橋下徹大阪府知事がどういった主旨で図書館は残すといっているのか定かではないが、基本的に僕は図書館を公共施設として残す、という考えには賛同である。
本音のところでは、もっと図書館を日本中に増やして欲しいというのが切なる願いであるが、では図書館が本来社会に与えるであろう役割とはなんであろうか? ここでアメリカの大学の例を持ち出したい。
図書館24時間オープン
まずアメリカの大学内の図書館の閉店時間、夜中の12 時といったら早いほうであろうか。夜中の2 時閉館というのは当たり前の感があるし、 24 時間というところもあり、その存在自体は珍しいことではない。田舎の方の州立や、私立ともなると図書館は 24 時間開いているのが日常といえよう。
そして当たり前だが、普通に夜 12 時、夜中の 2 時と最後まで居残って勉学に励んでいる学生も存在するし、実際自分も留学したての頃はそうしていた。
大学の寮と授業のクラスと図書館というのが僕の行動範囲で、ほんとあの頃が一番よく勉強したと思うし、その感覚が今でも自分の中に残っていて、いつでもあのような感覚、知的向上心が刺激されている毎日に戻れるという自信みたいなものがあることは嬉しい。
やっぱり人間って環境が大事なんだよね。自分が勉学のための姿勢に入れるように自然とリセットしてくれる。大学構内の図書館とはそのような存在であった。
夜7時以降に生徒が集まってくる環境
僕がいいなぁ、とおもうのは大学も夜間授業がとても盛んで、夜午後 7 時ぐらいから続々と生徒が集まってくる。大学校舎内ではフルタイムの学生の他に、昼間仕事をしていて、夜間の授業を受けに来る大人たちでいっぱいになるのだ。
そして大体 9 時ぐらいにどの授業も終了して、そこから帰宅するものもいれば校内の図書館へと直行するものもいる。
もちろん、これなどは大学の図書館が夜遅くまで開いているという事実がそうさせているのであり、 12 時まで開いていたならば 9 時の授業が終わった時点から 3 時間も勉強できるし、夜中の 2 時ならば 5 時間も勉強できる環境が整っているのだ。
勉強に集中できる環境が整っているというか、なにかと誘惑が多い世の中の営みからある程度自分の勉強時間、環境をそれらから隔離できる場所を社会が提供している感がある。これはすごーくいいことだと思うんだけど、いかがであろうか?
日本では夜中遅くまで開いている図書館を運営することは、不可能なことなのであろうか? 今こそ、日本の社会は勉強ができる、自己研鑽ができる環境を提供すべきである。これが実現するならば、さまざまなメリットを社会は受け取ることができるではないだろうか?
自分を確立せよ!
午後 7 時ごろから始まるくだらない日本のテレビ番組を見る必要などなくなるであろうし。大人たちが積極的に自分たちが勉強している姿勢みせることができれば、子供たちはその姿を見て、自然と勉学をするようになるに違いない。
ドメスティク・バイオレンスで苦しんでいる子供たち、学校のいじめで苦しんでいる子供たち、専門的な学問についていろいろと知りたがっている子供たちよ。図書館へと逃亡してくるがよい!
そこには君たちを今の惨めな環境から、自由にどこへでも飛び出していける実力をつけるための叡智が用意されているのだ。まじめに勉強している大人たちはいないかい? これらの大人たちに、知的な刺激を求めるがいい!自分の人生は自分で確保することが可能なんだ、ということがすべての子供たちに感じることができるならば、日本にも未来はある。
一生懸命と自分を向上させるために頑張っている姿に嫉妬する大人たちなんて、気にする必要なんかないぞ。自分たちと同じ目線内にとどまらせようとする様々な攻撃や罠から自分を知的に守らないと、自由は手に入らない!
夜遅くまで開いている図書館は、そのような機能を持つことが可能であるし、そのような子供たちが集まる場所があったらどんなに彼らは救われるであろうか?
そこで見る、必死で自分磨きをしている大人たちをみて、きっと彼らも自分たちの将来について希望を持てるに違いないし、自分たちも自発的にやるぞというような感情もうまれやしないだろうか?
誰もが挑戦できる社会
ヒラリー・クリントンが言っている社会の誰もが挑戦できるようにしようと、というのはまずそのような環境を社会が提供していかないと。そこからは、意志さえあれば人間は自発的に行動できるというのを信じて、長い時間コミットしていくしかない。夢中で打ち込める環境があれば、それは社会が人々に与えることができるすばらしいモチベーションになると思うのだが・・・
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