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	<title>eBigBridge.com &#187; 羽生善治 - </title>
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	<description>Kazuhiro Ohashi Official Weblog</description>
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		<title>知のオープン化、人類が進化するために</title>
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		<pubDate>Sat, 28 Aug 2010 18:29:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>B-KOOL</dc:creator>
				<category><![CDATA[What's up, Japan?]]></category>
		<category><![CDATA[今の日本って大丈夫？]]></category>
		<category><![CDATA[羽生善治]]></category>

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		<description><![CDATA[先のエッセイ「オリジナルなアイデアからヒントを得てそれ以上のものを創造する 」の最後の記述では次のように書き置いて、続きを読者に想像させるように意図した終わり方をさせていただいた。 “仮にアイデアを永久に止めておくことは [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="float:right; margin:0 0 10px 15px; width:240px;">
		<img src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2010/08/0311.jpg" width="240" />
		</p><p>先のエッセイ「<a href="http://www.ebigbridge.com/2010/08/17/%e3%82%aa%e3%83%aa%e3%82%b8%e3%83%8a%e3%83%ab%e3%81%aa%e3%82%a2%e3%82%a4%e3%83%87%e3%82%a2%e3%81%8b%e3%82%89%e3%83%92%e3%83%b3%e3%83%88%e3%82%92%e5%be%97%e3%81%a6%e3%81%9d%e3%82%8c%e4%bb%a5%e4%b8%8a/#ixzz0x6673LbH">オリジナルなアイデアからヒントを得てそれ以上のものを創造する</a> 」の最後の記述では次のように書き置いて、続きを読者に想像させるように意図した終わり方をさせていただいた。</p>
<p>“仮にアイデアを永久に止めておくことはできない、とするならば「知のオープン化」は必然であるべきであろう。創造力といった武器、誰にでも備わっている武器を研鑽することがこれからの情報化社会をサバイバルするキーワードだとすると、その「知のオープン化」を先取りし、盤上で自らの頭脳を実験の場として活用している棋士たちの思想に興味を抱かざるを得ない。”</p>
<p><strong>真理を追究する科学者集団の様相</strong></p>
<blockquote><p>羽生は、きっと若き日に七冠を制覇する過程で、一人で勝ち続けるだけではその先にあるのは「砂漠の世界」に過ぎず、二人で作る芸術、二人で真理を追究する将棋において、「もっとすごいもの」は一人では絶対に作れないと悟ったのだ。そして「もっとすごいもの」を作るには、現代将棋を究める同志（むろんライバルでもある）が何より重要だと確信した。「周りに誰も居なければ（進むべき）方向性を定めるのがとても難しい」からである。そして、同志を増やすという目標を達成するための「知のオープン化」思想が、そのとき羽生の中で芽生えたのだと考えられる。</p>
<p>そして、升田「一人だけ」の先見性にすぎなかった現代将棋の源流は、次第に将棋界全体の「大きな流れ」になっていくが、こうした羽生の心の進展が大きな契機となって、将棋における「知のオープン化」も同時に進み、現代将棋を究める羽生の同志である棋士たちは、「ゲノムかなんかの解析をやってるんじゃないか」「ある手について“よし、ここは解析終了した”とやっている」という羽生の比喩通りに、真理を追究する科学者集団の様相を呈するようになった。こんな流れを経て、現代の将棋の世界は、「社会現象を先取りした実験場」という性格を帯びた、私たちにとってのたいへん貴重な場として生まれ変わったのである。（梅田望夫氏著「シリコンバレーから将棋を観る」）</p>
</blockquote>
<p><strong>知のオープン化</strong></p>
<p>著者はどうして“現代将棋の世界を社会現象を先取りした実験場”と感じたのだろうか？　ヒントは“知のオープン化”というところにあってきっとこれからの世界、デジタル化が社会の様々な場所で浸透していくとき、それらの変化に適応させるコストが限りなくゼロに近いから、ということと関係があるように思われる。</p>
<p>そうするとあらゆる情報が、この場合はInformationが誰にでも低コストで手に入るようになるからそれらの情報をどのように活かすのかはその個人の力量によるところが多くなる。ウェブリタラシーの分野で人よりも知識が備わっているのならば、ネットの世界でその個人は人よりも有利に行動することができるであろうし、ファイナンシャルリタラシーならばその個人は混沌とする世界経済の中から有利な情報を汲みだし、お金がお金を生む、というその個人にとって経済的豊かさの恩恵をもたらす起因として働くのかもしれない！　InformationがIntelligenceというニュアンス、つまり異なる環境への適応能力（知性）という形でその個人に還元する。</p>
<p><img style="margin: 10px;" title="The XO-1" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2007/08/PICT0122.jpg" alt="" width="300" height="277" align="right" />仮りに将棋の世界のように見返りを求めないある分野での発展を求めるならば、例えば日本の教育分野、ベンチャー企業環境、医療、福祉、国際政治などの分野で日本の現在における立ち居地をもう少し改善させたい、という願いがあったとしたらどうだろうか？</p>
<p>教育分野では一人が優れた教育方法を見出し、それをその個人の手元に置いておく事は経済的有利性を考える場合、その個人にとっては必須かもしれないが、もし日本全体の教育機関レベルの底上げを願うという必要性をその個人が感じたとしたらどうだろうか？　きっとその個人が持っている知識、知恵などが“知のオープン化”という形をとってマジョリティーからのアクセスが容易にできるような環境へと寄与していくことであろう。</p>
<p>“もっとすごいもの”を創造するには他人、周りの環境を触発するように仕向け、何かの偶発性を期待しつつ、その環境に属する個々人の知的部分を刺激してあげる。こうすることによって、その分野での、あるフィールドでの全体の底上げが行われ、この競争が激化している世界で優位性を保てる唯一の方向性なのかもしれない。</p>
<p>日本社会の特徴である縦割りの文化が、風通しのよい横のつながりを意識したフラットな環境へと適応していくとき、社会の至るところで様々な日本人気質固有の改革（Innovation）が行われたとき、日本社会はダイナミック性を含んだ競争力のある個人を生み出す仕組みへと変化しているであろう・・・</p>
<p>すべてをさらけ出す勇気、そしてすべてをさらけ出しても自分には考え抜く力が備わっているから、その意志さえ持続させることができれば、自分は沈まないという希望を一人一人が持てればいいんだけど、今の日本社会を覆う閉塞感に希望のなさではリスクを取ろうと行動しないだろうな、というのも理解できる。うーん、・・・</p>
<p><strong>将棋界は社会現象を先取りした実験場</strong></p>
<p>[quote1]</p>
<blockquote><p>そんな営みを続けていたからこそ羽生は、「情報革命」についての最先端の思想を、自らの頭脳の中からオリジナルに創出できたのだろう。そのエッセンスの一つが「高速道路論」だったわけである。そのほかのテーマでも、例えば世の中の進歩と知的財産権の在り方の関係について、羽生はこんなことを語っている。</p>
<p>“みんなで強くなってる感じはありますね。そのときに、「知識の共有が最適の戦略だ」と皆が認識するかどうかが、すごく重大な問題だと思うんです。「俺の秘策は教えない」とかいう人が出てきたら、オープンにすることで一緒に成長するという前提が崩れてしまうので。（中略）権利関係がないお陰で、ここまで急速に進化している面もある。あまり厳格に決めないほうがいいとも思うんです。だから、「知的財産権をなくした世界はどうなるのか？」というモデルケースとしてみてください。「自分が隠し持っている意味は余りない」という世界で、いったい何が生まれてくるのか。”（二宮清純との共著「歩を「と金」に変える人材活用術」</p>
<p>将棋の世界は、いくら新手を創造しても、それを特許や著作権で守ることなどできない。しかも誰かがどこかで一度指した手は、瞬時に伝達されて研究される。しかし、そんな「情報革命」が進行するこの厳しくて大変な時代も、皆で一緒に進化・成長できる良い時代と考えることができる、こういう時代を生きているからこそ将棋の真理の解明も早く進むのだ、そう羽生は認識しているのである。</p>
<p>先に述べた「高速道路論」においても、将棋の世界の「学習の高速道路」が、社会全体のほかの領域における「学習の高速道路」よりもどんどん整備されているという意味で、将棋界が「社会全体でいずれ起きることを先取りした実験」をしている、と見ることができる。そういう時代こそ創造性が何にも増して重要であると、羽生はこんなふうに語る。</p>
<p>“創造って、手間も時間も労力もものすごくかかるから、簡単に真似されると報われません。私も対局で新しい試みをやるんですが、ほとんど上手くいかない。仮に上手くいっても、周囲の対応力が上がってるので厳しいものがある。効率だけで考えたら、創造なんてやってられない。（中略）でも、逆に考えると、創造性以外のものは簡単に手に入る時代とも言えるでしょう。だから、何かを創り出すのは無駄な作業に見えるけど、一番大事なことなんじゃないかと。それ以外のことでは差をつけようがないので、最後は創造力の勝負になるんじゃないかと考えています。”</p>
<p>厳しいながら、権利のない世界のほうが進歩が加速する。だから、進歩を最優先事項とするなら、情報の共有は避けられない。そういう新しい世界では、「効率だけで考えてたら、創造なんてやってられない」から、一見モノマネをして安直に生きるほうが正しいかのようにも見える。「状況への対応力」で生き抜くのが理にかなっているようにも見える。しかし、無駄なようでも創造性を生もうとする営みを続ける以外、長期的には生き残るすべはない。突き詰めていけば「最後は創造力の勝負になる」のだと、羽生は考えるのである。（梅田望夫氏著「シリコンバレーから将棋を観る」）</p>
</blockquote>
<p><strong>知識の共有という概念</strong></p>
<p>権利関係がないお陰で急速に進歩する、知識の共有が最適な戦略。上にあげた将棋の世界もそうだがかつてなかった社会現象として一番社会に貢献しているものといったら<a title="オープンソース" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B9">オープンソース</a>の世界がまず浮かんでくる。インターネット、デジタル革命が発展したお陰で情報の飛躍がものすごいスピードで人々を刺激し、社会に還元されていく。</p>
<p>ネットの世界で言えば、僕がこのブログで使っている<a title="WordPress" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/WordPress">WordPress</a>もそうだし、ブラウザーのFirefoxもオープンソースだったが故にマイクロソフトのエクスプロラーを追い越すまでの力を付けることができた。世界中のウェブサーバーで利用されている<a title="Apache" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/Apache">Apache</a>や<a title="Linux" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/Linux">Linux</a>がなければここまでネットで繋がった世界は構築されなかったかもしれない。</p>
<p>このように将棋の世界における「学習の高速道路」が社会の至るところで整備され、誰にでもアクセス可能な状態になったとき、一番恩恵を受けやすいのがこれから知的な世界で成長してくる子供たちではないだろうか？　英語、数学、理科、社会、国語、といった分野で学校の先生よりも、親よりも、自分の知的好奇心を満たしてくれる存在がネットの世界に広く分布していることを発見した子供は自発的に自分の有意義な時間を、ネットの向こう側にある知の世界へと没頭させてゆくに違いない。</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001MIMBY2/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="100年インタビュー 羽生善治 [DVD]" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/04/00001.jpg" alt="" width="240" height="240" align="right" /></a>英語の世界ではこの革命が顕著に進歩、飛躍しているのを手にとるように感じることができるので、日本語のそれと比べたとき、「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4120040283/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank">シリコンバレーから将棋を観る -羽生善治と現代</a> 」の著者梅田望夫氏は悲観的になってしまうのだろう。</p>
<p>ネットにアクセスするデバイスのチープ革命により、これから世界の至るところで人々の革新が行われるかもしれない。アフリカはヨーロッパの植民地時代を引きづったままでこれからも一部の既得権益層が金持ちになるだけの大陸だ、と思考停止状態に自分を陥らせることは危険だ！　社会の広範囲に富の分配が行われるまで時間がかかるかもしれないが、アフリカ大陸での人々の知的レベルは、先進国の若者のそれと変わらないレベルにまで達するに違いない。</p>
<p>南米も同様、貧乏人がマジョリティーなこれらの国の人々を知的に武装させることなんて不可能、と思っていると将来のビジョンが見えてこない。ネットにアクセスできる環境が整ったとき、知的な世界へのアクセスを人々が簡単に日常生活に取り入れることができるようになったとき、スペイン語ではなく、ネット世界での共通言語、<a title="リンガフランカ" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AB">リンガフランカ</a>（Lingua franca）となりつつある英語の環境から人々は恩恵を受けることになるであろう。（<a title="＄１００ドルＰＣが新世界を創造する" href="http://www.ebigbridge.com/2007/08/25/%ef%bc%84%ef%bc%91%ef%bc%90%ef%bc%90%e3%83%89%e3%83%ab%ef%bd%90%ef%bd%83%e3%81%8c%e6%96%b0%e4%b8%96%e7%95%8c%e3%82%92%e5%89%b5%e9%80%a0%e3%81%99%e3%82%8b/">＄１００ドルＰＣが新世界を創造する</a> ）</p>
<p>世界は当たり前のようにフラット化していくのだ！　そのフラット化の世界で手に入る様々な叡智を自分たちの国、社会、国民が発展するために何とか活かしたい、という若者はこれらの国々で必然的に現れ、社会の景色を変えていく。</p>
<p><strong>視野を広げる</strong></p>
<p>創造力、これほど曖昧でつかみ所のない概念がキーワードとなっている時代がかつて存在していたであろうか？　ちょっと前になるが<a title="トーマス・フリードマン" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%9E%E3%83%B3">トーマス・フリードマン</a>氏のブログに載っていた創造性に関する記述は参考になると思われる。</p>
<blockquote><p>“To be creative requires divergent thinking (generating many unique ideas) and then convergent thinking (combining those ideas into the best result).”And where does divergent thinking come from? It comes from being exposed to divergent ideas and cultures and people and intellectual disciplines.</p>
</blockquote>
<p>視野を広げる、自分のフィルターを磨く、様々なものに触れる機会を自分に設け、感性を磨いていく。こうすることによってある事柄がその個人の持っているフィルター内の情報を触発し、右脳が繰り出す直感的なアウトプットも手伝って、想像を超えた創造力となっていろいろなものにInnovationが加えられていく。</p>
<p>創造するには自由な雰囲気が伴わなくてはいけない。権利を主張する世界には様々な制約が存在し、人々の創造性を抑制している。本当にある社会の発展、そこに住む人々の生活様式などの発展を望むのであれば、アルゴリズム的な環境よりもヒューリスティックな環境を構築し、そこで発生するであろういろいろな可能性を試行錯誤して新たな解決策を考案するよう仕向けていく必要がある。</p>
<p><strong>ビジョナリー・羽生善治</strong></p>
<blockquote><p>そして羽生は「高速道路論」のその先についても思索を深める。羽生の仮説は「量が質に転化する」ときに生まれる価値こそが、新時代の創造性やイノベーションの鍵を握るのではないかというものだ。</p>
<p>“今は知識の雪だるまを作ってるような段階です。どんどん蓄積して、どんどん分析することで、雪だるまが急激に大きくなっている。転がり続けますから。でも、その雪だるまって、どこまで育つかまだ分からないんですよ。そのデーターベースがかなりの量を網羅していったときに、ひょっとすると相乗的な効果が生まれてくるかもしれませんよね。誰も予想してなかったイノベーションが起こったり。”</p>
<p>この文章は、グーグルの創業者たちが語った英語をやさしい日本語に翻訳したものだ、と言っても誰も疑うまい。グーグルの「情報についての最先端の思想」と同じものが、羽生の頭脳からオリジナルに導き出されているのである。</p>
<p>シリコンバレーのグーグルは「世界中の情報を整理し尽くす」ことで、量を質に転化させ、破壊的イノベーションを起こそうとする会社だ。羽生は将棋の世界の情報について、グーグルは世界中のすべての情報について、「量が質に転化する瞬間があるはず」という同じ仮説を持ち、羽生はその仮説を、コンピューターによってではなく、自らの頭脳の中で検証しようとしている。</p>
<p>羽生は、高速道路の先の大渋滞を抜けることと「量が質に転化する」ことは深く関わってくるはずだと考えている。そしてこの仮説をめぐる何らかの新しい事象も、社会が変化するよりも先に、限定的空間である将棋の世界でピュアな形で発現するに違いない。将棋界でこれから起ころうとすることは、私たちの社会の未来を考えるヒントに満ち、膨大な情報に向き合う人間と社会に何が起こるのかを知るためのモデルの一つなのだ。</p>
<p>普通は、技術が進歩する速度に合わせて人間がどう変わるべきかを必死で考えて追いつこうとするものなのに、将棋の世界では、棋士という人間そのものが技術を体現した存在であり、人間が進歩する力、推進力にこそすべてがある。そう考えると改めて、棋士たちの頭脳のすさまじさ、他の世界との異質さを感じざるを得ない。</p>
<p>ある時代に登場するリーダーの特質は、その時代の性格を映すものである。天才的研究者の資質と、未来の洞察に優れたビジョナリー能力を兼ね備えた、羽生善治という稀有な日本人が、他の世界ではなく将棋界に現れたことは、情報化社会たる現代を象徴しているとも言えるのだ。（梅田望夫氏著「シリコンバレーから将棋を観る」）</p>
</blockquote>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4120040283/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="シリコンバレーから将棋を観る -羽生善治と現代" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2010/08/0310.jpg" alt="" width="240" height="240" align="right" /></a>グーグルの思想と<a title="羽生善治" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E7%94%9F%E5%96%84%E6%B2%BB">羽生善治</a>氏の思想について考えるとき、お互いの姿勢が似ているなぁと思う分野に気付いた。解を求める姿勢である。グーグルは人々の何かについて知りたいという解を検索エンジンというものを発展させることによって進化しようとし、羽生氏は将棋の世界で真剣勝負の混沌とする状態の中から勝利に繋がる解を自らの頭脳と相手の差し手から偶発する知的触発を受けて探求しようとしている。</p>
