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	<title>eBigBridge.com &#187; あの人この人 - </title>
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	<description>Kazuhiro Ohashi Official Weblog</description>
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		<title>マイケル、皆ありがとうって言っているよ！</title>
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		<pubDate>Thu, 02 Jul 2009 09:39:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>B-KOOL</dc:creator>
				<category><![CDATA[What's up, Japan?]]></category>
		<category><![CDATA[あの人この人]]></category>
		<category><![CDATA[マイケル・ジャクソン]]></category>

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		<description><![CDATA[先週の木曜日に急死してしまったマイケル・ジャクソン。本当に驚いた！　というよりまさかこんな形でいなくなってしまうとは想像していなかった。 もしかしたらマイケルのことだから、冷凍タイムカプセルに入って永眠、５０年後に蘇生す [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="float:right; margin:0 0 10px 15px; width:240px;">
		<img src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/07/PICT0010.jpg" width="240" />
		</p><p>先週の木曜日に急死してしまった<a title="マイケル・ジャクソン" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%B3">マイケル・ジャクソン</a>。本当に驚いた！　というよりまさかこんな形でいなくなってしまうとは想像していなかった。</p>
<p>もしかしたらマイケルのことだから、冷凍タイムカプセルに入って永眠、５０年後に蘇生するように設定したとか、宇宙の軌道に自分自身が入った真空タイムカプセルを飛ばして永眠、５０年後ぐらいに再び地球へ落下するようにして、その時点で蘇生というシナリオもあり得なくないだろうなぁ、という気はしていた。</p>
<p>まぁ、これなんかはマイケルの４０歳以降の印象がどこか理解に苦しむマイケルの言動によるものであり、現実にいざ死去、となってみて初めてあぁ、やっぱりマイケルは俺たちと同じ人間だったんだなぁ、と安心したりする。</p>
<p>このようにして書くと誤解を生むかもしれないが、本当にあの<a title="スリラー (アルバム)" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%A9%E3%83%BC_(%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%A0)">スリラー</a>が出た当時のマイケル・ジャクソンはかっこよかった。</p>
<p>あれは僕が１４歳、中学３年生の頃である。当時、フジテレビが土曜日の深夜に放送していた「<a title="オールナイトフジ" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%B8">オールナイトフジ</a> 」という番組でスリラーがはじめて流されたのを観たんだけど、夜中、一人で観ているということもあり、まだ中学３年生でおばけが怖かった僕は恥ずかしい話、最後まで観ることができなかった。</p>
<div class="woo-sc-quote"><p></p></div>
<p>その後は「<a title="ベストヒットUSA" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%88USA">ベストヒットUSA</a> 」という番組でも大きく取り扱われて、何回も目にするようになったんだけど、あのダンスは凄いよねぇ。僕はアメリカに来てから、スリラーのメーキングビデオをスーパーで安かったから購入したんだけど、いろいろなことがあのスリラーから始まったといってもいいぐらい、たくさんのエッセンスが詰まっていた。</p>
<p>まずはやっぱり本格的なエンターテイナーの登場だろう。歌を唄える歌手はいたけれど、そこに踊りをつけて“魅せる”というエンターテイメントの要素を取り入れたのはマイケル・ジャクソンが最初じゃないかなぁ？　その前にも唄って踊れる人はいたけれど、そのぉ、集団で踊るというアイデア、これはマイケルが最初だと思う。<a title="ジャクソン5" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%B35">ジャクソン5</a>の影響が大きいね！</p>
<p>そして当時アメリカでは「MTV」という音楽番組が始まり、本格的なビデオプロモーションを取り入れたのもマイケルが最初だと思う。あのようなストーリーの展開が作品に表れるビデオではなくて、単にアーティストが歌っている映像が含まれているだけ、というのが主流だった。</p>
<p>特殊メイクとかもそうかなぁ。スリラーの中でマイケルが狼に変身していく姿の技術は当時としては最先端を走っていたものだと思う。</p>
<p><img style="margin: 10px;" title="Michael Jackson at Apollo Theater" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/07/PICT0005-225x300.jpg" alt="Michael Jackson at Apollo Theater" width="225" height="300" align="right" />マイケル・ジャクソンとか<a title="マドンナ (歌手)" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%89%E3%83%B3%E3%83%8A_(%E6%AD%8C%E6%89%8B)">マドンナ (歌手)</a>という８０年代の存在感は、それまで<a title="ザ・ビートルズ" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%BA">ザ・ビートルズ</a>とか<a title="ローリング・ストーンズ" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BA">ローリング・ストーンズ</a>というグループサウンド的な７０年代から８０年代のアメリカンポップスという大きな影響力をもって世界中を一世風靡したことなんだよ。</p>
<p>僕は中学生の頃、洋楽に凝った時期があったから、リアルにマイケル・ジャクソンの「<a title="今夜はビート・イット" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E5%A4%9C%E3%81%AF%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%83%E3%83%88">今夜はビート・イット</a> 」とか「<a title="ビリー・ジーン" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%B3">ビリー・ジーン</a> 」は本当にかっこよかった！</p>
<p>ここでの巨大な成功がもしかしたらマイケルに巨額な富と一緒にさまざまなものまでも引き付けちゃったのかもしれないね、今思うと。</p>
<p>マイケルもチャンピオンズ・シンドロームじゃないけど、あのスリラーでの成功と同じような感覚を得ようと必死に、ときには突っ走り、ときにはもがきながら、世界にアピールをし続けていた。</p>
<p>１９８５年に話題になった「<a title="ウィ・アー・ザ・ワールド" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89">ウィ・アー・ザ・ワールド</a> 」の時のマイケルはまだ肌の色が黒かったけど、鼻が明らかに変形していたよね。その前に共演した<a title="ポール・マッカートニー" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%8B%E3%83%BC">ポール・マッカートニー</a>とリリースした「<a title="セイ・セイ・セイ" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%82%A4">Say Say Say</a> 」ではまだチャーミングなマイケルだったのに！</p>
<p>その後はご存知の通り段々肌の色が白くなっていくんだけど、それでもマイケルが発表する作品はどれも話題を呼んでいた。</p>
<p>ウィキペディアに<a title="マイケル・ジャクソンの外観" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%A4%96%E8%A6%B3">マイケル・ジャクソンの外観</a>ということで詳しく掲載されているんだけど、肌が白くなり始めたのは<a title="尋常性白斑" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8B%E5%B8%B8%E6%80%A7%E7%99%BD%E6%96%91">尋常性白斑</a>という病気のためであり、整形をし始めたきっかけは１９７９年、ステージの床に鼻をぶつけ骨折するという事故のために手術せざるを得ない状況だったとのこと。メディアとかによる変人扱いでネガティブなイメージを抱えちゃったけど、このような真実、他にも父親から虐待を受けていたとか、を知るにつれてマイケルが抱えていたであろう苦悩を感じることができる。</p>
<p><strong>いろいろなアーティストと共演</strong></p>
<p>マイケルのリリースするＰＶの共演者が話題になることも多かった。「<a title="ブラック・オア・ホワイト" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%88">ブラック・オア・ホワイト</a> 」では世界中を飛び回り、最後にいろいろな人の顔が自在に変わっていくところとか、「<a title="リメンバー・ザ・タイム" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0">リメンバー・ザ・タイム</a> 」では<a title="エディ・マーフィー" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC">エディ・マーフィー</a>、<a title="イマン・アブドゥルマジド" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%82%B8%E3%83%89">イマン・アブドゥルマジド</a>、<a title="マジック・ジョンソン" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B8%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%B3">マジック・ジョンソン</a>等と共演してみたりね！</p>
<p>実は「Beat It」でのギターは<a title="ヴァン・ヘイレン" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%98%E3%82%A4%E3%83%AC%E3%83%B3">ヴァン・ヘイレン</a>の<a title="エディ・ヴァン・ヘイレン" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%98%E3%82%A4%E3%83%AC%E3%83%B3">エディ・ヴァン・ヘイレン</a>が担当していたから、早い時期からマイケルは他のアーティストと共演していたことになる。先にあげた「Say Say Say」でのポール・マッカートニーもそうだし。</p>
<p>その共演者をミュージシャン以外で取り入れたのも、マイケルが最初だったかもしれない。<a title="ナオミ・キャンベル" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%AA%E3%83%9F%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%99%E3%83%AB">ナオミ・キャンベル</a>と共演した「<a title="イン・ザ・クローゼット" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%BC%E3%83%83%E3%83%88">イン・ザ・クローゼット</a> 」、もう一人のMJこと、<a title="マイケル・ジョーダン" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%B3">マイケル・ジョーダン</a>との共演作「<a title="ジャム (マイケル・ジャクソン)" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%A0_(%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%B3)" class="broken_link">ジャム</a> 」とかね！</p>
<p>あっ、そうそう、８０年代最後に登場して一世風靡した<a title="ガンズ・アンド・ローゼズ" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%BC%E3%82%BA">ガンズ・アンド・ローゼズ</a>のギターリスト、<a title="スラッシュ (ミュージシャン)" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5_(%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%B3)">スラッシュ</a>とも共演して話題になった。これも凄かったなぁ・・・</p>
<p>この辺までかなぁ、僕がマイケル・ジャクソンについていけたのは。後は<a title="エルヴィス・プレスリー" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%BC">エルヴィス・プレスリー</a>の娘、<a title="リサ・マリー・プレスリー" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%82%B5%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%BC">リサ・マリー・プレスリー</a>と結婚したり、ビートルズの版権の大量購入に投資したり、<a title="ネバーランド" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89">ネバーランド</a>を作り上げたり、と８０年代のあのかっこよかったマイケルとは遠くかけ離れてしまった。</p>
<p><strong>アポロ・シアター前</strong></p>
<p>CNNの中継でハーレムの<a title="アポロ・シアター" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9D%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%82%BF%E3%83%BC">アポロ・シアター</a>に人だかりが出来ていたのを観たので先週末の日曜日に行って来た。久しぶりのハーレムだったんだけど、あれっ、アポロ・シアター、どこだっけ？　人だかりが本当にあるのかなぁ、と思っていたんだけど、イヤー、たくさんの人が集まっていました。</p>
<p>アポロ・シアター正面入り口は多くの花やキャンドル、その他マイケルのポスターなどが飾られていて、あの周りでは人垣が出来上がり、みんなでマイケルの歌を唄ったり踊ったりしていた。</p>
<p>そして、そのアポロ・シアターの横には巨大なメッセージボードが簡易的に作られていて、多くの集まったマイケルのファンの書き込みで凄いことになっていた。地面に「<a title="スムーズ・クリミナル" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%9F%E3%83%8A%E3%83%AB">スムーズ・クリミナル</a> l」のマイケルを切り抜いたものをスプレーしていく者も現れ、どこかユニークな雰囲気に包まれている。</p>
<p>なんかねぇ、思ったんだけど皆泣いてなんかいなかったよ！　残念であり悲しいのは事実なんだけど、皆がこう、マイケルに、“Thank You”って言いに来ているようで全然暗い雰囲気じゃなかったんだよね。これにはちょっと僕も救われた。僕たち日本人がイチローの活躍ぶりに感謝するのと一緒で、マイケルが黒人たちのプライドをやっぱり満たしていたんだと思う。</p>
<p>虐げられてきた長い歴史の中、数々のエンテーテイナーを世に出してきて、マイケル・ジャクソンの時に始めて全世界が黒人たちが発するビートに酔いしれた。俺たちのビートって最高だろう！　といわんばかりに誰もがマイケルの80’sを街中で流して、やっぱりいつ聴いてもいいなぁ、ってな感じでマイケルのサウンドにソウルを浸していた。</p>
<p><img style="margin: 10px;" title="Michael Jackson at Apollo Theater" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/07/PICT0006-225x300.jpg" alt="Michael Jackson at Apollo Theater" width="225" height="300" align="right" />最高のビートをありがとう！　You are truly king of POP、という感じだったんだよね、集まっている人たちの雰囲気が。</p>
<p>僕にとってのマイケル・ジャクソンの死は、中学の頃に聴いた洋楽の懐かしい思い出が、本当に過去のものになっていく、また一つページを閉じた感じ。</p>
<p>メッセージボードには、“Peace, MJ. Thank you. Kazu”って書いてきたよ！</p>
<ul>
<li><a href="http://www.youtube.com/watch?v=5gWvBXS2t4A" target="_blank" class="broken_link">Say. Say. Say &#8211; Paul McCartney &amp; Michael Jackson</a></li>
<li><a href="http://www.youtube.com/watch?v=Uqxo1SKB0z8" target="_blank" class="broken_link">Michael Jackson &#8211; Beat It</a></li>
<li><a href="http://www.youtube.com/watch?v=3PAJqgeeJf4" target="_blank" class="broken_link">Michael Jackson  &#8211; Billy Jean</a></li>
<li><a href="http://www.youtube.com/watch?v=z-TZnNXXQrI" target="_blank" class="broken_link">Michael Jackson &#8211; Thriller</a></li>
<li><a href="http://www.youtube.com/watch?v=jzw6GiqZyD0" target="_blank" class="broken_link">We Are The World</a></li>
<li><a href="http://www.youtube.com/watch?v=yVYDVvIHEz4" target="_blank" class="broken_link">Michael Jackson &#8211; Dirty Diana</a></li>
<li><a href="http://www.youtube.com/watch?v=cupnsUDyjuA" target="_blank" class="broken_link">Michael Jackson &#8211; In The Closet</a></li>
<li><a href="http://www.youtube.com/watch?v=13ZGZexsaFo" target="_blank" class="broken_link">Michael Jackson &#8211; Jam</a></li>
</ul>
