察知力 – 中村俊輔、サッカーを通して成長している人の物語


察知力 – 中村俊輔、サッカーを通して成長している人の物語

今月8日香港戦(アジアカップ最終予選)、10日スコットランド戦(国際親善試合)、14日トーゴ戦(国際親善試合)とサッカー日本代表は戦ってきたわけだけど、一番印象に残ったのはスコットランド戦での控え組みのプレー振りだ。

Jリーグで存在感を見せ付ける岡崎慎司、中村憲剛、石川直宏らはスタメンで同じ空間の中でプレーしたいという意識に満ちている感じがして、見ていて非常にエネルギッシュであり清々しい雰囲気がピッチに漂っていた。

その同じ空間とは中村俊輔、遠藤保仁、長谷部誠、松井大輔、稲本潤一、本田圭佑などが顔をそろえたピッチ上のことであり、控えの選手にとってワクワクできる空間のようなものなのかもしれない。

点を取りに行く姿勢が一人一人の自覚となって現れていたし、あっいい感じ、と思ったのが岡田武史監督ではなく、スタメンと同じピッチに立ちたいという仲間へのアピール、つまり仲間からの信頼を得るために必死でプレーしていたのだ。これは良い傾向だと思う!

確かに選手の起用は岡田監督が最終的に決めることだけど、どうしてもそこで選ばれた選手自身の内部にも、仲間からの信頼、必要性、自分のプレーに対する自信みたいなものがないと闘う姿勢にまでには至らないのではないか、と思ったりする。

今の代表には勝ちに行く姿勢、勝ちたいという意識の共有化はできているようだし、このような最終目標が皆に浸透していればチーム内のごたごたもすぐに解消されるであろう。スコットランド戦で感じたような戦う雰囲気、相手チームに対して、同じチームメイトに対して、そして自分個人に対して。闘え、闘え、闘え、その姿勢は観ている者に勇気を与える!

連動性のポイントはトラップにあり

このチームがポイントとしてあげる周囲との連動性、守備に関してであり、攻撃に関してでも連動性、如何にして早く的確に瞬時に変わる状況に対して行動できるか、チームとして有機的にアドバンテージを保てる状況を創りだしていくのか?

すべてはトラップに関わってくるのではないだろうか? 速く鋭い正確なパス、それをピタリとコントロールするトラップ技術。スローインからボールが入ろうが、サイドからセンターリングのボールが入ろうが、ピタリとボールが自分のコントロール内に収まらないと周囲はそこからの基点に対しての対応が一歩遅れてしまう。

スペインのサッカーを観るがいい! パスに受け手のトラップがしっかりしているから次の行動予測がしやすく周囲の連動性が保たれ、それによって個々のポジショニングも素晴らしいものになる。

トラップ一つ大きくなれば、そこで周囲の連動性は即一歩遅れてしまう。前へ行こうとしていたのにその大きなトラップに反応してしまう。相手とボールを争う、前へ行こうか守備の体制に入ろうか、体重移動が中途半端、よって対応が遅れ速いサッカーはできなくなり、攻撃に対しても守備に対しても後手後手となってしまうのだ。

そのキーワードとなる連動性だが、今では俊輔からのメッセージという感じで強く印象付けるにまでになった感がある。日本を飛び出し、イタリア、スコットランド、そして今シーズンは憧れのスペインでプレーしている俊輔執筆の本を最近読み終わった。

「察知力」と題された本を読み進むうちになるほどなぁとうなづく部分が多々あったのだ。こういう過程でそのときの思考状態はこのようだったのか、だから今の俊輔があるのだなぁとファンにとっては嬉しいサッカー関連の本である。現役日本代表の考え方を知ることができる!