<p>去年書いたエッセイ「<a href="http://www.ebigbridge.com/2009/04/06/%e5%8b%9d%e8%b2%a0%e5%b8%ab%e3%80%81%e7%be%bd%e7%94%9f%e5%96%84%e6%b2%bb%e6%b0%8f%e3%81%ae%e8%80%83%e3%81%88%e6%96%b9%e3%80%81%e3%81%9d%e3%81%ae%ef%bc%92-%e2%80%93-%e5%89%b5%e9%80%a0%e5%8a%9b/">勝負師、羽生善治氏の考え方、その２ – 創造力</a>」の中でコンピューターがプロ棋士に勝つにはコンピューター側の検索技術の向上が不可欠、というような内容を書いたんだけどここでもう一度おさらいしておこうと思って、羽生氏が「１００年インタビュー」で語った<a title="Bonanza" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/Bonanza">ボナンザ</a>に関する考察などを交えて改めて載せておこうと思う。以下、「グーグルの検索技術」まで・・・</p>
<p><strong>コンピューターと人間との対戦</strong></p>
<blockquote><p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001MIMBY2/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"></a>インタビュー：コンピューターとの対決についてなんですけども、去年、現在の<a title="渡辺明 (棋士)" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E6%98%8E_(%E6%A3%8B%E5%A3%AB)">渡辺明</a>竜王とコンピューターソフトのボナンザの対決が話題になりましたよね。</p>
<p>でこれ何が話題になったって言うと、予想通り渡辺竜王が勝ったんだけれども、ことの他コンピューターソフト、ボナンザ、善戦したと。この勝負は、羽生さんはどうご覧になりました？</p>
<p>羽生：いや、本当に進歩しているというかですね、まぁ強くなっているっていうのは、見ていて実感しましたね、もちろん最終的には渡辺さんが貫禄を示したわけなんですけども。コンピューター将棋ってですね、変な話なんですけど実はここ数年、ずっと伸び悩んでいたんですね。</p>
<p>アマチュアの３、４段ぐらいまで来ていたんです、でそこから次、どう強くしていくかっていう、その方法論がですね、中々見つからなかったんです、でただここへ来てですね、なんかその壁を突破してさらに実力が上がったなぁ、とそういう風な印象がありますね。</p>
<p>インタビュー：今そのコンピューターソフトが目指す、というかコンピューターソフトを作っている方が目指しているわけだけど、棋士がそのより上を目指して、の目指すとどうも考え方違うわけですよね？</p>
<p>羽生：そうですね、コンピューターの基本的な考え方というのはつまり手をたくさん読んでいく、つまり計算をたくさんしていくことによって、より正確さをあげていく。人間の場合はその将棋の実力が上がっていけば上がっていくほどですね、その考える手って段々少なくなってくるんですよね。</p>
<p>さっきの大山先生（<a title="大山康晴" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E5%BA%B7%E6%99%B4">大山康晴</a>）の話と同じで、つまりたくさんの手を読むんじゃなくてなんとなくここが急所かなとかつぼかなっていうのがなんとなく見えてくる。段々、考える手を狭めていくってことですよね、だから考えている方向性として基本的にこう反対方向に行くってことはあるんです。つまりたくさんの手を考えるコンピューターと極力手を考えない人間という、そういう違いはやっぱり鮮明にしてあるような気がしてますね。</p>
<p>インタビュー：そうするとその二つでこう対決するっていうことについては、まぁ羽生さんはどういう点に関心を置いてみているんですか？</p>
<p>羽生：あの一つはですね、まだ明らかに違和感があるわけですね。つまり誰が対局しているかわからないっていう状態で棋譜を見せられればこれは人間が指したのか、コンピューターが指したのか、まだ一目瞭然でわかるんです。</p>
<p>インタビュー：具体的にいうと？</p>
<p>羽生：こういう手は人間の感覚では指さないっていう手をコンピューターは指すわけですよ、つまり具体的な手を教えることはできても感覚を教えることはできないじゃないですか、だからこの手をみて、あっこれは人間が指した手ではないってわかるんです、今は。でも将来はそれが同じになるのか、永遠にずっと違和感を持ったままになるのか、ということは大きなテーマとしてあると思っているんです。</p>
<p>インタビュー：それは要するに全然違う方向を向いているんだけど最後に一緒になるというか、到達点が？</p>
<p>羽生：そういう、考える方向性はまったく違うんだけども、その中で最終的に選ぶ一手とか選ぶ決断は、実は同じになるんじゃないかとは思っています。</p>
<p>インタビュー：羽生さんはコンピューターとの対決、いつすることになりましょうか？</p>
<p>羽生：これは実は今は将棋連盟が許可をしないと基本的にコンピューターと対決はないということなんで。</p>
<p>インタビュー：渡辺明さんは特別だったんですか？</p>
<p>羽生：そうです、それはこれからどうなるか今の段階ではわからないっていう感じですね。</p>
<p>インタビュー：やってみたいという気持ちはありますか？</p>
<p>羽生：どういう将棋を指すのかっていうのはやっぱり興味がありますよね。（<a href="http://www.ebigbridge.com/2009/04/06/%e5%8b%9d%e8%b2%a0%e5%b8%ab%e3%80%81%e7%be%bd%e7%94%9f%e5%96%84%e6%b2%bb%e6%b0%8f%e3%81%ae%e8%80%83%e3%81%88%e6%96%b9%e3%80%81%e3%81%9d%e3%81%ae%ef%bc%92-%e2%80%93-%e5%89%b5%e9%80%a0%e5%8a%9b/">勝負師、羽生善治氏の考え方、その２ – 創造力</a>）</p>
</blockquote>
<p><strong>グーグルの検索技術</strong></p>
<p>グーグルで何かを検索すると、その検索結果ってものすごい数になるけど、それを最後まで見ていく人ってほとんどいないと思う。検索嗜好で言われるように段々検索をするようになってくると人は上位に上がった３位までしか観覧することに徹し、検索結果が気に入らなければ検索する文字列を変えてみたりして、新しく検索情報を探す。</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062144492/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="モチベーション3．0　持続する「やる気！」をいかに引き出すか" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2010/08/0311.jpg" alt="" width="240" height="240" align="right" /></a>これって羽生氏のコンピューターソフト”ボナンザ”の状況と似ていないですかね？</p>
<p>つまりコンピューターの戦い方というのはたくさんの手を読んでいくというもの。検索技術の極めもたくさんの検索キーワードに沿った情報を提供しようというもの。</p>
<p>しかし、将棋の上達者はだんだんと手を読まなくなっていくという。人間がコンピューターを使って検索する姿勢と似ているではないか？　２手、３手しか読まないプロの棋士たちと、検索結果の上位３位ぐらいまでしかクリックを試みないインターネットに慣れた人たち。</p>
<p>もしかしたら検索技術の向上がいつしかコンピューターがプロの棋士を打ち負かすきっかけになるのではないか、と思ったのが、グーグルの検索結果に自分の好みを加えられるようになった状況からそんな気がしてきた。</p>
<p>日本語版グーグルではまだみたいだけど、英語版グーグルでは検索結果に対して、気に入らなかったら検索結果１位のものを削除できたり、２位３位に上がっている検索結果を上位に持ってくることができるようになった。</p>
<p>これって自分の好みに合わせて検索結果ができるようにカスタマイズされる。コンピューターが何万という検索結果を用意しても人間が見るのはその上位３位ぐらいまで。だったらそこの検索結果を一人一人の好みに合わせてしまえ、というのは羽生氏のわからない場面でどのような手を指すのか、というときにその人の個性が出る、ということと繋がっているように感じる。</p>
<p>言っているニュアンスが伝わるだろうか？　たくさん手を読んでいくコンピューターも人間の好みという要素が加われば、プロの棋士たちが２手３手という究極の選択をする思考過程に近づけるのではないだろうか？</p>
<p>検索技術も、将棋のコンピューターソフトも解を探すという点では同じことだし、検索技術に人間の好みが加えられるようになった今、つまり人間が情報を探す手段として直感で検索結果上位３位ぐらいまでを選ぶように、コンピューターソフトもそれと似たような感覚、人間の思考という感覚を取り入れることができれば、プロの棋士との勝負でまた一歩、勝利することに近づけるのではないだろうか、と思ったのだ。</p>
<ul>
<li><a href="http://japanese.engadget.com/2010/08/23/shogi/" target="_blank">女流王将 vs 将棋プログラム、10月11日に東大で開催決定</a></li>
</ul>
<p><strong>超一流とは？</strong></p>
<div class="woo-sc-quote"><p></p></div>
<blockquote><p>この１年余、将棋界の４人の最高知性、羽生善治名人、佐藤康光棋王、深浦康市王位、渡辺明竜王と過ごした時間があまりにも豊穣だったため、私は期せずして「超一流とは何か」を考え続けることになった。</p>
<p>現代将棋においては、才能に恵まれるだけでは十分ではなく、そのうえで、尋常ではない努力を長期にわたって持続できる人しか、トップには到達できなくなった。これも現代社会の在りようを象徴しているように思う。</p>
<p>私は、異なった個性を持つ４人から、「対象（将棋）への愛情の深さゆえの没頭」という共通の基盤の上に、それぞれ独特の「際立った個性」が加味されてこそ、「超一流」への壁が越えられるのだと学んだ。このエッセンスを一言でまとめれば、「超一流」 = 「才能」 x 「対象への深い愛情ゆえの没頭」 x 「際立った個性」という方程式になる。</p>
<p>方程式右辺の三つ目の要素である「際立った個性」についてだけは４人それぞれ異なり、羽生の場合は、科学者のような「真理を求める心」。佐藤は、少年のような「純粋さ」。深浦は、内に秘めたすぐれた「社会性」。そして渡辺は、同時代の世界中の優秀な若者たちにも共通する「戦略性」。そこが際立って個性的だと思った。そしてこの個性の違いにこそ、人間の面白さがしっかりとうつしだされていた。</p>
<p>「知の高速道路」が敷設され、癖のない均質な強さは、昔に比べ身につけやすくなった。しかし「高速道路を走りきったあとの大渋滞」を抜けるには、加えてこれらの３要素が不可欠なのだ。特に「際立った個性」の強さが、最後の最後の紙一重の差を作り出す源となるのである。そしてそれは、どんな分野にもあてはまる普遍性を有する。私は、これからの時代の「超一流」を目指すとは、突き詰めればこういうことなのではないかと思うに至ったのである。（梅田望夫氏著「シリコンバレーから将棋を観る」）</p>
</blockquote>
<p>次のエッセイでは「知の高速道路」先の大渋滞で起こっている新たな経済現象について考察してみようと思う。知恵を自分が所属するコミュニティーへ還元する「注目経済」と「評判経済」とはどういうものなのか？　仲間から受ける”お前凄いなぁ“という賛辞、誰もやってくれとはお願いしない環境でのドライブ（やる気）などとどのように結びついているのか？　今読んでいる<a title="ダニエル・ピンク" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%94%E3%83%B3%E3%82%AF">ダニエル・ピンク</a>氏の著書「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062144492/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank">モチベーション3．0　持続する「やる気！」をいかに引き出すか</a>」はいろいろなヒントを与えてくれる！</p>
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		</item>
		<item>
		<title>オリジナルなアイデアからヒントを得てそれ以上のものを創造する</title>
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		<pubDate>Wed, 18 Aug 2010 02:00:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>B-KOOL</dc:creator>
				<category><![CDATA[What's up, Japan?]]></category>
		<category><![CDATA[今の日本って大丈夫？]]></category>
		<category><![CDATA[創造力]]></category>
		<category><![CDATA[羽生善治]]></category>

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		<description><![CDATA[映画「Inception」を観ただろうか？　バッドマンシリーズの前作「The Dark Knight」を監督したクリストファー・ノーラン氏の映画、夜のカットシーンが印象に残ったのも覚えていてまたその余韻に浸りたいと思い監 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="float:right; margin:0 0 10px 15px; width:240px;">
		<img src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2010/08/PICT0292.jpg" width="240" />
		</p><p>映画「Inception」を観ただろうか？　バッドマンシリーズの前作「The Dark Knight」を監督した<a title="クリストファー・ノーラン" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3">クリストファー・ノーラン</a>氏の映画、夜のカットシーンが印象に残ったのも覚えていてまたその余韻に浸りたいと思い監督の最新作を鑑賞してみることにした。</p>
<p>「Insomnia」の監督でもあったんだね！　作品の特徴なんだけどストーリーの中に必ず二者択一の場面を設定しているような気がするんだけど・・・</p>
<p>観ての感想？　まぁいろいろなところで評論を得ているので僕が大雑把に書き記すことはないにしても監督が影響を受けたであろう日本人監督の作品にどのような影響を受けたのか？　といったほうに僕の興味は向けられた。</p>
<p><a href="http://b.hatena.ne.jp/articles/201008/1564">結局、ディカプリオは現実に戻れたの？ 『インセプション』の感想＆考察まとめ</a></p>
<p>昔からよく言われていることだが<a title="スティーブン・スピルバーグ" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B0">スティーブン・スピルバーグ</a>氏や<a title="ジョージ・ルーカス" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%82%B9">ジョージ・ルーカス</a>氏の作品にも日本映画監督や日本映画、日本のアニメなどの影響を受けたものが多く、日本人にとってはいささか皮肉を込めて「これ、あの作品のパクリじゃん！」といってもどちらのほうが興行成績を収めているのかお金が問題のすべてではないにしろ、僕の中にある考え方が生まれたのでまとめてみよう。</p>
<p><strong>映画「Avatar」の中に宮崎駿作品</strong></p>
<p>先月久しぶりに映画「<a title="アバター (映画)" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%90%E3%82%BF%E3%83%BC_(%E6%98%A0%E7%94%BB)">アバター</a>」を観て再び感動させられた。映像の美しさは当たり前なんだけどその神秘さといい撮影技術に至るまで<a title="ジェームズ・キャメロン" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%A1%E3%83%AD%E3%83%B3">ジェームズ・キャメロン</a>氏のこれまでの映画に対する思いのすべてが込められているような感じがして構想から１４年以上費やしたというだけのものに仕上がっている。</p>
<p>物語りも<a title="宮崎駿" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E9%A7%BF">宮崎駿</a>氏などの作品から影響を受けたものが多くの場面で確認できたとしても僕にはそれがネガティブな印象など全く浮かばず、そのストーリーに感動、最後のシーンでは涙が出てきたぐらいである。</p>
<p><strong>借りる、レンタルする発想</strong></p>
<p>なんかねぇ、「アバター」を観て思ったんだけど、もう最終的に聴衆を、もっと大きな意味を込めるならば社会やその人々が営む生活様式、文化、人類の進歩に至るまで・・・そのすべてにいい影響を及ぼすのであれば、この場合は感動だったり、あるオリジナルなアイディアをパクっても結果がよければ良いのではないだろうか？</p>
<p>誤解をしないでほしいのだが、すべてをコピーすることを奨励しているわけではない。オリジナルなアイディア、例えば「アバター」の中のシーンで言ったら、空中に浮かぶ巨大な岩というか島というような物体（<a title="天空の城ラピュタ" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%A9%BA%E3%81%AE%E5%9F%8E%E3%83%A9%E3%83%94%E3%83%A5%E3%82%BF">天空の城ラピュタ</a>）、鳥に乗って大空を駆け巡るシーンや森の中の神秘的な生物（<a title="風の谷のナウシカ" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E3%81%AE%E8%B0%B7%E3%81%AE%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%82%AB">風の谷のナウシカ</a>）、女性が狼の様な獣、ヴァイパーウルフにまたがって戦闘に加わるシーン（<a title="もののけ姫" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AE%E3%81%91%E5%A7%AB">もののけ姫</a>）など他にも多くの気付きがあると思うんだけど、いいところ取りというかアイディアをレンタルするというか、オリジナルなものに少し手を加えて自分のストーリーに参加させて全体として全く違った新しいものを創造する、という行為はもっと認められて良いように思う。</p>
<p><img style="margin: 10px;" title="Avatar" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2010/08/PICT0291-300x211.jpg" alt="" width="300" height="211" align="right" />確かにあのシーンのオリジナルの考え方はあの人のものが原型になっているといっても多くの人がそのことによって感動をしたのだから良いのではないか？　と思ってしまうんだけどいかがだろうか？　それとも<a title="二次創作物" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E5%89%B5%E4%BD%9C%E7%89%A9">二次創作物</a>として捉えられてしまうのだろうか？</p>
<p><strong>良いものを創れば、人々は認める</strong></p>
<p>日本人の多くは宮崎駿氏の作品によって多くの感動を与えら得たではないか！　だったらオリジナルなアイディアからちょっとスパイスを利かせてストーリーの構想を練り直し、全くの違ったストーリーを組み立て、それによって世界規模で人類がその作品から感動を得る。こちらのほうの価値って凄いことだと思うんだけど受け入れられないのかなぁ？</p>
<p>創造することって本当にエネルギーがいるから、じゃあえて例えば宮崎駿監督シリーズの作品の中からオリジナルなアイディアをヒントにしていいから自分なりの新しいストーリーを考え出せ、と言われてそれを万人が認める感動する作品に仕上げる才能を持った人ってそんなに多くは現れないと思う。</p>
<p>ここはもっと大きく視野を広げて全人類が喜びを得るならば、という規模で捉えれば、つまり良いものを創れば、多くの人は、たとえば作品の中に宮崎駿監督シリーズのシーンを発見しても僕なんかは感動させられればその監督の力量にうなずかざるを得ない！</p>
<p><strong>MAD作品は質が決めて、角川の規制緩和</strong></p>
<blockquote><p>角川グループはユーザーがアップロードした自社コンテンツの動画を自社の基準により、掲載許諾（公認バッジ付与）の是非、広告掲載、収益の配分などを決定する。角川グループが許諾をするコンテンツには、 PV 以外の短い本編や MAD と呼ばれる二次創作が含まれていることなどが発表当時大きな話題を呼んだ。また、広告を付加することでビジネスでの収益化も目指した。</p>