<p><img class="size-medium wp-image-800 alignleft" style="margin: 5px;" title="Michael Jackson at Apollo Theater" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/07/PICT0007-300x225.jpg" alt="Michael Jackson at Apollo Theater" width="300" height="225" /><img class="size-medium wp-image-801 alignleft" style="margin: 5px;" title="People Writing &quot;Thank You Note for Michael Jackson&quot; at Apollo Theater" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/07/PICT0008-300x225.jpg" alt="People Writing &quot;Thank You Note for Michael Jackson&quot; at Apollo Theater" width="300" height="225" /><img class="size-medium wp-image-802 alignleft" style="margin: 5px;" title="Writing &quot;Thank You Note for Michael Jackson&quot; at Apollo Theater" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/07/PICT0009-300x225.jpg" alt="Writing &quot;Thank You Note for Michael Jackson&quot; at Apollo Theater" width="300" height="225" /><img class="size-medium wp-image-804 alignleft" style="margin: 5px;" title="Marking &quot;Smooth Criminal&quot; of Michael Jackson at Apollo Theater" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/07/PICT0010-300x225.jpg" alt="Marking &quot;Smooth Criminal&quot; of Michael Jackson at Apollo Theater" width="300" height="225" /></p>
<img src="http://www.ebigbridge.com/?ak_action=api_record_view&id=793&type=feed" alt="" />]]></content:encoded>
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		<title>癌もロックンロール、清志郎さん！　かっこよすぎるぜー</title>
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		<pubDate>Sun, 03 May 2009 03:19:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>B-KOOL</dc:creator>
				<category><![CDATA[What's up, Japan?]]></category>
		<category><![CDATA[あの人この人]]></category>
		<category><![CDATA[忌野清志郎]]></category>

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		<description><![CDATA[反骨精神 闘病生活から復活したとのニュースを聞いたとき、あっ、これで清志郎さん、大丈夫かも、と思っていたんだけど・・・残念。 清志郎さん、あなたは強烈な個性で人々を惹き付けましたね。歳を重ねても奇抜な化粧を施し、いつまで [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="float:right; margin:0 0 10px 15px; width:240px;">
		<img src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/05/0015.jpg" width="240" />
		</p><p><strong>反骨精神</strong></p>
<p>闘病生活から復活したとのニュースを聞いたとき、あっ、これで清志郎さん、大丈夫かも、と思っていたんだけど・・・残念。</p>
<p>清志郎さん、あなたは強烈な個性で人々を惹き付けましたね。歳を重ねても奇抜な化粧を施し、いつまでこの人はアウトロー的に勝負し続けるんだろう、といつも感心していました。闘病生活、お疲れ様！　あなたの反骨精神、僕は大好きです！</p>
<blockquote><p>2006年7月に<a title="咽頭癌 (未編集)" href="http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%92%BD%E9%A0%AD%E7%99%8C&amp;action=edit&amp;redlink=1">咽頭癌</a>と診断され、治療に専念するために一時活動を休止する。2008年2月には日本武道館で復活コンサートを行った。しかし2009年に入って再び体調を崩し、その後再入院し闘病を続けたが、2009年5月2日午前0時51分、東京都内の病院で<a title="癌性リンパ管症 (未編集)" href="http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%99%8C%E6%80%A7%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%91%E7%AE%A1%E7%97%87&amp;action=edit&amp;redlink=1">癌性リンパ管症</a>のため死去した。享年59（満58歳）。彼の訃報はNHKはじめ各テレビ局のニュース等でトップ扱いとなったり、繰り返し報じられたりするなど、その影響力の大きさが偲ばれることとなった。（ウィキペディア参照 &#8211; <a title="忌野清志郎" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%8C%E9%87%8E%E6%B8%85%E5%BF%97%E9%83%8E">忌野清志郎</a>）</p>
</blockquote>
<p>もう清志郎さんのような大人は現れない、もう清志郎さんのようなアウトローは現れない、もう清志郎さんのようなファンキーなオヤジは現れない、もう清志郎さんのような奇抜な化粧を施して一般社会に違和感を与える骨のある大人は現れない、もう清志郎さんのような社会的タブーに切込みを仕掛ける勇気のある大人は現れない、もう清志郎さんのような個性ある魅力的な大人は現れない・・・</p>
<p>だから自分が清志郎さんのようにアウトロー的になる、だから自分が清志郎さんのようにファンキーなオヤジにある、だから自分が清志郎さんのように一般社会に違和感を与える骨のある大人になる、だから自分が清志郎さんのように社会的タブーに切り込みを仕掛ける勇気のある大人になる、だから自分が清志郎さんのような個性ある魅力的な大人になる・・・</p>
<p><a href="http://www.youtube.com/watch?v=yfK3KLT9TwU" target="_blank" class="broken_link">タイマーズのテーマ FM東京 デイドリームビリーバー イモ</a></p>
<blockquote><p>1989年、生放送番組「<a title="ヒットスタジオR&amp;N" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%82%AAR%26N">ヒットスタジオR&amp;N</a>」にザ・タイマーズで出演した際、FM東京によるRCの「ラブ・ミー・テンダー」や<a title="TEARDROPS (未編集)" href="http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=TEARDROPS&amp;action=edit&amp;redlink=1">TEARDROPS</a>（元村八分の<a title="山口冨士夫" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%86%A8%E5%A3%AB%E5%A4%AB">山口冨士夫</a>が作ったバンド）の「谷間のうた」放送禁止措置に抗議するため、5曲連続の演奏のうち、2曲目の予定曲（テロップでは「偽善者」と表示）を突如変更して、「FM東京のうた」をゲリラ的に演奏。</p>
<p>「政治家の手先」など同局を罵倒する内容や、女性器の俗称などの<a title="放送禁止用語" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E9%80%81%E7%A6%81%E6%AD%A2%E7%94%A8%E8%AA%9E">放送禁止用語</a>を連発したが生放送ゆえに音声に修正を加えることもできず、そのまま放映される。巧みにメドレー構成された5曲であったため中断されることなく最後まで歌いきる。演奏の後、司会者の<a title="古舘伊知郎" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E8%88%98%E4%BC%8A%E7%9F%A5%E9%83%8E">古舘伊知郎</a>が真っ先に謝罪のコメントを入れた。なお、この番組は録画による遅れ放送地域も存在したが、番組の性質上問題場面もカットされずに放送された。（ウィキペディア参照 &#8211; <a title="忌野清志郎" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%8C%E9%87%8E%E6%B8%85%E5%BF%97%E9%83%8E">忌野清志郎</a>）</p>
</blockquote>
<p><strong>素敵な歌詞</strong></p>
<ul>
<li><a href="http://www.youtube.com/watch?v=q1hNnPoX_Jg" target="_blank" class="broken_link">君が代 &#8211; 忌野清志郎</a></li>
<li><a href="http://www.youtube.com/watch?v=LeOpyWVPMr8" target="_blank">あこがれの北朝鮮 &#8211; 忌野清志郎</a></li>
<li><a href="http://www.youtube.com/watch?v=zly7HoK6CAE" target="_blank" class="broken_link">春夏秋冬 &#8211; 泉谷しげる、小田和正、桑田佳祐、忌野清志郎</a></li>
<li><a href="http://www.youtube.com/watch?v=UsLLSQIIAkc" target="_blank" class="broken_link">帰れない二人 &#8211; 井上陽水、忌野清志郎</a></li>
</ul>
<blockquote><p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0017LII8C/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="入門編" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/05/0015.jpg" alt="入門編" width="240" height="240" align="right" /></a>その特徴は、歌詞がはっきりと聴き取れる歌い方ながら、アクセントや母音・子音の使い分け、韻の踏み方、3連譜的な単語の使用などにより日本語特有の間延びを感じさせないような作詞法にある（対極的な作詞法・歌い方としては、日本語を英語のように聴かせる<a title="桑田佳祐" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%91%E7%94%B0%E4%BD%B3%E7%A5%90">桑田佳祐</a>の例がある）。</p>
<p>これらにより、前記の海外のミュージシャンや外国人プロデューサーなどからも高い評価を得ており、また、人間の内面をストレートに表現する叙情性や言葉の選び方などに対して、<a title="糸井重里" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B3%B8%E4%BA%95%E9%87%8D%E9%87%8C">糸井重里</a>、<a title="筑紫哲也" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%91%E7%B4%AB%E5%93%B2%E4%B9%9F">筑紫哲也</a>、<a title="川崎徹" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E5%B4%8E%E5%BE%B9">川崎徹</a>、<a title="吉本隆明" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E6%9C%AC%E9%9A%86%E6%98%8E">吉本隆明</a>、<a title="湯川れい子" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%AF%E5%B7%9D%E3%82%8C%E3%81%84%E5%AD%90">湯川れい子</a>、<a title="坂本龍一" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E6%9C%AC%E9%BE%8D%E4%B8%80">坂本龍一</a>、<a title="秋元康" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E5%85%83%E5%BA%B7">秋元康</a>、<a title="町田康" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BA%E7%94%B0%E5%BA%B7">町田康</a>、<a title="枡野浩一" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%A1%E9%87%8E%E6%B5%A9%E4%B8%80">枡野浩一</a>ら各界の文化人からも賛辞が贈られている。 小説家の<a title="角田光代" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A7%92%E7%94%B0%E5%85%89%E4%BB%A3">角田光代</a>は、忌野の歌詞を「彼の書く歌の詩は、私には小説だった。ひとつの言葉が幾多もの意味に広がる。個人的な言葉のつながりが、普遍的な意味を持つ」と評している。</p>
<p>歌詞の内容は、基本的には黒人音楽の影響から恋人や家族への愛を歌ったものが多いが、一方で大きな特徴として下記の3点が挙げられる。</p>
<p>社会的問題のテーマ化 日本の音楽シーンにあって社会的メッセージを直接的に歌い続ける数少ないミュージシャンの一人である。内容は、マスコミ批判から世界平和、反核、政治、<a title="ネグレクト" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%83%88">ネグレクト</a>、差別、国家権力まで幅広く、その問題意識の高さは度々メディアに取り上げられることがある。それらにあてはまる主な作品（カバーを含む）に、「言論の自由」「ラブ・ミー・テンダー」「サマータイム・ブルース」「軽薄なジャーナリスト」「LONG TIME AGO」「障害者と健常者」「トカレフ（精神異常者）」「目覚まし時計は歌う（選挙ソング）」「警察に行ったのに」「ママもうやめて」などがある。</p>
<p>ダブルミーニングの多用 恋人（女性）や車のことを歌いながら、ドラッグやセックス、政治的なメッセージを連想させる<a title="ダブルミーニング" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0">ダブルミーニング</a>の意味深な歌詞を初期の頃より多く発表している。主な作品に「雨あがりの夜空に」「SKY PILOT」「SHELTER OF LOVE（ツル・ツル）」「I LIKE YOU」「TIMERSのテーマ」などがある。</p>
<p>タブーを破る過激性 マスコミ的にタブー視されるような問題を正面から見据えてアンチテーゼとして問題提起する作品も多い。主な作品に「カプリオーレ」「FM東京」「覚醒剤音頭」「原発賛成音頭」「宗教ロック」「あこがれの北朝鮮」などがある。（ウィキペディア参照 &#8211; <a title="忌野清志郎" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%8C%E9%87%8E%E6%B8%85%E5%BF%97%E9%83%8E">忌野清志郎</a>）</p>
</blockquote>
<div class="woo-sc-quote"><p></p></div>
<p>日本にいる澄ました顔で気取っている大人たちよ、自分を出せよ！　わかったふりをしないで自分を主張しよーぜ、他人と違うことを恐れるな！</p>
<p>自分が正しいと信じるならば、声に出せ！　自分が正しいと思うならば、行動に移せ！　自分が正しいと思うならば、一歩前に出よ！　その過程でもし他人に迷惑をかけたと思うならば素直に謝ればいい、ゴメンナサイ、と・・・</p>
<p>ニューヨークは一年で一番気持ちのいい季節、５月を迎えました。新緑が眼に眩しい、そんな清々しいニューヨークの初夏が訪れた頃、あなたは逝ってしまいました・・・</p>
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		<item>
		<title>勝負師、羽生善治氏の考え方、その２ – 創造力</title>
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		<pubDate>Tue, 07 Apr 2009 04:05:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>B-KOOL</dc:creator>
				<category><![CDATA[What's up, Japan?]]></category>
		<category><![CDATA[あの人この人]]></category>
		<category><![CDATA[羽生善治]]></category>

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		<description><![CDATA[リアルな情報 普通何かの番組を見て、ニュースや出来事などを見たり感じたりしてエッセイを書くアイディアが浮かんでくるんだけど、書き起こす過程では大雑把な概略をつかむ程度で、ある程度の流れ、自分なりの書き表したいという段落が [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="float:right; margin:0 0 10px 15px; width:240px;">
		<img src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/04/00001.jpg" width="240" />
		</p><p><strong>リアルな情報</strong></p>
<p>普通何かの番組を見て、ニュースや出来事などを見たり感じたりしてエッセイを書くアイディアが浮かんでくるんだけど、書き起こす過程では大雑把な概略をつかむ程度で、ある程度の流れ、自分なりの書き表したいという段落がバーと浮かんでくる勢いをつかんでタイプしていくんだけど、今回の<a title="羽生善治" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E7%94%9F%E5%96%84%E6%B2%BB">羽生善治</a>氏のインタビューはほとんど省くことができなかった。</p>
<p>なんというか質の高い情報が満載しているせいもあるのだろう、羽生氏の語る言葉が本当のリアルな情報という感じがして省略するというか、すべてが大事という感じがしてこれほど立ち上げるのに時間を要したエッセイはない。</p>
<p><a title="村上龍" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E4%B8%8A%E9%BE%8D">村上龍</a>氏が芥川賞受賞候補者の中から選考するときの基準として、その書き手が与えている情報がリアルであるか、ということを結構考えているというようなことをどこかで話していたとおもう。</p>
<p>リアルな情報、これは本当にリアルな現場でしか得ることのできない情報というか、F-1で言えばF-1パイロットだけが得ることのできる情報、<a title="スペースシャトル" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%88%E3%83%AB">スペースシャトル</a>に搭乗する宇宙飛行士だけが得ることのできるリアルな情報、セリエＡのトップクラスのチームでスタメンとして出場している選手だけが得るリアルな情報、プロの棋士同士の真剣勝負の場でしか得ることのできないリアルな情報。リアルな情報、きっと大昔の狩猟社会時代の時からリアルな情報だけを持った男たち、集団たちだけがサバイバルしてきたのだろう。</p>
<p><strong>冒険的な手を指す</strong></p>
<blockquote><p>インタビュー：やっぱり定石を積み上げていって、その通りになるべく打っていくっていう、まぁ一種の対局にあるような考えになりつつあるというか、羽生さんはそうしているということですか？</p>
<p>羽生：冒険的なこともしないとやっぱり進歩がないってことはあるんですよね。で、勝負って言う面に関して言えばやっぱりセオリーどおりで手堅く行ったほうが多分勝率は高いだろう、っていうこともあるんです。冒険的なことはやっぱり冒険なんで、失敗に終わるというか上手くいかないことも多いんですよね。特にプロ同士の場合ですと何か挑戦的なことをやってもやっぱり的確に返ってきますから中々それで上手くいくってことは少ないです、半分もないです。</p>
