Book Review, Myself - Written by B-KOOL on 月曜日, 7月 7, 2008 21:11 -
約束 – 石田衣良
この小説家が上手いなぁ、と思うのは社会現象の中で起こっている様々な出来事、人々の生活とどこかで接点を持つようなトピックを題材にしている。
ここを上手く描くことによって物語の中へ読者を引きずりこんでいく。僕が印象に残った作品をあげるならば、「約束」と「青いエグジット」である。一つは 附属池田小事件の被害者の子どもたちにエールを送る作品になっており、もう一つはひきこもりの少年とその家族の葛藤を描いた作品。
自分の代わりに、身代わりになって殺されていった子どもたち。運命のタイミングというやつでたまたまその場所に居合わせたために殺されてしまった子どもたち。
生き残った子どもたちが抱え込んでいる、大人の側からはとても想像できないほどの心理的影響を知ったとき、驚いたというよりも自分を責めてしまう子どもの一側面を見たような気がして、こんなに苦しんで可哀想に、となんだかやりきれなくなった。
自分を責めることに疲れた少年が選んだ道は自殺。しかし、自分の代わりに犠牲になった少年に自分が果たせなかった希望を託されて、生き続ける約束をする。これがこの少年を救うことに、という展開は架空のお話であれ信じることができた。
約束
「カンタは幼稚園のことを覚えているかな。ぼくたちは身体もちいさかったし、結構いじめられたろ。ぼくが今みたいになったのは小学校にはいってからだ。なぜか知らないけど、急に成績がよくなって、思うとおりに身体が動くようになって、学級委員にも選ばれるようになった。でも自分ではいつも不安だったんだ。いつ昔みたいにもどるんだろうって。こんなに調子がいいことがいつまでも続くはずない。だからいつもカンタのそばにいたんだよ。カンタを見ていて思った。
たとえ自分がぜんぜん冴えなくなっても、そんなに悪くないって。すこしだけ友達がいて、パパやママがいて、風が吹いて、夏がきて、ボロっちくてものり慣れた自転車があって・・・冴えなくてつまらない人生でも、いきているのはぜんぜん悪くない。みんなが離れていっても、カンタは残っていてくれる。そうしたら、ふたりで遊んで大人になればいいやって、いつも思っていた」
カンタはもうヨウジの声しかきこえなかった。つぎからつぎに涙が湧いてきてまえが見えなかったのだ。ヨウジが死んでからこんなに泣いたのは初めてだった。
「でも、そんなことはもうできないんだ。カンタの人生だから、ぼくはカンタが自由にすればいいと思う。きっとこっちでふたりで遊ぶのも楽しいよ。だけど、ぼくはカンタに僕の夢をかなえてほしい」
カンタは必死でうなずいた。ヨウジの夢ならなにをしてもかなえてやりたかった。
「どうすればいいの、生き返ったりできる秘密のカードかなにかがあるの」
冴えなくてつまらない人生でも、いきているのはぜんぜん悪くないヨウジは声をだして笑った。
「そんな都合のいいカードはないよ。僕の夢はもう話した。冴えなくても、なんでもいいからカンタにこれからたくさんのものを見て、経験して、大人になってほしい。それでいつまでも僕を忘れないでいてほしい。カンタが今みたいに、心から死んでしまった誰かのことを思うとき、その誰かはこの世界とつながることが出来るんだ。カンタがぼくのことを思って新しい風景を見れば、カンタの目はぼくの目と同じになる。その景色をぼくも見ることができるんだよ。
カンタがいきたままぼくになるなんてただの夢だけど、ぼくはカンタの一部になれるんだ。ふたりでいっしょに、もっともっと生きよう。世界の果てまでいって、最後の力の一滴がかれるまで生きよう。ぼくはカンタといつもいっしょにいる。カンタには自分自身とぼくのために生きてほしい。ぼくはカンタともっと生きたいよ」
カンタはもう我慢できなかった。声をあげて幼なじみに駆け寄り、全身をぶつけるように抱きしめた。耳元でヨウジの泣き声がきこえる。カンタは何度も繰り返した。
「わかった、わかったから、ヨウジはもう泣かないで」
そのままカンタは意識を失い、その場に倒れこんだ。そこはあの事件の日、ヨウジに突き飛ばされて倒れたのと同じ場所だった。カンタは背を丸めて横倒しになり、苦しい呼吸をした。だが、涙に濡れたまつげのした、口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。(約束)
青いエグジット
もう一つのひきこもりの家族の物語。自己嫌悪に陥った少年は自分の身近な存在の両親に当たることで、自分自身と正面から向き合うことを避けている。
それでもすごいなぁと思ったのはその少年の父親で、自分の息子からのすべての八つ当たりを受け入れているところ。決して投げ出さない。まるで自分の少年がこのように引きこもってしまったのは、自分も社会の中で味わっている今の日本社会の閉塞感の犠牲者だ、と理解しているようでここが大人の行動力というか責任感である。
ひきこもりになっている人たちやその予備軍のひとたちは、自ら自分の生活範囲の外へ這い出していかない限り救われないのではないか?