<p>今回月間 1000 万円を超えたことが明らかになった広告収入は、 YouTube 内の自社コンテンツに付加されたこれらの広告から構成される。コンテンツの大半は、ユーザーが投稿した『涼宮ハルヒの憂鬱』、『らき☆すた』、『ストライクウィッチーズ』などのアニメ作品関連動画が占めると見られる。</p>
<p>角川グループ自身がアップロードしたコンテンツと公認コンテンツの再生回数は、 2008 年 6 月に公認バッジの付与開始から急増している。 2008 年 9 月から 11 月の間の 3 ヶ月間の合計再生回数は 5000 万回を超えている。しかし、収入が増えたのは動画内に広告を埋め込んだ 2008 年 10 月の inVideoAd 導入後である。 inVideoAd の採用が短期間での収入急増につながり、一気に大台を超えたことになる。（<a href="http://animeanime.jp/biz/archives/2009/01/_youtube1000.html">角川グループ YouTube からの月間広告収入 1000 万円超を達成</a>）</p>
</blockquote>
<p>どうも世の中の方向性がそちらの方へ行きそうな予感がするんだけど気のせいかなぁ・・・例えば去年話題になったYouTubeにおける<a title="角川書店" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%9B%B8%E5%BA%97">角川グループ</a>の対応はコピーというか<a title="MADムービー" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/MAD%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%BC">MADムービー</a>を奨励するものとなった。</p>
<p>この場合の角川グループの姿勢というのは作品を利用してYouTubeに投稿してもいいよと。角川グループはそこでの広告収入を得ることのほうに解を見出したらしくこのことは最近流れたニュースとなって大きな影響を与えた証拠となった。</p>
<ul>
<li><a href="http://cnn.co.jp/business/AIC201007270008.html" target="_blank" class="broken_link">ＤＶＤ映画の部分転用、条件付きで承認　米著作権局</a></li>
<li><a href="http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1007/27/news022.html" target="_blank">iPhoneのロック解除は合法に　米著作権局が決定</a></li>
<li><a title="速報！　米著作権庁、合法利用の範囲を大幅拡大―iPhone脱獄など全6項目" href="http://jp.techcrunch.com/archives/20100726now-legal-in-the-u-s-jailbreaking-your-iphone-ripping-a-dvd-for-educational-purposes/">速報！　米著作権庁、合法利用の範囲を大幅拡大―iPhone脱獄など全6項目</a></li>
</ul>
<p>僕が注目したのがこの部分、「合法的に入手した映画DVDのプロテクトを解除して、映像の一部を教育目的やドキュメンタリー、非営利の動画などに利用する」。これにより例えば映像のあるカットが新しく創造するもののなかで必要となる場合、その作品によって多くに人が恩恵を蒙るならば奨励されるというもの。</p>
<p>例えば僕の例で言うと、<a title="新海誠" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E6%B5%B7%E8%AA%A0">新海誠</a>氏の作品。日本では２００７年ぐらいに流行したらしいがアメリカに住んでいて情報をそこまで拾えなかった僕は彼の作品をある映像に出会うまで知らなかった。</p>
<p>きっかけは新海誠氏の作品を観たのが始まりなんだけど、僕が観たのは映画ではなくて彼の作品「<a title="秒速5センチメートル" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%92%E9%80%9F5%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB">秒速5センチメートル</a>」の中のシーンを切り抜いて作られたいわばMADムービーというしろもの。しかしこれが中々良い仕上がりになっていてそれが彼の作品ということに気がつくまでオリジナルなものと思っていたほど。</p>
<p>じゃ、どうして気がついたかというと新海誠氏の作品シーンを使って創造されたMADムービーがそのほか多数YouTubeに上がっていたので気がついた。あれ、とかおもってどうして同じようなシーンがたくさんある、だけど使われ方が自然と違和感なく、本物のようだし・・・</p>
<p>そうしているうちに今度は本当にオリジナルで作られた「<a title="ケツメイシ" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%84%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%82%B7">ケツメイシ</a>」のバージョンを発見。そこでやっとこの作品、この絵の作者の存在、映画というものにたどり着いた。現在は残念だけどそれらの映像は削除されている。他にも「<a title="いきものがかり" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%84%E3%81%8D%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%8C%E3%81%8B%E3%82%8A">いきものがかり</a>」の曲をMADムービーしたものなど品質の高いものが多数あったんだけど、ほとんどが削除されてしまったらしい。</p>
<p><a href="http://www.youtube.com/watch_videos?more_url=%2Fmy_favorites&amp;video_ids=5f2EJlDgQ2c%2C4Q0obhm3gm0%2C5G2rERh7PL4%2CFWM0KhXJpTU%2CMM8ULDC6xI8%2CKcjKk5paKmI%2CaAUi1NuOnJ0%2C-0jCWkM15ag%2CvF9z4BZBUbE%2CMJraJcRKjgE%2Cr-4UIZ1FkT4%2CPYKrNRot0Rc%2C3EUxLftAycw%2C-fXetF_bnVM%2Ch6dkFvFyiOQ%2CIITIhZcTjCk%2Cu-Xp_-_gLTA%2CSp3PdM9MDXs%2CygY7fv5OW_o%2C1-YAQ1wfNqc&amp;type=7&amp;index=6">秒速5センチメートル One More Time, One More Chance 5cm per second</a></p>
<p><strong>著作権問題はどうなる？</strong></p>
<p>前に池田信夫氏の所有という概念になるほどと思ったんだけどコピーライトはその内なくなると思う。アイデアはレンタルする、映像はヒントにする、メロディーはインスピレーションとして活用する、ストーリーはオリジナルからさらに個性を導き出す、という感じでどんどん人はオリジナルなものからその人なりの個性を生かしたものを想像するようになるであろう。</p>
<p><a href="http://pradt.net/imgs/book/grand/extinctiontimeline.jpg" target="_blank">Extinction Timeline 1950 – 2050</a></p>
<blockquote><p>今後 100 年を考えると、おそらく近代社会の基本的な枠組である所有権の意味が薄れ、情報資源は必要なときだけレンタルするしくみに変わっていくのではないか。このとき問題なのは、物と所有者が 1 対 1 に対応しなくなり、価格形成がむずかしくなることだが、それは資源や情報を共有する最善のシステムを実現することに比べれば大した問題ではない。価格メカニズムは、所有権という非効率な権利を効率的に配分するしくみにすぎないからだ。</p>
<p>だから今は、所有権＝価格メカニズムという 300 年ぐらい続いたシステムから、次のシステムへの過渡期だろう。次にくるのがどんなシステムなのかまだよくわからないが、その移行を実験しているのが（彼らが自覚しているかどうかは別として）グーグルだと思う。彼らが電波の「コモンズ」に強い関心を示しているのは、たぶん偶然ではない。（<a href="http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/b0fc34293a9512894c013e2c76a20358">所有という幻想</a>）</p>
</blockquote>
<p><img style="margin: 10px;" title="秒速5センチメートル" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2010/08/PICT0292-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" align="right" />最近読んだ本「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140814047/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank">フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略</a> 」の中に記述してあったんだけどデジタルに置き換えられるものはすべてデジタルに置き換えられてフリーになると。その過程でのコストは限りなくゼロになる。アイディアはどんどんパクられる。そうなると思い出すのが棋士、<a title="羽生善治" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E7%94%9F%E5%96%84%E6%B2%BB">羽生善治</a>氏の考え！</p>
<p><strong>羽生善治氏の考え方</strong></p>
<blockquote><p>もちろん、そういう考え方もありうると思うんです。でも時代の流れというか、共有しないと生き残れない時代になってますから、多勢に無勢という印象はあります。気持ちはわかるんですよ。</p>
<p>創造って、手間も時間も労力もものすごくかかるから、簡単に真似されると報われません。私も対局で新しい試みをやるんですが、ほとんどはうまくいかない。仮にうまくいっても、周囲の対応力が上がっているので厳しいものがある。効率だけで考えたら、創造なんてやってられない。</p>
<p>でも逆に考えると、創造性以外のものは簡単に手に入る時代だとも言えるでしょう。だから、何かを創り出すのは無駄な作業に見えるけど、一番大事なことなんじゃないかと。それ以外のことでは差をつけようがないので、最後は創造力の勝負になるんじゃないかと考えています。（<a href="http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20080210/p1" target="_blank"> 現代将棋が表現する思想</a> ）</p>
</blockquote>
<p>共有することによって将棋界全体が恩恵を蒙る、つまり将棋が発展、進化する。大事だと思う事柄、マジョリティーが恩恵を蒙るだろう貴重情報は共有されるべきと思うのは僕だけであろうか？　ウィキペディアの進歩が英語圏での知的好奇心に知的向上心を育んだが日本版ウィキペディアは相変わらず削除の対象、記述の曖昧なものが多すぎる！</p>
<p><a href="http://jp.techcrunch.com/archives/20100806bill-gates-education/" target="_blank">ビル・ゲイツ曰く「5年以内に最上の教育はウェブからもたらされるようになる」</a></p>
<p>ＮＨＫなどが抱える膨大なアーカイブは国民に解放されるべきだし、そのほかの貴重な日本国民にとって大事だと思われる情報は共有されるべき。犯罪や健康、年金、教育などいろいろと共有されるというか広く社会に解放されれば、日本人マジョリティーの知的ＩＱ度は上昇するのではないだろうか？　集団的ＩＱ度の低い日本人も情報が広く手に入るようになれば選択肢が増え、様々な社会での大事な決定、決断の際、深みのある議論を展開できるようになると思うのは僕だけだろうか？　以下、フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略 – クリス・アンダーソンからの引用</p>
<p><strong>アイデアを永久に止めておくことはできない</strong></p>
<blockquote><p>つまりアイデアは事実上、コストを要せず無制限に伝わっていくのだ。もちろん、これは今に始まったことではない。かのトマス・ジェファーソンは特許制度の生みの親でもあり、誰よりも上手くそのことを表現した。</p>
<p>“私からアイデアを聞いた者は、私のアイデアを減らすことなく、それを利用することができる。まるで私のロウソクから火を貰った者が、私のロウソクを暗くすることなく明かりを受け継ぐように。”</p>
<p>要するに、アイデアとは究極の潤沢な商品で、伝達のための限界費用はゼロなのだ。アイデアが生まれると、自ら広く遠くへと伝わることを望み、触れたものすべてを潤沢にする（社会でそのように広まる考えを「ミーム」と呼ぶ）。</p>
<p>だが、ビジネスにおいては企業は知的財産権法を利用して、人為的にアイデア不足を生み出すことでお金を儲ける。それが特許や著作権や企業秘密だ。つまり、アイデアは多くの人に伝わるのが自然だが、その流れをしばらくの間せき止めて利益を上げようとしているのだ。こうした権利は、発明家の創造に経済的インセンティブを与えるもので、一定期間はそのアイデアについて独占レント（ある人や企業がアイデアや市場を独占することによって得られる利潤）を請求できるライセンスであり、創案者はそのアイデアを活かしたビジネスを立ち上げて利益を得ることができる。だが、最後には特許が切れて、秘密は外に出る。アイデアを永久に止めておくことはできない。</p>
<p>物質からではなく、アイデアから作られるものが多くなれば、それだけ速くものは安くなっていく。これがデジタル世界のフリーにつながる潤沢さのルーツだが、今日この現象は簡潔に「ムーアの法則」と呼ばれている。</p>
<p>しかし、この法則はデジタル製品に限ったものではない。情報が主要な構成要素となる産業ならなんでも、後述する複合学習曲線を辿るようになり、価格を下げながら性能を上げていきやすい。たとえば医薬品がそうだ。かつての「理由は分からないけれど、これは効く」という状態から（だから薬の発見と言った）、今では分子生物学の原理から薬の作用するプロセスを辿れるようになり、薬が効く理由が分かるようになった。基礎にある科学とはつまり情報であり、観察された効き目は逸話に過ぎなくなった。根本を理解できれば、よりよい薬をより速く大量に作ることができるのだ。</p>
<p>ＤＮＡ配列検査の価格も１・９年ごとに半分になっているし、ほどなく個人の遺伝子構造検査も情報産業のひとつになるだろう。医師のコストが高くなる一方で、ソフトウェアは安くなり続け、ゼロへと向かっていくので、医療と診断サービスがソフトウェアによって提供される機会がますます増えるだろう。</p>
<p>ナノテクノロジーも同様で、カスタムデザインされた分子の自己組織化といった技術により、製造業を情報産業に変えるはずだ。エネルギー産業ももはや化石燃料を燃やすことだけでなく、光電池を使って太陽光を実用規模の電気に変えたり、草をエタノールに変える酵素を設計したりするなど、情報産業になる。それまでコンピューターと縁のなかった産業も、腕力中心から頭脳中心に変わることで、ムーアの法則に似た幾何級数的成長と価格下落を見せるようになるのだ。</p>
</blockquote>
<p>ＮＨＫのアーカイブ、そのほか国民の生活基盤、個人の知的武装能力を高めるであろう情報を開放すれば日本人が恩恵を蒙ることになる。日本語での貢献は貧弱だが英語版のウィキペディアを見てみるといい。記事の数も凄い事ながら内容に関しては正しい方向へ正しい方向へと何度となく書き換えられる。つまりアイディア、この場合はある概念が皆の一致した事柄であるから後はそれを一般へ分かりやすい文章へと最大限の読みやすさ、理解しやすさをもってその内容が改良、進化していく。</p>
<p><strong>個性を出す</strong></p>
<blockquote><p>羽生：一つは運とかツキとかあるような気がする。手が震えるっていう話をしましたけど、指運ってあるんですよ、つまり手がいいところにいくかどうか、例えば最後時間がなくなって手がいいところにいくかどうか。わからない場面のときにいいかどうかわからないわけですけど、指さないといけないわけです、時間がないですから、その時にいいところに行くかわるいところに行くか、まぁ運ということもある。その人の持っているその考え方とか発想とか、そういうものがでる。</p>
<p>あともう一つはですね、知識は皆共通してあるんですけど、そこから何を切り取って何を選ぶかっていうところはやっぱり個人差があるわけですよ。例えばこの形は自分のスタイルにあっているからやってみようとか、これは面白そうだからやってみようとか、主査選択という部分っていうのはかなり個人差がでてくるような気がする。（<a href="http://www.ebigbridge.com/2009/04/05/%e5%8b%9d%e8%b2%a0%e5%b8%ab%e3%80%81%e7%be%bd%e7%94%9f%e5%96%84%e6%b2%bb%e6%b0%8f%e3%81%ae%e8%80%83%e3%81%88%e6%96%b9%e3%80%81%e3%81%9d%e3%81%ae%ef%bc%91-%e2%80%93-%e7%9c%9f%e5%89%a3%e5%8b%9d%e8%b2%a0/">勝負師、羽生善治氏の考え方、その１ – 真剣勝負</a>）</p>
</blockquote>
<p><img style="margin: 10px;" title="羽生善治" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2010/07/PICT0273-198x300.jpg" alt="" width="198" height="300" align="right" />将棋の盤上では個性がでる。それと同じ、すべてがフリーでアイデアが手に入る時代になってもそこから特出するには個性が必要ということ。つまり自分の感性を磨く。多くの偽者の中に含まれている本当の一流作品に出会うことができるかどうか？　自分の観る目、感じるフィルター、すべては自分が美しいと感じるかどうか、自分が気持ちが良いと感じるかどうか、にかかっていると思う。</p>
<blockquote><p>羽生：答えがない場面、わからない場面っていうのはよくあるんですよ。これが妙手だとか悪手だとかわからない場面ってあるので、そこはかなり個性が出ると思います。必ずそういう局面って、一局の中に何回も現れるんでそこで何をするかっていうのは、答えはないわけですから、答えがない中で何をやるかっていうのはその人の個性というのが色濃く反映されるんじゃないかなぁとは思っていますけど。</p>
<p>インタビュー：先が見えない局面で感覚とか個性が生かされる、具体的にどういうことなんですか？</p>
<p>羽生：すごく単純にいうと例えばはっきり良い悪いがわかる場面だったらどんな人もいい方を選ぶじゃないですか、でもそれがもしわからないとか、すごい混沌としているとか答えがないってことになったら、結構その人の好き嫌いとか、好みとかそういうのが出ますよね、ということはその人の個性じゃないですか。</p>
<p>その人が持っている考え方とか感じ方とか培われてきたものとか、そういうものがすごく、性格とか習慣とかそういうものがその時にパッと出てくるっていうことがあるような気が、わからない場面だからこそ、そういうものが出せるということはありますね。答えがわからない場面ってほうが逆にその人の持っているその性格とか資質とか習慣みたいなものが、色濃く反映されるのかなっていう気はしていますね。（<a href="http://www.ebigbridge.com/2009/04/05/%e5%8b%9d%e8%b2%a0%e5%b8%ab%e3%80%81%e7%be%bd%e7%94%9f%e5%96%84%e6%b2%bb%e6%b0%8f%e3%81%ae%e8%80%83%e3%81%88%e6%96%b9%e3%80%81%e3%81%9d%e3%81%ae%ef%bc%91-%e2%80%93-%e7%9c%9f%e5%89%a3%e5%8b%9d%e8%b2%a0/">勝負師、羽生善治氏の考え方、その１ – 真剣勝負</a>）</p>
</blockquote>
<p>では自分の感性を高めていくにはどうしたらいいのだろうか？　本物、一流というものに数多く触れることだと思うが、自分にとって本当にそれが一流であるのか、また影響を受けるべく大きな存在のものなのだろうかの判断は経験を積んでいくしかない。このとき自分の取るべき姿勢なんだけど、僕は大前研一氏の言葉を強く意識している。</p>
<blockquote><p>自分に投資する！！　自分に投資して付加価値を高め、どんな状況になっても生きていけるだけのスキルを身につける。その時の必要条件は知的に怠惰でないということ。知りたいと思ったことは調べ、経験したいと思ったことは経験し、行ってみたいと思った所には行かなければならない。</p>
</blockquote>
<p>仮にアイデアを永久に止めておくことはできない、とするならば「知のオープン化」は必然であるべきであろう。創造力といった武器、誰にでも備わっている武器を研鑽することがこれからの情報化社会をサバイバルするキーワードだとすると、その「知のオープン化」を先取りし、盤上で自らの頭脳を実験の場として活用している棋士たちの思想に興味を抱かざるを得ない。</p>
<p>次のエッセイでは、将棋界は社会現象を先取りした実験場とはどういうものなのか、「量が質に転化する」というグーグルと羽生善治氏の思想の意味するところとは、「知の高速道路」の先にある大渋滞を抜けるには何が必要なのか、といったことを交えながら整理し、その先にある思想「非貨幣経済、金銭が支配しない場所では何が支配するのか」ということに繋げていこうと考えている。</p>
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		<title>決断力 – 羽生善治</title>