「自分にはまだまだ歯が立たない」と思える素晴らしさ

2001年3月、僕は日本代表の一員として、フランス代表と戦った。場所はパリ郊外にあるサンドニスタジアム。雨が降り、水を含んだピッチでの試合だった。相手のフランス代表は98年のワールドカップに続き、00年欧州選手権でも王座に輝いていた、正真正銘の世界一のチーム。僕らは5-0と大敗した。

左アウトサイドで先発した僕は、本当に何もできなかった。荒れたピッチの上で、僕はボールすらまともに扱えないというのに、ジダンを始めとしたフランスの選手たちは軽々と思い通りにプレーしていた。落ち込んだ。大敗したこと以上に、僕は何をやってんだって。

当時、代表ではクラブとは違うポジションでプレーすることに悩んでいたんだけど、「Jリーグでいいプレーして、代表で左サイドやっている」なんて、そんな小さなことで悩んでいる場合じゃないだろ。このままでは、僕は置いていかれてしまう。・・・そんな危機感でいっぱいになった。

欧州へ行こうと決めた。以前から将来の目標として、いつか欧州でプレーしたいと思っていたけれど、目標とかそういうことじゃなく、行かなくちゃいけないと決めた。

この試合は強烈に覚えている。サッカー日本代表ファンならこれほどまでに覇気をくじかれた試合はないであろうというぐらい、フランス代表は強かったし日本代表はひ弱だった。

大人と中学生ぐらいの差を感じたのではないだろうか、俊輔の言葉を借りるまでもなく日本代表はほんと何もできず、オロオロしていたといってもいいぐらい。一人先にヨーロッパでプレーしていた中田英寿だけが存在感を示した感じがして他の代表は、口先だけではなく実力の伴った中田の存在を大きく感じたことであろう。

代表では左サイドでやっている(中田がトップ下だったから)、ということに拘っている自分が小さく思えたことは俊輔にとって転機となった。

高校の部活でサッカーをした時間が僕を育てた

ただがむしゃらに朝練習や真っ暗になるまで自主練習をやればいいってことじゃない。大事なのは常に未来を察知して、自分には何が足りなくて、何が必要なのか、危機を察知して準備すること。周囲の空気を読む、察知する力の重要性ということだ。

その後、俊輔はフィリップ・トルシエからの構想にもれ、最終的な代表選びから落ち、イタリアへと渡るんだけどそこでむちゃくちゃ苦労するんだよね。でも高校部活でサッカーをする上で身につけた大事な要素、察知力のお陰でその苦労を乗り切り、次のスコットランド移籍へと自分のチャンスをつなげる。

「考えること」で、足りないものを補った

サッカー界には「ボールは汗をかかない」という言葉がある。これはボールは幾ら動かしても疲れないんだから、人間が走るよりもボールを走らせろという意味なんだけど、「考えること」もこれに似ている。もちろん試合中に考えすぎて、頭が疲れるということはあるけれど、普段の生活でどんなに悩んで、考えても、それが無駄になることはない。

なんかサッカーの選手というより起業家というような人からでてくる言葉のようだね。どんな分野でもそうだけど、自分で考え、考え抜き、行動に移して結果を残していく、目標を実現させていく人間は強いよ!

足が遅い僕は、相手選手よりも先に動き出すことを心がけている。そのためには早い判断が必要となってくる。これは外国人選手に身体能力で劣る日本人が、世界の舞台でプレーするうえでは欠かせないことである。

身体の向きを少し変えるだけでプレーは変わってくる。視野が広がり、次のプレーの選択肢も増える。僕の動きに相手が反応するからプレー前の動きが違えば、相手の対応も変わってくる。

ボールを当てる足の角度とか、視線の置き方とか、本当にちょっとしたことで、いろんなことが違う展開になる。だからこそ考えることはたくさんある。右にパスを出すふりをしながら、相手が右サイドの選手に食らいつくのを確認して、左に出すとか。僕がおとりになって走ることで、フリーの味方選手が生まれてくるとか。残念ながらすべてを説明することはできない。

俊輔が中村憲剛のことを褒めていたのを思い出す。中村憲剛も俊輔と同じような悩みを抱えていたのだ。つまり周りの選手よりも小さいため相手よりも先に動き出したりしないとボールが回ってこないということ。そのようなことに注意を払いながらサッカーをしているから自然全体を見渡すよう常に気を配るようになるしそれが視野が広い選手へと育てていくことになる。

