栗城史多滑落死、自分の生き方が誰かにポジティブな影響を与えているならばそれで十分ではないか


栗城史多滑落死、自分の生き方が誰かにポジティブな影響を与えているならばそれで十分ではないか

登山家栗城くんが2018年5月に8度目となるエベレスト登山を敢行しましたが、途中で体調を崩して登頂を断念。下山中の同月21日にキャンプ3から下山中に滑落死したそうです。何年か前、私はNHKテレビを観ていて何かのドキュメントで彼の存在を知ったのですが、正直今回のこのニュースには驚きました。

私個人としては、栗城くんの死、残念という、あぁ遂に亡くなってしまったかぁ、という印象を強く抱きました。彼の登山スタイルはインターネットが普及した社会からそのヒントを得たのでしょう。ネットを経由してライブで自分のアタックしている登山状況を発信していくという登山スタイル。初めて動画を観たときには少なからず感動しました。

自分でビデオカメラ片手に一人、孤高に歩んでいく栗城くん。生と死の境を行き来しているからでしょうか、素直に自分の感情を表現しているところに共感しました。時に登頂に成功し喜び歓喜し、時に自分の周囲で自分のためにサポートしてくれるスタッフに感動して涙し、時にインターネットを通して自分の元に届いてくるリアルな励ましのメッセーに感動して涙し・・・

自分はもしかしたら遭難死するかもしれない。進もうか、いや、撤退しようか。自分で限界を見極めるという孤独な作業。素直になるんでしょうね、やっぱり。栗城くんの登山途中での様々な動画、もし機会があったら観てほしいです、観たことない人は。私はこの人、凄いなぁ、と強いインパクトを受けたことを今でも覚えています。

単独無酸素登頂

世界大陸別最高峰の単独無酸素登頂を成功させ、あと残り一つは世界最高峰エベレストだけ。今回のアタックは8回目ということですから7回も挑戦していたとは知りませんでした。私は丁度、「アナザースカイ」に出演していた栗城くんを観たのでしょう。その後の経緯は知らなかったんですけど、えぇ、と思ったのは4度目の挑戦に失敗したとき、凍傷により右手親指以外の指9本を第二関節まで切断したことでした。

挑戦に失敗しても再び挑戦し続け、更に前回よりも難しいルートを選択していったということですけど、ここが争点となっているポイントでしょうか。栗城くんの登山スタイルは無謀だ、と言う人。危険すぎる、と言う人。私の個人的な予想ですけど、そのような批判、栗城くん自身、百も承知の上での計画だったのではないでしょうか。

冒険の共有

冒険の共有、と言う登山スタイル。ネットを経由して自分が置かれている極限の生との境目に届く激励のメッセージ。何度「死」と隣り合わせになったことだろう。「必ず帰ってきてください」というネットの向こう側から冒険の共有をしている人たちからの声。泣いちゃうよね、こんなメッセージもらったら。死と隣り合わせの孤独な状況ならなおさら・・・

感謝してもしきれない気持ちでいっぱいだったのでしょう。だからこそ、それらのメッセージを届けてくれる、応援してくれる人々のためにも、自分は挑み続けなくてはいけないという使命感みたいなものを背負ってしまったのかもしれません。

自分には登山しかない、と言っていた栗城くん。歳をとった今の私だから言える、あぁ若さ故に残念、という思い。登山以外でも自分を表現できるなにかを持っていれば・・・しかし逆に登山しかなかったから、失敗し続けても世界最高峰のエベレスト単独無酸素登頂に挑んでいたのでしょう。凍傷で指を9本失っても彼の中にはしっかりモチベーションは存在し続けました。

35歳という若さで人生を駆け抜けてしまった栗城くん。自分の信念を、自分のスタイルを、最後まで貫いたという姿勢を私は尊敬し高く評価しています。無謀だ、危険だ、というのは理解できます。しかし、あえて挑戦し続け、その姿に感動して、栗城くんから生きる勇気をもらった人間がこの世界に存在しているならば、私はそちらの方に光を当てたいです。

感動をありがとう!!安らかにお眠りください・・・


, ,

Powered by WordPress. Designed by WooThemes