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		<pubDate>Thu, 27 Aug 2009 23:20:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>B-KOOL</dc:creator>
				<category><![CDATA[Myself]]></category>
		<category><![CDATA[書籍 映画 - Review]]></category>
		<category><![CDATA[羽生善治]]></category>

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		<description><![CDATA[先のエッセイ（ 凛々しい日本人を取り戻すために ）はこの「決断力」という本を読んで書評を書いていたところ、ある部分ではエッセンスが違ったものに発展したため、違う題名を持って発表しようと試みた結果である。 決断力、というこ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="float:right; margin:0 0 10px 15px; width:240px;">
		<img src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/08/0165.jpg" width="240" />
		</p><p>先のエッセイ（<a title="凛々しい日本人を取り戻すために" href="http://www.ebigbridge.com/2009/08/20/%e5%87%9b%e3%80%85%e3%81%97%e3%81%84%e6%97%a5%e6%9c%ac%e4%ba%ba%e3%82%92%e5%8f%96%e3%82%8a%e6%88%bb%e3%81%99%e3%81%9f%e3%82%81%e3%81%ab/"> 凛々しい日本人を取り戻すために</a> ）はこの「決断力」という本を読んで書評を書いていたところ、ある部分ではエッセンスが違ったものに発展したため、違う題名を持って発表しようと試みた結果である。</p>
<p>決断力、ということで自分が抜粋した内容はこのタイトルと直接は関係ないかもしれないが、ここは大事だなぁというか、付け足したい部分も含めて書評という形でまとめてみた。</p>
<p><strong>早い段階で定跡や前例から離れる</strong></p>
<blockquote><p>確かに、決まった戦型だと６０手、７０手とかまで前例のある形で進み、いかに最先端の形を知っているかという知識の勝負という部分が大きい。前例のある形はデータが固まっているので、ある段階まではかなり正確に指せる。勝負の出来や内容からいけば、その道を選んだほうが安全だろう。</p>
<p>私は、早い段階で定跡や前例から離れて、相手も自分もまったくわからない世界で、自分の頭で考えて決断していく局面にしたい思いがある。実際に、中盤から終盤にかけて局面が混乱し、複雑な世界に突入する。そこで出現する「今、この場面」と同じものは過去にない。どの手を使うか、セオリーを敢えて捨てるか、最後の判断は自分でせねばならない。</p>
</blockquote>
<p>こういう状況は真理を追究するというか、お互いが何かを突き詰めていく先に見えてくる、というか現れてくる不思議な現象というか局面と出会いたい、という羽生氏の欲望に似た探求であろう。２度と同じ場面は出現してこないかもしれない、というワクワク感と出会う。宇宙の謎解きのような感覚なのかなぁ、と想像してしまう。</p>
<p>ＮＨＫ特集「１００年インタビュー」で羽生さんとの対話が行われていたとき、羽生さんの喋る語り口からこの人は右脳で喋っているなぁ、というのを感じたことは前のエッセイでも書いたけど、その時に思い浮かべたイメージというのが、羽生さんの右脳に銀河が詰まっているイメージ。</p>
<div class="woo-sc-quote"><p></p></div>
<p>映画「Men in Black」でネコの首輪にかかっている鈴の中に、小宇宙、銀河が詰まっているシーンがあるんだけど、あんな感じかなぁ、イメージとしては。</p>
<p>どの手を使うか、セオリーを敢えて捨てるか、といった部分で相手の個性、その人の中身を見ようとしているのではないだろうか？　日ごろから趣味の一環として観察されるスポーツ中継でもそう、アスリートたちの勝負に対する感覚というか、感情、そのほか、プレーシャー時に置かれたときの心理面などを観察している姿勢は盤上で相手を見極めたい、という場面で顕著に現れてくるのであろう。</p>
<p><strong>守ろう、守ろうとすると後ろ向きになる</strong></p>
<blockquote><p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4047100080/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="決断力 (角川oneテーマ21)" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/08/0165.jpg" alt="決断力 (角川oneテーマ21)" width="240" height="240" align="right" /></a>７冠を取った後、米長先生から、釣った鯛を例えに、</p>
<p>「じっと見ていてもすぐには何も変わりません。しかし、間違いなく腐ります。どうしてか？　時の経過が状況を変えてしまうからです。だから今は最善だけど、それは今の時点であって、今はすでに過去なのです」</p>
<p>と戒められた言葉は、今も胸に深く刻まれている。</p>
<p>中略・・・</p>
<p>スクラップ・アンド・ビルド（破壊と創造）という言葉がある。米長先生のように、破壊することから新しいものは生まれるのだ。盤上で将棋を指すときは創造的な世界に進む、一回全部をガチャンと壊し、新しく違うものを最初から作るぐらいの感覚、勇気、そして気迫でいたほうが、深いものができるのではないだろうか。</p>
<p>守ろう、守ろうとすると後ろ向きになる。守りたければ攻めなければいけない。私は、自分の将棋は常にそうありたいと思っている。</p>
</blockquote>
<p>先のＮＨＫ特集「１００年インタビュー」、羽生さんとの対談の中で、印象に残った羽生さんの考え方の一つに、今日通用する、今最強の戦略は１０年後には最悪の戦略になっている、という驚くべきもの。人間どうしても今あるものが有利な展開を生むのならば、なるべくそれに固執していたいというかそこから恩恵を受けたいという誘惑は必ず発生する。</p>
<p>しかし勝負の世界でそれを続けていると必ずどこかで相手がじっと次に訪れる自分の勝利を信じて研究しているから、その最先端の戦略を捨ててでも新しいものに触れ、そこから自分で考えて想像していくべし、というもの。</p>
<p>７冠を取った後の米長先生が釣った鯛を例えた教えは、羽生さんにとって覚悟という気合を自分の中に取り入れた働きをしたのだと想像する。</p>
<p><strong>冒険的な手を指す</strong></p>
<blockquote><p>インタビュー：やっぱり定石を積み上げていって、その通りになるべく打っていくっていう、まぁ一種の対局にあるような考えになりつつあるというか、羽生さんはそうしているということですか？</p>
<p>羽生：冒険的なこともしないとやっぱり進歩がないってことはあるんですよね。で、勝負って言う面に関して言えばやっぱりセオリーどおりで手堅く行ったほうが多分勝率は高いだろう、っていうこともあるんです。冒険的なことはやっぱり冒険なんで、失敗に終わるというか上手くいかないことも多いんですよね。特にプロ同士の場合ですと何か挑戦的なことをやってもやっぱり的確に返ってきますから中々それで上手くいくってことは少ないです、半分もないです。</p>
<p>インタビュー：そうだとすると、ひょっとしたらこっちのほうが勝つ確立は高いんだけれどあえて今日はこれをやってみる、そういう時はあるわけですか？</p>
<p>羽生：やっぱりあります。今日勝つ確立が一番高いっていうやり方は多分１０年後では一番リスクが高くなるんですよ。つまり１０年後が一番時代に取り残されるとか、進歩が遅れているというやり方なんです、今日勝つ一番勝率が高いやり方は。</p>
<p>つまりそこはどこまでリスクをとって、どこまでは取らないかっていう、リスクのマネージメントのことだと思っているんですね。どこまでアクセルを踏むか、どこまでブレーキをかけるか？　どの場面でどれだけ踏み込んでやっていくか？　本当にすごくそれは大事なこと、でも一番手堅くやるっていうことを手堅くやり続けるっていうのは長い目でみたら一番ダメなやり方だと思っています。</p>
<p>インタビュー：勝率の高いやり方をずっと続けていると、まっいわばもたない？</p>
<p>羽生：やっぱりそのどんどん変わっていきますから、未来を見ているんじゃなくて過去ってことですね。勝率っていうのは過去を見ているって事ですから、それをこう比較すればどうなるかっていうのはあきらかなことなんで。</p>
<p>インタビュー：目の前の勝利、もちろん大事なんだけどそういったことをやって、だけどふと考えてみるとやっぱり勝ちたいじゃないですか。その中でね、冒険的な手を打ってみようという発想になれる、羽生さんというのは一体何をみてそうしているのか？</p>
<p>羽生：思い切ってやってみるほうが楽しいってこともあるし、まっ後で得ることもあるってこともあるでしょうし、例えばそれで結果が出なかったとか、上手くいかなかったとか失敗したとしても、それでまた後悔するかどうかといったらまたちょっと別ですよね。</p>
<p>もっと自由に指したいしもっといろんな挑戦的なこともやってみたいという気持ちもあるわけなんで、だからそれをやることが本当に後悔するかどうかってことも何か一つの基準としては、まっ、自分の中では一様ありますが。</p>
<p>インタビュー：得ていくものっていうのもあり、つまり冒険的なことをやっていかないと今は勝てるかもしれないけれど、この先勝てなくなるかもしれないと、長い目で見ると、そういうのもやってみなければいけないと？（<a title="勝負師、羽生善治氏の考え方、その２ – 創造力" href="http://www.ebigbridge.com/2009/04/06/%e5%8b%9d%e8%b2%a0%e5%b8%ab%e3%80%81%e7%be%bd%e7%94%9f%e5%96%84%e6%b2%bb%e6%b0%8f%e3%81%ae%e8%80%83%e3%81%88%e6%96%b9%e3%80%81%e3%81%9d%e3%81%ae%ef%bc%92-%e2%80%93-%e5%89%b5%e9%80%a0%e5%8a%9b/">勝負師、羽生善治氏の考え方、その２ – 創造力</a> ）</p>
</blockquote>
<p><strong>全体を判断する目とは、大局観である</strong></p>
<blockquote><p>全体を判断する目とは、大局観である。一つの場面で、今はどういう状況で、これから先どうしたらいいのか、そういう状況判断ができる力だ。本質を見抜く力といってもいい。</p>
<p>その思考の基盤になるのが、勘、つまり直感力だ。直感力の元になるのは感性である。</p>
<p>例えば、数学は緻密なロジックによって構成された論理的な学問であると思われている。だが、数学界のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受賞した小平邦彦先生は、数学は高度に感覚的な学問であるといい、それを「数覚」と名づけている。中学校の幾何学で、図形の問題は、まず補助線が閃かないと解くのが難しいが、将棋も、この補助線のような閃きを得ることができるかどうかが、強さの決め手となる。</p>
<p>将棋に限らず、ぎりぎりの勝負で力を発揮できる決め手は、この大局観と感性のバランスだ。感性は、どの部分がプラスに働くというのではなく、読書をしたり、音楽を聴いたり、将棋界以外の人と会ったり・・・というさまざまな刺激によって総合的に研ぎ澄まされていくものだと思っている。</p>
</blockquote>
<p>また引用するようで申し訳ないのだが、先のＮＨＫ特集「１００年インタビュー」、羽生さんとの対談でここに関連した事柄を羽生さんが語っている。要はどうしてそう忙しく、将棋以外のことにも精を出しているのですか？　という質問に次のように答えている。</p>
<p><strong>多忙であることの意義</strong></p>
<blockquote><p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001MIMBY2/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="羽生善治" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/04/00001.jpg" alt="羽生善治" width="240" height="240" align="right" /></a>インタビュー：羽生さんは今年、これまでに３７局ということで２番目の方が２８なんで９、多い、だいぶ多いですよね。</p>
<p>羽生：まぁ二日性も入っているんで、日数的にしたらもうちょっと多いですね。</p>
<p>インタビュー：でありながら一方でこう地方でイベントがあったり、そういった活動をすごく積極的にされていて大変忙しいわけなんですけど、どうしてそんなに忙しくされているんですか？</p>
<p>羽生：忙しくするつもりはないんですけど、ただ対局が重なる時期っていうのはやっぱりありますね。ここがまた面白いところなんですけど対局が多くなってくるとですね、もちろん体調面では厳しい、体力的には厳しいってところもあるんですけど、ただ段々勘が冴えてくるってこともあるんですよ。</p>
<p>その勝負勘というか、一つの場面でパッとみてここが急所だとか、これは行けるだとか、何かそういうところの主査選択の精度が上がってくるというのはあるんで、忙しいからといって厳しいかって言うとそうでもないこともあるんですね。</p>
<p>一番いい感じは中４日くらいで行くんですよ、野球のピッチャーと同じで中４日でずっと先発していくっていう感じで一番いい状態ですね。でも感覚が詰まってくると中４日が中３日になったり、中２日になったりするんで、なんかちょっと肩に違和感だとか、何かそういう感じにはなってくるんですけど、やっぱり実戦慣れしてるからいいときもあるという、そういうところはありますね。</p>
<p>インタビュー：逆にこう当番感覚が開いちゃうと？</p>
<p>羽生：体調はいいんですけど、例えば集中するのがすごく難しかったりとか勝負どころを見極めるのが難しくなるっていうことはあります。</p>
<p>インタビュー：ただその情報、データーは集めて研究するって時間も必要なわけですよね？</p>
<p>羽生：これは本当に大事ですね。本当にものすごく大事です。今は特にものすごく大事なんです。（３回も羽生氏は強調しました！）</p>
<p>インタビュー：イベントとかお仕事を減らしてそちらの時間にあてたほうが強くなるかなぁと思うんですけど、必ずしもそうではない？</p>
<p>羽生：これがまた面白いところなんですけど例えば将棋の勉強とか、将棋の研究だけをずっとやり続ければいいかっていうと、必ずしもそうでもないんですよ、つまり突き詰めてやっちゃうと煮詰まるってこともあるんですね。こう煮詰まっちゃってどうしようもなくなるってこともあって、こう何でも合理的に割り切って、その徹底してやるっていうやり方が一番いいやり方じゃないんじゃないかなぁと私は思っています。</p>
<p>何で差をつくかって今わからないんですよ、棋士同士で。情報皆同じで定石皆知っているわけですし、そこから思い浮かぶ発想っていうのはそんなに個人差があるわけじゃないですから。これも不思議なものなんですけどそのいくら机上で考えてもやっぱり実際の真剣勝負の場でやってみないとわからないこととか学べないこととか、吸収できないことっていっぱいあって。</p>
<p>インタビュー：データで見るのと実際とやっぱり違いますか？</p>
<p>羽生：違うんですね、なんというか緊張感とか緊迫感が違うっていうのと、後真剣に普段の時にやっているつもりでも、どこかその待ったができるとか、そういう状況なのと、待ったができなくて失敗が許されないその緊張感とか緊迫感の中で一手一手考えていくっていうところはなんかその同じ思考でも深さが違うというか、重みが違うってことはあるような気はしています。（<a title="勝負師、羽生善治氏の考え方、その１ – 真剣勝負" href="http://www.ebigbridge.com/2009/04/05/%e5%8b%9d%e8%b2%a0%e5%b8%ab%e3%80%81%e7%be%bd%e7%94%9f%e5%96%84%e6%b2%bb%e6%b0%8f%e3%81%ae%e8%80%83%e3%81%88%e6%96%b9%e3%80%81%e3%81%9d%e3%81%ae%ef%bc%91-%e2%80%93-%e7%9c%9f%e5%89%a3%e5%8b%9d%e8%b2%a0/">勝負師、羽生善治氏の考え方、その１ – 真剣勝負</a> ）</p>
</blockquote>
<p><strong>決断とリスクはワンセットである</strong></p>
<blockquote><p>勝負には通らなくてはならない道が存在すると私は思っている。リスクを前に怖気づかないことだ。恐れることも正直である。相手を恐れると、いろいろな理由をつけて逃げたくなる。怖いから腰が引けてしまう。しかし、勝負する以上、必ずどこかでそういう場面に向き合い、決断を迫られることになる。私は、そういうときには、「あとはなるようになれ」という意識で指している。どんな場面でも、今の自分をさらけ出すことが大事なのだ。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」だ。</p>
<p>中略・・・</p>
<p>決断とリスクはワンセットである。日本の社会は、同質社会ということもあって、このバランスが悪いと思う。リスクを負わない人がいる一方で、リスクだけ負わされている人がいる。決断を下さないほうが減点がないから決断を下せる人が生まれてこなくなるのではないか。目標があってこその決断である。自己責任という言葉を最近よく聞くが、リスクを背負って決断を下す人が育たないと、社会も企業も現状の打破にはつながらないであろう。</p>
<p>リスクを避けていては、その対戦に勝ったとしてもいい将棋は残すことはできない。次のステップにもならない。それこそ、私にとっては大いなるリスクである。いい結果は生まれない。私は、積極的にリスクを負うことは未来のリスクを最小限にすると、いつも自分に言い聞かせている。</p>
</blockquote>
<p>[quote1]</p>
<p>問題を先送り先送り、どこかの政府の対応、いやどこかの大企業の対応、リスクを取ることに躊躇し、面と向かって問題と取り組もうとしない姿勢は必ず後からしっぺ返しを食らう。リスク定義、日本で曖昧なのはリスクというものを危険、という風に捉えているからではないだろうか？</p>
<p>危険と単純に捉えるのではなく、慎重に問題の本質を見極め、対処するべくいかなる状況が発生したとしても大丈夫なようにオプションを準備しておくことが、逆にリスクをチャンスに転換できる可能性も秘めている、だからリスクというのはその個人、団体がどのようにインテリジェンスをもって対応するのか、という姿勢によって変化しうる、未来の不確定要素ということができる。</p>
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		<item>
		<title>凛々しい日本人を取り戻すために</title>
		<link>http://www.ebigbridge.com/2009/08/20/%e5%87%9b%e3%80%85%e3%81%97%e3%81%84%e6%97%a5%e6%9c%ac%e4%ba%ba%e3%82%92%e5%8f%96%e3%82%8a%e6%88%bb%e3%81%99%e3%81%9f%e3%82%81%e3%81%ab/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=%25e5%2587%259b%25e3%2580%2585%25e3%2581%2597%25e3%2581%2584%25e6%2597%25a5%25e6%259c%25ac%25e4%25ba%25ba%25e3%2582%2592%25e5%258f%2596%25e3%2582%258a%25e6%2588%25bb%25e3%2581%2599%25e3%2581%259f%25e3%2582%2581%25e3%2581%25ab</link>
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		<pubDate>Thu, 20 Aug 2009 21:41:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>B-KOOL</dc:creator>
				<category><![CDATA[What's up, Japan?]]></category>
		<category><![CDATA[今の日本って大丈夫？]]></category>
		<category><![CDATA[日本の若者]]></category>
		<category><![CDATA[羽生善治]]></category>

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		<description><![CDATA[羽生さんはよく将棋の勝負場面という雰囲気を剣との戦いぶりに例えることがある。「決断力」本文中にも何箇所かそれらの表現が使われているんだけど、僕としてはそのように羽生さんが用いる剣との戦いぶり将棋場面表現法に出会ったとき、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="float:right; margin:0 0 10px 15px; width:240px;">
		<img src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/08/0165.jpg" width="240" />