中村憲剛のドキュメント番組を以前観た時に、おっなるほど、と感心した部分があった。彼は読書をしていたのだ。読書、本を読むことは能動的に自分の脳味噌を使うことだから考えることに繋がる。

苦しいときこそやらなければ

控えの選手の気持ちを初めて経験したシーズンだった。「試合、出られないなぁ」と中途半端な気持ちで練習してもしょうがない。どうしたら、監督が「あいつを使ってみよう」と思うか、監督に媚を売るわけじゃないけれど、監督の気持ちを察知してみた。

練習中も、誰よりもエネルギーを発散させることが大事だと考えた。カラ元気でもいいから、とにかく毎日明るく、元気にふるまう、ということだ。フレッシュなオーラを出す。否が応でも監督の目につくようにね。ただ走るだけでも、精一杯やった。

シーズンは長いから、スタメンで出ている選手が疲れたり、怪我をしたり、累積警告で出場停止になったりすることが絶対にある。そういうとき、「ちょっと使ってみるか」と、監督に思わせなくちゃいけない。わずかな時間でもいい。試合出場のチャンスを得たら、そこで、結果を出すだけ。そうすれば、評価も自然と変わってくるはずだ。

試合に出られない、チャンスが来ないとなれば、誰だって、気持ちが落ちる。でもそういうときにこそ、踏ん張らなくちゃいけない。落ち込んで、くさってしまえば、オーラは消えてしまい、存在感が薄れ、ますます出場チャンスから遠のくこととなる。苦しいときこそ、やらなくちゃいけない。

このイタリアでの経験はものすごい財産だね。スコットランドでのいろいろな勲章よりもここでの体験から得た考え方はずっと重いし大きい。海外組みが移籍後、そのチームでサバイバルできるかどうかの秘密が隠されている。つまり自分の周囲の人間から信頼感を得ることができるかどうかということ。

言葉の問題があるからなおさらだ、いや上に記した俊輔からの引用からもわかるとおり、普段のサッカーに対する姿勢さえ間違っていなければ言葉など必要ないかもしれない。腐ってしまえばその気は周囲にすぐ伝わる!

監督に不満を抱くのではなく、自分に何が足りないかを察知する

レッジーナ時代、「アウェイでの試合は、守備的に戦いたいから」と、メンバーから外されたことがあった。そんなとき、監督の判断を不満に思うことは簡単だ。でも僕は、「メンバーから外される=力がない」ということだと感じ、何が足りないかを察知することに頭を使った。

「俺だって、守備はできるよ」という気持ちがあっても、監督にそれを理解させることができていなかったから、「守備的な試合では使えない」と監督が判断したということだ。その現実を受け入れた上で、守備もできるということを監督に証明しなくちゃいけない。

足りない箇所を伸ばしていく作業をしなければならない。僕はそう考える。監督の認識を変えることができれば、僕の引き出しも増えたということになる。たとえ認識が変わらなかったとしても、努力したことは無駄にはならない。

監督が代わってもグラウンドに立ち続けるためには、いろんなことができる選手であるべきだ。いろんな要求に応えられる引き出しを持ち、あらゆる能力が高くバランスのよい(能力の)レーダーチャートを描ける選手になりたいのも、試合に出続けられる選手でいたいから。慣れないポジションで起用されたときは、監督がなぜ自分をそこへ起用したのかを察知し、その上で、そのポジションを自分の色に染める。

こうも考え方が成長したのか、と思わせる内容! トルシエ時代の俊輔はその起用法に対して不満を抱いていた。しかし常にピッチにたっていられるような選手にこそなれ、というアドバイスの元、なんでも受け入れるようになりやがてそれは自分の引き出しを増やすことに繋がるであろうことを察知し、それがどこの国へ行っても対応できる強さを俊輔に与えたのだ!