<p>インタビュー：そうだとすると、ひょっとしたらこっちのほうが勝つ確立は高いんだけれどあえて今日はこれをやってみる、そういう時はあるわけですか？</p>
<p>羽生：やっぱりあります。今日勝つ確立が一番高いっていうやり方は多分１０年後では一番リスクが高くなるんですよ。つまり１０年後が一番時代に取り残されるとか、進歩が遅れているというやり方なんです、今日勝つ一番勝率が高いやり方は。</p>
<p>つまりそこはどこまでリスクをとって、どこまでは取らないかっていう、リスクのマネージメントのことだと思っているんですね。どこまでアクセルを踏むか、どこまでブレーキをかけるか？　どの場面でどれだけ踏み込んでやっていくか？　本当にすごくそれは大事なこと、でも一番手堅くやるっていうことを手堅くやり続けるっていうのは長い目でみたら一番ダメなやり方だと思っています。</p>
<p>インタビュー：勝率の高いやり方をずっと続けていると、まっいわばもたない？</p>
<p>羽生：やっぱりそのどんどん変わっていきますから、未来を見ているんじゃなくて過去ってことですね。勝率っていうのは過去を見ているって事ですから、それをこう比較すればどうなるかっていうのはあきらかなことなんで。</p>
<p>インタビュー：目の前の勝利、もちろん大事なんだけどそういったことをやって、だけどふと考えてみるとやっぱり勝ちたいじゃないですか。その中でね、冒険的な手を打ってみようという発想になれる、羽生さんというのは一体何をみてそうしているのか？</p>
<p>羽生：思い切ってやってみるほうが楽しいってこともあるし、まっ後で得ることもあるってこともあるでしょうし、例えばそれで結果が出なかったとか、上手くいかなかったとか失敗したとしても、それでまた後悔するかどうかといったらまたちょっと別ですよね。</p>
<p>もっと自由に指したいしもっといろんな挑戦的なこともやってみたいという気持ちもあるわけなんで、だからそれをやることが本当に後悔するかどうかってことも何か一つの基準としては、まっ、自分の中では一様ありますが。</p>
<p>インタビュー：得ていくものっていうのもあり、つまり冒険的なことをやっていかないと今は勝てるかもしれないけれど、この先勝てなくなるかもしれないと、長い目で見ると、そういうのもやってみなければいけないと？</p>
</blockquote>
<p>&#8220;今日勝つ確立が高いやりかたは一番リスクが高い&#8221;、なんという言葉だろうか！　これほど勝負の世界の厳しさの本質を突いた言葉はないのではないだろうか？</p>
<p>本当の真剣勝負の中で如何に勝てるか、ということを常に考えてきた人間だけができるというかたどり着く発想法だと思う。こういう発想は普通しないというか思いつかないのでは？</p>
<p>[quote1]</p>
<p>やっぱり守りに入るというか目先、勝率が確立されていて安定しているならば、あえてそれを変えてまで冒険的なことを試みる必要がどこにあろう？　というのがほとんどの人の場合であろう。今日安定していても明日はない、なんという厳しい勝負の世界だろう。</p>
<p>戦うというとフィジカルなイメージを持ちがちだけど、将棋の世界というのは知力のぶつかり合い、己の知性を盤という場所で表現、戦う場所なのだ。そこにはものすごい大きなエネルギーが充満、ぶつかり合っているに違いないと感じるようになった。</p>
<p>さらに羽生氏の話を聞いているうちにいつしか昔の武士の世界を思い描いていた。つまり武士としての道を選んだ子供はそれこそ各地、各藩内に存在していた有名どころの道場に通うわけだけど、そこでの練習はもちろん竹刀というか木刀のようなもの、剣道というものであろう。</p>
<p>しかし、昔の日本、明治維新前の日本にはそれこそ外の世界に出れば、いつ真剣白刃の勝負の場面に出くわすのかわからない世界があったではないか、つまり世間に緊張感というものがそれなりに漂っていたと思うのである。</p>
<p>もしかしたら、今日道端で殺されるかもしれないという、それこそ実戦である。白刃の剣が飛び交い、やる前にやらないと自分は殺される。こういった真剣勝負の場という雰囲気を羽生氏が語る将棋の世界での真剣勝負の場としての雰囲気が自分の中で連結したのである。</p>
<p><strong>コンピューターと人間との対戦</strong></p>
<blockquote><p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001MIMBY2/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="羽生善治" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/04/00001.jpg" alt="羽生善治" width="240" height="240" align="right" /></a>インタビュー：コンピューターとの対決についてなんですけども、去年、現在の<a title="渡辺明 (棋士)" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E6%98%8E_(%E6%A3%8B%E5%A3%AB)">渡辺明</a>竜王とコンピューターソフトの<a title="Bonanza" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/Bonanza">ボナンザ</a>の対決が話題になりましたよね。</p>
<p>でこれ何が話題になったって言うと、予想通り渡辺竜王が勝ったんだけれども、ことの他コンピューターソフト、ボナンザ、善戦したと。この勝負は、羽生さんはどうご覧になりました？</p>
<p>羽生：いや、本当に進歩しているというかですね、まぁ強くなっているっていうのは、見ていて実感しましたね、もちろん最終的には渡辺さんが貫禄を示したわけなんですけども。コンピューター将棋ってですね、変な話なんですけど実はここ数年、ずっと伸び悩んでいたんですね。</p>
<p>アマチュアの３、４段ぐらいまで来ていたんです、でそこから次、どう強くしていくかっていう、その方法論がですね、中々見つからなかったんです、でただここへ来てですね、なんかその壁を突破してさらに実力が上がったなぁ、とそういう風な印象がありますね。</p>
<p>インタビュー：今そのコンピューターソフトが目指す、というかコンピューターソフトを作っている方が目指しているわけだけど、棋士がそのより上を目指して、の目指すとどうも考え方違うわけですよね？</p>
<p>羽生：そうですね、コンピューターの基本的な考え方というのはつまり手をたくさん読んでいく、つまり計算をたくさんしていくことによって、より正確さをあげていく。人間の場合はその将棋の実力が上がっていけば上がっていくほどですね、その考える手って段々少なくなってくるんですよね。</p>
<p>さっきの大山先生（<a title="大山康晴" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E5%BA%B7%E6%99%B4">大山康晴</a>）の話と同じで、つまりたくさんの手を読むんじゃなくてなんとなくここが急所かなとかつぼかなっていうのがなんとなく見えてくる。段々、考える手を狭めていくってことですよね、だから考えている方向性として基本的にこう反対方向に行くってことはあるんです。つまりたくさんの手を考えるコンピューターと極力手を考えない人間という、そういう違いはやっぱり鮮明にしてあるような気がしてますね。</p>
<p>インタビュー：そうするとその二つでこう対決するっていうことについては、まぁ羽生さんはどういう点に関心を置いてみているんですか？</p>
<p>羽生：あの一つはですね、まだ明らかに違和感があるわけですね。つまり誰が対局しているかわからないっていう状態で棋譜を見せられればこれは人間が指したのか、コンピューターが指したのか、まだ一目瞭然でわかるんです。</p>
<p>インタビュー：具体的にいうと？</p>
<p>羽生：こういう手は人間の感覚では指さないっていう手をコンピューターは指すわけですよ、つまり具体的な手を教えることはできても感覚を教えることはできないじゃないですか、だからこの手をみて、あっこれは人間が指した手ではないってわかるんです、今は。でも将来はそれが同じになるのか、永遠にずっと違和感を持ったままになるのか、ということは大きなテーマとしてあると思っているんです。</p>
<p>インタビュー：それは要するに全然違う方向を向いているんだけど最後に一緒になるというか、到達点が？</p>
<p>羽生：そういう、考える方向性はまったく違うんだけども、その中で最終的に選ぶ一手とか選ぶ決断は、実は同じになるんじゃないかとは思っています。</p>
<p>インタビュー：羽生さんはコンピューターとの対決、いつすることになりましょうか？</p>
<p>羽生：これは実は今は将棋連盟が許可をしないと基本的にコンピューターと対決はないということなんで。</p>
<p>インタビュー：渡辺明さんは特別だったんですか？</p>
<p>羽生：そうです、それはこれからどうなるか今の段階ではわからないっていう感じですね。</p>
<p>インタビュー：やってみたいという気持ちはありますか？</p>
<p>羽生：どういう将棋を指すのかっていうのはやっぱり興味がありますよね。</p>
</blockquote>
<p><strong>グーグルの検索技術</strong></p>
<p>グーグルで何かを検索すると、その検索結果ってものすごい数になるけど、それを最後まで見ていく人ってほとんどいないと思う。検索嗜好で言われるように段々検索をするようになってくると人は上位に上がった３位までしか観覧することに徹し、検索結果が気に入らなければ検索する文字列を変えてみたりして、新しく検索情報を探す。</p>
<p>これって羽生氏のコンピューターソフト&#8221;ボナンザ&#8221;の状況と似ていないですかね？</p>
<p>つまりコンピューターの戦い方というのはたくさんの手を読んでいくというもの。検索技術の極めもたくさんの検索キーワードに沿った情報を提供しようというもの。</p>
<p>しかし、将棋の上達者はだんだんと手を読まなくなっていくという。人間がコンピューターを使って検索する姿勢と似ているではないか？　２手、３手しか読まないプロの棋士たちと、検索結果の上位３位ぐらいまでしかクリックを試みないインターネットに慣れた人たち。</p>
<p>もしかしたら検索技術の向上がいつしかコンピューターがプロの棋士を打ち負かすきっかけになるのではないか、と思ったのが、グーグルの検索結果に自分の好みを加えられるようになった状況からそんな気がしてきた。</p>
<p>日本語版グーグルではまだみたいだけど、英語版グーグルでは検索結果に対して、気に入らなかったら検索結果１位のものを削除できたり、２位３位に上がっている検索結果を上位に持ってくることができるようになった。</p>
<p>これって自分の好みに合わせて検索結果ができるようにカスタマイズされる。コンピューターが何万という検索結果を用意しても人間が見るのはその上位３位ぐらいまで。だったらそこの検索結果を一人一人の好みに合わせてしまえ、というのは羽生氏のわからない場面でどのような手を指すのか、というときにその人の個性が出る、ということと繋がっているように感じる。</p>
<p>言っているニュアンスが伝わるだろうか？　たくさん手を読んでいくコンピューターも人間の好みという要素が加われば、プロの棋士たちが２手３手という究極の選択をする思考過程に近づけるのではないだろうか？</p>
<p>検索技術も、将棋のコンピューターソフトも解を探すという点では同じことだし、検索技術に人間の好みが加えられるようになった今、つまり人間が情報を探す手段として直感で検索結果上位３位ぐらいまでを選ぶように、コンピューターソフトもそれと似たような感覚、人間の思考という感覚を取り入れることができれば、プロの棋士との勝負でまた一歩、勝利することに近づけるのではないだろうか、と思ったのだ。</p>
<p><strong>棋士同士の会話が実に雰囲気いい</strong></p>
<div class="woo-sc-quote"><p></p></div>
<p>今回のお話は非常に感銘を受け実に興味深いものとなった。何百、何千という先を読むことを仕掛けるプロの棋士たちに対する驚きというか尊敬を含む感情が自分の中で湧いてきたのも確かである。</p>
<p>NHK特集「１００年インタビュー」はアメリカでは２００９年元旦に行われ、プロの棋士に対してすごいなぁ、という感情がわきあがった後に見た正月の将棋スペシャル番組。この中で登場した<a title="女流棋士 (将棋)" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E6%B5%81%E6%A3%8B%E5%A3%AB_(%E5%B0%86%E6%A3%8B)">女流棋士</a>たちに魅力を感じたのも新しい発見であった。</p>
<p>お互い棋士同士、名前の後にその各個人が持っているタイトル名をつけて呼ぶあたり、本当にそれが嫌味ではないのだ。どこかの会社の役員のように年功序列によって得た肩書きとはまったく違うのもであり、実力もない、裏付けるものもないのに、その人が何年そこで働いていたというだけで与えられる肩書きなどにどうして尊敬の思いが込められようか？</p>
<p>それよりも実戦という厳しい現実の勝負の世界で戦い、勝ち抜いてきたものだけが得ることのできる本当の肩書き。それらを呼び合う環境というものが実に新鮮で、素直にそのものに対しての尊敬の念をこちらも受け取ることができたのである。</p>
<p>そして女流棋士たちの色っぽいこと。うかつにも晴れ着を着て将棋を打つ姿勢に色っぽさを感じた。そこには男女が将棋という高貴な遊びを楽しんでいる光景が演出されていて、実にいい感じの、古風というかそのような風情を感じることができたのは新しい発見であった。</p>
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		<title>勝負師、羽生善治氏の考え方、その１ – 真剣勝負</title>
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		<pubDate>Mon, 06 Apr 2009 04:56:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>B-KOOL</dc:creator>
				<category><![CDATA[What's up, Japan?]]></category>
		<category><![CDATA[あの人この人]]></category>
		<category><![CDATA[羽生善治]]></category>

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		<description><![CDATA[NHK特集「１００年インタビュー」 日本では去年の９月１３日収録となっていたNHK特集「１００年インタビュー」、対談相手羽生善治氏、ということになっていたんだけどこちらアメリカでは今年２００９年元旦の日に放送が行われた。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="float:right; margin:0 0 10px 15px; width:240px;">
		<img src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/04/0000.jpg" width="240" />
		</p><p><strong>NHK特集「１００年インタビュー」</strong></p>
<p>日本では去年の９月１３日収録となっていたNHK特集「１００年インタビュー」、対談相手<a title="羽生善治" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E7%94%9F%E5%96%84%E6%B2%BB">羽生善治</a>氏、ということになっていたんだけどこちらアメリカでは今年２００９年元旦の日に放送が行われた。</p>
<p>羽生氏登場ということで期待してみていたんだけど予想通り、お話はとても内容の濃いものになりこれは是非ともブログに自分の感想なども含めてアップするべき対象だと判断。一通りの番組内容を書き起こしてから構成などを考えていたら結構時間を費やしてしまった。</p>
<p>僕が羽生氏に興味を持ったきっかけというのは<a title="梅田望夫" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%85%E7%94%B0%E6%9C%9B%E5%A4%AB">梅田望夫</a>氏著「ウェブ進化論」の中に出てくる&#8221;学習の高速道路論&#8221;というのを知ったときであろう。将棋をするでもない僕は一様、羽生氏の存在は知っていたけど、彼が発するアイディアになるほど、と感嘆させられてからは羽生氏の考え方にとても興味を抱いた。</p>
<p><strong>将棋の世界</strong></p>
<blockquote><p>羽生：５、６年前にすごく流行った、高飛車って言葉がありますようにちょっと横柄な態度のこと、威張っている感じのこと、あんまり良くないことなんですね、将棋でも実はそれがすごく流行り出した。今まではそんなところに飛車を置くとですね、高飛車ですから、セオリーに反してるといって怒られたいた。</p>
<p>それが大流行してみんな高飛車で、下のほうに飛車は置くのが基本と言われていたんですけど、形によっては上のほうにしておいたほうが面白いということがわかった。今までは例えば高飛車はダメだとかセオリーに反するとか、そういうので一刀両断することがやりづらい雰囲気だったんですけど、それがいろいろ出てくるようになってそこから可能性が広がった。</p>
<p>感覚を自分も合わせていかなくてはいけない、自分自身の常識とか当たり前だと思っていたことを切り替えて、高飛車という感覚はどういうものか、マスターしていかないといけない。</p>
<p>インタビュー：逆にいうとそれを考え出した、マスターしたからといって上手くいくかというと？</p>
<p>羽生：これがまた難しいんです、将棋の世界って特許とかないですから、真似していいわけですね、いい手があったらいい作戦がでたらすぐに真似をされるし研究もされるし、対策も立てられていく、そこから進んでいっていろんな手の発見、戦術の進歩ということもある。</p>
<p>何もないところから創造的なことを始めるんじゃなくて、基礎的な知識とかデーターを踏まえた上で、そこからどういう工夫を加えるとか、どういうアイディア、発想を付け加えていくかということが大事、基礎的なことを抑えておくためのすごい時間を費やすということ、あります。</p>
</blockquote>
<p>情報化社会の中でもしかしたら<a title="棋士" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%8B%E5%A3%AB">棋士</a>ほど常に研究、常に勝つにはどうしたらいいのかを考えながら生活している職業はないのではないだろうか？　すべては自分に返ってくる、これほと厳しい世界で活躍するには相当の覚悟と、決意が必要なんだと思う。</p>
<p>データーというのはすべての人が手に入れることができるもの、インフォメーション、そこからどのように与えられたものの中から自分の発想、創造力を駆使して攻めに転じていくのか？　もしかしたら個人で戦うという分野に限っていえば、棋士という職業は一番厳しい世界の中で戦っているのではないだろうか？</p>
<p>[quote2]</p>
<p>スポーツの世界だと、一人で行う競技といえばテニスや卓球、水泳とかスキーにマラソンなんかはコーチが付いている。ゴルフぐらいだろうなぁ、一人で知識を吸収しつつメンタルにも技術的にも常に自分自身を研磨して勝つための道を究めていかないといけないのは。</p>
<p>将棋というのはフィジカルな戦いではなくて（体力も要求されるだろうけど）、頭脳の対決だからこれほど自分を能動的に、積極的に自ら進化することを求められるフィールドって他にはないんじゃないかな？</p>
<p>すぐに真似され研究されるって凄い勝負の世界。奇麗なフォームとか無駄のない動きとかって参考にはなるかもしれないけれど、フィジカルの世界では完璧には真似ということはできないから、微妙な反射神経、運動神経って勝負に反映されると思う。</p>
<p>しかし、将棋の世界では知識はそこにあって誰でも手に入れることができる。そこからどのようにして自分なりに工夫をしていくのか？　個人の創造力が大きく作用することは想像できるけれど、フィジカルの世界のように絶対に勝ちたいというモチベーションは知力の戦いの世界でも発揮されるのだろうか？</p>
<p><strong>勝負を分けるものとは</strong></p>
<blockquote><p>インタビュー：皆さん研究していて、皆さん同じ情報を取ろうと思えば取れるという中で対局はギリギリ、紙一重の勝負をしている、じゃその勝敗を分けているものは何か？</p>
<p>羽生：一つは運とかツキとかあるような気がする。手が震えるっていう話をしましたけど、指運ってあるんですよ、つまり手がいいところにいくかどうか、例えば最後時間がなくなって手がいいところにいくかどうか。</p>
<p>わからない場面のときにいいかどうかわからないわけですけど、指さないといけないわけです、時間がないですから、その時にいいところに行くかわるいところに行くか、まぁ運ということもある。その人の持っているその考え方とか発想とか、そういうものがでる。</p>
<p>あともう一つはですね、知識は皆共通してあるんですけど、そこから何を切り取って何を選ぶかっていうところはやっぱり個人差があるわけですよ。例えばこの形は自分のスタイルにあっているからやってみようとか、これは面白そうだからやってみようとか、主査選択という部分っていうのはかなり個人差がでてくるような気がする。</p>
<p>インタビュー：指運の話ですけどほんとですか、これ？</p>
<p>羽生：終盤戦のお互い時間がなくなってきたところは、プロでもわかんないんですよ。わかんないというところで決断をしていく、後で時間をかけて調べればわかるんですけど、何がいいかわからないっていう場面は本当に将棋のプロでもよくよくある、目ずらしことではないことなんでまっ、そこでどうするかってことですよね。</p>