		</p><p>羽生さんはよく将棋の勝負場面という雰囲気を剣との戦いぶりに例えることがある。「決断力」本文中にも何箇所かそれらの表現が使われているんだけど、僕としてはそのように羽生さんが用いる剣との戦いぶり将棋場面表現法に出会ったとき、あぁやっぱりという思いがした。</p>
<p>それまでほとんど将棋に対するイメージがなかったところ、今年の正月元旦にアメリカのTVJapanで放送されたＮＨＫ特集「１００年インタビュー」で羽生さんとの対談模様を鑑賞する。</p>
<ul>
<li><a title="勝負師、羽生善治氏の考え方、その１ – 真剣勝負" href="http://www.ebigbridge.com/2009/04/05/%e5%8b%9d%e8%b2%a0%e5%b8%ab%e3%80%81%e7%be%bd%e7%94%9f%e5%96%84%e6%b2%bb%e6%b0%8f%e3%81%ae%e8%80%83%e3%81%88%e6%96%b9%e3%80%81%e3%81%9d%e3%81%ae%ef%bc%91-%e2%80%93-%e7%9c%9f%e5%89%a3%e5%8b%9d%e8%b2%a0/">勝負師、羽生善治氏の考え方、その１ – 真剣勝負</a></li>
<li><a title="勝負師、羽生善治氏の考え方、その２ – 創造力" href="http://www.ebigbridge.com/2009/04/06/%e5%8b%9d%e8%b2%a0%e5%b8%ab%e3%80%81%e7%be%bd%e7%94%9f%e5%96%84%e6%b2%bb%e6%b0%8f%e3%81%ae%e8%80%83%e3%81%88%e6%96%b9%e3%80%81%e3%81%9d%e3%81%ae%ef%bc%92-%e2%80%93-%e5%89%b5%e9%80%a0%e5%8a%9b/">勝負師、羽生善治氏の考え方、その２ – 創造力</a></li>
</ul>
<p>その時に羽生さんが将棋という戦いの場面を解説するときにイメージとして僕の頭に浮かんできたのが正に真剣勝負の戦いのようであると。剣との戦いのことだからね！</p>
<blockquote><p>読んでいれば、相手の刀がかすめても怖くない</p>
<p>かなり危険だと判断しても、私は、踏み込んで決断をするほうだと思う。</p>
<p>見た目にはかなり危険でも、読み切っていれば怖くはない。剣豪の勝負でも、お互いの斬り合いで、相手の刀の切っ先が鼻先１センチのところをかすめていっても、読み切っていれば大丈夫だ。逆に相手に何もさせたくないからと距離を十分に置いていると、相手が鋭く踏み込んできたときに受けに回ってしまう。逆転を許すことになる。将棋では、自分から踏む込むことは勝負を決める大きな要素である。</p>
<p>私は将棋の醍醐味はそういうところだと思っている。戦って、こちらも傷を負うけれど、結果として僅かに勝っていればいいのだと・・・。（「決断力」参照）</p>
</blockquote>
<p>司馬遼太郎氏の「竜馬が行く」を読んだことがある人なら想像できると思うけど、その本の中で何度も出てくる浪人や武士同士の真剣勝負、殺し合いなる場面を将棋という戦いもその環境と同じぐらいの恐ろしさではないか、と感じたんだ。</p>
<p>だから羽生善治氏の「決断力」を読んで羽生さん自身が、そのように将棋を表現しているのを発見して、あぁやっぱり棋士、羽生善治もそのように感じていたのかぁ、と思って嬉しくなった。</p>
<p><strong>明治維新の頃の日本人に日本社会</strong></p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163621601/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="竜馬がゆく〈1 立志篇〉" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/08/0164.jpg" alt="竜馬がゆく〈1 立志篇〉" width="240" height="240" align="right" /></a>現代の日本社会及び日本人のひ弱さというか精神的脆さ、邪悪さ加減を嘆き、比較される対象として用いられることの多い時代、明治維新前後の日本社会を振り返るとき、凛々しいとか潔いとかいう表現を用いて当時の日本人を特徴付けることが多いように感じる。</p>
<p>まっ大雑把に書くけど、江戸時代の武士社会に存在していた武士道というような潔い精神を持った日本人社会から、戦前の昭和初期頃、さだまさしさんが「昭和初期頃の日本人を表現した小説を読むと本当、日本人ってきれいたよねぇ」っていうような表現をしていたと思うんだけど、凛々しい日本人社会が存在していた頃までの日本を取り戻すためにはどうしたらいいのだろうか？</p>
<p>金、金、金、というお金第一的発想からアメリカに何でも追従、お願いしますよ合衆国大統領さん、とりあえずお金は出します、的なボンボン息子的発想、自分さえ良ければ他人なんて関係ないぜ、的排他主義的発想に貧乏染みた競争社会、と突き詰めていくとどうも物質的にはとても豊かになった日本なんだけど、精神的に貧しくなったように感じるんだよね。</p>
<p>物質的には潔い、凛々しかったころの日本社会よりも便利で豊かになったはずなんだけど、その社会に生きる日本人はなんか精神的に退化してしまったというか、脆くなったように感じるのはどうしてだろう。</p>
<p>極端な結論に飛ぶけど、もしかしたら多くの日本人が将棋を指すということがキーポイントになるかもしれないとさえ思えてくる。</p>
<p><strong>文武両道</strong></p>
<div class="woo-sc-quote"><p></p></div>
<p>剣を戦わせるのは実際のところ非現実的だし、例えば剣道はじめ道がつくものはどれでもいいから日本人としての心の作法を身につけさせるためにも、義務教育の一環として取り入れてはどうだろうか？</p>
<p>柔道でも剣道でも合気道でも空手道でもいいし、茶道でも書道でも華道でもいいから初段というところまで一人一人が取得できるようにさせる。</p>
<p>できれば文武両道という意味で、動と静の部分、両方を身につけさせたい。そして静の分野では茶道、書道、華道のほかに将棋を加える。</p>
<p>これらの作法を習っていく過程で日本社会が含む豊かな知恵というものを体感することが出来るであろうし、落ち着きのある精神的に満ち足りた精神状態の日本人的気質を育むことの手助けになると思う。</p>
<p><strong>正座の仕方</strong></p>
<p>僕は高校生の時、体育の授業で柔道を、ニューヨークに来てからの一時期、空手（<a href="http://www.seido.com/" target="_blank">誠道空手</a>）を習っていた。</p>
<p>今でも思い出すことができるが、柔道の時間に習った正座の仕方の意味。必ず座る際には左足から膝をおって地面につけるというもの。そうすることで半身の姿勢になっても、危険なときにはいつでも腰に差した刀を抜くことができるように、ということであった。もちろん、正座の姿勢から立つときには右足から前に出して半身の姿勢に。なるほど！</p>
<p><strong>将棋の中の知恵、羽生善治氏</strong></p>
<p>「決断力」を読んだ際に、なるほど、と感じた部分、大事なことだなぁ、と思った部分のいくつかを紹介してみよう。</p>
<blockquote><p>相手に手を渡す</p>
<p>指し手が見えない、つまり「これがよさそうだ」という手が一つも見えない場面も非常に多い。そういう時は、どうするか？</p>
<p>将棋は、お互いに一手ずつ手を動かしていき、指していく。だから、自分が指した瞬間には自分の力は消えて、他力になってしまう。そうなったら、自分ではもうどうすることもできない。相手の選択に「自由にしてください」と身を委ねることになる。そこで、その他力を逆手にとる。つまり、できるだけ可能性を広げて、自分にとってマイナスにならないようにうまく相手に手を渡すのだ。</p>
<p>中略・・・</p>
<p>大山康晴先生は、「相手に手を渡す」のが上手で、意図的に複雑な局面を作り出して相手の致命的なミスを誘導してしまうのが非常に得意であった。自分の力ではなく相手の力も利用して技をかける、だから強かった。（「決断力」参照）</p>
</blockquote>
<p>静のイメージが強い将棋においてどうして剣との戦い、つまり動のイメージが湧いてくるかという理由は相手と対戦するという空気、戦う場面で発生する相手との間合いというか気の流れ、場の雰囲気なるものがそうさせているのかなぁ、と想像する。相手に手を渡す、とは正に相手の勢い、技、相手の気を利用してこちらが技を仕掛ける剣道、柔道、空手道と一緒である。</p>
<p><strong>何もないところから想像していく喜び、祝祭の時間</strong></p>
<blockquote><p>対戦の中で、相手に「アイデア」を引き出してもらう</p>
<p>棋士は指し手に自分を表現する。音楽家が音を通じ、画家が線や色彩によって自己を表現するのと同じだ。小説家が文章を書くのにも似ている。２０枚の駒を自分の手足のように使い、自分のイメージする理想の将棋を創り上げていく。ただ、将棋は２人で指すものなので、相手との駆け引きの中で自分を表現していく。その意味では、相手は敵であると同時に作品の共同制作者であり、自分の個性を引き出してくれる人ともいえる。</p>
<p>未知の局面は偶然に現れるものではない。自分と相手が一手一手を決断していく過程で現れるものだ。自分のアイデアは案外決まっているので、対戦の中で、相手にいろいろ引き出してもらうことも多い。対局中に「次のアイデア」が浮かぶこともある。「次はこうやろう」というアイデアがどんどんストックされていくのだ。</p>
<p>中略・・・</p>
<p>慣れていない、感覚でとらえられない局面には、たとえ失敗があったとしても、挑戦の楽しさがある。その中でさまざまな発見をし、充実感が持てる。将棋に限らず、何事でも発見が続くことが、楽しさ、面白さ、幸せを継続させてくれると思っている。（「決断力」参照）</p>
</blockquote>
<p>村上龍対談集「存在の耐えがたきサルサ」の中で京都大学名誉教授、河合隼雄氏と夢について語っている部分を思い出した。</p>
<p>イメージしたものを表現していく手段をもっている人は精神が充実しているのかもしれない。たとえそれが自己満足という範囲で治まっているとしても、金銭的なインセンティブも働くだろうが満たされたい欲求があるとすれば内への欲求ではないだろうか？</p>
<p>世間が、世界がそれをどのように判断してくれるのか、ということは二の次で、興味のあることといえば自分自身、作品がどのように評価され、どのような批判を受けようともそれを受け入れることは、このような見方もあるのだなぁ、と客観的になれればフィードバックは次への作品へのステップアップにも繋がる。</p>
<p>以下、村上龍氏と河合隼雄氏の対談から</p>
<blockquote><p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167190044/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="村上龍対談集 存在の耐えがたきサルサ" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2008/08/0132.jpg" alt="村上龍対談集 存在の耐えがたきサルサ" width="240" height="240" align="right" /></a>河合：夢というのは個人的な祝祭かもしれませんね。夢で祭りが可能なんです。お祭りというのはどこかぶち壊したりしないと本当は面白くないわけですが、現実ではやれないことも夢では可能なんです。だから夢を上手に見ている人は、祝祭が出来ているんですね。今の社会でなんとか祭りと名の付くものは全部偽者です。結婚式とか葬式とか、儀礼や儀式もそうです。</p>
<p>村上：なんだか企業の運動会みたいなものばっかりですものね。</p>
<p>河合：社会からそれらを消すのが近代だったわけです。</p>
<p>村上：近代化を果たした現在、もう一回祭りをやれとシステムに要求するのではなく、個人で祝祭を何とか準備しなければいけないんですね。さもなきゃキレるしかないんですね。</p>
<p>河合：それを一番出来るのは夢です。</p>
<p>村上：いまほど人間の精神が変わることが要求されている時代はないと思うんです。さっきの普通の女子高生じゃないですけど、トラウマも何もなくて、ロボットみたいに自分をコントロールして一生を大過なく生きていくことはどんどん難しくなっていると思うんです。</p>
<p>河合：一生の間に一回か二回は誰にでも危機が来ますね。それがなくて一生幸せに行く人も稀にいますが、その人のために周りがどんなに苦労するか。そうでない限りは、どこかで危機は来ますよ。</p>
<p>村上：僕は今はいくらでも小説が書ける時代だと思うんです。これだけ精神がプレッシャーを受けて多くの人がコミュニケーションの不可能性に気付き始めている。ただ日本近代文学の方法ではもう書けないですけどね。</p>
<p>河合：逆にそれだけ難しいとも言えますよ。下手をすると現実が小説の先を行ってしまいますから。</p>
<p>村上：さっき言ったように、会話が機能しないというようなこともある。でも、言葉を持っていない人がこれだけいろんなサインを送ってきていますからね。それを小説家が翻訳して物語に織り込む作業というものがこれほど必要とされているときもないんじゃないかと思うこともあります。もちろん簡単ではありませんが。</p>
</blockquote>
<p><strong>フランス人やイタリア人の余裕のある態度</strong></p>
<p>ブログを書く国民がこんなにもたくさんいる日本人というのもわかる気がする。（<a href="http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20070406_technorati_blog/" target="_blank">世界中のブログで使われている言語は日本語が一番多い</a> ）</p>
<p>日本人の多くは飢えている。何に飢えているのか？　他人からの、社会からのアテンションであろう。多くの犯罪者が語っているではないか、自分は誰からも相手にされていない、と。</p>
<p>ブログやSNSの日記で投稿数が世界中の中で一番多いと言われる日本人。もしかしらたらそれらの環境があるお陰で多くの日本人が発狂しないですんでいるのかもしれない。</p>
<p>自分が精神的に満たされていることは大事だ。精神的に満足していれば他人と、他国と自分を比較したりしない。比較してもうらやましがらない！</p>
<p>アメリカに来たばかりの頃、旅行先で出会ったフランス人やイタリア人。一緒に滞在している中、僕は彼らの行動を観察するともなく眺めていたのだがどうしてこいつらはこんなに余裕なんだろう、ということがいつも頭をよぎった。リラックスしているんだよ！</p>
<p>[quote1]</p>
<p>多分、国が豊かなんだろうと思った。経済的に世界で抜け出るようになってもその国で暮らす日本人はちっとも豊かさを感じることができない、といわれる理由もこのあたりにありそうだ。</p>
<p>美しい田舎の景色、美しい女性たち、美味しい料理にワイン、サッカーにフェラーリーにオペラ、美しいフランス語に、とこんだけ美しいものに囲まれて生活していたらそれだけで満足してしまうものなのかもしれない。だから他国と、他人と比較などしない。それがリラックスした態度を生むから余裕があるように見える。</p>
<p>日本人も物質的に豊かになった今、自分の周りにある日本文化の素晴らしさに気付き、それに感謝、触れ合う毎日を送ることができれば、周囲から日本は豊かで羨ましいね、と言われるようになるかもしれない。</p>
<p><strong>自発的に何かを始めることが苦にならない社会造り</strong></p>
<blockquote><p>集中力だけをとりだして養うことはできない</p>
<p>「子どもの集中力を高めるにはどうしたらいいですか？」</p>
<p>とよく聞かれるが、私は、集中力だけを取り出して養うのは難しいと思う。「集中しろ！」といって出てくるものではない。</p>
<p>子どもは、好きなことなら時間がたつのも忘れてやり続けることができる。本当に夢中になったら黙っていても集中するのだ。集中力がある子に育てようとするのではなく、本当に好きなこと、興味を持てること、打ち込めるものが見つけられる環境を与えてやることが大切だ。子どもに限ったことではない。誰でも、これまでに興味を持って夢中になったものがあるだろう。遊びでもゲームでも何でもいい。そのときの感覚であり、充実感だ。それを思い出せば、集中力のノウハウはわかるはずだ。逆に、興味のないことには集中できない。誰でも、自分が集中できる型を自然に作っているはずだ。</p>
<p>何かに興味を持ち、それを好きになって打ち込むことは、集中力だけでなく、思考力や創造力を養うことにも繋がると思っている。（「決断力」参照）</p>
</blockquote>
<p>羽生さんが「決断力」の中で語っているのだが、将棋を習い始めてから考えることが苦痛でなくなったと。集中力とか思考力、創造力とは後の副産物なんだろうと思う。つまり、何かをやっていることによって、やり続けていることによって、気がついたらそれらの力、集中力や思考力、創造力が一緒になって培われていた、と。</p>
<p>好きなものが見つからない、何をやっていいかわからない、と多くの日本人が発しているけど、もしかしら揚げ足取り社会日本が、自発的に何かをやってみよう、という空気の芽を潰してしまっている性ではないだろうか？</p>
<p>大人に限らず、社会全体が、ある個人が自発的に何かを始めたときはチャンスだ、とばかりに大きな心を持ってサポートしてあげる雰囲気を育んでいかないと、日本人に日本人社会は成長していかない。</p>
<p>B’zのギターリスト、松本さんの言葉である。曰く、</p>
<blockquote><p>俺たち何でもそうなんだけど、違うんじゃない！　　っていうのが一番誤解の元になっちゃうから、まずはみんな思うとおりにやればいいじゃん、と。これはでも、妥協とは違うんだよね。</p>
<p>それでね、得したこといっぱいあるんですよ、いままで。うそー、とおもってやってみたら、それがヒット曲になったとか、そういうことあるんですよ。なんで、まずそれが一番いけないですよね、最初の時点で、いや、これはないな、って言って、撥ねちゃうの。だからそれはもうずっと続けてやってきたことですね、今まで。</p>
<p>ギターなんかでもそうなんだけど、思い込みの違いだと思うよ。僕が音楽の才能だとか、ギターのそういう才能、とかっていうよりも、人よりそれがあったということじゃなくて、ほかの人よりも相当好きだったというか好きだということが、やっぱり原動力になるんじゃないですかねぇ。だから誰にも負けないぐらいの好きなものを見つけることだよね。（ <a title="メガヒットの秘密（２０年目のB’z）- ＮＨＫ特集を見ての感想" href="http://www.ebigbridge.com/2008/10/12/%e3%83%a1%e3%82%ac%e3%83%92%e3%83%83%e3%83%88%e3%81%ae%e7%a7%98%e5%af%86%ef%bc%88%ef%bc%92%ef%bc%90%e5%b9%b4%e7%9b%ae%e3%81%aeb%e2%80%99z%ef%bc%89-%ef%bd%8e%ef%bd%88%ef%bd%8b%e7%89%b9%e9%9b%86/">メガヒットの秘密（２０年目のB’z）- ＮＨＫ特集を見ての感想</a> ）</p>
</blockquote>
<p>何歳になってもチャレンジできる社会、一流大学、一流会社へと就職していかないと人生で成功者になれないという勘違いしたプレッシャー。こうしたものが醸成されてきたりなくなってきたときに初めて日本人はリラックスして生きているのかもしれない。</p>
<blockquote><p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4047100080/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="決断力 (角川oneテーマ21)" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/08/0165.jpg" alt="決断力 (角川oneテーマ21)" width="240" height="240" align="right" /></a>実戦には何倍もの「学び」がある</p>
<p>今は、周りに流されやすい時代だ。情報の量が増えすぎ、それへの依存度がどうしても高くなってしまう。高くなると、イメージを思い浮かべたり、ものを創るといった力が弱まってしまいがちだ。</p>
<p>そんな中で、自分なりのスタイルや信念を持つことが、非常に大事になってきているのではないだろうか。それがないと根無し草と同じ、流されるだけになる。自分なりの信念やスタイルを持つことは、物事を推し進め、深めていくためのキーなのだ。</p>
<p>中略・・・</p>
<p>ビジネスや会社経営でも同じだろうが、一回でも実践してみると、頭の中だけで考えていたことの何倍もの「学び」がある。理解度が深まることで、頭の中が整理され、アイデアが浮かびやすくなる。新しい道も開けてくるだろう。（「決断力」参照）</p>
</blockquote>
<p>あなたの自分なりのスタイル、信念はなんですか？</p>
<img src="http://www.ebigbridge.com/?ak_action=api_record_view&id=1349&type=feed" alt="" />]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.ebigbridge.com/2009/08/20/%e5%87%9b%e3%80%85%e3%81%97%e3%81%84%e6%97%a5%e6%9c%ac%e4%ba%ba%e3%82%92%e5%8f%96%e3%82%8a%e6%88%bb%e3%81%99%e3%81%9f%e3%82%81%e3%81%ab/feed/</wfw:commentRss>
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		</item>
		<item>
		<title>将棋の国際化への道</title>
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		<pubDate>Sun, 28 Jun 2009 07:08:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>B-KOOL</dc:creator>