視野を広げること、これに尽きると思う。外の世界にはまだ自分が知らない世界が広がっていることに興奮を覚えることができるか? その興奮に出会う前に社会のいろいろなエネルギーに打ちのめされて、自分が傷つきなくないから引きこもってしまう。
自分の弱点を他人の中に見つけるとき、自分の中から湧き上がる攻撃性を抑えることが出来ずに他人に当たってしまうのだろう。自尊心の向上が必要なんだけど、一人であがいていても自分の周りに自分と同じように少しでも上を目指して毎日を生きている人がいることを感じれないと、そこであきらめちゃうのかもしれない。
日本社会に数多く存在するため息ばかりの大人たち。自分のことばかり考えやがって、といいたくなるのもわかるがその大多数の大人たちも毎日をギリギリの状態で生きるので精一杯なのだ。
「あれは事故なんかじゃなかった。あの日新宿の西口で買い物をした帰り、突然ぼくなんか生きていてもしかたないと思ったんだ。あれくらいの外出で歩道でしゃがみこんじゃうくらい疲れちゃうし、また次に外の世界を見るまでに3年かかるのかなあって。はっきりとは覚えていないけど、新宿駅のホームで倒れたのは誰かに押されたからじゃなく、自分で倒れたんだと思う。疲れた、もう終わりにしたいって」
真由子は涙を流していたが、謙太郎は無表情に清人を見つめるだけだった。清人は病院で意識を回復すると、混雑したホームで誰かとぶつかり足を滑らせたと言い張った。何人かいた目撃者の証言もあやふやで、結局それは自殺未遂ではなく、事故ということで最終的には処理されていた。清人はなにかを吐き戻すようにいった。
「それでも左足をなくしただけでまだ生きていた。どこまでついていないのかって思った。ぼくはだめな人間で、まともに死ぬことさえできなかった。生きていて良かったと思ったことは、この4年間一度もなかったよ」
謙太郎は清人のてのひらの白い貝を取った。ひとつ真由子にわたしてやる。笹岡は講習生に休憩を告げたようだ。生徒たちはフィンから滴を垂らして、塩水を流すシャワーにむかった。謙太郎はいった。
「どうして、おみやげなんか拾おうって思ったんだ」
清人は濡れた髪をかきあげて、灰色に揺れる海を見た。
「笹岡さんのいうとおりだった。海のなかは素晴らしくきれいだったよ。そうしたら、これを見ることができないとうさんとかあさんの顔が浮かんだ。見せてあげることができないなら、なにかおみやげをもっていこうって。なにかないか、ぼくは海の底で探しまわった。だけど、そんな貝しかなかったんだ」
誰もが夢中になる最初のダイビングで、この子はわたしたちのことを思い、懸命に海底を探ってくれた。謙太郎はその気持ちだけで十分だった。だが、感情をなんとか押し殺す。清人は19歳になっても、むきだしの感情を怖がるこどもだった。(青いエグジット)
目次
約束
青いエグジット
天国のベル
冬のライダー
夕日へ続く道
ひとり桜
ハートストーン
「おれは兄ちゃんがどうしてひとりで公園にいるのかは、わからねえ。だけどな、ときには自分を折ることも大事だぞ。毎日すこしずつ負けておく。そうしておくと、最悪の事態はなんとか避けられるもんだ」(夕日へ続く道)
「でもね、ほんとうにきれいなものが写真には写らないのが、わたしはいいことだなって思う」(ひとり桜)
「信じられる? ぼくに2週間で友達ができたんだ。自分で外に行くのっておもしろいね。この4年間友達どころか、顔見知りだってひとりもできなかったのにさ」
そうかと無表情なまま謙太郎はこたえた。海のなかにはどこかにつうじる青い出口があるのか。謙太郎はぼそりと清人にいった。
「海のなかって、そんなにいいのか」
清人はうなずいて、潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。
「うん、すごいよ。それにほんとうに片足でもほかの人とおなじように動けるんだ」
謙太郎は思い切っていった。
「そうか、それじゃわたしもちょっとやってみるかな」
清人が叫ぶようにいった。
「とうさんがダイビングをやるの」
謙太郎の顔は能面のように動かない。にこりともせずに愉快そうに笑う息子にいった。
「そうだ。もう一回ローンを組んで、来週から始める。エントリーでいつまでも笹岡さんに迷惑はかけられないからな」
清人は得意の憎まれ口をたたいた。
「やるじゃん、会社を首になりそうになってる割にはさ」
それにほんとうに片足でもほかの人とおなじように動けるんだ「清人」
真由子が叱ったが、謙太郎は相手にしなかった。来週から始めたって、すぐに息子には追いついてみせる。すでに謙太郎の頭のなかにはダイビングの基礎知識がひととおり詰め込まれているのだ。
謙太郎はそのなかのひとつの専門用語を思い出していた。それはバディという言葉である。ともにダイビングをする仲間のことで、海中では文字どおり信頼しあって、命を預けあうことになるパートナーだった。どちらか一方のエアが足りなくなれば、なにより大切な空気さえ分け合うのだ。
いつか自分は清人のほんもののバディになれるのだろうか。互いに助け合いながら、海のなかにあるという青い出口を抜けられる日がやってくるのだろうか。謙太郎は親指の先ほどのちいさな白い巻貝を見た。それが目のなかで揺れて落ちそうになったので、あわてて手を後ろにつき、空を見上げる。目に涙がいっぱいにたまっても、謙太郎の無表情は崩れることがなかった。(青いエグジット)
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