</blockquote>
<div class="woo-sc-quote"><p></p></div>
<p>これって感覚なんだと思うけど、そのレベルがすごい！　普段から研ぎ澄まさないとこのような境地に行かないのではないだろうか？　単純にいうと熱いものを触った瞬間、これは熱いから手を離すというように脳を通しては考えないはず、一瞬にして反応するもの。このような無意識の感覚に近いんじゃないかなぁ？　それがその人の持っている個性という潜在能力の部分から反応されて個人差となって現れてくるというもの。</p>
<p>サッカーでもドリブルやフェイントの練習を普段から体に馴染ませておけば、自然考えずに体が動くようになる。柔道や空手、剣道などでも意識しないで気がついていたら技が出ていた。こういう感覚じゃないかなぁ、指運というのは。えーぃって無意識に一手を投じるのは普段から勝負勘をつけておくとか、将棋の勝つための戦略を考え続けている状況の中で無意識に飛び出すものだと思う。</p>
<p>後考えられる運というのは、その人がそれに取り組む姿勢なんだと思う。<a title="イチロー" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%81%E3%83%AD%E3%83%BC">イチロー</a>が普段から自分の野球道具を奇麗に自ら手入れしているように、棋士たちの普段の生活、将棋に対する純真な心構え、真理を見極めようとする向上心などが将棋の盤上でその人のプラスの運となって反映されるような気がする。</p>
<p><strong>多忙であることの意義</strong></p>
<blockquote><p>インタビュー：羽生さんは今年、これまでに３７局ということで２番目の方が２８なんで９、多い、だいぶ多いですよね。</p>
<p>羽生：まぁ二日性も入っているんで、日数的にしたらもうちょっと多いですね。</p>
<p>インタビュー：でありながら一方でこう地方でイベントがあったり、そういった活動をすごく積極的にされていて大変忙しいわけなんですけど、どうしてそんなに忙しくされているんですか？</p>
<p>羽生：忙しくするつもりはないんですけど、ただ対局が重なる時期っていうのはやっぱりありますね。ここがまた面白いところなんですけど対局が多くなってくるとですね、もちろん体調面では厳しい、体力的には厳しいってところもあるんですけど、ただ段々勘が冴えてくるってこともあるんですよ。</p>
<p>その勝負勘というか、一つの場面でパッとみてここが急所だとか、これは行けるだとか、何かそういうところの主査選択の精度が上がってくるというのはあるんで、忙しいからといって厳しいかって言うとそうでもないこともあるんですね。</p>
<p>一番いい感じは中４日くらいで行くんですよ、野球のピッチャーと同じで中４日でずっと先発していくっていう感じで一番いい状態ですね。でも感覚が詰まってくると中４日が中３日になったり、中２日になったりするんで、なんかちょっと肩に違和感だとか、何かそういう感じにはなってくるんですけど、やっぱり実戦慣れしてるからいいときもあるという、そういうところはありますね。</p>
<p>インタビュー：逆にこう当番感覚が開いちゃうと？</p>
<p>羽生：体調はいいんですけど、例えば集中するのがすごく難しかったりとか勝負どころを見極めるのが難しくなるっていうことはあります。</p>
<p>インタビュー：ただその情報、データーは集めて研究するって時間も必要なわけですよね？</p>
<p>羽生：これは本当に大事ですね。本当にものすごく大事です。今は特にものすごく大事なんです。（３回も羽生氏は強調しました！）</p>
<p>インタビュー：イベントとかお仕事を減らしてそちらの時間にあてたほうが強くなるかなぁと思うんですけど、必ずしもそうではない？</p>
<p>羽生：これがまた面白いところなんですけど例えば将棋の勉強とか、将棋の研究だけをずっとやり続ければいいかっていうと、必ずしもそうでもないんですよ、つまり突き詰めてやっちゃうと煮詰まるってこともあるんですね。こう煮詰まっちゃってどうしようもなくなるってこともあって、こう何でも合理的に割り切って、その徹底してやるっていうやり方が一番いいやり方じゃないんじゃないかなぁと私は思っています。</p>
<p>何で差をつくかって今わからないんですよ、棋士同士で。情報皆同じで定石皆知っているわけですし、そこから思い浮かぶ発想っていうのはそんなに個人差があるわけじゃないですから。これも不思議なものなんですけどそのいくら机上で考えてもやっぱり実際の真剣勝負の場でやってみないとわからないこととか学べないこととか、吸収できないことっていっぱいあって。</p>
<p>インタビュー：データで見るのと実際とやっぱり違いますか？</p>
<p>羽生：違うんですね、なんというか緊張感とか緊迫感が違うっていうのと、後真剣に普段の時にやっているつもりでも、どこかその待ったができるとか、そういう状況なのと、待ったができなくて失敗が許されないその緊張感とか緊迫感の中で一手一手考えていくっていうところはなんかその同じ思考でも深さが違うというか、重みが違うってことはあるような気はしています。</p>
</blockquote>
<p>プロ野球のピッチャーのような心境なのかなぁ？</p>
<p>一球が命取り、緊張感に緊迫感、プレッシャーから投げるコースが甘くなるとか。</p>
<p>フィジカルの世界では特にそうなんだけど、プレッシャーの中で如何に自分らしいプレーができるか、普段と同じような感覚でプレーができるかどうかというのが強くなるための絶対条件で、団体競技なんかでもホームではなくアウェイで如何にプレッシャーというか不利な環境の中で力を発揮するのか、ということは本当に大事なこと。</p>
<p>でも実戦って大事なんだね！　昔ミュージシャンの知り合いが話していたんだけど、ギターを一人で練習するのも大事だけど、ライブを一発やったほうがうーんと実力は一気にあがる、みたいなことを言っていたのを思い出した。</p>
<p><strong>答えのない場面に個性は出る</strong></p>
<blockquote><p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001MIMBY2/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="羽生善治" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/04/0000.jpg" alt="羽生善治" width="240" height="240" align="right" /></a>インタビュー：私が申し上げているのはその奇抜な手という意味で言っているんではなくて皆が思いつかない妙手をこう見つけるという意味で言っているんですけどね。</p>
<p>羽生：答えがない場面、わからない場面っていうのはよくあるんですよ。これが妙手だとか悪手だとかわからない場面ってあるので、そこはかなり個性が出ると思います。必ずそういう局面って、一局の中に何回も現れるんでそこで何をするかっていうのは、答えはないわけですから、答えがない中で何をやるかっていうのはその人の個性というのが色濃く反映されるんじゃないかなぁとは思っていますけど。</p>
<p>インタビュー：先が見えない局面で感覚とか個性が生かされる、具体的にどういうことなんですか？</p>
<p>羽生：すごく単純にいうと例えばはっきり良い悪いがわかる場面だったらどんな人もいい方を選ぶじゃないですか、でもそれがもしわからないとか、すごい混沌としているとか答えがないってことになったら、結構その人の好き嫌いとか、好みとかそういうのが出ますよね、ということはその人の個性じゃないですか。</p>
<p>その人が持っている考え方とか感じ方とか培われてきたものとか、そういうものがすごく、性格とか習慣とかそういうものがその時にパッと出てくるっていうことがあるような気が、わからない場面だからこそ、そういうものが出せるということはありますね。答えがわからない場面ってほうが逆にその人の持っているその性格とか資質とか習慣みたいなものが、色濃く反映されるのかなっていう気はしていますね。</p>
<p>インタビュー：羽生さんの場合今それが勝ちに結びついているケースが多いからまぁ、これだけ今強いわけですよね。今こう上手く回っているっていう？　ご自分では？</p>
<p>羽生：あー、そうですね、まぁそれはなんていうか、いいリズムというかあるのかなぁ、とは思っていますね。</p>
<p>インタビュー：先ほどインタビューの中にもあった言葉で、とてもその考え方が柔軟で常にその変化をしていると、お話ありましたけどこれは心がけていることですか？</p>
<p>羽生：そうですね、心がけていることでもあるし、まぁやっぱり今はどうしてもそういうのは必要に迫られているっていうのもやっぱり、目まぐるしくいろんなことが出てくるので、本当に、まぁさっきの話じゃないですけど柔軟性を持って偏見を持たずに、まぁ見て自分なりに考えていくってことは常に大事だと思っていますね。</p>
</blockquote>
<p>[quote1]</p>
<p>羽生氏の話を聞いているうちになんかこう、戦う学者というイメージが湧いてきた。学者なんだけど戦っている。真理を究めるという部分では似ているのかもしれないけれど、でも徹底的に違うのは外の環境にさらされる度合いだろう！</p>
<p>こんなにも自分で常に考えることを強要されるというか、頭を使って勝負の勝ち負け、もちろんそこには体力が続くことが必要というフィジカルな面も含まれるけど、その静の場面、環境の中で己の思考を戦わせての真剣勝負、という頭の格闘技というものは将棋の世界以外にあるのだろうか？　そのように羽生氏の話す内容、出ている答えを聞いているうちに感じしまった。</p>
<p>後強く感じたのが、&#8221;この人、右脳で喋っているなぁ&#8221;という感覚。何なんだろう、多分情報を処理しているはずだからその活字的な要素で言ったら左脳が働いているはずなんだけど、羽生氏が喋っているイメージというのが右脳から発信されているなぁ、というもの。質問一つ一つに対して、こうある状況を浮かべて、それに合わせて応える情報を繰り出しているというか、そういうイメージを強く感じた。</p>
<p><strong>わからない場面でどうするか</strong></p>
<p>これはもうその人の生き方が反映されているというか、普段からの考え方から自分の好み、選択肢、ポジティブであるかどうかとか、そういうもののフィルターを如何にして自分にとって心地のいいものに仕立てておくか、ということに繋がる気がしてくる。</p>
<p>わからない場面に出会った場合、人は自分をさらけ出す以外に次へのきっかけを見つけ出すことが難しいのではないか？　ということも考えた。プロの棋士って凄い！　そのプロの棋士たちが羽生氏は凄いっていうんだから、羽生氏の考え方ってすごーく興味がある。</p>
<p>人間の脳の可能性というか、すごい能力を秘めた臓器というか、考えるということを極めるとこれほどの境地にまでいけるのかという感じと驚き、そしてプロの棋士に対しての尊敬の思いと、恐ろしいほどまでのプロ意識にただただ驚くばかりである。</p>
<blockquote><p>石田和夫九段 - これだけ勝っていてまぁ飽きるほど勝っているんじゃないかと、一冠ぐらいもらいたいなぁって、それぐらい取っていても尚且つね、一局一局一生懸命手を抜いていない姿ね。これがもう本当にいつも感心します、すごいなぁと思います。それプラスね、もちろん才能もですよ、だけど皆さん才能の方ばっかり言うけれども、そういう部分は強く感じますね。</p>
<p><a title="瀬川晶司" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%80%AC%E5%B7%9D%E6%99%B6%E5%8F%B8">瀬川晶司</a>４段 - 柔軟ですよね、考え方が常に柔軟で、常に新しいものを取り入れようという姿勢がありますよね。今までずっと勝ってきた自分のやり方というのがあると思うんですけど、そういうのを変えるのをなんのためらいもないというか、常に変化されているというのが、まっ強さの一つの理由なのかなぁ、と思いますけど。</p>
<p><a title="豊川孝弘" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E5%B7%9D%E5%AD%9D%E5%BC%98">豊川孝弘</a>６段 - 羽生さんはそのなんていうんですかね、何かその、やっぱりその違うものが見えているんでしょうね、そんな気がしますね。わかっていれば皆羽生さんに追いついているわけで、何かその将棋っていう、結局自分の中で作っていくものなんですけど、何かその確固たる、なんて言うんでしょうね、真理を追究するって言うんですか。彼、彼は本当にすごいんですよね。</p>
</blockquote>
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		<title>三浦和義元社長はよくわからん！</title>
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		<pubDate>Fri, 17 Oct 2008 02:44:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>B-KOOL</dc:creator>
				<category><![CDATA[What's up, Japan?]]></category>
		<category><![CDATA[あの人この人]]></category>
		<category><![CDATA[三浦和義]]></category>

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		<description><![CDATA[三浦和義元社長自殺 なんか、びっくりしましたよね、三浦和義元社長が自殺してしまったニュースには。 そんなことするとは誰も想像していなかったでしょう。多くの人が混乱のまま、彼が起こした自分勝手な行為によって、まだこちらの世 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="float:right; margin:0 0 10px 15px; width:240px;">
		<img src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2008/10/0103.jpg" width="240" />
		</p><p><strong>三浦和義元社長自殺</strong></p>
<p>なんか、びっくりしましたよね、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%B5%A6%E5%92%8C%E7%BE%A9">三浦和義</a>元社長が自殺してしまったニュースには。</p>
<p>そんなことするとは誰も想像していなかったでしょう。多くの人が混乱のまま、彼が起こした自分勝手な行為によって、まだこちらの世界で生き延びている人は心の後始末をつけようとしています。</p>
<blockquote><p>「ロス疑惑」以降の三浦和義元社長をめぐる動き</p>
<p>８１年８月　米ロサンゼルス市内のホテルで三浦元社長の当時の妻一美さんが殴打される（殴打事件）</p>
<p>１１月　同市内で一美さんが銃撃され、翌年死亡（銃撃事件）</p>
<p>８５年９月　殴打事件に絡み、警視庁が殺人未遂容疑で元社長を逮捕、９８年１０月に懲役６年の実刑判決が確定</p>
<p>８８年１０月　銃撃事件の殺人容疑で警視庁が元社長を逮捕。一審で無期懲役、控訴審で逆転無罪判決。０３年３月に検察側の上告が棄却され、無罪確定</p>
<p>０３年５月　東京都内の書店で雑誌１冊を万引きした疑いで元社長を現行犯逮捕。不起訴処分に</p>
<p>０７年４月　神奈川県内のコンビニエンスストアでサプリメントを万引きした疑いで、元社長逮捕。略式起訴で罰金刑。元社長は正式裁判を申し立て、公判では万引きを否認</p>
<p>０８年２月　米自治領サイパン島で、地元警察が元社長を殺人などの容疑で逮捕</p>
<p>０８年９月　サイパンの地裁が、元社長が申し立てた人身保護請求を棄却、ロスに身柄を移すよう自治領政府に命令</p>
<p>同月　元社長の逮捕状取り消し請求について、ロス郡地裁が殺人罪を無効、共謀罪は有効と決定</p>
<p>１０月　サイパン島からロスに元社長を移送。元社長は到着後に自殺</p>
</blockquote>
<p>これ以前にも彼は少年院で過ごしたりと、幼少の頃からそれなりの悪だったんですね！</p>
<ul>
<li><a href="http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2008/10/post-c27f.html" target="_blank">自殺という逃亡</a></li>
<li><a href="http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/america/186066/" target="_blank">三浦容疑者が移送時にかぶっていた帽子の言葉、その意味は？</a></li>
<li><a href="http://minnie111.blog40.fc2.com/blog-entry-1143.html">三浦和義はなぜ自殺したのか</a></li>
<li><a href="http://www.cyzo.com/2008/12/post_1188.html">さらば、三浦和義…アウトローに愛されたカタギの”悪人”</a></li>
</ul>
<blockquote><p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4041682053/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="三浦和義事件" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2008/10/0102.jpg" alt="三浦和義事件" width="240" height="240" align="right" /></a>三浦容疑者が薬物依存症であるとすると、カメラの前で激情的な演技をしたり、殺害を計画したり、万引きしたりと彼のこれまでの犯罪の説明がつく。彼は、薬物依存症だったから、麻薬を手に入れる資金を得るために、妻に莫大な保険金をかけて殺したのではないだろうか。</p>
<p>今回、三浦容疑者はサイパンでロスに移送されることをかなり必死で拒んでいた印象がある。ニュースの報道でも、「移送される」、「されない」のニュースが飛び交っていたと思ったら、いきなり「移送される」ことになった。</p>
<p>なぜ移送されることに至ったのか、この過程がよくわからない。先日の NY タイムズには、同 一犯罪で被告を再度裁判にかけることを禁じる「一時不再理」で「殺人罪」が却下されたから三浦容疑者が移送に同意したと書いてあったが、それだけが理由だ ろうか。</p>
<p>もし、そうなら、三浦容疑者が自殺したのは、薬切れの禁断症状の中で、 2004 年にカリフォルニア州法が変わって、「一時不再理」は海外の裁判には適用されないことを知ったからではないか。この「一時不再理」は 2004 年に制定されたので、それ以前の判決には適用されないのでは ないかという指摘がフリスキーさんからあったが、ケースバイケースのようなので、今週木曜日の審議会が注目されていた。</p>
<p>又、「殺人罪」が認められなくて も、「共謀罪」が認められれば、最低 25 年間の懲役なので今 61 歳の三浦容疑者にとっては余生を刑務所で暮らすようなものだった。こういったことを改めて考えた末、衝撃的に自殺を決意したのだろう。</p>
<p>ロス地検は、新証拠を手に入れたと言っていたが、「共謀罪」で立証するために、一美さんをホテルの部屋で殴って殺害しようとした元女優の聴取を行っていたそうだだ、彼女はインタビューで次のように語っている。</p>
</blockquote>
<p>自殺するってことは絶望、あきらめてしまったんでしょうね。最低でも２５年ですか？　６１歳の年齢で２５年となると、まぁ、軽く見積もって８６歳まで自由を奪われるわけですね。やっぱりあきらめちゃったのかなぁ？</p>
<p>ロサンジェルス近郊の Jail なんてどれもひどいものばかりです。（<a href="http://www.toptenz.net/10-extremely-dangerous-gangs.php">10 Extremely Dangerous Gangs</a> ）</p>
<p>ほとんど、ギャングが刑務所内でも支配しているんです。性的餌食になったり、ひどいのになると刑務所内で殺されてしまいますから、そのような環境で２５年も、耐えられるわけありません！</p>
<p><strong>再逮捕</strong></p>
<blockquote><p>2008 年2 月 22 日にアメリカの自治領であるサイパンにおいて三浦は、現地に出向いていたロサンゼルス市警の警官に殺人容疑で逮捕された。これは、「ロス疑惑」の捜査がアメリカでは未だ進行中（アメリカでは時効制度は存在するが殺人に関しては時効は存在しない）であり、それに基づいての被告人身柄確保と思われる。</p>
<p>今後、ロサンゼルスへの移送を予定しているという。ただし、被告側は日本の最高裁での無罪判決の確定を根拠として、「一事不再理」の原則を盾にアメリカ当局の身柄拘束を不当なものと見なし、ロサンゼルスへの身柄移送の中止と身柄の解放を訴えて、法定で争っていたが、10 月 10 日にロス市警に身柄移送、10 月 11 日、ロス市警にて三浦は自殺を図り死亡した。</p>
</blockquote>
<p>このニュースにもびっくりしましたけど、この後に行われたミクシィの利用規約改定が、三浦和義元社長逮捕と関係している、という噂がネットで流れたときにはもっとびっくりしました。</p>
<p>もうアクセスできませんけど、三浦和義元社長のものです。（<a href="http://mixi.jp/show_friend.pl?id=4422563" target="_blank">本人の mixi</a> ）</p>
<p>[quote1]</p>
