右脳社会 – 直感力、創造力が武器になる時代


右脳社会 – 直感力、創造力が武器になる時代

二宮 感想戦の話のときも、「手の内をさらすほうがいい」とおっしゃいましたが、やっぱり羽生さんとしては「共有すべきだ」という意見なのですね。

羽生 そうです。そのほうが絶対に早い。

二宮 でも、本音では反対の人もいるでしょう ? 「俺は見せたくない」って。

羽生 もちろん、そういう考え方もありうると思うんです。でも、時代の流れというか、共有しないと生き残れない時代になってますから、多勢に無勢という印象はあります。気持ちはわかるんですよ。創造って、手間も時間も労力もものすごくかかるから、簡単に真似されると報われません。私も対局で新しい試みをやるんですが、ほとんどはうまくいかない。仮にうまくいっても、周囲の対応力が上がっているので厳しいものがある。効率だけで考えたら、創造なんてやってられない。

二宮 すぐ追いつかれるということは、創造性を発揮するタイプより、むしろ状況への対応力があるタイプのほうが有利になるということはありませんか ?

羽生 そうですね。でも、逆に考えると、創造性以外のものは簡単に手に入る時代だとも言えるでしょう。だから、何かを創り出すのは無駄な作業に見えるけど、一番大事なことなんじゃないかと。それ以外のことでは差をつけようがないので、最後は創造力の勝負になるんじゃないかと考えています。( 現代将棋が表現する思想

これを読んだとき真っ先にグーグルが行っている研究を思い出したんだよね。今自分のペットとかにコンピューター・チップを埋め込んだりしているでしょう。人間でもコンピューター・チップに近いようなもの、心臓ペースメーカーだったりを体の中に埋め込んでいる人いるよね。それでね、そのうち人間の脳みそ、左脳だけど、ここにコンピューターのチップを埋め込む時代が来るだろうな、とグーグルの誕生の経緯を書いた本を読んだときに感じたんだよ。

グーグルの小型版

近頃は世界中でインターネットとグーグルが同じものと思われたりもしているようだが、ブリンとペイジはさらにその先を見ている。 人間と検索エンジンがもっとずっと近づく可能性を予測しているのだ。「脳に役立てたらどうかな?」とブリンは口にする。「みんながコンピューターの力がもっとほしくなるんじゃないかと思うんだ。

たぶんいつか脳に差し込むだけでグーグルの小型版が取り付けられるようになるよ。ぼくたちは、かっこいいのを開発しないといけないな。でも、それがあったら、世界中の知識をあっとい間に全部手に入れられる。なんだかわくわくしちゃうな」( Google誕生 —ガレージで生まれたサーチ・モンスター

世界中のコンピューターとつながったチップを人間の左脳に埋め込む。そうすると世界中のデーターベースにアクセスできるようになるから、もしかすると学校という概念がなくなる可能性もある。右脳の特徴である直感力とか創造力のほうに重点が置かれていくであろう、と。

だからこの羽生善治さんが語っている、「最後は創造力の勝負になる」というのはこれからの世の中の本質をついているようで妙に納得したんだよ。日本で今行っている左脳を中心とした詰め込み教育というのは、世界中のデーターベースと今現在繋がっている社会が到来していても重要なんだろうか?

事実と真実の違い

良い国作ろう、鎌倉幕府、というのはわかるんだけど、何度も言うようだけど事実と真実の違いをちゃんと理解しないと思考という作業に繋がらないんだよね。考える力が大事だといっているでしょう。この考える力ってどうして、とかなぜ、っていう質問する力が必要なんだよ。

1192年、鎌倉幕府誕生というのは事実だけど、そこまでに至った真実を知らないとその後に展開した社会を理解できないんだよね。こうこうこのような理由でこういう事が起こり、だから現在につながっているんだな、とすると未来はこうなる可能性があるんじゃないかなぁ、ということが考える力になり考え抜く力となって個人を鍛えていくんだと思う。

日本には教育はあるけど、教養はないといわれてしまうのもこの辺りに原因があるのかもしれない。もしコンピューター・チップを人間の脳に埋め込むことになり人類の叡智にすべての人が平等にアクセスできるようになったときに世界とはどういったものになっているのかなぁ?

右脳社会の到来はもしかしたら人類をプリミティブな時代へと引き戻してしまうかもしれない。超近代的狩猟社会とでも言おうか。そうなったときに一番適応していく人種ってアフリカ人という説があるんだよ。

原始的な時代に戻るということは、殺し合いもあり、飢饉もあるだろうし、ということでそうすると現在アフリカの環境で実際に起こっているこれらの現象を体験しているアフリカ人はすでに次の社会形態へと現在進行形で適応していることになるというものなんだけど、どうなんだろうね?

