌 11 月場所は、場所直前の 11 月 1 日稽古場のある公園内の階段でトレーニング中つまずき、左足親指を怪我、翌日、左母趾基節骨遠位端骨折と診断され福岡市内の病院で手術(ボルトを入れ4針縫う)し入院。 9 日に抜糸し退院したが、同日宮城野親方が会見を開き、怪我の回復を優先させる事から休場を発表、初の全休となった。ウィキペディア参照 [↩]
- 北の海(21歳2ヶ月、大鵬(21歳3ヶ月)に続いて史上3番目。貴乃花が22歳3ヶ月、朝青龍が22歳4ヶ月。 [↩]
- 平成15年春場所から武蔵丸と東西で横綱を張ったが、武蔵丸が休場を続けた後に同年九州場所の9日目に引退したため、結びの一番での横綱戦は経験がない。 千秋楽結びで両横綱が対戦するのは14年秋場所の武蔵丸-貴乃花以来。それだけに、大相撲の看板取組である横綱決戦に向けて強い意欲をみせた。サンスポ記事参照 [↩]
- せり上がるときに両手を伸ばす。攻撃型といわれている。この型を選んだ横綱で、過去に太刀山峯右エ門と羽黒山政司は横綱として長く活躍したものの、吉葉山潤之輔(第 43 代)以降は短命に終わることが続いたためか不人気で、今昔関係な くあまり見られない。琴櫻傑將と隆の里俊英は横綱昇進当時既に 30 歳を過ぎていたためか、あえて不知火型を選んだとされる(もっとも、三重ノ海剛司のように雲龍型を選んでいながら短命に終わった横綱もいる)。ちなみに羽 黒山以降の不知火型横綱はいずれも二所ノ関一門か立浪一門の部屋所属である(太刀山も現在立浪一門の友綱部屋出身)。平成以降に誕生した横綱では旭富士正也、若乃花 勝が不知火型。 ウィキペディア参照 [↩]




