イスラム教、2つのキーワード – ハラルとイスラム国家(インドのイスラム教徒)


イスラム教、2つのキーワード – ハラルとイスラム国家(インドのイスラム教徒)

クローズアップ現代で「イスラム圏に商機あり、ハラル市場を狙う日本企業」を視聴しました。中々興味深い内容でハラルというキーワードがイスラム教経済圏の中で大きな意味を持ってくるだろう、と感じました。もう一つ、現在進行形で進んでいるニュースの中にイスラム国家というキーワードも存在しています。イスラム国家は中東イスラム教圏内でのキーワードであり、ハラルは東南アジア、イスラム教圏内でのキーワード。

イスラム国家は危険な存在と認識され、怒りや憎しみ、復習や絶望などがその地域内人々の心を支配しているかのようです。ハラルはイスラム教経済圏への希望と認識され、何とかそのシステムに適応してチャンスを掴もうという行動に、その地域内外の人々を駆り立てます。

同じイスラム教圏内なのにどうしてこのような違いが生まれてしまうのか? 中東イスラム教圏内でも東南アジア、イスラム教圏内で沸き起こる経済レベルでの自立、発展などが確立できれば、紛争などは起こりえないと思うのですがいかがでしょう?

ハラル戦略の可能性

いま世界に、2030年には1000兆円規模にもなると言われる巨大市場が現れている。イスラム教徒を対象にした「ハラル」商品だ。「ハラル」とは、アラビア語で「許されたもの」を意味し、イスラム教の戒律に基づいて処分された肉や、「不浄なもの」とされる豚やアルコールを含まないものだ。ハラルは、食品だけでなく、化粧品、歯磨き粉、ワクチン、女性の下着にまで広がる。

イスラム教徒が多くを占めるインドネシアやマレーシア、中東諸国などが著しい経済成長を遂げる中で、巨大市場としての可能性が急拡大しているのだ。日本企業も、この市場にチャンスを見いだし、「ハラル」商品の輸出に積極的に乗り出そうとしている。しかし、ハラルとしての認証を得るためには、原材料や生産ラインの衛生面に至るまで厳格な基準をクリアしなければならない。

さらに、ハラルの認証は、世界的に統一されているわけではなく、国によって基準がまちまちで、それぞれに対応しなければならない難しさもある。番組ではインドネシア市場に進出した東京の味噌メーカーやマレーシアで新たに設けられた物流分野のハラル認証に目をつけた日本の大手物流会社など、ハラル市場をめぐるビジネスの最前線を追い、その可能性と課題を描く。(クローズアップ現代)

欧米諸国で生活しているイスラム教徒人は中東イスラム教圏内に存在するイスラム国家を目指して世界を破壊するのではなく、東南アジア、イスラム教圏内を目指し、巨大なハラル市場を開拓、進化、発展させていくべきことに貢献するべきです。絶望感を抱いて、憎しみを持って復習するより、希望感を抱いて、何かを建設していくほうが健康的であり、イスラム教が世界に受け入れられる大きな土台となる可能性が在るのです。

インドのイスラム教徒

非イスラム教徒インド人が主な出資者となっている英語版全国紙「エイジャン・エイジ」のイスラム教徒編集委員M・J・アクバルは、私にこう説明した。「一つクイズを出しましょう。この50年間、持続的な民主主義の恩恵をこうむっている唯一の大きなイスラム教徒コミュニティーは何か?

答えはインドのイスラム教徒です。インドでイスラム教徒が栄えている、などというつもりはありません。緊張、経済的差別、アヨーディヤーのモスク破壊(1992年にヒンドゥー教徒の民族主義者が行った)のような挑発行為はあります。しかし、インド議会は世俗的であり、優秀な人材を提供できるコミュニティーにはきちんと経済発展の機会を与えています。

だから、インドではイスラム教徒のミドルクラスが増えつつあり、全体として見た場合、非民主的なイスラム国の多くで見られるような、根の深いもつれた怒りがくすぶるようなことはありません。(トーマス・フリードマン著「フラット化する世界」参照)

大中華経済圏がそうであったように、イスラム教経済圏の中でも発展できるところから発展していけばいいのではないでしょうか。東南アジア、イスラム教圏内の国、マレーシアやインドネシアでハラル経済圏をどんどん進化させていく。動く人、もの、お金が活発になれば、規模としての経済は加速度的に大きくなっていくと思います。

マレーシアやインドネシアには多くのインド人も存在していますから、彼らが祖国インドへ現在進行形で進んいるハラル経済の躍動をフィードバックする。比較的民主主義、政治体制が確立されているインドならばイスラム教を信仰しながら経済的に発展していく、というビジネスモデルになり得る可能性があります。

イスラム教徒の人口世界2位はインド

イスラム教徒の人口が最も多いのはインドネシアだが、第2位は、サウジアラビアでもイランでもエジプトでもパキスタンでもない。インドが第2位である。イスラム教徒1億5千万人というのは、パキスタンよりも多い。

9.11に関して、実に興味深い統計がある。わかっている範囲では、アルカイダに参加しているインド人はひとりもいないし、9.11後にグアンタナモに設営された収容所にもインド人はいない。イラクで聖戦士たちとともに戦うインド人イスラム教徒もいない。なぜだろう?