				<category><![CDATA[What's up, Japan?]]></category>
		<category><![CDATA[今の日本って大丈夫？]]></category>
		<category><![CDATA[将棋]]></category>
		<category><![CDATA[梅田望夫]]></category>
		<category><![CDATA[羽生善治]]></category>

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		<description><![CDATA[あんまり将棋界のことに詳しくないので言い切ることはできないのだが、羽生善治氏がこれまで将棋界に存在していた伝統とかしきたりというものに対して、ときに勝負にこだわる挑戦者として、時に将棋を心の底から愛しているという精神論者 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="float:right; margin:0 0 10px 15px; width:240px;">
		<img src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/06/0112.jpg" width="240" />
		</p><p>あんまり将棋界のことに詳しくないので言い切ることはできないのだが、<a title="羽生善治" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E7%94%9F%E5%96%84%E6%B2%BB">羽生善治</a>氏がこれまで将棋界に存在していた伝統とかしきたりというものに対して、ときに勝負にこだわる挑戦者として、時に将棋を心の底から愛しているという精神論者として、さまざまな投げかけを行ってきた、と言われている。</p>
<p>例えば羽生氏著書「決断力」本文の“はじめに”に描かれているＡ級順位戦８、９回戦プレーオフで起こった上座に座るか下座に座るかという自分の信念を貫いた状況を説明しているあたりや、「変わり行く現代将棋」の中で書き綴られた“矢倉戦”に対する思い入れなど。</p>
<p>もしかしたら現代将棋の今の時期に羽生氏が登場して、将棋界にさまざまな投げかけをしているのは後から歴史を振り返ったときに、偶然に起こりえた奇跡の道筋としてある方向性に移り変わっていく将棋の未来を捉える上でのポイントとなりえているかもしれない。</p>
<p>その方向性とはずばり羽生氏も「決断力」本分の中で指摘している将棋界の国際化である。</p>
<p>古今スポーツや芸術、文化などの分野で、日本のみならず世界を舞台としてさまざまな人材が日本のマーケットから飛び出していっている様を例に出し、しかし、将棋の場合は、それとは逆に海外の注目度のほうが日本へと押し寄せてくるであろうと、予想しているの。それ故に羽生氏は日本で将棋を指していたい、とも語っている。</p>
<p>伝統芸術の世界ではそのようなことが実際起こっていることからみてもわかるように、きっと将棋界の世界でも世界中の誰かしらを虜にするに違いない。（<a href="http://q.hatena.ne.jp/1118082696" target="_blank">日本にすんでいる外国人で日本の伝統文化、伝統的な物作り、芸術に日本人以上またはかなりのレベルで習得している人</a> ）</p>
<p><a title="梅田望夫" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%85%E7%94%B0%E6%9C%9B%E5%A4%AB">梅田望夫</a>氏著「シリコンバレーから将棋を観る」では著者自身、将棋を世界に広めたいということからネット上でこの本に関する翻訳を認めてしまい、英語にフランス語といった言葉に翻訳されていくプロジェクトがすぐさま始まってしまった。</p>
<ul>
<li><a href="http://b.hatena.ne.jp/articles/200905/162">”日本のウェブを明るくしたい”――『シリコンバレーから将棋を観る』翻訳プロジェクトリーダーに聞く（前半）</a></li>
<li><a href="http://b.hatena.ne.jp/articles/200905/163">”日本のウェブを明るくしたい”――『シリコンバレーから将棋を観る』翻訳プロジェクトリーダーに聞く（後半）</a></li>
</ul>
<p>国際化の波に対して羽生氏はどのように感じているのであろうか？</p>
<p><strong>将棋の国際化の波</strong></p>
<blockquote><p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/480571400X/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="日本論―国際化する日本 (中央大学政策文化総合研究所研究叢書)" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/06/0111.jpg" alt="日本論―国際化する日本 (中央大学政策文化総合研究所研究叢書)" width="240" height="240" align="right" /></a>将棋の場合は、逆に向こうからやってくるだろう。１０年、２０年たったら外国人がプロ棋士になっているかもしれない。将棋はエキサイティングなゲームだ。きっかけさえあれば外国でも広がっていくはずだ。</p>
<p>日本の中だけでは、文化土壌的にも、遺伝子的にも限界がある。さまざまな文化圏で指されるようになれば将棋はさらに多様化するだろう。そうなると、日本人とはまったく違う発想によって、新しい形の将棋が生まれるのではないか。みたこともないような将棋を指す相手が出現したら、それを倒そうと私の研究も深まり、将棋界全体も豊かになるだろう。</p>
<p>将棋の世界にも、徐々にではなるが、国際化の波は確実に押し寄せている。</p>
<p>中略・・・</p>
<p>ただ、そうなると日本人がタイトルを守り続けることは出来なくなるかもしれない。大相撲の世界では、外国人力士が非常に強くなり、日本人の横綱がいないという現象が起きている。将棋が海外でも普及するようになると、日本人以外のタイトル保持者が出てくる可能性もある。そうなることはおかしくないし、遅いか早いかの問題だろう。それがグローバル化の本質と思っている。</p>
<p>私は、将棋が国際交流の助けに少しでも寄与できればいいとも思っている。</p>
<p>将棋には、日本の伝統や文化が色濃く反映されている。海外の人が日本を知りたいと思ったとき、将棋のルールを知っていて、しかもやったことがあるとなると、日本を理解しやすくなるだろう。逆に、日本人が将棋を通して日本人の知恵を知ることも、大きな誇りに結びつくはずだ。（決断力参照）</p>
</blockquote>
<p><strong>ウィンブルドン現象</strong></p>
<p><a title="ウィンブルドン現象" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%B3%E7%8F%BE%E8%B1%A1">ウィンブルドン現象</a>という言葉をご存知か？</p>
<p>テニスのウィンブルドンでは伝統的なイギリススポーツにも関わらず、最近ではほとんどイギリス人以外の人がタイトルを獲得している。このような現象をウィンブルドン現象というのだが、日本の大相撲などもこの現象を象徴するように日本人の横綱誕生は期待薄になってしまった感がある。</p>
<p>将棋界でも実際にこれと似た現象が起こるだろうか、というのが羽生氏の問いかけだが、この将棋というものの起源をたどっていくお話を聞かされると、あぁ、なるほど、元々は紀元前２千年ごろにインドで発明された「<a title="チャトランガ" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AC">チャトランガ</a>」が西洋に伝わりチェスになり、平安時代に日本に輸入されて独自の発達を遂げたのが将棋ということらしい。</p>
<blockquote><p>私は「チャトランガ」を基とする中国や朝鮮、タイなどの将棋も一通りできるが、やってみてわかるのはこれらはみな兄弟だということだ。なかでも日本の将棋は末っ子で一番の変わり者だ。</p>
<p>最初は似ている形で輸入されたのだが、ルールが変化していく過程で、独自の、似て非なるものになった。例えば、昔は、どの国の将棋も盤が広く、駒数が多かった。取った駒も使えなかった。駒数が多いと対局に時間がかかって娯楽として適さない。そこで、ヨーロッパでは、チェスの盤を狭くする代わりに新しくクイーンをつくり、飛車や角行の働きをするルークとビショップを２枚ずつにするなど、駒の力を強めたのである。</p>
<p>しかし、日本の将棋だけは、取った駒をもう一回使えるようにした。実は、他の国は、駒の色が、例えば、白と黒、青と黄色というように敵味方で違う。そのために、取った駒を使うという発想はできなかった。日本人は、駒の色を消して何回でも使える形を発明したのだ。俳句や短歌にも共通するように、将棋にも省略の文化がある。日本人は、物事を省略し、新しく創造し直す才能に恵まれているのではないだろうか。（決断力参照）</p>
</blockquote>
<p><strong>省略の文化</strong></p>
<p>省略の文化、とはなるほど、英語などの日本語以外の言語を習得されている方ならば理解できるのではないだろうか？　例えば、こういうことを英語に訳すのは難しいとか、そもそもこの日本語表現に当たる英語は存在しないとか、すべては日本の省略文化によるところが大きいのかもしれない。</p>
<p>例えば日本語のある言葉や表現を英語で説明するのに、前後のコンテクストを織り交ぜるというか説明するのに、こういうことがあって、こうだから、こうなのだよ、だからこういうことにもつながっていて・・・、などと説明しなくてはいけない。</p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4816337350/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="日本文化を英語で紹介する事典" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/06/0112.jpg" alt="日本文化を英語で紹介する事典" width="240" height="240" align="right" /></a>省略文化は“良いとこ取り文化”ともいえるのではないだろうか？　海外から入ってくる思想や技術、さまざまなアイデアからスタイル、方向性なども一旦日本へ入り、日本人によって改良され、日本人が馴染みやすい、使われやすいように“良いとこ”を残してオリジナルなものから必要ないものはどんどん省略されていく。</p>
<p>今は、日本人が全体的に自信を失ってしまっていて、内向き、後ろ向き、下向きになっているけど、何かのきっかけ、例えば世界から注目され始めたりして日本人が自信を取り戻せば、日本独自の省略化された文化やスタイル、技術などが逆に世界に飛び出していく可能性があると思うのだがいかがだろうか？</p>
<blockquote><p>また、将棋のルールには、歩を打って王様を詰めたり、縦の筋に歩が２枚並ぶ二歩は禁止という規則がある。</p>
<p>将棋を指していて感じるのだが、これらの規則は将棋を面白くし、奥行きを非常に深くしている。このようなルールは一人の人間が決めたのではなく、いろいろな人たちが、「こうしたら面白くなるのじゃないか」とアイデアや意見を出し合って今の形にしたのである。日本人の中には無名だが、そういう知恵を持った人たちがいるのだ。その長い歴史として、非常に洗練され、奥深い今の将棋がある。</p>
<p>私は、そういう昔の日本人の発想に感心するとともに、世界に誇れる知恵だと思っている。それは、遺伝子として今の日本人にも脈打っているはずだ。その知恵に誇りを持っていい。（決断力参照）</p>
</blockquote>
<p>将棋に限らず日本独自のスタイル、文化、技術などは世界に誇れる知恵かもしれない。きっとそれらは世界中の人々が感嘆、賞賛してくれると僕は信じているんだけれど、それらを世界に広めていくためには日本語以外の世界中の人々が理解しやすい言語で翻訳していかなくてはいけない。</p>
<div class="woo-sc-quote"><p></p></div>
<p>インターネットというメディアを利用できる現代の日本人にとっては、それらを行うことはタイミング的に今が始まり時であろうし、それらを行うことができる才能ある人材の人にとっては使命かもしれない。政府や企業、投資家などは積極的にサポートするべきである！　スポーツ省と一緒に日本の文化省も設けてはどうだろうか？</p>
<p><a href="http://modernshogi.pbworks.com/">Yoshiharu Habu and Modern Shogi / FrontPage</a></p>
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		<title>勝負師、羽生善治氏の考え方、その２ – 創造力</title>
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		<pubDate>Tue, 07 Apr 2009 04:05:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>B-KOOL</dc:creator>
				<category><![CDATA[What's up, Japan?]]></category>
		<category><![CDATA[あの人この人]]></category>
		<category><![CDATA[羽生善治]]></category>

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		<description><![CDATA[リアルな情報 普通何かの番組を見て、ニュースや出来事などを見たり感じたりしてエッセイを書くアイディアが浮かんでくるんだけど、書き起こす過程では大雑把な概略をつかむ程度で、ある程度の流れ、自分なりの書き表したいという段落が [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="float:right; margin:0 0 10px 15px; width:240px;">
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		</p><p><strong>リアルな情報</strong></p>
<p>普通何かの番組を見て、ニュースや出来事などを見たり感じたりしてエッセイを書くアイディアが浮かんでくるんだけど、書き起こす過程では大雑把な概略をつかむ程度で、ある程度の流れ、自分なりの書き表したいという段落がバーと浮かんでくる勢いをつかんでタイプしていくんだけど、今回の<a title="羽生善治" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E7%94%9F%E5%96%84%E6%B2%BB">羽生善治</a>氏のインタビューはほとんど省くことができなかった。</p>
<p>なんというか質の高い情報が満載しているせいもあるのだろう、羽生氏の語る言葉が本当のリアルな情報という感じがして省略するというか、すべてが大事という感じがしてこれほど立ち上げるのに時間を要したエッセイはない。</p>
<p><a title="村上龍" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E4%B8%8A%E9%BE%8D">村上龍</a>氏が芥川賞受賞候補者の中から選考するときの基準として、その書き手が与えている情報がリアルであるか、ということを結構考えているというようなことをどこかで話していたとおもう。</p>
<p>リアルな情報、これは本当にリアルな現場でしか得ることのできない情報というか、F-1で言えばF-1パイロットだけが得ることのできる情報、<a title="スペースシャトル" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%88%E3%83%AB">スペースシャトル</a>に搭乗する宇宙飛行士だけが得ることのできるリアルな情報、セリエＡのトップクラスのチームでスタメンとして出場している選手だけが得るリアルな情報、プロの棋士同士の真剣勝負の場でしか得ることのできないリアルな情報。リアルな情報、きっと大昔の狩猟社会時代の時からリアルな情報だけを持った男たち、集団たちだけがサバイバルしてきたのだろう。</p>
<p><strong>冒険的な手を指す</strong></p>
<blockquote><p>インタビュー：やっぱり定石を積み上げていって、その通りになるべく打っていくっていう、まぁ一種の対局にあるような考えになりつつあるというか、羽生さんはそうしているということですか？</p>
<p>羽生：冒険的なこともしないとやっぱり進歩がないってことはあるんですよね。で、勝負って言う面に関して言えばやっぱりセオリーどおりで手堅く行ったほうが多分勝率は高いだろう、っていうこともあるんです。冒険的なことはやっぱり冒険なんで、失敗に終わるというか上手くいかないことも多いんですよね。特にプロ同士の場合ですと何か挑戦的なことをやってもやっぱり的確に返ってきますから中々それで上手くいくってことは少ないです、半分もないです。</p>
<p>インタビュー：そうだとすると、ひょっとしたらこっちのほうが勝つ確立は高いんだけれどあえて今日はこれをやってみる、そういう時はあるわけですか？</p>
<p>羽生：やっぱりあります。今日勝つ確立が一番高いっていうやり方は多分１０年後では一番リスクが高くなるんですよ。つまり１０年後が一番時代に取り残されるとか、進歩が遅れているというやり方なんです、今日勝つ一番勝率が高いやり方は。</p>
<p>つまりそこはどこまでリスクをとって、どこまでは取らないかっていう、リスクのマネージメントのことだと思っているんですね。どこまでアクセルを踏むか、どこまでブレーキをかけるか？　どの場面でどれだけ踏み込んでやっていくか？　本当にすごくそれは大事なこと、でも一番手堅くやるっていうことを手堅くやり続けるっていうのは長い目でみたら一番ダメなやり方だと思っています。</p>
<p>インタビュー：勝率の高いやり方をずっと続けていると、まっいわばもたない？</p>
<p>羽生：やっぱりそのどんどん変わっていきますから、未来を見ているんじゃなくて過去ってことですね。勝率っていうのは過去を見ているって事ですから、それをこう比較すればどうなるかっていうのはあきらかなことなんで。</p>
<p>インタビュー：目の前の勝利、もちろん大事なんだけどそういったことをやって、だけどふと考えてみるとやっぱり勝ちたいじゃないですか。その中でね、冒険的な手を打ってみようという発想になれる、羽生さんというのは一体何をみてそうしているのか？</p>
<p>羽生：思い切ってやってみるほうが楽しいってこともあるし、まっ後で得ることもあるってこともあるでしょうし、例えばそれで結果が出なかったとか、上手くいかなかったとか失敗したとしても、それでまた後悔するかどうかといったらまたちょっと別ですよね。</p>
<p>もっと自由に指したいしもっといろんな挑戦的なこともやってみたいという気持ちもあるわけなんで、だからそれをやることが本当に後悔するかどうかってことも何か一つの基準としては、まっ、自分の中では一様ありますが。</p>
<p>インタビュー：得ていくものっていうのもあり、つまり冒険的なことをやっていかないと今は勝てるかもしれないけれど、この先勝てなくなるかもしれないと、長い目で見ると、そういうのもやってみなければいけないと？</p>
</blockquote>
<p>&#8220;今日勝つ確立が高いやりかたは一番リスクが高い&#8221;、なんという言葉だろうか！　これほど勝負の世界の厳しさの本質を突いた言葉はないのではないだろうか？</p>
<p>本当の真剣勝負の中で如何に勝てるか、ということを常に考えてきた人間だけができるというかたどり着く発想法だと思う。こういう発想は普通しないというか思いつかないのでは？</p>
<p>[quote1]</p>
<p>やっぱり守りに入るというか目先、勝率が確立されていて安定しているならば、あえてそれを変えてまで冒険的なことを試みる必要がどこにあろう？　というのがほとんどの人の場合であろう。今日安定していても明日はない、なんという厳しい勝負の世界だろう。</p>
<p>戦うというとフィジカルなイメージを持ちがちだけど、将棋の世界というのは知力のぶつかり合い、己の知性を盤という場所で表現、戦う場所なのだ。そこにはものすごい大きなエネルギーが充満、ぶつかり合っているに違いないと感じるようになった。</p>
<p>さらに羽生氏の話を聞いているうちにいつしか昔の武士の世界を思い描いていた。つまり武士としての道を選んだ子供はそれこそ各地、各藩内に存在していた有名どころの道場に通うわけだけど、そこでの練習はもちろん竹刀というか木刀のようなもの、剣道というものであろう。</p>
<p>しかし、昔の日本、明治維新前の日本にはそれこそ外の世界に出れば、いつ真剣白刃の勝負の場面に出くわすのかわからない世界があったではないか、つまり世間に緊張感というものがそれなりに漂っていたと思うのである。</p>
<p>もしかしたら、今日道端で殺されるかもしれないという、それこそ実戦である。白刃の剣が飛び交い、やる前にやらないと自分は殺される。こういった真剣勝負の場という雰囲気を羽生氏が語る将棋の世界での真剣勝負の場としての雰囲気が自分の中で連結したのである。</p>
<p><strong>コンピューターと人間との対戦</strong></p>
<blockquote><p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001MIMBY2/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="羽生善治" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/04/00001.jpg" alt="羽生善治" width="240" height="240" align="right" /></a>インタビュー：コンピューターとの対決についてなんですけども、去年、現在の<a title="渡辺明 (棋士)" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E6%98%8E_(%E6%A3%8B%E5%A3%AB)">渡辺明</a>竜王とコンピューターソフトの<a title="Bonanza" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/Bonanza">ボナンザ</a>の対決が話題になりましたよね。</p>