<blockquote><p>１週間サイパンに行っていますので、 mixi も見れません。 というよりも、携帯も成田に駐めておく車の中に置いてゆきますし、 PC も持って行きませんので。 留守電機能は生きていますので、連絡ある方は入れておいてください、 帰国後すぐに電話させて頂きますので！</p>
</blockquote>
<p>このときには僕もあわてて自分のエッセイなどミクシィ内で公開していたものをすべて外付けのブログへとリンクさせました。</p>
<p><strong>ミクシィ利用規約改定の裏にあるもの</strong></p>
<p>ミクシィ内で公開している日記など、ミクシィが勝手に商用利用するのではないか？　というような解釈をユーザーにされて、ミクシィのこの利用規約改定はかなり叩かれたんです。</p>
<p>しかし、裏には警察などが個人の日記に対してアクセスできるようにするための利用規定改定だったとか？　あくまでもネット内で流れた憶測ですけどね！</p>
<blockquote><p>2008 年 4 月 1 日施行予定の利用規約改定を巡り</p>
<p>mixi 事務局は、 2008 年3 月 3 日に以下の内容を持つ利用規約の改定を 2008 年 4 月 1 日から施行する旨発表した。様々な条項が mixi ユーザーの間で問題とされているが、特に新規約 18 条の問題が報道されている 。</p>
<p>ユーザーは株式会社<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%82%A3_%28%E4%BC%81%E6%A5%AD%29" class="broken_link">ミクシィ</a>に対して、日記等の情報を無償かつ非独占的に使用する権利（ 複製・上映・公衆送信・展示・頒布・ 翻訳・改変等）を許諾するものとする。（第 18 条 1 項要旨）</p>
<p>ユーザーは、株式会社ミクシィに対し、著作者人格権を行使しないものとする。（第 18 条 2 項要旨）</p>
<p>新利用規約の施行前にユーザーによって行われた行為についても本利用規約が適用される。（附則第 2 項要旨）</p>
<p>これにより、日記・自作小説・画像・動画といった著作物が無断で株式会社ミクシィに使われる虞があることから、作家や編集者などの著作権と密接な関わりを持つ職に就いているユーザーから、「これが施行されるようであれば退会も考えなければならない」との声が上がっている 。米国在住の映画評論家である町山智浩は、既に退会の意向を表明しており、 mixi ユーザーの間にも不安が広がっている。</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4821142244/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="三浦和義 敗れざる者たち―「うしろ指さされ組」の記録" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2008/10/0103.jpg" alt="三浦和義 敗れざる者たち―「うしろ指さされ組」の記録" width="240" height="240" align="right" /></a>mixi 事務局はユーザーの反応及びマスコミの報道に対して、「利用規約改定に関するお知らせ（追記）」を発表し、またマスコミに対して規約改定の必要性の根拠について以下の説明を行った。</p>
<p>投稿された日記等の情報が、当社のサーバに格納する際、データ形式や容量が改変されること。</p>
<p>アクセス数が多い日記等の情報については、データを複製して複数のサーバに格納すること。</p>
<p>日記等の情報が他のユーザーによって閲覧される場合、当社のサーバから国内外に存在する mixi ユーザー（閲覧者）に向けて送信されること。</p>
<p>mixi 新機能リリース・障害のご報告 利用規約改定に関するお知らせ（追記）より引用</p>
<p>しかしながら本事項は「新機能リリース・障害のご報告」に掲載されている事柄であって規約としての強制力はなく、また規約自体がユーザーが有する 著作権に対して mixi 事務局がほぼ無制限の権利行使の許諾を強要する事に変わりは無く、本規約変更に対して否定的な意見を持つ者からは「何の説明にも なっていない」という厳しい意見も見られる。サーバに格納し配信する為だけであれば、著作人格権の放棄の必要性は全く無く過去にそのような事を主張して認められた事例も無いとの意見もある。</p>
</blockquote>
<p><strong>一美さんのお母様のメッセージ</strong></p>
<p>最後に、三浦和義元社長に殺された一美さんのお母様のメッセージを載せておきます。</p>
<p>日本では被害者の人権よりも犯罪者の人権を重んじる、という点が気になりました。この事実はほんとすべての事件でそのように感じますね！　三浦和義元社長はなんだったんでしょう？　という思いが僕の中では強いです。</p>
<div class="woo-sc-quote"><p></p></div>
<blockquote><p>元ポルノ女優を使って殺人未遂をおかし、そのわずか３カ月後、また複数の知人に一美殺害を依頼して、三浦は巨額の保険金を詐取しました。</p>
<p>しかし、被害者の人権よりも犯罪者の人権を重んじる日本では、三浦が裁判に勝ち、正義は実現しませんでした。</p>
<p>少年時代にあらゆる犯罪をおかし、日本の警察が優秀であることを肌身で知った三浦は、犯罪場所をロスに移したが、そこには共謀罪という罪があることを見落としていた。墓穴を掘ったのです。</p>
<p>死んだことで罪がすべて許されるのなら、この世に倫理道徳はなくなります。</p>
<p>以前、ハンストをしたように、狂言として自殺をはかり、誤って死んでしまったのか、死のうとして死んだのか、それはわからないが、三浦が死んでも、殺された一美、千鶴子さんの無念は変わることはありません。悲しみ苦しんだ遺族の思いは消えることはありません。</p>
<p>三浦が死んで一件落着のような風潮がもう出はじめています。こんな理不尽なことが許されてよいのでしょうか。</p>
<p>日本の法律を超えて三浦を逮捕し、三浦の犯罪を明らかにしようとしたロス捜査当局の方々には、心より御礼を申し上げます。</p>
<p>そして家族からの最後のお願いは、三浦を有罪にする確信の元になった捜査証拠資料を公開して、三浦の犯罪がどのような犯罪であったのか、明らかにしていただきたい。そうでないと、一美、千鶴子さんの霊は永久に安らぐことがありません。</p>
<p>１０月１２日　一美の母、佐々木康子</p>
</blockquote>
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		</item>
		<item>
		<title>メガヒットの秘密（２０年目のB’z）- ＮＨＫ特集を見ての感想</title>
		<link>http://www.ebigbridge.com/2008/10/12/%e3%83%a1%e3%82%ac%e3%83%92%e3%83%83%e3%83%88%e3%81%ae%e7%a7%98%e5%af%86%ef%bc%88%ef%bc%92%ef%bc%90%e5%b9%b4%e7%9b%ae%e3%81%aeb%e2%80%99z%ef%bc%89-%ef%bd%8e%ef%bd%88%ef%bd%8b%e7%89%b9%e9%9b%86/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=%25e3%2583%25a1%25e3%2582%25ac%25e3%2583%2592%25e3%2583%2583%25e3%2583%2588%25e3%2581%25ae%25e7%25a7%2598%25e5%25af%2586%25ef%25bc%2588%25ef%25bc%2592%25ef%25bc%2590%25e5%25b9%25b4%25e7%259b%25ae%25e3%2581%25aeb%25e2%2580%2599z%25ef%25bc%2589-%25ef%25bd%258e%25ef%25bd%2588%25ef%25bd%258b%25e7%2589%25b9%25e9%259b%2586</link>
		<comments>http://www.ebigbridge.com/2008/10/12/%e3%83%a1%e3%82%ac%e3%83%92%e3%83%83%e3%83%88%e3%81%ae%e7%a7%98%e5%af%86%ef%bc%88%ef%bc%92%ef%bc%90%e5%b9%b4%e7%9b%ae%e3%81%aeb%e2%80%99z%ef%bc%89-%ef%bd%8e%ef%bd%88%ef%bd%8b%e7%89%b9%e9%9b%86/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 13 Oct 2008 04:38:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>B-KOOL</dc:creator>
				<category><![CDATA[What's up, Japan?]]></category>
		<category><![CDATA[あの人この人]]></category>
		<category><![CDATA[B’z]]></category>
		<category><![CDATA[NHK特集]]></category>

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		<description><![CDATA[僕がアメリカに来たのは今から２０年前、１９８８年８月２２日である。その約１ヵ月後の９月２１日にデビューした B’z。 今ではすっかりファンだけど、 B’z を実際に知ったのは７年間住んだロサンジェルスを後にしてニューヨー [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="float:right; margin:0 0 10px 15px; width:240px;">
		<img src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2008/10/0106.jpg" width="240" />
		</p><p>僕がアメリカに来たのは今から２０年前、１９８８年８月２２日である。その約１ヵ月後の９月２１日にデビューした <a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/B%27z">B’z</a>。</p>
<p>今ではすっかりファンだけど、 B’z を実際に知ったのは７年間住んだロサンジェルスを後にしてニューヨークに移り始めた１９９６年のこと。</p>
<p>最初に行ったノースカロライナ州シャーロットにロサンジェルスでの生活では、日本のメディア情報は全くと言っていいほど入ってこなかった。</p>
<p>あの頃は今のようにインターネットなどなく、シャーロットからバスでニューヨークへ旅行した際に寄った紀伊国屋に入り、わぁーい、日本語が読める、と嬉しくなって雑誌などを手に取り喜んでいたのを覚えている。</p>
<p>ロサンジェルスに行ってからは極力英語環境を自分の周りに作る努力をして、チップは安かったけど客全体がアメリカ人というようなお寿司屋さん、などで働いていたりした。</p>
<p>もちろんロサンジェルスはそれなりに大都市なので日本の本屋さんはあるし、ビデオレンタルもできる。だけどそういうものに触れるより、英語を自分のものにするという努力の方があの頃の僕にはプライオリティーが高かったのだ。</p>
<p>１９９０年代初め頃、調度バブル景気が落ち始めたころだろうか？　あの頃の <a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/J-POP">J-POP </a>はこのような理由でほとんど知らないんだよね。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%B3%E7%B1%B3CLUB">米米 CLUB </a>とか、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%B3_%28%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89%29">ユニコーン</a>とか<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/TRF">TRF </a>とか、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/Mr.Children">Mr.Children </a>も<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%83%E3%83%84_%28%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89%29">スピッツ</a>も<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E4%B9%B1Q">シャ乱 Q </a>もね。もちろん B’z もそうだったし、 SMAP も知らなかった。</p>
<p><strong>B’z を知ったのは偶然！</strong></p>
<p>日本から来た高校の友達が B’z のＣＤをお土産に持ってきてくれて僕にくれたのが始まり。確か『 <a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/LOOSE">LOOSE </a>』ですぐに気に入ったのを覚えている。</p>
<p>そしてシャーロットにいたときの知り合いがニューヨークで起業、手伝って欲しいとの誘いを受けて、僕も調度７年も住んだロサンジェルスのノー天気な気候のせいで自分もノー天気ぶりな生活になり始めていたこともあり、ひょこひょことニューヨークへ乗り込んでいった。</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022586893/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="B’z8808" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2008/10/0104.jpg" alt="B’z8808" width="240" height="240" align="right" /></a>そんなんで始まったニューヨークでは、 TVJapan なるものを毎月申し込み、見事ＮＨＫを中心とした日本の番組を見ることができるようになったのである。</p>
<p>僕のお話はここら辺で終わりにしといて、本題に入ろうか！</p>
<p><strong>ストイックな稲葉浩志</strong></p>
<p>番組全体の感想から言うと、やっぱりあの二人は当たり前だけど陰でものすごーーーーい努力をしていたのだ。</p>
<p><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E8%91%89%E6%B5%A9%E5%BF%97">稲葉浩志</a>さんの喉への労りから、基本的な体力づくり、そしてストイックなまでの健康管理には驚いた。</p>
<p>２００４年、自身の喉に水ぶくれを作り手術を施した稲葉さんのそれからの喉管理はすさまじい。部屋は常にダクトテープで隙間をなくし湿度５０％以上を保つ。厚い夏場でも飲むのは暖かいハーブティー。ツアー中は食事の際、ビールは飲まず、流し込むお茶にも氷は入れない。そして体調管理のため、夏場でもよく食べるという鍋料理。お腹を冷やさないためであろう。</p>
<p>ギターの<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E5%AD%9D%E5%BC%98">松本孝弘</a>さんに稲葉さんを一言で言うと？　という問いにずばり“ストイック”という言葉が返ってきたあたり、やはり相棒も認めるほど自分への責任を感じて理想とする自分のイメージに収まろうと努力しているのである。</p>
<p><strong>B’zのシンガーですね！</strong></p>
<p>稲葉さんがインタビュアーに“アーティストですか、それともミュージシャンですか？”と問われるんだけど、ここの答えがとにかくかっこよかったね。すべての努力の裏づけがこの言葉に象徴されていた。曰く、</p>
<blockquote><p>僕の中の意識はあまりアーティストっていうのもないし、実はミュージシャンという意識もあんまり実はないですね、まして音楽家というのもあまりないですね。</p>
<p>じゃ、稲葉さんはなんですか？（インタビュアー）</p>
<p>B’zのシンガーですね！</p>
</blockquote>
<p>これを聞いた瞬間、やられた！（おいおい、何に？）と思ったよ。かっこよすぎ。シングル４１作品連続トップ、歴代アーティスト１位。シングル・アルバム　ミリオンセラー獲得３４作品、歴代アーティスト１位。シングル・アルバム　総売上数、なんと７８０９万枚というからすごい！</p>
<p>そして去年２００７年の１１月、ハリウッド、ロックの殿堂に B’z の二人の手形が加わることになる。これは驚異的な売り上げが評価された結果であり、アジア人で始めての殿堂入りというからすごいよね！　なぜ、こんなに B’z は売れるんだろうか？</p>
<p><strong>売れる理由</strong></p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4789733289/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="B’Zミラクルクロニクル 1988-2008" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2008/10/0105.jpg" alt="B’Zミラクルクロニクル 1988-2008" width="240" height="240" align="right" /></a>この問いに二人はそれぞれこのように答えている。</p>
<blockquote><p>松本孝弘、感覚かなぁ、もう野生の感ですよ。これはもう、行ける、っていう。この曲で、この詩でもうＯＫっていう、もう確信あったね。</p>
<p>稲葉浩志、とにかく手を抜いていない姿を見せるというのがテーマでやっているので、そこが伝わっていればなんらかの結果がでてくるのではないかな、と思ってますね。</p>
</blockquote>
<p>僕は二人の創作の現場を見て、あっ、やっぱりなぁ、と素直に思えることができたのである。理想のフレーズが見つからない松本さん、伝わりやすい歌詞を見つけようと試行錯誤を繰り返す稲葉さん。</p>
<p>２０年間トップを走り続けてきた二人の実像から感じたものは、ずばり成功した人、誰もが持っているキャラクターだった。それは、考え抜く力、である。</p>
<p>考える力ではない！　考え抜く力である。（<a href="http://www.ebigbridge.com/2007/10/16/%e8%80%83%e3%81%88%e3%82%8b%e5%8a%9b%e3%81%8c%e4%b8%8d%e8%b6%b3%e3%81%97%e3%81%a6%e3%81%84%e3%82%8b%e3%82%8f%e3%81%91%e3%81%a7%e3%81%af%e3%81%aa%e3%81%84%e3%80%81%e8%80%83%e3%81%88%e6%8a%9c%e3%81%8f/">考える力が不足しているわけではない、考え抜く力が不足しているのだ</a>）</p>
<p>８小節、２０秒のソロで納得のいくフレーズを探し続ける松本さん。６月、都内の録音スタジオである程度のＯＫ。７月、あの８小節をやり直すために再びスタジオ入り。５小節目と６小節目がどうしてもしっくりいかないらしい。このわずか５秒の部分が一ヶ月間気になっていた松本さん。</p>
<p>本人自身語っていたことだけど、もうその辺になると職人としてのこだわりと一緒らしいとのこと。自分が納得したものを作り上げ、その後リリースされても大丈夫、という感覚を得るまで探し続けるのだ。</p>
<p><strong>他の人よりも相当好き</strong></p>
<p>後印象に残っている部分といえば、松本さんのこの言葉。</p>
<div class="woo-sc-quote"><p></p></div>
<blockquote><p>俺たち何でもそうなんだけど、違うんじゃない！　　っていうのが一番誤解の元になっちゃうから、まずはみんな思うとおりにやればいいじゃん、と。これはでも、妥協とは違うんだよね。</p>
<p>それでね、得したこといっぱいあるんですよ、いままで。うそー、とおもってやってみたら、それがヒット曲になったとか、そういうことあるんですよ。なんで、まずそれが一番いけないですよね、最初の時点で、いや、これはないな、って言って、撥ねちゃうの。だからそれはもうずっと続けてやってきたことですね、今まで。</p>
<p>ギターなんかでもそうなんだけど、思い込みの違いだと思うよ。僕が音楽の才能だとか、ギターのそういう才能、とかっていうよりも、人よりそれがあったということじゃなくて、ほかの人よりも相当好きだったというか好きだということが、やっぱり原動力になるんじゃないですかねぇ。だから誰にも負けないぐらいの好きなものを見つけることだよね。</p>
</blockquote>
<p>そうですよね、松本さん。ツアー前の合宿中、疲れの見えたメンバー全員に丸一日の休暇を与えるんだけど、松本さん自身は自分の部屋に閉じこもり、コンサートで引くことになる曲を最初から全部音合わせと確認のための練習をしているんだよ。8 時間ぶっ通しだよ、昼食はカップめんのみ！</p>
<p>こういう情熱と集中力は本当に自分が好きなものでないと続かないだろうし、それに費やすエネルギーも生まれてこないよね、単純な話。二人はいつまで走り続けるんだろう？</p>
<p>日本へ帰ったら一度、 B’z の LIVE-GYM へ行って見たいと強く思っている。</p>