圧倒的に多数のヒンドゥー教徒が支配するインドで、マイノリティーのインド人イスラム教徒が自分たちの問題をアメリカのせいにして、飛行機でタージ・マハールや英国大使館に突っ込んだという記事を新聞で目にすることがないのは、どうしてだろう? (トーマス・フリードマン著「フラット化する世界」)

インド人は中東ドバイにも労働者として、投資家として、ある種のプロフェッショナルとして(医者とか)、生活をしています。それらの人の中にもイスラム教徒の人がいるでしょう。それらの人々がハラル経済圏を中東アラブ系の人たちに広めていく。石油などの資源開発に財政を任せるのではなく、ハラル経済圏確立を目指して多くの人々に希望を与えてゆく。

ハラル経済圏が大きく発展していけば、欧米諸国で絶望しているイスラム教徒にも希望の光を感じることが出来るかもしれません。西側欧米諸国のシステムに適応できなくても、世界規模で発達するイスラム教経済圏、ハラル経済圏に適応していけば、イスラム教徒も精神的な充足感、安心感、達成感で満たされるのではないでしょうか。

インドのイスラム教徒、その2

インドの歴代大統領のうち2人がイスラム教徒で、退職のA・P・J・アブドゥル・カラム大統領はその一人だ。アブドゥル・カラムはインドの核ミサイル開発計画の父でもある。インドの最高裁判所にはイスラム教徒の女性裁判官がいる。サウジアラビアでは女性が車を運転することすら許されないのに。

インドの州知事にも、女性を含めたイスラム教徒が何人かいる。インドで最も裕福な人物でフォーブスの世界長者番付の上位を占めているイスラム教徒といえば、インドの最重要IT企業ウィプロのアジム・プレミジ会長だ。

2001年のアメリカのアフガニスタン侵攻の直後に私がインドへ行ったとき、有名女優で国会議員でもあるイスラム教徒ジャバナ・アズミと、ニューデリー最大のモスクの宗教指導者との討論を、インドのテレビ局が放映していた。宗教指導者は、インド人イスラム教徒に、アフガニスタンへ行き、アメリカと戦う聖戦に参加するよう呼びかけた。

アズミは生中継の討論で宗教指導者を激しく非難し消え失せろという趣旨のことをいった。聖戦がやりたければカンダハルに自分が行けばいい。インドのイスラム教徒を焚きつけるのはやめなさい。そんなことをいってもアズミが無事でいられたのはなぜか?

答えは簡単。イスラム教徒の女性であっても、意見を率直にいう力をあたえ、宗教指導者の親玉にも手出しができないような環境にいるからだ。(トーマス・フリードマン著「フラット化する世界」参照)

同じイスラム教徒信仰者の中に、精神的に満たされ、尚且つ経済的にも満たされた人々が現実的に存在しているという事実は自分もそちら側に加わりたいという動機になり得ます。インドへいかなくても、中東各国で、欧米各国で、イスラム教を信仰しながら、経済的に自立できればいいのです。

中東諸国の人々は石油資源に頼る経済システムからの自立を目指す。欧米各国内に存在しているイスラム教徒は西側欧米諸国の経済システムに依存するのではなく、ハラル経済圏を確立して、その中で自立を目指していく。

インドへ行かなくても、ましてや中東圏内に存在するイスラム国家へ行かなくても、ハラル経済圏が大きな存在として確立されるならば、人々は破壊という行為に、憎しみを持って突き進んでしまうというパラノイアは消えてなくなると思います。

パキスタンへ行ったイスラム教徒

南アジアのイスラム教徒の友人が、前にこんな話をした。インドに住んでいたのだが、1948年に一族の半分がパキスタンへ行き、半分がムンバイに残った。大きくなってからその友人は父親に、インドに残った家族のほうがパキスタンへ行った家族よりもよい暮らしをしているのはどういうわけなのかとたずねた。父親は答えた。

「インドのイスラム教徒は、丘の上の大きな屋敷に住んでいる人たちを見て育ち、”お父さん、僕はいつかああいう人になるよ”という。パキスタンのイスラム教徒は、丘の上の大きな屋敷に住んでいる人たちを見て育ち、”お父さん、いつかあいつを殺してやる”という」(トーマス・フリードマン著「フラット化する世界」参照)

経済です。宗教的指導者が全てを掌握している政治システムは規模としてのハラル経済圏が大きくなった時に、人々の心を捉えることを維持できているでしょうか。パキスタン国内で憎しみに駆られながら破壊、絶望を目指す人たちは、同じ国内パキスタンで、同じイスラム教徒でありながら、ハラル経済圏内で発展、希望を掴みつつ在る人たちの存在を目にする時、どのような行動を取るでしょうか?

経済です。世界中のイスラム教の人々が幸せになるためにはハラル経済圏を発展、発達、進化させていかなくてはいけません。日本企業が率先して行っているような此方側に存在するシステムをハラル使用に適応させていくことは、大きく奨励されるべきです。「売り手よし、買い手よし、世間よし」という具合に進んでいく可能性はハラル経済圏にかかっていると私は感じています。


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