<p>でこれ何が話題になったって言うと、予想通り渡辺竜王が勝ったんだけれども、ことの他コンピューターソフト、ボナンザ、善戦したと。この勝負は、羽生さんはどうご覧になりました？</p>
<p>羽生：いや、本当に進歩しているというかですね、まぁ強くなっているっていうのは、見ていて実感しましたね、もちろん最終的には渡辺さんが貫禄を示したわけなんですけども。コンピューター将棋ってですね、変な話なんですけど実はここ数年、ずっと伸び悩んでいたんですね。</p>
<p>アマチュアの３、４段ぐらいまで来ていたんです、でそこから次、どう強くしていくかっていう、その方法論がですね、中々見つからなかったんです、でただここへ来てですね、なんかその壁を突破してさらに実力が上がったなぁ、とそういう風な印象がありますね。</p>
<p>インタビュー：今そのコンピューターソフトが目指す、というかコンピューターソフトを作っている方が目指しているわけだけど、棋士がそのより上を目指して、の目指すとどうも考え方違うわけですよね？</p>
<p>羽生：そうですね、コンピューターの基本的な考え方というのはつまり手をたくさん読んでいく、つまり計算をたくさんしていくことによって、より正確さをあげていく。人間の場合はその将棋の実力が上がっていけば上がっていくほどですね、その考える手って段々少なくなってくるんですよね。</p>
<p>さっきの大山先生（<a title="大山康晴" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E5%BA%B7%E6%99%B4">大山康晴</a>）の話と同じで、つまりたくさんの手を読むんじゃなくてなんとなくここが急所かなとかつぼかなっていうのがなんとなく見えてくる。段々、考える手を狭めていくってことですよね、だから考えている方向性として基本的にこう反対方向に行くってことはあるんです。つまりたくさんの手を考えるコンピューターと極力手を考えない人間という、そういう違いはやっぱり鮮明にしてあるような気がしてますね。</p>
<p>インタビュー：そうするとその二つでこう対決するっていうことについては、まぁ羽生さんはどういう点に関心を置いてみているんですか？</p>
<p>羽生：あの一つはですね、まだ明らかに違和感があるわけですね。つまり誰が対局しているかわからないっていう状態で棋譜を見せられればこれは人間が指したのか、コンピューターが指したのか、まだ一目瞭然でわかるんです。</p>
<p>インタビュー：具体的にいうと？</p>
<p>羽生：こういう手は人間の感覚では指さないっていう手をコンピューターは指すわけですよ、つまり具体的な手を教えることはできても感覚を教えることはできないじゃないですか、だからこの手をみて、あっこれは人間が指した手ではないってわかるんです、今は。でも将来はそれが同じになるのか、永遠にずっと違和感を持ったままになるのか、ということは大きなテーマとしてあると思っているんです。</p>
<p>インタビュー：それは要するに全然違う方向を向いているんだけど最後に一緒になるというか、到達点が？</p>
<p>羽生：そういう、考える方向性はまったく違うんだけども、その中で最終的に選ぶ一手とか選ぶ決断は、実は同じになるんじゃないかとは思っています。</p>
<p>インタビュー：羽生さんはコンピューターとの対決、いつすることになりましょうか？</p>
<p>羽生：これは実は今は将棋連盟が許可をしないと基本的にコンピューターと対決はないということなんで。</p>
<p>インタビュー：渡辺明さんは特別だったんですか？</p>
<p>羽生：そうです、それはこれからどうなるか今の段階ではわからないっていう感じですね。</p>
<p>インタビュー：やってみたいという気持ちはありますか？</p>
<p>羽生：どういう将棋を指すのかっていうのはやっぱり興味がありますよね。</p>
</blockquote>
<p><strong>グーグルの検索技術</strong></p>
<p>グーグルで何かを検索すると、その検索結果ってものすごい数になるけど、それを最後まで見ていく人ってほとんどいないと思う。検索嗜好で言われるように段々検索をするようになってくると人は上位に上がった３位までしか観覧することに徹し、検索結果が気に入らなければ検索する文字列を変えてみたりして、新しく検索情報を探す。</p>
<p>これって羽生氏のコンピューターソフト&#8221;ボナンザ&#8221;の状況と似ていないですかね？</p>
<p>つまりコンピューターの戦い方というのはたくさんの手を読んでいくというもの。検索技術の極めもたくさんの検索キーワードに沿った情報を提供しようというもの。</p>
<p>しかし、将棋の上達者はだんだんと手を読まなくなっていくという。人間がコンピューターを使って検索する姿勢と似ているではないか？　２手、３手しか読まないプロの棋士たちと、検索結果の上位３位ぐらいまでしかクリックを試みないインターネットに慣れた人たち。</p>
<p>もしかしたら検索技術の向上がいつしかコンピューターがプロの棋士を打ち負かすきっかけになるのではないか、と思ったのが、グーグルの検索結果に自分の好みを加えられるようになった状況からそんな気がしてきた。</p>
<p>日本語版グーグルではまだみたいだけど、英語版グーグルでは検索結果に対して、気に入らなかったら検索結果１位のものを削除できたり、２位３位に上がっている検索結果を上位に持ってくることができるようになった。</p>
<p>これって自分の好みに合わせて検索結果ができるようにカスタマイズされる。コンピューターが何万という検索結果を用意しても人間が見るのはその上位３位ぐらいまで。だったらそこの検索結果を一人一人の好みに合わせてしまえ、というのは羽生氏のわからない場面でどのような手を指すのか、というときにその人の個性が出る、ということと繋がっているように感じる。</p>
<p>言っているニュアンスが伝わるだろうか？　たくさん手を読んでいくコンピューターも人間の好みという要素が加われば、プロの棋士たちが２手３手という究極の選択をする思考過程に近づけるのではないだろうか？</p>
<p>検索技術も、将棋のコンピューターソフトも解を探すという点では同じことだし、検索技術に人間の好みが加えられるようになった今、つまり人間が情報を探す手段として直感で検索結果上位３位ぐらいまでを選ぶように、コンピューターソフトもそれと似たような感覚、人間の思考という感覚を取り入れることができれば、プロの棋士との勝負でまた一歩、勝利することに近づけるのではないだろうか、と思ったのだ。</p>
<p><strong>棋士同士の会話が実に雰囲気いい</strong></p>
<div class="woo-sc-quote"><p></p></div>
<p>今回のお話は非常に感銘を受け実に興味深いものとなった。何百、何千という先を読むことを仕掛けるプロの棋士たちに対する驚きというか尊敬を含む感情が自分の中で湧いてきたのも確かである。</p>
<p>NHK特集「１００年インタビュー」はアメリカでは２００９年元旦に行われ、プロの棋士に対してすごいなぁ、という感情がわきあがった後に見た正月の将棋スペシャル番組。この中で登場した<a title="女流棋士 (将棋)" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E6%B5%81%E6%A3%8B%E5%A3%AB_(%E5%B0%86%E6%A3%8B)">女流棋士</a>たちに魅力を感じたのも新しい発見であった。</p>
<p>お互い棋士同士、名前の後にその各個人が持っているタイトル名をつけて呼ぶあたり、本当にそれが嫌味ではないのだ。どこかの会社の役員のように年功序列によって得た肩書きとはまったく違うのもであり、実力もない、裏付けるものもないのに、その人が何年そこで働いていたというだけで与えられる肩書きなどにどうして尊敬の思いが込められようか？</p>
<p>それよりも実戦という厳しい現実の勝負の世界で戦い、勝ち抜いてきたものだけが得ることのできる本当の肩書き。それらを呼び合う環境というものが実に新鮮で、素直にそのものに対しての尊敬の念をこちらも受け取ることができたのである。</p>
<p>そして女流棋士たちの色っぽいこと。うかつにも晴れ着を着て将棋を打つ姿勢に色っぽさを感じた。そこには男女が将棋という高貴な遊びを楽しんでいる光景が演出されていて、実にいい感じの、古風というかそのような風情を感じることができたのは新しい発見であった。</p>
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		<title>勝負師、羽生善治氏の考え方、その１ – 真剣勝負</title>
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		<pubDate>Mon, 06 Apr 2009 04:56:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>B-KOOL</dc:creator>
				<category><![CDATA[What's up, Japan?]]></category>
		<category><![CDATA[あの人この人]]></category>
		<category><![CDATA[羽生善治]]></category>

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		<description><![CDATA[NHK特集「１００年インタビュー」 日本では去年の９月１３日収録となっていたNHK特集「１００年インタビュー」、対談相手羽生善治氏、ということになっていたんだけどこちらアメリカでは今年２００９年元旦の日に放送が行われた。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="float:right; margin:0 0 10px 15px; width:240px;">
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		</p><p><strong>NHK特集「１００年インタビュー」</strong></p>
<p>日本では去年の９月１３日収録となっていたNHK特集「１００年インタビュー」、対談相手<a title="羽生善治" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E7%94%9F%E5%96%84%E6%B2%BB">羽生善治</a>氏、ということになっていたんだけどこちらアメリカでは今年２００９年元旦の日に放送が行われた。</p>
<p>羽生氏登場ということで期待してみていたんだけど予想通り、お話はとても内容の濃いものになりこれは是非ともブログに自分の感想なども含めてアップするべき対象だと判断。一通りの番組内容を書き起こしてから構成などを考えていたら結構時間を費やしてしまった。</p>
<p>僕が羽生氏に興味を持ったきっかけというのは<a title="梅田望夫" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%85%E7%94%B0%E6%9C%9B%E5%A4%AB">梅田望夫</a>氏著「ウェブ進化論」の中に出てくる&#8221;学習の高速道路論&#8221;というのを知ったときであろう。将棋をするでもない僕は一様、羽生氏の存在は知っていたけど、彼が発するアイディアになるほど、と感嘆させられてからは羽生氏の考え方にとても興味を抱いた。</p>
<p><strong>将棋の世界</strong></p>
<blockquote><p>羽生：５、６年前にすごく流行った、高飛車って言葉がありますようにちょっと横柄な態度のこと、威張っている感じのこと、あんまり良くないことなんですね、将棋でも実はそれがすごく流行り出した。今まではそんなところに飛車を置くとですね、高飛車ですから、セオリーに反してるといって怒られたいた。</p>
<p>それが大流行してみんな高飛車で、下のほうに飛車は置くのが基本と言われていたんですけど、形によっては上のほうにしておいたほうが面白いということがわかった。今までは例えば高飛車はダメだとかセオリーに反するとか、そういうので一刀両断することがやりづらい雰囲気だったんですけど、それがいろいろ出てくるようになってそこから可能性が広がった。</p>
<p>感覚を自分も合わせていかなくてはいけない、自分自身の常識とか当たり前だと思っていたことを切り替えて、高飛車という感覚はどういうものか、マスターしていかないといけない。</p>
<p>インタビュー：逆にいうとそれを考え出した、マスターしたからといって上手くいくかというと？</p>
<p>羽生：これがまた難しいんです、将棋の世界って特許とかないですから、真似していいわけですね、いい手があったらいい作戦がでたらすぐに真似をされるし研究もされるし、対策も立てられていく、そこから進んでいっていろんな手の発見、戦術の進歩ということもある。</p>
<p>何もないところから創造的なことを始めるんじゃなくて、基礎的な知識とかデーターを踏まえた上で、そこからどういう工夫を加えるとか、どういうアイディア、発想を付け加えていくかということが大事、基礎的なことを抑えておくためのすごい時間を費やすということ、あります。</p>
</blockquote>
<p>情報化社会の中でもしかしたら<a title="棋士" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%8B%E5%A3%AB">棋士</a>ほど常に研究、常に勝つにはどうしたらいいのかを考えながら生活している職業はないのではないだろうか？　すべては自分に返ってくる、これほと厳しい世界で活躍するには相当の覚悟と、決意が必要なんだと思う。</p>
<p>データーというのはすべての人が手に入れることができるもの、インフォメーション、そこからどのように与えられたものの中から自分の発想、創造力を駆使して攻めに転じていくのか？　もしかしたら個人で戦うという分野に限っていえば、棋士という職業は一番厳しい世界の中で戦っているのではないだろうか？</p>
<p>[quote2]</p>
<p>スポーツの世界だと、一人で行う競技といえばテニスや卓球、水泳とかスキーにマラソンなんかはコーチが付いている。ゴルフぐらいだろうなぁ、一人で知識を吸収しつつメンタルにも技術的にも常に自分自身を研磨して勝つための道を究めていかないといけないのは。</p>
<p>将棋というのはフィジカルな戦いではなくて（体力も要求されるだろうけど）、頭脳の対決だからこれほど自分を能動的に、積極的に自ら進化することを求められるフィールドって他にはないんじゃないかな？</p>
<p>すぐに真似され研究されるって凄い勝負の世界。奇麗なフォームとか無駄のない動きとかって参考にはなるかもしれないけれど、フィジカルの世界では完璧には真似ということはできないから、微妙な反射神経、運動神経って勝負に反映されると思う。</p>
<p>しかし、将棋の世界では知識はそこにあって誰でも手に入れることができる。そこからどのようにして自分なりに工夫をしていくのか？　個人の創造力が大きく作用することは想像できるけれど、フィジカルの世界のように絶対に勝ちたいというモチベーションは知力の戦いの世界でも発揮されるのだろうか？</p>
<p><strong>勝負を分けるものとは</strong></p>
<blockquote><p>インタビュー：皆さん研究していて、皆さん同じ情報を取ろうと思えば取れるという中で対局はギリギリ、紙一重の勝負をしている、じゃその勝敗を分けているものは何か？</p>
<p>羽生：一つは運とかツキとかあるような気がする。手が震えるっていう話をしましたけど、指運ってあるんですよ、つまり手がいいところにいくかどうか、例えば最後時間がなくなって手がいいところにいくかどうか。</p>
<p>わからない場面のときにいいかどうかわからないわけですけど、指さないといけないわけです、時間がないですから、その時にいいところに行くかわるいところに行くか、まぁ運ということもある。その人の持っているその考え方とか発想とか、そういうものがでる。</p>
<p>あともう一つはですね、知識は皆共通してあるんですけど、そこから何を切り取って何を選ぶかっていうところはやっぱり個人差があるわけですよ。例えばこの形は自分のスタイルにあっているからやってみようとか、これは面白そうだからやってみようとか、主査選択という部分っていうのはかなり個人差がでてくるような気がする。</p>
<p>インタビュー：指運の話ですけどほんとですか、これ？</p>
<p>羽生：終盤戦のお互い時間がなくなってきたところは、プロでもわかんないんですよ。わかんないというところで決断をしていく、後で時間をかけて調べればわかるんですけど、何がいいかわからないっていう場面は本当に将棋のプロでもよくよくある、目ずらしことではないことなんでまっ、そこでどうするかってことですよね。</p>
</blockquote>
<div class="woo-sc-quote"><p></p></div>
<p>これって感覚なんだと思うけど、そのレベルがすごい！　普段から研ぎ澄まさないとこのような境地に行かないのではないだろうか？　単純にいうと熱いものを触った瞬間、これは熱いから手を離すというように脳を通しては考えないはず、一瞬にして反応するもの。このような無意識の感覚に近いんじゃないかなぁ？　それがその人の持っている個性という潜在能力の部分から反応されて個人差となって現れてくるというもの。</p>
<p>サッカーでもドリブルやフェイントの練習を普段から体に馴染ませておけば、自然考えずに体が動くようになる。柔道や空手、剣道などでも意識しないで気がついていたら技が出ていた。こういう感覚じゃないかなぁ、指運というのは。えーぃって無意識に一手を投じるのは普段から勝負勘をつけておくとか、将棋の勝つための戦略を考え続けている状況の中で無意識に飛び出すものだと思う。</p>
<p>後考えられる運というのは、その人がそれに取り組む姿勢なんだと思う。<a title="イチロー" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%81%E3%83%AD%E3%83%BC">イチロー</a>が普段から自分の野球道具を奇麗に自ら手入れしているように、棋士たちの普段の生活、将棋に対する純真な心構え、真理を見極めようとする向上心などが将棋の盤上でその人のプラスの運となって反映されるような気がする。</p>
<p><strong>多忙であることの意義</strong></p>
<blockquote><p>インタビュー：羽生さんは今年、これまでに３７局ということで２番目の方が２８なんで９、多い、だいぶ多いですよね。</p>
<p>羽生：まぁ二日性も入っているんで、日数的にしたらもうちょっと多いですね。</p>
<p>インタビュー：でありながら一方でこう地方でイベントがあったり、そういった活動をすごく積極的にされていて大変忙しいわけなんですけど、どうしてそんなに忙しくされているんですか？</p>
<p>羽生：忙しくするつもりはないんですけど、ただ対局が重なる時期っていうのはやっぱりありますね。ここがまた面白いところなんですけど対局が多くなってくるとですね、もちろん体調面では厳しい、体力的には厳しいってところもあるんですけど、ただ段々勘が冴えてくるってこともあるんですよ。</p>
<p>その勝負勘というか、一つの場面でパッとみてここが急所だとか、これは行けるだとか、何かそういうところの主査選択の精度が上がってくるというのはあるんで、忙しいからといって厳しいかって言うとそうでもないこともあるんですね。</p>
<p>一番いい感じは中４日くらいで行くんですよ、野球のピッチャーと同じで中４日でずっと先発していくっていう感じで一番いい状態ですね。でも感覚が詰まってくると中４日が中３日になったり、中２日になったりするんで、なんかちょっと肩に違和感だとか、何かそういう感じにはなってくるんですけど、やっぱり実戦慣れしてるからいいときもあるという、そういうところはありますね。</p>
<p>インタビュー：逆にこう当番感覚が開いちゃうと？</p>
<p>羽生：体調はいいんですけど、例えば集中するのがすごく難しかったりとか勝負どころを見極めるのが難しくなるっていうことはあります。</p>
<p>インタビュー：ただその情報、データーは集めて研究するって時間も必要なわけですよね？</p>
<p>羽生：これは本当に大事ですね。本当にものすごく大事です。今は特にものすごく大事なんです。（３回も羽生氏は強調しました！）</p>
<p>インタビュー：イベントとかお仕事を減らしてそちらの時間にあてたほうが強くなるかなぁと思うんですけど、必ずしもそうではない？</p>
<p>羽生：これがまた面白いところなんですけど例えば将棋の勉強とか、将棋の研究だけをずっとやり続ければいいかっていうと、必ずしもそうでもないんですよ、つまり突き詰めてやっちゃうと煮詰まるってこともあるんですね。こう煮詰まっちゃってどうしようもなくなるってこともあって、こう何でも合理的に割り切って、その徹底してやるっていうやり方が一番いいやり方じゃないんじゃないかなぁと私は思っています。</p>
<p>何で差をつくかって今わからないんですよ、棋士同士で。情報皆同じで定石皆知っているわけですし、そこから思い浮かぶ発想っていうのはそんなに個人差があるわけじゃないですから。これも不思議なものなんですけどそのいくら机上で考えてもやっぱり実際の真剣勝負の場でやってみないとわからないこととか学べないこととか、吸収できないことっていっぱいあって。</p>
<p>インタビュー：データで見るのと実際とやっぱり違いますか？</p>
<p>羽生：違うんですね、なんというか緊張感とか緊迫感が違うっていうのと、後真剣に普段の時にやっているつもりでも、どこかその待ったができるとか、そういう状況なのと、待ったができなくて失敗が許されないその緊張感とか緊迫感の中で一手一手考えていくっていうところはなんかその同じ思考でも深さが違うというか、重みが違うってことはあるような気はしています。</p>
</blockquote>
<p>プロ野球のピッチャーのような心境なのかなぁ？</p>
<p>一球が命取り、緊張感に緊迫感、プレッシャーから投げるコースが甘くなるとか。</p>
<p>フィジカルの世界では特にそうなんだけど、プレッシャーの中で如何に自分らしいプレーができるか、普段と同じような感覚でプレーができるかどうかというのが強くなるための絶対条件で、団体競技なんかでもホームではなくアウェイで如何にプレッシャーというか不利な環境の中で力を発揮するのか、ということは本当に大事なこと。</p>