<p><strong>サインをもらったことの経験（ミーハー体験）</strong></p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4789733270/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="B’zウルトラクロニクル1988‐2003 軽装版" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2008/10/0106.jpg" alt="B’zウルトラクロニクル1988‐2003 軽装版" width="240" height="240" align="right" /></a>実は僕、稲葉さんと松本さんがお互いソロとして活動した時期の稲葉さんにお会いしたことがある。</p>
<p>ソロ活動の際の用事で多分、ニューヨーク入りしていたと思うんだけど、僕が働いていたダウンタウンの日本食レストランへ突然現れたんだよね。もう、ちょーびっくり。いっぺんで、あっ、稲葉さんだ、ってわかったよ。</p>
<p>それからはもう、すげー、すげー、って感じで舞い上がってしまい、どうしても握手してもらいたかったから、食事が終わった後に勇気を出して稲葉さんの下へと行ったんだよね。</p>
<p>“あのー、プライベートなところすいません、稲葉さんですよね、ちょーファンなんです。握手とサインしていただけないでしょうか？”　稲葉さん、あっさり引き受けてくれたよ。“あっ、いいよ”って言ってね、普通の紙にサインを書いてもらった。</p>
<p>“名前何？”って聞くから、“あっ、 Kazu でお願いします”って言ったんだ。そしたら連れの一人に向かって、“あっ、名前一緒じゃん！”と稲葉さん。その連れの人は後で<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%A4%9A%E7%94%B0%E3%83%92%E3%82%AB%E3%83%AB">宇多田ヒカル</a>のＰＶ見て気がついたんだけど、元旦那の<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%80%E9%87%8C%E8%B0%B7%E5%92%8C%E6%98%8E">紀里谷和明</a>氏だったんだよ。これも後でびっくりしたけどね。</p>
<p>[quote1]</p>
<p>そんで、最後に握手、“頑張ってください”といって握った手にはちゃんと指に刺青がしてありました。かっこいいーーーーーーーーーーーーーー！</p>
<p>今でもサインしてもらった紙はちゃんとＣＤ『 B’z The Best “Pleasure” 』の間に挟んで、大事にしております。すいませんね、ミーちゃん、ハーちゃんのお話をして。</p>
<p><strong>稲葉さん、 B’z のシンガー</strong></p>
<p>イコール、アーティストであり、イコール、ミュージシャンであり、イコール、音楽家であり、イコール、（　）ですよねぇ。（　）にはなんでも入りますね！　最後にせーの、お疲れ！</p>
<p>P.S. 　今回のこのＮＨＫ特集、実は YouTube に上がっていた。毎回のことだけど、このように貴重な日本の番組を挙げてくれる勇士に感謝している。多分それなりのリスクを背負ってやっているんだろうけど、本当に助かるよ！</p>
<p><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E5%BF%97%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%81%99%E3%81%B9%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E8%A9%B1">人志松本のすべらない話</a>、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%9A%E5%A3%AB%E3%81%A8%E5%8A%A9%E6%89%8B%E3%80%9C%E7%B4%B0%E3%81%8B%E3%81%99%E3%81%8E%E3%81%A6%E4%BC%9D%E3%82%8F%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%83%9E%E3%83%8D%E9%81%B8%E6%89%8B%E6%A8%A9%E3%80%9C">博士と助手〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜</a>、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%81%E3%81%A1%E3%82%83%C3%972%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%81%A6%E3%82%8B%E3%83%83%21">めちゃ ×2 イケてるッ !</a>、 SMAP 、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%86%E3%81%9F%E3%81%B0%E3%82%93">うたばん</a>などの番組をあげてくる皆さん、本当にありがとう。</p>
<p>いつの日にか、このような体験が昔話になっているといいんだけどね。早く、世界中のテレビ番組が、世界のどこにいても普通に視聴できるようにならないかなぁ、と思うのである。</p>
<img src="http://www.ebigbridge.com/?ak_action=api_record_view&id=713&type=feed" alt="" />]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>思想家に見えたサッダーム・フセインの死際</title>
		<link>http://www.ebigbridge.com/2007/01/04/%e6%80%9d%e6%83%b3%e5%ae%b6%e3%81%ab%e8%a6%8b%e3%81%88%e3%81%9f%e3%82%b5%e3%83%83%e3%83%80%e3%83%bc%e3%83%a0%e3%83%bb%e3%83%95%e3%82%bb%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%81%ae%e6%ad%bb%e9%9a%9b/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=%25e6%2580%259d%25e6%2583%25b3%25e5%25ae%25b6%25e3%2581%25ab%25e8%25a6%258b%25e3%2581%2588%25e3%2581%259f%25e3%2582%25b5%25e3%2583%2583%25e3%2583%2580%25e3%2583%25bc%25e3%2583%25a0%25e3%2583%25bb%25e3%2583%2595%25e3%2582%25bb%25e3%2582%25a4%25e3%2583%25b3%25e3%2581%25ae%25e6%25ad%25bb%25e9%259a%259b</link>
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		<pubDate>Thu, 04 Jan 2007 07:26:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>B-KOOL</dc:creator>
				<category><![CDATA[What's up, Japan?]]></category>
		<category><![CDATA[あの人この人]]></category>
		<category><![CDATA[サッダーム・フセイン]]></category>

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		<description><![CDATA[サッダーム・フセインの死刑執行 サッダーム・フセインが絞首刑にされた。 2006 年 12 月 30 日 、サッダームは、バグダードにて絞首刑による死刑が執行され、刑死。 69 歳没。（サッダーム・フセインの死刑執行）  [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="float:right; margin:0 0 10px 15px; width:240px;">
		<img src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2007/01/PICT0215.jpg" width="240" />
		</p><p><strong>サッダーム・フセインの死刑執行</strong></p>
<p><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%83%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%83%B3">サッダーム・フセイン</a>が<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%9E%E9%A6%96%E5%88%91">絞首刑</a>にされた。</p>
<blockquote><p>2006 年 12 月 30 日 、サッダームは、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%B0%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%89">バグダード</a>にて絞首刑による死刑が執行され、刑死。 69 歳没。（<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%83%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%AD%BB%E5%88%91%E5%9F%B7%E8%A1%8C">サッダーム・フセインの死刑執行</a>） フセインは、イラクが核兵器を開発済であり、核兵器を完成させて密かに国内のどこかに隠し持っているかのように振舞い続けた。死の直前にあたり、裁判関係 者から「なぜ、かかる愚かな行為をしたのか」と問われた際、フセインは「核兵器を持っていないことが明らかになると、核を持っているイランに攻め込まれ、 国家がなくなってしまうのではないかとの恐怖があったから」と答えている。</p>
</blockquote>
<p>ビックリである。裁判で判決が下されてからまだ５６日しか立っていない。あの判決が出た後、実際に刑が執行されるのにはまだまだ時間がかかるだろう、というのが大方の見方であったからだ。</p>
<p>それがこの２００６年も終わろうとしているときにいきなり実行されてしまった。審議を問いたださなくてはいけない質疑もまだ他にもあるのに。</p>
<blockquote><p>比較的小規模な１９８２年のイスラム教シーア派虐殺事件「ドゥジェイル事件」のみ。処刑に より、審理中だった８０年代末のクルド人虐殺事件での訴追は打ち切られる。また、９０年のクウェート侵攻や、９１年の湾岸戦争後のシーア派弾圧といった大 きな事件は起訴すらされずに終わった。</p>
<p>さらに、裁判は当初から、スンニ派勢力などから「米国の利益のための裁判」「フセイン政権に弾圧されたシーア派とクルド人による報復裁判」と批判されたが、そうした批判を封じるのは、公明正大な裁判で元大統領らをきちんと裁くことによってのみ可能だった。</p>
<p>しかし実際には、唯一結審した「ドゥジェイル事件」の裁判の公平性について国連や人権団体から批判が続出。死刑を執行しないよう求める声 が国際社会で広がっていた。それに挑戦するかのように、拙速とも言える処刑に踏み切ったことで、真相解明より「報復」を優先したとみられかねない。</p>
</blockquote>
<p><strong>偉大な作家や思想家、哲学者のような顔つき</strong></p>
<p><img style="margin: 10px;" title="サッダーム・フセイン" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2007/01/PICT0214-195x300.jpg" alt="" width="195" height="300" align="right" />ニューヨーク・タイムズにサッダーム・フセイン絞首刑直前のビデオが載っている。そのサッダーム・フセインの表情をみて思考をめぐらさずにはいられなくなった。サッダーム・フセインの表情が偉大な作家や思想家、哲学者のような顔つきになっていたのだ。</p>
<p>昔の独裁者の頃のような頬がふっくらとした面影などなく、裁判での判決を講義するサッダーム・フセインにはまだ生命感みなぎるエネルギーを感じたものだが、あの絞首刑を受け入れるサッダーム・フセインは何か自分の考えが世界に受け入れられない悲しみを受け入れる思想家に感じたのだ。</p>
<p>もしサッダーム・フセインに少しばかりに時間が与えられて、後世に自分の自伝書を残すことが許されていたならば、僕はそれを読んでみたいと思った。もしかしたらサッダーム・フセインは自分がパペットだったことを認めてもらいたかったのか？</p>
<p>あの絞首刑を受け入れたサッダーム・フセインの表情の奥深くに隠された独裁者の思想を感じたのだ。</p>
<p><strong>絞首刑はほぼ即死</strong></p>
<p>ここまではサッダーム・フセインが処刑された直後のニュースを見て書いたものだったが、お正月ということもありブログの更新には反映させず今日の４日まで待った。その間１２月３０日と３１日の YouTube ではほとんどサッダーム・フセイン処刑シーンで埋め尽くされ、多分出るだろうなぁと思っていた絞首刑実行後までの映像がやっぱり出だしたのが新年明けての１月１日ごろ。</p>
<p>年初め早々暗いニュースを題材にエッセイを書くことは躊躇した。それにしても実際の絞首刑というのはほぼ即死、ということは知らなかった。床が外れたかと思うと自分の体重が首にかかり、そのまま首の骨が折れて死んでしまうのだろう。</p>
<p>あの暗闇の中、焦点が定まらない目で口をポカーンと開けたままぶら下がり続けるサッダーム・フセインの映像は衝撃的だった。周りでは<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%BC" target="_blank">アッラーフ（ اللّه Allāh ）</a>に祈りをささげるかのような雄叫びが響き渡る。</p>
<p>この映像は瞬く間に全世界に（多分アンダーグランドサイトを通して、 YouTube とか Google Video ）流れ、インターネットがなかったころでは想像もつかなかったインパクトを人類に与えた。ルーマニアの<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A6%E3%82%BB%E3%82%B9%E3%82%AF">チャウセスク</a>独裁者の最後のシーンの扱われ方とはえらい違いだ。</p>
<blockquote><p>12 月 23 日 にはチャウシェスク夫妻はトゥルゴビシュティにおいて救国戦線により逮捕される。 12 月 25 日、救国戦線はチャウシェスク夫妻を、 60,000 人の大量虐殺と 10 億ドルの不正蓄財などの罪で起訴、形だけの<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8D%E4%BA%8B%E8%A3%81%E5%88%A4">軍事裁判</a>で即刻銃殺刑の判決を下しその場で殺害した。この様子はビデオで撮影され、フランスを含む西側諸国でただちに放送された。</p>
<p>数日後ルーマニア国内でも処刑の様子が公表された。この放送は、チャウシェスクが対外的には清貧な大統領を装う一方で、残忍な独裁者であったという印象を強くした。即刻銃殺刑に処したこと、西側諸国に公開したことを見ても如何に大統領が国民を抑えつけ恐れられていたかが分かる。</p>
<p>なお、死刑執行が直ちに行われた理由の一つとして、死刑執行直前までつけていた時計に現在位置情報を秘密警察に知らせる機能がついていたため、直ちに死刑を執行しないと秘密警察に身柄を奪還される恐れがあったためと報じられた</p>
</blockquote>
<p>そして昨日、あるブログの記事を発見。どこまで本当かはだれにもわからないがなんとなく信じたい内容であった。</p>
<blockquote><p>Ellis 氏は 1 日、 CNN の取材に応じて、フセイン元大統領は「礼儀正しく物静かな人物だった」と語った。「いつも奥さんや子どもたちのことを話していました。熱心な読書家で、書き物をするのが大好きでした。自分で書いたという小説をたくさん持っていましたし、あの当時も何かの論文を毎日書いていましたよ。私が監房を訪れるたびに、いろいろなものを読み聞かせてくれました」（<a href="http://www.afpbb.com/article/1207380" target="_blank">「物静かな読書家でジョークが好き」、 看護師が語る獄中でのフセイン元大統領</a>）</p>
</blockquote>
<p><strong>自分の考えが社会に受け入れられない寂しさ</strong></p>
<p><img style="margin: 10px;" title="サッダーム・フセイン" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2007/01/PICT0215-300x204.jpg" alt="" width="300" height="204" align="right" />やっぱり僕が感じた思想家という雰囲気は間違っていなかった。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%AC%E3%82%A4">ガリレオ・ガリレイ</a>や<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%EF%BC%9D%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%82%BD%E3%83%BC">ジャン＝ジャック・ルソー</a>のように自分の考えが社会に受け入れられない寂しさをサッダーム・フセインも感じたのだろうか？</p>
<p>サッダーム・フセインはひどいことをした、というのは事実である。しかし、それ以上にアメリカやイスラエルももっとひどいことをしている。ただ、ニュースの出所は西側諸国からのプロパガンダを含めたニュアンスに陥りやすい。</p>
<p>今現在も続いているイラクでの内戦、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%82%A2%E6%B4%BE">シーア派</a>と<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%B3%E3%83%8A%E6%B4%BE">スンナ派</a>の長ーーーい争いの歴史の中でサッダーム・フセイン時代の独裁時期はほんのひと時の出来事だったのかもしれない。</p>
<blockquote><p>同元大統領が人道に反する罪で死刑となったことについて、 Ellis 氏は「とても残念に思っています。フセイン元大統領は終身刑にすべきでした。そうすれば、予測されていたイラクでの治安悪化などを阻止できたかもしれません」と述べた。</p>
</blockquote>
<p>いろいろなところから圧力がかかっていたのだろう。サッダーム・フセインが長く生きながらえて、いろんなことが暴露されては困る人なんかが圧力をかけたんだろうなぁ。やっぱりサッダーム・フセインはパペットとして利用されたんだとおもう。中東はどのような勢力図になっていくのだろう？</p>
<p><strong>アメリカ社会が感じる消えない不安</strong></p>
<p>サッダーム・フセインが処刑されようが、アメリカがイラクから撤退しようが、アメリカ社会の潜在意識に宿る、“きっとまた攻撃されるかもしれない、いや、攻撃されるだろう”といった不安感はまだ当分の間、消えることはないであろう。</p>
<blockquote><p>2006 年 12 月 30 日イラク時間午前 5 時半頃（日本時間午前 11 時半頃）、アメリカ合衆国軍の収容所からイラクに引き渡され、手錠を掛けられたま ま死刑執行室に入れられた。収容所を出るときはもがくようだったが、最後にはほとんど抵抗せず、執行の進行に従順であった。ルバイエ国家安全保障顧問によ ると、サッダームは脅えており、恐怖が顔に表れていたという。また、自分に言い聞かせるように「こわがることはない」と話していた。</p>
<p>サッダームはなぜか、コーランのコピーを所持しており、これをバンダルという人物に渡すことを求めていたという（このバンダルとは、元革命裁判所長のアワ ド・ハミド・バンダルの息子のことであると一部報道では伝えられている）。そしてサッダームは、首にロープを巻かれる前に「神は偉大なり。この国家は勝利 するだろう。パレスチナはアラブのものだ」などと叫んだ。</p>
<p>イラク時間午前 6 時 5 分頃、首都バグダードにて絞首による死刑が執行された。バグダード判事は「自分の周りで起きていることに、全く無関心の様子だった。死を恐れていないようだった」と CNN に話した。</p>
<p>首にロープを巻かれた際の祈りともとれる信仰告白を別にすれば、サッダームの最後の台詞は「この雑魚が」であるという説もあるが、隠し撮りされた執行直前の映像によると、刑執行の直前には執行人のひとりが、サッダームと敵対したシーア派急進派の指導者<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%80%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%89%E3%83%AB">ムクタダ・サドル</a>師の名前を挙げ、「ムクタダ・サドルに長寿を」と叫んだことに対して、サッダームがあざけるように「ムクタダ・サドル」と口にして、これを最後に死刑執行された。</p>