病気とかはなくなるのかなぁ、という疑問もあるけど、この辺はまたまたグーグルの話で申し訳ないんだけど、彼らの研究がすごい方向へ行っているから紹介するよ。

グーグルのプロジェクトのなかでもっとも心躍らせられものの一つに、生物学と遺伝学にかかわる研究がある。 医学と科学に飛躍的な発展をもたらすような研究で、このプロジェクトと通じて、グーグルがオーダーメイド医療( Personalized Medicene – 個人の体質を遺伝的に調べてそれに合った薬などを用いる医療)時代の到来を早める可能性もある。

グーグルが取り組んでいるのは個人の正確な遺伝構造の解読で、これが可能になれば、医師やカウンセラーが一人一人に適切な医療を施すことができるようになる。もはや統計や平均に基づいて、医療を施したり治療法を考えるようなことはなくなるのだ。

グーグルの研究から病気に対する新しい知識が生まれ、新薬が開発される。その結果、特別な遺伝形質を持つ人たちが、特定の食物や薬品を利用したり、あるいは逆にそれを避けられるようになる。そんなことが十分に期待できる。

自分自身の生物学的な生態を知り、それと病気や生活習慣とがどう関係しているかを理解することは何より重要だ。 グーグルがあれば、自分自身の遺伝子を理解できるようになる。グーグルには、こういったことをすべて行う能力があるし、わたしがラリーとサーゲイと話したときにも、その点については十分に議論を重ねた。( Google誕生 —ガレージで生まれたサーチ・モンスター

人類の寿命は150歳

仮にねぇ、人間に埋め込んだチップを通してその人間の健康状態とかを管理できるようになったら、というかそちらの方向にいきそうなんだけど、そうすると僕の予想だと人類の寿命は150歳ぐらいまで延びるんじゃないかなぁ、と思っている。こうなってくるとちょっと恐いね。

でも「銀河鉄道999」じゃないけど、自分は生身の人間のままでいるぞ、という集団も現れるだろうし、貧しい人たちはチップを埋め込むことができないというか購入するお金がない、ということになって南北戦争のような状態になるかもしれないし、あっ小説書けるなこれで!

「なぜ Google がここに参加したか」。 Google 最高経営責任者( CEO )の Eric Schmidt 氏は、同社としてこれまで参加したことがないというトレードショー「 Health Information Management Systems Society ( HIMSS )」での基調演説でこう語りかけた。「最も重要な検索とは何か?」

答えは健康だ。 Schmidt 氏は、米国人の約 2 人に 1 人が慢性の疾患にかかっていると述べた。一方で Schmidt 氏は、同社に報告があった、 Google を使って心臓発作の症状について検索し、その後救急車を呼び一命を取り留めた男性を例に上げ、人々は既にウェブから情報を集めている、と語った。

手塚治虫の嘆き

小説の話が出たついでに落合信彦氏の本「狼たちへの伝言2」の中で「手塚治虫の嘆き」という節がある。

マスコミにたずさわるジャーナリストに作家に、クリエイティビティーがない。本当をいえば個人の創造性などというのは、元来リミットのあるものなのだ。だからそれ以上のものを作るには社会との接触を欠かさず体験を積み重ねなければならないのだ。感性だけではダメだ。体験から得たクリエイティビティーを蓄積していかなければ最終的に行き詰ってしまって何も表現できなくなる。

体験というのは、社会に対してアクションを起こすことだ。それによって、自分が刺激を受ける、ということだ。それをしないで、社会の上っ面だけを眺めていても少しも換わらない自分の、きわめて小市民的な発想だけしか展開されない。これはまるで漫画、コミックの世界だ。メディアを担う表現者の、責任感がまるで感じられない。

漫画の話が出たついでにいえば、これだけ活字文化の質が下がったからこそ、現在のコミック・ブームがある、ともいえる。

・・・中略

「手塚先生は、自ら漫画を描きながらも、それでも現在のコミック・ブームには批判的な意見を持っていました。若者が電車の中でコミックを読んで恥ずかしいと思っていない。本来なら、哲学書でも読むべき世代が、これではと嘆いていた」と、そんな内容だった。

手塚がいたから、日本に漫画文化が根付いた、といわれる。その彼でさえ、若者の漫画汚染を、憂えていた、ということの意味を、ぜひ考えてほしいと思うのだ。( 狼たちへの伝言〈2〉熱きトリガーで狙え! )

クリエイティビティー

社会に対してアクションを起こし、体験を積んでいくこと。体験を積むことによってその個人は自分だけの情報を掴むことにつながり、よってそれが内面から伝わるその人の雰囲気となり、それが個性にもなるのだと思う。

知りたいと思ったことは調べ、経験したいと思ったことは経験し、行ってみたいと思った所には行かなければならない、と大前研一氏が言っているが、こういうことなんだね。


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