<p>でも実戦って大事なんだね！　昔ミュージシャンの知り合いが話していたんだけど、ギターを一人で練習するのも大事だけど、ライブを一発やったほうがうーんと実力は一気にあがる、みたいなことを言っていたのを思い出した。</p>
<p><strong>答えのない場面に個性は出る</strong></p>
<blockquote><p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001MIMBY2/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="羽生善治" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2009/04/0000.jpg" alt="羽生善治" width="240" height="240" align="right" /></a>インタビュー：私が申し上げているのはその奇抜な手という意味で言っているんではなくて皆が思いつかない妙手をこう見つけるという意味で言っているんですけどね。</p>
<p>羽生：答えがない場面、わからない場面っていうのはよくあるんですよ。これが妙手だとか悪手だとかわからない場面ってあるので、そこはかなり個性が出ると思います。必ずそういう局面って、一局の中に何回も現れるんでそこで何をするかっていうのは、答えはないわけですから、答えがない中で何をやるかっていうのはその人の個性というのが色濃く反映されるんじゃないかなぁとは思っていますけど。</p>
<p>インタビュー：先が見えない局面で感覚とか個性が生かされる、具体的にどういうことなんですか？</p>
<p>羽生：すごく単純にいうと例えばはっきり良い悪いがわかる場面だったらどんな人もいい方を選ぶじゃないですか、でもそれがもしわからないとか、すごい混沌としているとか答えがないってことになったら、結構その人の好き嫌いとか、好みとかそういうのが出ますよね、ということはその人の個性じゃないですか。</p>
<p>その人が持っている考え方とか感じ方とか培われてきたものとか、そういうものがすごく、性格とか習慣とかそういうものがその時にパッと出てくるっていうことがあるような気が、わからない場面だからこそ、そういうものが出せるということはありますね。答えがわからない場面ってほうが逆にその人の持っているその性格とか資質とか習慣みたいなものが、色濃く反映されるのかなっていう気はしていますね。</p>
<p>インタビュー：羽生さんの場合今それが勝ちに結びついているケースが多いからまぁ、これだけ今強いわけですよね。今こう上手く回っているっていう？　ご自分では？</p>
<p>羽生：あー、そうですね、まぁそれはなんていうか、いいリズムというかあるのかなぁ、とは思っていますね。</p>
<p>インタビュー：先ほどインタビューの中にもあった言葉で、とてもその考え方が柔軟で常にその変化をしていると、お話ありましたけどこれは心がけていることですか？</p>
<p>羽生：そうですね、心がけていることでもあるし、まぁやっぱり今はどうしてもそういうのは必要に迫られているっていうのもやっぱり、目まぐるしくいろんなことが出てくるので、本当に、まぁさっきの話じゃないですけど柔軟性を持って偏見を持たずに、まぁ見て自分なりに考えていくってことは常に大事だと思っていますね。</p>
</blockquote>
<p>[quote1]</p>
<p>羽生氏の話を聞いているうちになんかこう、戦う学者というイメージが湧いてきた。学者なんだけど戦っている。真理を究めるという部分では似ているのかもしれないけれど、でも徹底的に違うのは外の環境にさらされる度合いだろう！</p>
<p>こんなにも自分で常に考えることを強要されるというか、頭を使って勝負の勝ち負け、もちろんそこには体力が続くことが必要というフィジカルな面も含まれるけど、その静の場面、環境の中で己の思考を戦わせての真剣勝負、という頭の格闘技というものは将棋の世界以外にあるのだろうか？　そのように羽生氏の話す内容、出ている答えを聞いているうちに感じしまった。</p>
<p>後強く感じたのが、&#8221;この人、右脳で喋っているなぁ&#8221;という感覚。何なんだろう、多分情報を処理しているはずだからその活字的な要素で言ったら左脳が働いているはずなんだけど、羽生氏が喋っているイメージというのが右脳から発信されているなぁ、というもの。質問一つ一つに対して、こうある状況を浮かべて、それに合わせて応える情報を繰り出しているというか、そういうイメージを強く感じた。</p>
<p><strong>わからない場面でどうするか</strong></p>
<p>これはもうその人の生き方が反映されているというか、普段からの考え方から自分の好み、選択肢、ポジティブであるかどうかとか、そういうもののフィルターを如何にして自分にとって心地のいいものに仕立てておくか、ということに繋がる気がしてくる。</p>
<p>わからない場面に出会った場合、人は自分をさらけ出す以外に次へのきっかけを見つけ出すことが難しいのではないか？　ということも考えた。プロの棋士って凄い！　そのプロの棋士たちが羽生氏は凄いっていうんだから、羽生氏の考え方ってすごーく興味がある。</p>
<p>人間の脳の可能性というか、すごい能力を秘めた臓器というか、考えるということを極めるとこれほどの境地にまでいけるのかという感じと驚き、そしてプロの棋士に対しての尊敬の思いと、恐ろしいほどまでのプロ意識にただただ驚くばかりである。</p>
<blockquote><p>石田和夫九段 - これだけ勝っていてまぁ飽きるほど勝っているんじゃないかと、一冠ぐらいもらいたいなぁって、それぐらい取っていても尚且つね、一局一局一生懸命手を抜いていない姿ね。これがもう本当にいつも感心します、すごいなぁと思います。それプラスね、もちろん才能もですよ、だけど皆さん才能の方ばっかり言うけれども、そういう部分は強く感じますね。</p>
<p><a title="瀬川晶司" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%80%AC%E5%B7%9D%E6%99%B6%E5%8F%B8">瀬川晶司</a>４段 - 柔軟ですよね、考え方が常に柔軟で、常に新しいものを取り入れようという姿勢がありますよね。今までずっと勝ってきた自分のやり方というのがあると思うんですけど、そういうのを変えるのをなんのためらいもないというか、常に変化されているというのが、まっ強さの一つの理由なのかなぁ、と思いますけど。</p>
<p><a title="豊川孝弘" href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E5%B7%9D%E5%AD%9D%E5%BC%98">豊川孝弘</a>６段 - 羽生さんはそのなんていうんですかね、何かその、やっぱりその違うものが見えているんでしょうね、そんな気がしますね。わかっていれば皆羽生さんに追いついているわけで、何かその将棋っていう、結局自分の中で作っていくものなんですけど、何かその確固たる、なんて言うんでしょうね、真理を追究するって言うんですか。彼、彼は本当にすごいんですよね。</p>
</blockquote>
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		<title>右脳社会、直観力、創造力が武器になる時代</title>
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		<pubDate>Thu, 06 Mar 2008 02:11:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>B-KOOL</dc:creator>
				<category><![CDATA[What's up, Japan?]]></category>
		<category><![CDATA[今の日本って大丈夫？]]></category>
		<category><![CDATA[Google]]></category>
		<category><![CDATA[日本の若者]]></category>
		<category><![CDATA[羽生善治]]></category>

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		<description><![CDATA[最後は創造力の勝負に 二宮　感想戦の話のときも、「手の内をさらすほうがいい」とおっしゃいましたが、やっぱり羽生さんとしては「共有すべきだ」という意見なのですね。 羽生　そうです。そのほうが絶対に早い。 二宮　でも、本音で [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="float:right; margin:0 0 10px 15px; width:240px;">
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		</p><p><strong>最後は創造力の勝負に</strong></p>
<blockquote><p>二宮　感想戦の話のときも、「手の内をさらすほうがいい」とおっしゃいましたが、やっぱり羽生さんとしては「共有すべきだ」という意見なのですね。</p>
<p>羽生　そうです。そのほうが絶対に早い。</p>
<p>二宮　でも、本音では反対の人もいるでしょう ? 「俺は見せたくない」って。</p>
<p>羽生　もちろん、そういう考え方もありうると思うんです。でも、時代の流れというか、共有しないと生き残れない時代になってますから、多勢に無勢という印象はあります。気持ちはわかるんですよ。</p>
<p>創造って、手間も時間も労力もものすごくかかるから、簡単に真似されると報われません。私も対局で新しい試みをやるんですが、ほとんどはうまくいかない。仮にうまくいっても、周囲の対応力が上がっているので厳しいものがある。効率だけで考えたら、創造なんてやってられない。</p>
<p>二宮　すぐ追いつかれるということは、創造性を発揮するタイプより、むしろ状況への対応力があるタイプのほうが有利になるということはありませんか ?</p>
<p>羽生　そうですね。でも、逆に考えると、創造性以外のものは簡単に手に入る時代だとも言えるでしょう。だから、何かを創り出すのは無駄な作業に見えるけど、一番大事なことなんじゃないかと。それ以外のことでは差をつけようがないので、最後は創造力の勝負になるんじゃないかと考えています。（<a href="http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20080210/p1" target="_blank"> 現代将棋が表現する思想</a> ）</p>
</blockquote>
<p>これを読んだとき真っ先にグーグルが行っている研究を思い出したんだよね。</p>
<p>[quote1]</p>
<p>今自分のペットとかにコンピューター・チップを埋め込んだりしているでしょう。人間でもコンピューターのチップに近いようなもの、心臓のペースメーカーだったりを体の中に埋め込んでいる人いるよね。</p>
<p>それでね、そのうち人間の脳みそ、左脳だけど、ここにコンピューターのチップを埋め込む時代が来るだろうな、とグーグルの誕生の経緯を書いた本を読んだときに感じたんだよ。</p>
<p><strong>グーグルの小型版</strong></p>
<blockquote><p>近頃は世界中でインターネットとグーグルが同じものと思われたりもしているようだが、ブリンとペイジはさらにその先を見ている。 人間と検索エンジンがもっとずっと近づく可能性を予測しているのだ。「脳に役立てたらどうかな？」とブリンは口にする。「みんながコンピューターの力がもっとほしくなるんじゃないかと思うんだ。</p>
<p>たぶんいつか脳に差し込むだけでグーグルの小型版が取り付けられるようになるよ。ぼくたちは、かっこいいのを開発しないといけないな。でも、それがあったら、世界中の知識をあっとい間に全部手に入れられる。なんだかわくわくしちゃうな」（<a title="amazletlink" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4872576446/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"> Google誕生 —ガレージで生まれたサーチ・モンスター</a> ）</p>
</blockquote>
<p>世界中のコンピューターとつながったチップを人間の左脳に埋め込む。そうすると世界中のデーターにアクセスできるようになるから、もしかすると学校という概念がなくなる可能性もある。右脳の特徴である直感力とか創造力のほうに重点が置かれていくであろう、と。</p>
<p>だからこの<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E7%94%9F%E5%96%84%E6%B2%BB" target="_blank">羽生善治</a>さんが語っている、「最後は想像力の勝負になる」というのはこれからの世の中の本質をついているようで妙に納得したんだよ。</p>
<p>日本で今行っている左脳を中心とした詰め込み教育というのは、世界中のデーターと今現在繋がっている社会が到来していても重要なんだろうか？</p>
<p><strong>事実と真実の違い</strong></p>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4047101672/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank"><img style="margin: 5px;" title="スパークする思考  右脳発想の独創力" src="http://www.ebigbridge.com/wp-content/uploads/2008/03/0180.jpg" alt="スパークする思考  右脳発想の独創力" width="240" height="240" align="right" /></a>いい国作ろう、鎌倉幕府、というのはわかるんだけど、何度も言うようだけど事実と真実の違いをちゃんと理解しないと思考という作業に繋がらないんだよね。</p>
<p>考える力が大事だといっているでしょう。この考える力ってどうして、とかなぜ、っていう質問する力が必要なんだよ。</p>
<p>１１９２年、鎌倉幕府誕生というのは事実だけど、そこまでに至った真実を知らないとその後に展開した社会を理解できないんだよね。</p>
<p>こうこうこのような理由でこういう事が起こり、だから現在につながっているんだな、とすると未来はこうなる可能性があるんじゃないかなぁ、ということが考える力になり考え抜く力となって個人を鍛えていくんだと思う。</p>
<p>日本には教育はあるけど、教養はないといわれてしまうのもこの辺りに原因があるのかもしれない。</p>
<p>もし、コンピューター・チップを人間の脳に埋め込むことになり、人類の叡智にすべての人が平等にアクセスできるようになったときに世界とはどういったものになっているのかなぁ？</p>
<div class="woo-sc-quote"><p></p></div>
<p>右脳社会の到来はもしかしたら人類をプリミティブな時代へと引き戻してしまうかもしれない。超近代的狩猟社会とでも言おうか。そうなったときに一番適応していく人種ってアフリカ人という説があるんだよ。</p>
<p>原始的な時代に戻るということは、殺し合いもあり、飢饉もあるだろうし、ということでそうすると現在アフリカの環境で実際に起こっているこれらの現象を体験しているアフリカ人はすでに次の社会形態へと現在進行形で適応していることになるというものなんだけど、どうなんだろうね？</p>
<p>病気とかはなくなるのかなぁ、という疑問もあるけど、この辺はまたまたグーグルの話で申し訳ないんだけど、彼らの研究がすごい方向へ行っているから紹介するよ。</p>
<blockquote><p>グーグルのプロジェクトのなかでもっとも心躍らせられものの一つに、生物学と遺伝学にかかわる研究がある。 医学と科学に飛躍的な発展をもたらすような研究で、このプロジェクトと通じて、グーグルがオーダーメイド医療（ Personalized Medicene &#8211; 個人の体質を遺伝的に調べてそれに合った薬などを用いる医療）時代の到来を早める可能性もある。</p>
<p>グーグルが取り組んでいるのは個人の正確な遺伝構造の解読で、これが可能になれば、医師やカウンセラーが一人一人に適切な医療を施すことができるようになる。もはや統計や平均に基づいて、医療を施したり治療法を考えるようなことはなくなるのだ。グーグルの研究から病気に対する新しい知識が生まれ、新薬が開発される。その結果、特別な遺伝形質を持つ人たちが、特定の食物や薬品を利用したり、あるいは逆にそれを避けられるようになる。そんなことが十分に期待できる。</p>
<p>自分自身の生物学的な生態を知り、それと病気や生活習慣とがどう関係しているかを理解することは何より重要だ。 グーグルがあれば、自分自身の遺伝子を理解できるようになる。グーグルには、こういったことをすべて行う能力があるし、わたしがラリーとサーゲイと話したときにも、その点については十分に議論を重ねた。（ <a title="amazletlink" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4872576446/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank">Google誕生 —ガレージで生まれたサーチ・モンスター</a> ）</p>
</blockquote>
<p><strong>人類の寿命は１５０歳</strong></p>
<p>仮にねぇ、人間に埋め込んだチップを通してその人間の健康状態とかを管理できるようになったら、というかそちらの方向にいきそうなんだけど、そうすると僕の予想だと人類の寿命は１５０歳ぐらいまで延びるんじゃないかなぁ、と思っている。こうなってくるとちょっと恐いね。</p>
<p>でも「銀河鉄道９９９」じゃないけど、自分は生身の人間のままでいるぞ、という集団も現れるだろうし、貧しい人たちはチップを埋め込むことができないというか購入するお金がない、ということになって南北戦争のような状態になるかもしれないし、あっ、小説書けるなこれで！</p>
<ul>
<li><a href="http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20368434,00.htm" target="_blank">グーグル、「 Google Health 」を発表 — 個人健康記録を集約</a></li>
<li><a href="http://journal.mycom.co.jp/news/2008/02/29/009/index.html" target="_blank">Google Health の詳細が明らかに &#8211; 健康情報を Web で一元管理</a></li>
</ul>
<blockquote><p>「なぜ Google がここに参加したか」。 Google 最高経営責任者（ CEO ）の Eric Schmidt 氏は、同社としてこれまで参加したことがないというトレードショー「 Health Information Management Systems Society （ HIMSS ）」での基調演説でこう語りかけた。「最も重要な検索とは何か？」</p>
<p>答えは健康だ。 Schmidt 氏は、米国人の約 2 人に 1 人が慢性の疾患にかかっていると述べた。一方で Schmidt 氏は、同社に報告があった、 Google を使って心臓発作の症状について検索し、その後救急車を呼び一命を取り留めた男性を例に上げ、人々は既にウェブから情報を集めている、と語った。</p>
</blockquote>
<p><strong>手塚治虫の嘆き</strong></p>
<p>小説の話が出たついでに落合信彦氏の本「狼たちへの伝言２」の中で「手塚治虫の嘆き」という節がある。</p>
<blockquote><p>マスコミにたずさわるジャーナリストに、作家に、クリエイティビティーがない。本当をいえば、個人の創造性などというのは、元来リミットのあるものなのだ。だから、それ以上のものを作るには、社会との接触を欠かさず体験を積み重ねなければならないのだ。感性だけではダメだ。体験から得たクリエイティビティーを蓄積していかなければ、最終的に行き詰ってしまって、何も表現できなくなる。</p>
<p>体験というのは、社会に対してアクションを起こすことだ。それによって、自分が刺激を受ける、ということだ。それをしないで、社会の上っ面だけを眺めていても少しも換わらない自分の、きわめて小市民的な発想だけしか展開されない。これはまるで漫画、コミックの世界だ。メディアを担う表現者の、責任感がまるで感じられない。</p>
<p>漫画の話が出たついでにいえば、これだけ活字文化の質が下がったからこそ、現在のコミック・ブームがある、ともいえる。</p>
<p>・・・中略</p>
<p>「手塚先生は、自ら漫画を描きながらも、それでも現在のコミック・ブームには批判的な意見を持っていました。若者が電車の中でコミックを読んで恥ずかしいと思っていない。本来なら、哲学書でも読むべき世代が、これではと嘆いていた」と、そんな内容だった。</p>
<p>手塚がいたから、日本に漫画文化が根付いた、といわれる。その彼でさえ、若者の漫画汚染を、憂えていた、ということの意味を、ぜひ考えてほしいと思うのだ。（ <a title="amazletlink" href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094608125/bigbridge0d-22/ref=nosim/" target="_blank">狼たちへの伝言〈2〉熱きトリガーで狙え!</a> ）</p>
</blockquote>
<p><strong>クリエイティビティー</strong></p>
<p>社会に対してアクションを起こし、体験を積んでいくこと。体験を積むことによってその個人は自分だけの情報を掴むことにつながり、よってそれが内面から伝わるその人の雰囲気となり、それが個性にもなるのだと思う。</p>
<p>知りたいと思ったことは調べ、経験したいと思ったことは経験し、行ってみたいと思った所には行かなければならない、と大前研一氏が言っているが、こういうことなんだね。</p>
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