<p>死刑執行は当初、行われないという観測もされていたが、死刑確定後わずか 4 日という異例の展開となった。この背景にはマリキ首相を中心とするシーア 派系現政権の大部分が速やかな年内の死刑執行を望んだこと、またイラク情勢の早期打開を狙うブッシュ政権の思惑もあると思われる（ただし、イラク駐留アメ リカ合衆国軍のコールドウェル報道官が拙速な死刑執行に不快感を示し、またアメリカ合衆国国務省のマコーマック報道官は死刑執行の延期を働きかけていたと表明している。これは当日が犠牲祭の祝日であったことから事態の泥沼化を懸念してのことだと思われる。</p>
<p>この死刑執行については、死刑制度に反対するヨーロッパ連合各国や人権団体などから非難の声が上がっているほか、イラク国内でもスンニ派の一部住民が死刑に対するデモ活動を行った他、爆弾テロも発生し 70 名余りが死亡した。今後、イラク情勢がどのように変動するのかは全く不明である。</p>
<p>尚、サッダームの逮捕や裁判判決がアメリカ合衆国の国政選挙の直前というタイミングで行われていることから、アメリカ合衆国の共和党政権の選挙対策 に利用されているのではないのかという論調も存在する。また、この死刑に関して、かつてアメリカ合衆国と蜜月の関係にあったサッダームの口を封じる狙いも あったのではないかという意見も出ている。</p>
<p>国際連合事務総長に就任し 2007 年 1 月 2 日に初出勤した<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BD%98%E5%9F%BA%E6%96%87">潘基文</a>に対し、マスメディアからこの死刑執行について意見を求められた際に、「死刑は各国が決めなければならない問題」と発言。死刑を否認している国際連合の立場と矛盾した発言を行ったとして非難が集中。のちに弁明することとなった。</p>
<p>サッダームの死体は、故郷であるティクリート近郊のアル＝アウジャ村へ輸送され、 12 月 31 日に埋葬された。</p>
</blockquote>
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			<wfw:commentRss>http://www.ebigbridge.com/2007/01/04/%e6%80%9d%e6%83%b3%e5%ae%b6%e3%81%ab%e8%a6%8b%e3%81%88%e3%81%9f%e3%82%b5%e3%83%83%e3%83%80%e3%83%bc%e3%83%a0%e3%83%bb%e3%83%95%e3%82%bb%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%81%ae%e6%ad%bb%e9%9a%9b/feed/</wfw:commentRss>
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		<item>
		<title>金原ひとみさんに惹かれて</title>
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		<pubDate>Fri, 15 Dec 2006 07:44:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>B-KOOL</dc:creator>
				<category><![CDATA[What's up, Japan?]]></category>
		<category><![CDATA[あの人この人]]></category>
		<category><![CDATA[金原ひとみ]]></category>

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		<description><![CDATA[「蛇にピアス」朗読会 コロンビア大学内のドナルド・キーン日本文化センターで芥川賞受賞作家金原ひとみさんの著書「 蛇にピアス」の朗読会が行われいってきた。 実は彼女の本は一冊もそれまで読んだことはなく、ただ噂で彼女の生い立 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="float:right; margin:0 0 10px 15px; width:240px;">
		<img src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2006/12/0278.jpg" width="240" />
		</p><p><strong>「蛇にピアス」朗読会</strong></p>
<p><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%93%E3%82%A2%E5%A4%A7%E5%AD%A6">コロンビア大学</a>内のドナルド・キーン日本文化センターで<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%A5%E5%B7%9D%E9%BE%8D%E4%B9%8B%E4%BB%8B%E8%B3%9E">芥川賞</a>受賞作家<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%8E%9F%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%81%BF">金原ひとみ</a>さんの著書「 <a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9B%87%E3%81%AB%E3%83%94%E3%82%A2%E3%82%B9">蛇にピアス</a>」の朗読会が行われいってきた。</p>
<p>実は彼女の本は一冊もそれまで読んだことはなく、ただ噂で彼女の生い立ちを少しばかり知っていた程度である。</p>
<p>だが、芥川賞受賞の時の<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E4%B8%8A%E9%BE%8D">村上龍</a>氏の言葉が頭をよぎり、彼女に会ってみたいと思い、ほとんど彼女の経歴のほうに興味を持った形で彼女に惹かれていった。</p>
<p>行く前に紀ノ国屋によって彼女のデビュー作「蛇にピアス」を購入。まぁ、後で読むだろうが９９％の目的は文庫本にサインをしてもらうことだった。（その通り、僕はミーハーです）</p>
<p>会場には朗読会が始まる３０分前についてしまい、まだ誰も居ない会場を見て、全然人が集まらなかったらどうしよう、などと彼女の心が傷つくことがなければいいなぁ、と身内のような感情を持ってしまう。というのも僕がこの会場へ足を運んだ理由、金原ひとみさんの経歴に興味を持ったからだと思う。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E7%99%BB%E6%A0%A1">不登校</a>、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%88">リストカット</a>、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%81">いじめ</a>などの体験をしてきた彼女が小説を書くということだけはやめなかったそのドライブはなんなんだろう？</p>
<p>午後６時。気がついたら会場は人でいっぱいになっており、日本人のほか外国人の姿も見れる。総勢６０人前後というところだろう。金原ひとみさんはまだ姿を見せない。どうやら少し遅れそうだ。時間がもったいないということで日本語と英語での朗読会が始まった。</p>
<p><strong>身体加工</strong></p>
<div class="woo-sc-quote"><p></p></div>
<p><a href="http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%B9%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%BF%E3%83%B3&amp;action=edit&amp;redlink=1">スプリットタン</a>。どうやら身体加工などがストーリーの展開に含まれているらしい。リストカット、ボディカット、フェイスカットのことは「夜回り先生」こと、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E8%B0%B7%E4%BF%AE">水谷修</a>氏の特集を NHK で見ていたのである程度は知っていた。</p>
<p><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A5%E3%82%8C%E5%A2%A8">刺青</a>や<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%A2%E3%82%B9">ボディピアス</a>が若者の間で流行っているが、自分も１０代か２０代はじめの頃に同じような流行が若者たちの関心ごとだったらはまっていたと思う。僕が１９歳で日本を飛び出した頃の日本は、バブルの絶頂期で、そんなカネ、カネ、カネの東京が嫌いで日本から遠いところにとにかく行きたかった。</p>
<p>金原ひとみさんも<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%90%E7%AB%A5%E6%96%87%E5%AD%A6">児童文学</a>者で翻訳も手がける父、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%8E%9F%E7%91%9E%E4%BA%BA">金原瑞人</a>氏の仕事のため、サンフランシスコで一年弱を過ごしたことがある。そのときに日本語が恋しくて父親が紙袋いっぱいに買ってきてくれた本の中に<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E7%94%B0%E8%A9%A0%E7%BE%8E">山田詠美</a>さんの『放課後の【音符／キイノート】』や村上龍さんの『<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%99%E3%82%A4%E3%83%93%E3%83%BC%E3%82%BA">コインロッカー・ベイビーズ</a>』があった。</p>
<p>衝撃的だったらしい。こんなにも人間の内面を掘り下げられるのかと……。そして、自分も書いてみたい、自分なら何が書けるだろうと思うようになっていく。</p>
<p><strong>本人登場！</strong></p>
<p><img style="margin: 10px;" title="金原ひとみ" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2006/12/PICT0216-200x300.jpg" alt="" width="200" height="300" align="right" />朗読会が始まって３０分ほどたっただろうか、廊下がざわざわし始めた。どうやら本人が到着したらい。あっ、ちらっと見えた。会場に入ってくる。</p>
<p>第１印象。色白というよりもちょっと周りに立っている女性と比べると肌の色は蒼白だ。緊張しているのだろう、どこか身構えているというか、不安というバリアを張っているようだ。それもそうだろう。コロンビア大学といえばアメリカでは名門校の一つでそこで開かれる朗読会である。</p>
<p>どんなインテリの人が集まっているのだろうか？　自分の作品は受け入れられているのだろうか？</p>
<p>２０代前半の人とのコミュニケーションが苦手だった過去を持つ彼女はデビュー作、芥川賞受賞、その後も着々と作家としての自分を確立するべく歩み始めている築き始めたばかりの自信を盾に勇気を振り絞ってこの会場へとやってきたように見える。</p>
<p>そういえば<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B6%8B%E6%82%9F">中嶋悟</a>という元 <a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%A91">F1 </a><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%90%E3%83%BC">レーシングドライバー</a>はとてもシャイな男で人前で喋ることなどまったくといっていいほどできなかった。それが <a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%A91">F1 </a>という過酷な世界で戦ってきた実績が、 中嶋悟氏に自信をみなぎらせ F1 引退後の数々の講演会では驚くほど流暢に聴衆に向かって話していたそうである。</p>
<p>朗読の間、会場内を見渡すでもなく、渡されたテキストを手に自分の作品を朗読される声と一緒に追っていく金原ひとみさん。髪の毛によく手がいく。まだ落ち着かないのだろうか？　それにしても彼女の身体は華奢というよりもやせていてひ弱というか不健康そうな印象がぬぐえない。彼女の過去の経歴のことで僕の彼女を見る目にバイアスがかかっているのか？</p>
<p>彼女にはどうしても聞きたいことが一つあった。それが僕がこの会場に足を運んだ理由なんだけど、彼女を傷つけることだけはしたくなかった。どうしても全身に繊細さというか英語で言う、 Too Sensitive という表現がぴったりのオーラが出ているのだ。</p>
<p><strong>質疑応答</strong></p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087746836/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="蛇にピアス" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2006/12/0278.jpg" alt="" width="240" height="240" align="right" /></a>朗読が終わり、質疑応答が始まった。白人の男性が手を上げる。小説を書く際にリサーチやインタビューなどをするのか？という質問らしい。</p>
<p>金原ひとみさんの答え。あんまりしないらしい。それはそうだろう。まだデビューしてそんなに経験を積んだわけでもなく、今まさに作家としての自分を創り始めている段階なのだ。自分のこれまでの人生での経験など、自分の知的情報範囲内で小説が書ける最後のほうの時期なのだろう。</p>
<p>作家という職業はそこからは自分で経験などを積んで知的に自分自身を広げていかないと作品が書けなくなるらしい。そうやって書く技術もつかんでゆく。リサーチも自然とするようになるだろうし、作品の情報集めのために取材もするようになる。</p>
<p>その白人の男性は、アメリカでは当たり前と思われるジャーナリストや作家としての姿勢を金原ひとみさんも身につけて書いているのか確かめたかったのだろう。</p>
<p>そんなものは今はなくてもいい。１０代という一番多感な時期を人より苦しみながら生きてきた一人の少女が、書くことだけはあきらめず、ここまでやってきたのだ。そしてデビュー作が芥川賞を受賞し、世にポーンと出されて、今やっと自分という自己を確立しようとしている。</p>
<p>他にもいろいろな質問が出たがだいたい彼女の作家としての質問がほとんどだった。そのような質問には僕は興味をもつことができず、時折髪を後ろに掻き分け束ねる、金原ひとみさんばかりを見つめていた。結局、僕は質問を彼女にぶつけることはできなかった。帰り際、買ってきた「蛇にピアス」の文庫本を手に金原ひとみさんに近づいた。</p>
<blockquote><p>僕、「どうも、こんにちは」<br />
 ひとみさん、「あ、どうも、お疲れ様です」（あっ笑顔がかわいい）<br />
 僕、「あのー、本にサインを書いてほしいんですけど、どこでもいいです」<br />
 ひとみさん、「あぁ、じゃ、はい」（金原ひとみ、と縦書きに書いてくれました）<br />
 僕、「今日の日付もいいですか？」<br />
 ひとみさん、「えぇ、えーと、２００６年１２月のー、今日は？」<br />
 僕、「１３日です」<br />
 ひとみさん、「あっ、１３日」<br />
 僕、「あっ、どうもありがとう」<br />
 ひとみさん、「いいえ、どうもありがとうございます」（笑顔、かわいいなぁ）<br />
 僕、「握手、いいですか？」右手を差し出す。（オイ！）<br />
 ひとみさん、「はい、じゃぁ」<br />
 僕、「これからも頑張ってくださいね」<br />
 ひとみさん、「はい、どうもありがとうございます」</p>
</blockquote>
<p>差し出された手を握るととても細い手で僕は強く握り返すことができなかった。彼女の今にも折れてしまいそうなほどひ弱なエネルギーが僕を躊躇させたのだ。</p>
<p><strong>内臓で書かれた小説</strong></p>
<p>家に帰るとすぐに「蛇にピアス」を一気に読んだ。途中、何度も金原ひとみさんの描写にこちらの肩が緊張、いつの間にか力が入ってしまう場面が何度かあった。なるほど、村上龍氏が言っている。</p>
<blockquote><p>頭脳ではなく、内臓で書かれた小説だけがリアルなのだ</p>
</blockquote>
<p>解説の中で村上龍氏が書いているある部分に目が止まった。</p>
<blockquote><p>[quote1]</p>
<p>作者は登場人物たちをコントロールするわけではなく、登場人物たちに引きずられるわけでもない。小説を書いている間、作者は登場人物たちと“共に生きる”のだ</p>
</blockquote>
<p>ということは物語のイメージは右脳によって作られ、それを書き表していく行為は言語能力をつかさどる左脳を使って行っていることになる。（多分？）</p>
<p>意識していたのか、それとも無意識のうちにそのような状態でこの「蛇にピアス」を書いていたとしたら、彼女には作家というアーティストとしての才能も持っていることになる。きっと彼女は村上龍氏のエッセイにあるように「自分の好きなこと」「自分の身体が楽しいと感じること」を生きるときの最優先行為として選んできたのだろう。</p>
<p>いじめ、不登校、ニート、フリーター、格差社会、リストカット、身体改造。若者達が日本の閉鎖社会の中で悲鳴をあげている。その中から突然、特出した才能を持って飛び出してきてしまった金原ひとみさん。きっと社会が分類している負け組みという枠組みから見つめる若者達にとっては彼女は憧れのアイコンなのかもしれない。</p>
<p>会場にもたくさんの若い男女が来ていた。彼女自身はどう思っているのだろう？　負け組みに対して特別な思いやメッセージはあるのだろうか？　若者全体に対して自分が感じているメッセージを心に秘めているのだろうか？　僕が聞きたかった質問、彼女の経歴を見て惹かれていった思いはその辺にある。</p>
<p><strong>作者としてのメインテーマ</strong></p>
<p>村上龍氏が「<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E3%81%A8%E5%B9%BB%E6%83%B3%E3%81%AE%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%B7%E3%82%BA%E3%83%A0">愛と幻想のファシズム</a>」の中で、この作品は３０代から４０代のサラリーマンの多くに読んでもらいたい、というようなことを言っていた。村上龍氏の作品の中で占めるメインのテーマはシステムから逃亡し続けることだという。日本という様々な共同体から常に自由でいること。ちょっと大変だが、その枠組みの外にしか本当の快楽は存在しない、というようなことを書かれていた。</p>
<p>僕が金原ひとみさんに聞きたかった質問は、彼女もそのような自分の作品の軸となるテーマを自分自身の中に持って書いているのか、というようなことだった。</p>
<p>不登校、いじめ、リストカットなどを経験してきて、作家として成功の道を歩み始めている彼女もかつて自分が属していたと思われる側の若者達へ、きっとメッセージを持って作品を書いているに違いない、と思ったのだ。しかし、会場に現れた彼女はやっと作家として自己を少しずつ確立しはじめた、まだか弱い２０歳前半の金原ひとみだったのだ。今はそんなテーマやメッセージなどなくていい。自分を信じて好きな書くことを続けていけばいい。彼女をみて、そう思ってしまったのだ。</p>
<p>彼女のあの笑顔を思い出す。カリフォルニアの太陽の下であの笑顔を見たいと思った。きっと眩しいだろうなぁ。金原ひとみを応援し続けよう、と決めた。</p>
<blockquote><p>[quote2]</p>
<p>我慢って何よ？　キクしっかりしなさいよ 。何を寝ぼけてるの、何の事言ってるのか知らないけど アンタ間違ってるわ。　あたしは一番嫌いなのよ。我慢って事が嫌いなの、みんな我慢のしすぎよ 。物わかり良すぎるって気がするわ。 アタシ達、みんな子供の頃から我慢のしすぎなのよ。（コインロッカー・ベイビーズby 村上龍）</p>
</blockquote>
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		</item>
		<item>
		<title>ありがとう、中田英寿！！</title>
		<link>http://www.ebigbridge.com/2006/07/04/%e3%81%82%e3%82%8a%e3%81%8c%e3%81%a8%e3%81%86%e3%80%81%e4%b8%ad%e7%94%b0%e8%8b%b1%e5%af%bf%ef%bc%81%ef%bc%81/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=%25e3%2581%2582%25e3%2582%258a%25e3%2581%258c%25e3%2581%25a8%25e3%2581%2586%25e3%2580%2581%25e4%25b8%25ad%25e7%2594%25b0%25e8%258b%25b1%25e5%25af%25bf%25ef%25bc%2581%25ef%25bc%2581</link>
