女子ウィンブルドンテニス決勝2008

2008 年ウィンブルドンにおいて、セリーナとビーナスは 5 年ぶりに「 4 大大会の姉妹対決決勝」を復活させた。セリーナはこの大会の第 6 シードとして、準々決勝でアニエスカ・ラドワンスカ(ポーランド)、準決勝で鄭潔( 中国 )を破って勝ち進んだ。

決勝戦では姉のビーナスに 5-7, 4-6 のストレートで敗れ、 2007 年全豪オープン以来の 4 大大会シングルス優勝を逃した。これで姉妹対決の決勝戦は、妹セリーナの「 5 勝 2 敗」となった。姉ビーナスの勝利は 2001 年全米オープン以来となる。

セリーナ・ウィリアムズは姉のビーナスとともに、女子テニス界にパワーテニスを持ち込んだ選手であると言われる。彼女たちのショットを見て “ 女子テニスの中に男子が混じっているようだ ” と評されたことさえあったほどである。

特に、サービスのスピードは男子選手並みである。とはいえ、姉妹でダブルスでのキャリア・グランドスラムを達成したことからも分かるように、パワー一辺倒のプレーではなく、様々なショットをバランス良くこなし、その中で強打を生かすというプレーが見られる。(ウィキペディア参照 - セリーナ・ウィリアムズ

期待していたアナ・イワノビッチマリア・シャラポワもあっけなく敗退して、気がついてみるとウィリアムズ姉妹の決勝ということでたいした興味も湧かなかった。

決勝戦を見てみる限り二人のどこが強いのかわからない。黒人独特の運動神経から繰り出すスタミナやパワーショットに粘り強い精神力を兼ね備えているのはわかるが、どうしても二人のテニススタイルに感動できないのだ。

ビーナス・ウィリアムズ( Venus Williams, 1980 年 6 月 17 日 - )は、アメリカ・ カリフォルニア州リンウッド出身の女子プロテニス選手。 5 人姉妹の 4 女として生まれる。 1994 年 10 月、同じ年のマルチナ・ヒンギスと同時期に 14 歳でプロ転向。しかし学業を優先する父親リチャードの教育方針により、最初の 2 年間は出場試合数を絞っていた。

1997 年 3 月から WTA ツアーに本格参戦を開始。同年の全仏オープンで 4 大大会にデビューする( 1 回戦の相手は日本の沢松奈生子選手であった)。 1997 年 の全米オープンで、世界ランキング 66 位のノーシードから決勝進出。ヒンギスに 0-6, 4-6 で完敗したが、黒人少女の登場は強烈な印象を与えた。

この頃から妹のセリーナとともに、黒人スポーツ選手として “ テニス版タイガー・ウッズ” を目標にしてきた。(ウィキペディア参照 - ヴィーナス・ウィリアムズ

姉ヴィーナスのコメント。妹を気遣うお姉ちゃんんらしいコメントだ。

I think the downside about having a sister on tour is she is just as good as you are. If she is that good, you have to figure out a way to beat her. That is the only down side of it.

こちらのコメントはセリーナのものだが妹らしさがでている。どちらかというとセリーナのほうが攻撃的だと思う。

I am going to sabotage her. Eat all breakfast so she doesn’t … I am going to eat all the wheaties, so she doesn’t have a chance.

今回目を惹いたのが準決勝でウィリアムズと対戦して惜しくも負けた鄭潔という選手。彼女は準決勝にたどり着くまでに強豪を打ちのめしてきた。彼女のストロークを見たがなるほど、足も速いしバックハンドもサーブも互角に戦いえる要素を供えていると思った。どうして彼女がここへきていきなり勝ち続けるようになったのだろうか?

中国人の不思議なところというか中華思想の影響からか、ウィンブルドンよりも中国で同じ時期に行われる大会のほうを重視して参加していたらしい。ウィンブルドンに参加するようになったのもここ最近のことで、漸く世界標準にあわせるようになったのか、それとも賞金額の多さに食らいついたのかどちらだろう? 彼女が偉いなぁというか応援したくなった理由は他にもある。

四川省成都出身の彼女は先の四川大地震での復興を手助けするために全仏オープンで得た賞金をほとんどの額寄付。今回のウィンブルドンで得た賞金のほとんども寄付するつもりだと知った。

自分が活躍することで故郷の人々に希望を、笑顔を与えたいという気持ちから一日でも長くウィンブルドンでプレーすることが今の私にできること、というようなコメントを語ったらしい。今後の彼女の試合は全部見るぞ!

(写真提供 – The Official Web Site Wimbledon 2008

鄭 潔鄭 潔 (チェン・ジェ、 ピン音 表記: Zheng Jie, 1983 年 7 月 5 日 - )は、 中華人民共和国 ・ 四川省成都出身の女子プロテニス選手。

同僚の晏紫とペアを組んで、 2006 年 の全豪オープンとウィンブルドン女子ダブルスで優勝を飾り、中国のテニス選手として最初の4 大大会優勝者に輝いた。

シングルスでも 2008 年 にウィンブルドンの準決勝進出者となり、単複ともに中国人女性の最高記録を樹立した人である。

WTA ツアーでは、ダブルスで 4 大大会 2 勝を含む 11 勝を挙げ、シングルスでも 3 勝がある。自己最高ランキングはシングルス 27 位、ダブルス 3 位。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。身長 164cm 、体重 57kg 。

2008 年ウィンブルドンにおいて、鄭潔は中国女子選手として史上初のベスト 4 に進出し、 2 年前の李娜のベスト 8 を上回る成績を出した。

3 回戦で第 1 シードの アナ・イワノビッチ(セルビア)を 6-1, 6-4 で破る勝利で波に乗り、 4 回戦でアグネス・サバイ( ハンガリー )、準々決勝で ニコル・バイディソワ( チェコ )に勝ち、シングルスでも同国の最高記録を更新した。

準決勝では第 6 シードのセリーナ・ウィリアムズに 2-6, 6-7 で惜敗した。アジア人女性のウィンブルドン準決勝進出も、 1996 年 の伊達公子以来 12 年ぶりの快挙だった。(ウィキペディア参照 - 鄭潔 )

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