フィリップ・トルシエ監督との4年間は、すべてその後の跳躍のため

メンバーに残れなかったのは、何かが足りないからだと感じ、足りないものを見つけて、成長するために活かそうと考えた。そうしなければ、トルシエ監督と過ごした時間が意味のないものになる。大事なのは、これから先だ。

あの4年間があったからこそ、どんな監督のもとであっても、対応できる心の準備が身に付いたのかもしれない。「得意なプレーだけをやっていたのでは、置いていかれる」と感じられたのは、あの時期だったし、それがきっかけで、海外へ出る決意をした。

このように海外へでなくちゃいけない、置いていかれる、というように俊輔が感じられたのは良かった。トップ下でプレーできないことに悩んでいた俊輔だが、その頃の世界のサッカーといえばシステム的には4-4-2という状態でプレーすることが普通で、それだとトップ下というポジションは存在しないことになる。

俊輔が世界で通用できるようになるために自らアジャストしていく姿勢を養えたのは幸運であったし、代表から俊輔を外したトルシエは非難を浴びたが、世界のサッカーを知っていたトルシエの方が当たり前のように選手選びを行ったに過ぎなかったのだ。トルシエはかつてこう語っていた。“中村のような選手はヨーロッパにたくさんいる”と。

「行動で、見せる」ことの影響

闘争心を周囲に認知させる術を持つことも、評価を得るためには必要なのかもしれない。「頑張っているのに認めてもらえない」と不満を持つ前に、監督にその姿勢や思いが伝わっているのかを考える。伝えたつもりでも、伝わらなければアピールにはならない。

この姿勢はこれからA代表に入ってくるであろう若い人材には必要な要素である。如何に周囲に対して自分の気を伝えていくか? 監督に、チームメイトに自分への信頼が大きくなるように、このチームには俺が必要だと納得させるように仕向けていく。

10日のスコットランド戦で感じた控え組みの闘う姿勢は充分に観ているものをワクワクさせ、期待を抱かせるものだった。周囲に誤解を与えがちな本田を僕が買っている理由もこんなところにある。

日本サッカーが勝つために必要なのは、連動性だ

ヨーロッパでプレーしながら、日本代表に絶対必要だと感じていたものは、連動性だ。そしてワールドカップ・ドイツ大会で「選手全員が試合の空気を読み、察知しながら的確なポジションをとり、連動し、しっかり走る」サッカーが必要だと再認識した。

“個人”のアイディアや、強引なプレーを交えつつ、チームの連動性を高めていけば、いい代表チームができると思った。連動性を高めるには、選手それぞれが空気を読み、お互いを察知しあうことも必要だ。技術や戦術だけでなく、それにプラスして、察知力で連動性を詰めていくことで、日本は世界と戦えるようになる。

連動性も大事だがそれらが上手く発生させられるには、選手個々のトラップ技術によるところが大きい、ということはすでに書いた。いくら試合状況の空気を選手個々が読んで、その先にあるプレーを想像しながら連動して2手3手のポジショニングを想定して動き出しても、肝心のボール回しの際、トラップミスによって一つでもボールが大きく跳ね返り、相手選手とのルーズボール争いに陥ってしまった時点でそのスムーズな連動性は霧散してしまう。

前に行こうとしていた姿勢を急ストップさせて体重移動することには意外と筋肉疲労が伴う。日本代表が後半スタミナ不足に陥るのはこのようなことが原因かもしれない。ボールを主体的に廻せるときにはスタミナはそんなに問題にならないが、ボールを追い掛け回すという行為は体力を遥かに早く選手から奪っていく。

ベテランこそ、“空気を読む力”で自分を磨く

「考える力」は、年をとっても関係ない。いや、逆に、経験を積んだぶん、判断のスピードや質は上がるはず。「考える力」は武器となる。だからこそ、年を重ねれば重ねるほど、今まで以上に空気を読み、察知し、考える力を磨いていかなくちゃいけないと思う。

すべての選手が読書をするべきだ、というのは無理だしすべての選手が本を執筆するべきだというのも無理な話であろう。しかし、このような努力はその個人が将来、自分の考え方を周囲の人間に伝わるように、納得させるように、自分の考えを相手に浸透させるように仕向けていく状況の中では役にたつであろう。

俊輔は将来監督を目指しているようだが、そのときに必要となってくる、自分の考えを伝えるということは自分の思考が自分の中でちゃんと組み立てられていないとできないこと。次のステージで活躍するための引き出しを、今も必死になって増やしているのが中村俊輔という人間なのだと思った!


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