		<comments>http://www.ebigbridge.com/2006/07/04/%e3%81%82%e3%82%8a%e3%81%8c%e3%81%a8%e3%81%86%e3%80%81%e4%b8%ad%e7%94%b0%e8%8b%b1%e5%af%bf%ef%bc%81%ef%bc%81/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 05 Jul 2006 00:31:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>B-KOOL</dc:creator>
				<category><![CDATA[What's up, Japan?]]></category>
		<category><![CDATA[あの人この人]]></category>
		<category><![CDATA[中田英寿]]></category>

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		<description><![CDATA[はっきり言ってビックリした。 えー、と思ったが中田英寿のホームページへ行って内容を読んで納得。あのピッチでのなにか思いつめるような走り込みは、このような決意が心の中にあったからなのだろう。 ブラジル戦での最後の１０分間で [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="float:right; margin:0 0 10px 15px; width:240px;">
		<img src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2006/07/PICT0270.jpg" width="240" />
		</p><p>はっきり言ってビックリした。</p>
<p>えー、と思ったが<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E7%94%B0%E8%8B%B1%E5%AF%BF">中田英寿</a>のホームページへ行って内容を読んで納得。あのピッチでのなにか思いつめるような走り込みは、このような決意が心の中にあったからなのだろう。</p>
<p>ブラジル戦での最後の１０分間での走りは、今思えばどこか悲壮感さえ漂っていたような感じがする。</p>
<p>自分の思いが他の選手へ結局最後まで伝わらなかったなぁ、というような失望感とともにこれで自分も最後となるであろう達成感が入り混じった表情でのあの最後の足が止まったとおもわれる状態からのラスト１０分ぐらいの中田英寿のピッチでの走り。すでに彼の心の中には答えが出ていたんだね。</p>
<p>ピッチでくずれ完全に自分を出し切った姿は、決勝トーナメント初戦、準々決勝の試合の数々でみられた他の完全燃焼をした選手たちと一緒だった。</p>
<p>今現在の日本代表の中ではその姿勢を唯一知る存在であったんだね。中田英寿のピッチでの表情の写真やその他の中田英寿が泣いていたという記事を読んで、僕も泣いてしまった。</p>
<p>そして今日のこの引退のニュース。すぐに中田英寿の公式サイトにいって引退表明の文章を読み、また泣いてしまったよ。でも中田英寿が納得しているので満足。</p>
<p>このほうがこれから始まる新生日本代表にはいいのかもしれない。いや、サポーターを含めた日本サッカー界にはいいと思われる。きっと中田英寿が２０１０年までやってくれるだろう、中田英寿が次も日本代表を引っ張っていってくれるだろう。</p>
<p>このような安易な考えの他人任せでは日本のサッカーは成長しない。誰かがリーダーになる必要があるし、もう甘えは通用しないのだ。この意識を日本人に植えるかたちのような格好で引退してゆく中田英寿の姿はすばらしい。きっと彼なりのこれからの日本サッカー界、日本社会に向けての成長を即す判断であり、彼なりの思いやりなのかもしれない。</p>
<p><img style="margin: 10px;" title="中田英寿" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2006/07/PICT0269-300x240.jpg" alt="" width="300" height="240" align="right" />本当にあっという間だったなぁ。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF">アトランタオリンピック</a>ではじめて中田英寿という選手の存在を知ってから本当にあっという間だった。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/1998_FIFA%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%97">1998 FIFA ワールドカップ</a>、その後イタリアの <a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%A7">AC ペルージャ</a>への移籍。</p>
<p>彼が海外へでて、その活躍を見るたんびに何度こちらは勇気をもらったことだろう。生きる勇気、こちらも海外の生活で戦うぞ、となんど感動させてもらったことだろう。</p>
<p>日本のサッカー界、いやスポーツ界、日本社会全体には衝撃を与える引退だが、彼の決意は尊重すべき。今は本当に今までありがとう、というのが彼への当たり前と思われる御礼である。これからは他の分野でも活躍されることと思われるが、きっとそこでも先頭を走っているんだろうなぁ。</p>
<p>僕たちはその姿を想像し、信じ、自分もいつか出会うであろう中田英寿との出会いを、そのときに自信を持って自分を前に出せるよう、自分達も新たな成長へ向かってそれぞれの分野で走り続けなければいけない。</p>
<p>君がピッチで走る姿、戦う姿はほんとうにすがすがしかった。ありがとう！！</p>
<ul>
<li><a href="http://www.nakata.net/" class="broken_link">中田英寿オフィシャルホームページ</a></li>
<li><a href="http://nakata.net/jp/hidesmail/hml278.htm" class="broken_link">“ 人生とは旅であり、旅とは人生である ”</a></li>
</ul>
<p><strong>～ 1985 年 12 月 1 日 &#8211; 2006 年 6 月 22 日～</strong></p>
<blockquote><p>俺が「サッカー」という旅に出てからおよそ 20 年の月日が経った。8 歳の冬、寒空のもと山梨のとある小学校の校庭の片隅からその旅は始まった。あの頃はボールを蹴ることに夢中になり必死でゴールを決めることだけを目指した。そして、ひたすらゲームを楽しんだ。サッカーボールは常に傍らにあった。</p>
<p>この旅がこんなに長くなるとは俺自身思いも寄らなかった。山梨の県選抜から関東選抜、 U － 15 、 U － 17 、ユース、そしてＪリーグの一員へ。その後自分のサッカー人生の大半を占める欧州へ渡った。五輪代表、日本代表へも招聘され世界中のあらゆる場所でいくつものゲームを戦った。</p>
<p>サッカーはどんなときも俺の心の中心にあった。サッカーは本当に多くのものを授けてくれた。喜び、悲しみ、友、そして試練を与えてくれた。もちろん平穏で楽しいことだけだったわけではない。それ故に、与えられたことすべてが俺にとって素晴らしい “ 経験 ” となり、“ 糧 ” となり、自分を成長 させてくれた。</p>
<p>半年ほど前からこのドイツワールドカップを最後に約 10 年間過ごしたプロサッカー界から引退しようと決めていた。</p>
<p>何か特別な出来事があったからではない。その理由もひとつではない。今言えることは、プロサッカーという旅から卒業し “ 新たな自分 ” 探しの旅に出たい。そう思ったからだった。</p>
<p>サッカーは世界で最大のスポーツ。それだけに、多くのファンがいて、また多くのジャーナリストがいる。選手は多くの期待や注目を集め、そして勝利の為の責任を負う。時には、自分には何でも出来ると錯覚するほどの賞賛を浴び時には、自分の存在価値を全て否定させられるような批判に苛まれる。</p>
<p>プロになって以来、「サッカー、好きですか？」と問われても「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。責任を負って戦うことの尊さに、大きな感動を覚えながらも子供のころに持っていたボールに対する瑞々しい感情は失われていった。</p>
<p>けれど、プロとして最後のゲームになった 6 月 22 日のブラジル戦の後サッカーを愛して止まない自分が確かにいることが分かった。自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。</p>
<p>それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたサッカーへの思い。厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。</p>
<p>これまでは、周りのいろんな状況からそれを守る為ある時はまるで感情が無いかのように無機的に、またある時には敢えて無愛想に振舞った。しかし最後の最後、俺の心に存在した壁は崩れすべてが一気に溢れ出した。</p>
<p>ブラジル戦の後、最後の芝生の感触を心に刻みつつ込み上げてきた気持ちを落ち着かせたのだが、最後にスタンドのサポーターへ挨拶をした時、もう一度その感情が噴き上がってきた。そして、思った。</p>
<p>どこの国のどんなスタジアムにもやってきて声を嗄らし全身全霊で応援してくれたファン ―― 。世界各国のどのピッチにいても聞こえてきた「 NAKATA 」の声援 ―― 。本当にみんながいたからこそ、 10 年もの長い旅を続けてこられたんだ、と … 。サッカーという旅のなかでも「日本代表」は、俺にとって特別な場所だった。</p>
<p>最後となるドイツでの戦いの中では、選手たち、スタッフ、そしてファンのみんなに「俺は一体何を伝えられることが出来るのだろうか」、それだけを考えてプレーしてきた。</p>
<p>俺は今大会、日本代表の可能性はかなり大きいものと感じていた。今の日本代表選手個人の技術レベルは本当に高く、その上スピードもある。ただひとつ残念だったのは、自分たちの実力を 100 ％出す術を知らなかったこと。それにどうにか気づいてもらおうと俺なりに 4 年間やってきた。時には励まし、時には怒鳴り、時には相手を怒らせてしまったこともあった。だが、メンバーには最後まで上手に伝えることは出来なかった。</p>
<p>ワールドカップがこのような結果に終わってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。俺がこれまでサッカーを通じてみんなに何を見せられたのか、何を感じさせられたのか、この大会の後にいろいろと考えた。正直、俺が少しでも何かを伝えることが出来たのか … ちょっと自信がなかった。</p>
<p><img style="margin: 10px;" title="中田英寿" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2006/07/PICT0270-300x210.jpg" alt="" width="300" height="210" align="right" />けれどみんなからの mail をすべて読んで俺が伝えたかった何か、日本代表に必要だと思った何か、それをたくさんの人が理解してくれたんだと知った。それが分かった今、プロになってからの俺の “ 姿勢 ” は間違っていなかったと自信を持って言える。</p>
<p>何も伝えられないまま代表そしてサッカーから離れる、というのはとても辛いことだと感じていた。しかし、俺の気持ちを分かってくれている “ みんな ” がきっと次の代表、 J リーグ、そして日本サッカーの将来を支えてくれると信じている。だから今、俺は、安心して旅立つことができる。</p>
<p>最後にこれだけは伝えたい。これまで抱き続けてきた “ 誇り ” は、これからも俺の人生の基盤になるだろうし、自信になると思う。でもこれは、みんなからの “ 声 ” があったからこそ守ることが出来たものだと思う。みんなの声を胸に、誇りを失わずに生きていく。そう思えればこそ、この先の新たな旅でどんな困難なことがあろうと乗り越えていけると信じられる。</p>
<p>新しい旅はこれから始まる。</p>
<p>今後、プロの選手としてピッチに立つことはないけれどサッカーをやめることは絶対にないだろう。旅先の路地で、草むらで、小さなグラウンドで、誰かと言葉を交わす代わりにボールを蹴るだろう。子供の頃の瑞々しい気持ちを持って ―― 。</p>
<p>これまで一緒にプレーしてきたすべての選手、関わってきてくれたすべての人々、そして最後まで信じ応援し続けてきてくれたみんなに、心の底から一言を。</p>
<p>“ ありがとう ”</p>
</blockquote>
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		<title>日野原重明先生講演会 in New York</title>
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		<pubDate>Fri, 24 Jun 2005 01:17:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>B-KOOL</dc:creator>
				<category><![CDATA[What's up, Japan?]]></category>
		<category><![CDATA[あの人この人]]></category>
		<category><![CDATA[日野原重明]]></category>

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		<description><![CDATA[前々からファンだった日野原重明先生がニューヨークへ講演のため、来ていました。 生きかた上手 いのちのおはなし 十歳のきみへ―九十五歳のわたしから ９３歳という高齢での長時間フライトは大変だったと思います。でも元気ですね。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="float:right; margin:0 0 10px 15px; width:240px;">
		<img src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2005/06/0313.jpg" width="240" />
		</p><p>前々からファンだった<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E9%87%8E%E5%8E%9F%E9%87%8D%E6%98%8E" target="_blank">日野原重明</a>先生がニューヨークへ講演のため、来ていました。</p>
<ul>
<li><a title="amazletlink" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4946491260/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank">生きかた上手</a></li>
<li><a title="amazletlink" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062137933/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank">いのちのおはなし</a></li>
<li><a title="amazletlink" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4902385244/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank">十歳のきみへ―九十五歳のわたしから</a></li>
</ul>
<p>９３歳という高齢での長時間フライトは大変だったと思います。でも元気ですね。１５時間ぐらいかかるんですよ、東京からニューヨークまで。</p>
<p>会場はミッドタウンにあるヒルトンホテル。来ている人はやはり年配の方が多いように見えるが、若い人もちらほら。主催者のニューヨーク日系人会会長のスーザン大沼さんの挨拶、日本国総領事の安藤大使の挨拶などがあり、いよいよ日野原重明先生のお話へ。</p>
<p>やっぱり話し方、元気でしたねぇ。ジョークを交えながらのお話はとてもすばらしかったです。９３歳になってもユーモアの感覚を持ち合わせている先生はすごいです。随分と笑いの多い講演会でした。</p>
<p><strong>若さを保つには</strong></p>
<p>さて講演会の内容ですが、若さを保つには、ということと長生きをする秘訣というのがテーマだったように思います。若さ。愛というものを持っていないと人間若くない。ずばりきましたね。そして新しいことに挑戦すること。</p>
<p>特に７５歳以上の人いいですか。７５歳になったらやったことのない事を始めるそうです。うー、すごいですね。知っている方も多いと思われますが、先生は２０００年に新老人の会というのを発足させます。対象は７５歳以上。ジュニアの会員は６０歳以上。そこのテーマは何か知っていますか？</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4478008949/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="いのちの絆―ストレスに負けない日野原流生き方" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2005/06/0313.jpg" alt="" width="240" height="240" align="right" /></a>１に愛すること、２にはじめること、３に耐えることです。そして３つの目標に達するための生き方として、年齢を重ねて長生きを、ということをまず上げています。</p>
<p>早期の死亡（乳幼児、若死、中年死）の予防で。次に人生にヘルスをそえよう、と。障害をできるだけ避け、妨げる病気にはできるだけならないようにし。最後に、齢（よわい）にいのちを加えよう、と。老人に願いうる最高レベルのヘルスをもたらせることによって、としています。</p>
<p>先生、言っていました。元気な老人になって自分の過ごしてきた人生を、若い人に伝えようと。特に今のお年寄りの方。戦前や戦争経験をしてきた方など、多いはずです。これらの出来事を勇気を持って、次の世代、若い世代に語って残していくことが大事だと、お話していました。これ、僕も大切だと思います。</p>
<p>明治、大正、昭和初期に<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E6%88%A6" target="_blank">第２次世界大戦</a> 、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E5%B3%B6%E5%B8%82%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%8E%9F%E5%AD%90%E7%88%86%E5%BC%BE%E6%8A%95%E4%B8%8B" target="_blank">広島市への原子爆弾投下</a> と<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%B4%8E%E5%B8%82%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%8E%9F%E5%AD%90%E7%88%86%E5%BC%BE%E6%8A%95%E4%B8%8B" target="_blank">長崎市への原子爆弾投下</a> 。戦後の復興期、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%BA%A6%E7%B5%8C%E6%B8%88%E6%88%90%E9%95%B7" target="_blank">高度経済成長</a>の日本。これらを体験してきた人達の話には興味ありますね。</p>
<p>だから、先月の初めに広島と長崎の被爆者の方が、ニューヨークへ来ると聞いたとき、ボランティアとしてお話を聞きに行きましたもん。</p>
<p>そうやって語ることによって、コミュニケーションが生まれますよね。その会話を多くすることも認知症の予防になるそうです。人と話すこと、子供に愛を。特に挨拶は高い声で挨拶することを、日野原重明先生はすすめていました。</p>
<p>長生きをする。５年後、１０年後の目標を作る。それにはもちろん健康が必要ですが、健康とは健康感を感じることだそうです。そして３５歳の時の体重を維持するよう、心がける。これらはひとそれぞれ、どう健康を維持するかは違うと思いますが、基本は同じだと思います。絶対に食べ物と後は自分の気の持ちようですね。目標を何か持ったほうがやっぱりいいでしょね。</p>
<p>長生きをして、いざ死を迎える時には本当にありがとう、という感謝の気持ちで。これが日野原重明先生のメッセージでした。もう一度最後に先生の講演会でもらったパンフレットの中に書いてある「成功加齢の５つの条件」をここに記しておきます。</p>
<p><strong>思いは高く、生活は簡素に</strong></p>
<p>１つは、よりよい生活習慣を身につけることです。<br />
 ２つは、積極的に社会と関わることです。あらゆる人種、そしてまた世代を超えた友とのよい交わりをもつことです。<br />
 ３つは、希望と信念とをもち、不屈の精神で、困難や災難に遭遇してもじっと耐え忍ぶ靭さ（つよさ）をもつことです。その耐える体験は他の人への深い共感となり、希望を失った人に慰めを与えることになるでしょう。<br />
 ４つは、常に愛するこころと感謝の気持ちを忘れないことです。<br />
 ５つは、高齢になっても、何かを「創める」のに遅すぎるということはないということです。</p>
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