避けられないワークシェアリングとどう向き合うか?


避けられないワークシェアリングとどう向き合うか?

NHK スペシャルで ワークシェアリングに関する討論会のようなものを行っていた。興味深く見させていただいたので、ここで僕なりの思うところをまとめてみた。会場には一般の人からの参加も多数いて、それぞれ現在抱えているバックグラウンドも違うので話の視点が当然違ってくるところなどは非常に参考になった。

しかし日本人の特徴かどうかわからないけどどこどこがいけない、何々だったからここがいけないとかいう指摘が多いというかそういうような実情を検証、検討、シェアしていくのはいいんだけどどうも理想的な感情論にばかり、というような意見が多いような感じがするんだよ、この手の討論会には。

問題点は人それぞれバックグラウンドが違うんだし、それぞれの立場からいったら攻めてくる視点とかも当然微妙に個人差があるのは致し方ないとしても、もうすこし、だったらこういう形で進んでいきましょう、というような現実的視点にたった提案ができないものかとおもってしまう。

揚げ足を取ることは誰でもできるし、そういうところは日本人の特徴なんじゃないだろうか? ここはもう一つ成長して、意見を言うのだったら自分はこのような対策をしていくべきだとおもう、というところまで発言していただけないだろうか?

自分の立場はこうこうこうだ、と説明されてもそのバックグラウンドの背景にある事情を理解、察知することの必要性はもちろん大事だけれど、じゃ、ここからどうして行こうか? このような提案をできる人は案外少ないとおもう。指摘してもらうのは構わないけど、どうか自分の提案を沿えて意見を言ってもらえないだろうか?

ダメだしばかりの議論

ダメだしばかりだとその内、みんな消極的になってしまうだろうとおもう。今回の不況は今までの循環型不況とは違う、という認識の下議論を進めてはいかがだろうか? 多くの人がここがいけない、あそこがいけないという意見を持っていることは理解した、社会の方向性が間違っていることを少なくとも共通認識の下に置いていることはいいことだと思う。

一人一人が提案していこう! 個人はどうあるべきなのか? 会社、企業はどうあるべきなのか? 政府はどうあるべきなのか? 政府や企業が悪い、というのは簡単である。ここからどうしていくのがいいのか、という展開に進んではどうだろうか?

終身雇用制度を望む人々の心理

デンマークなどの例を持ち出されたりと参考にしていく例も存在することがわかった。( ワークシェアリングとフレキシキュリティ(3) )番組での最後の質問になっていた、終身雇用制度の社会を望むかという選択と、チャレンジしていける社会を望むのか? 本来ならばここからの議論が一番大切だとおもわれた。

僕にとってはここへ来て終身雇用制度を望んでいる多くの人の心理状態がとても興味深かったし、そのことが次の提案を考える上でのヒントになった。やっぱり人間、何にもないところからいきなりがむしゃらに行うよりある程度の土台が自分の周りにあってそれを確保できている状態から次の階段を踏む、という精神的安定感を望むというのは当たり前のことかもしれない。

週4日労働

正社員、今後週4日仕事日ということを受け入れざるを得ない。その収入が減ったというのなら副業を認めますと、会社側。それは困るというならば、退社するしかない。残りの3日間、どのように過ごすのか? アルバイトを見つけるのか? 単純労働? それとも将来に向けて自分に投資するのか?

新しい分野の勉強、既存の仕事内容の知識を深める。それとも週4日間という収入の範囲内で生活していくことを選択するのか? 家族とのコミュニケーションの場を増やす、趣味に没頭する時間を増やす。ボランティアに参加してみる。

非正規社員、派遣労働者、今後正社員と同じような労働環境にアップグレードされたからといってそこで安泰してしまわない(本当に同じ環境が手に入るだろうか?)あくまでも基本姿勢は労働時間、労働環境のシェアという形。仮に正社員と同じ労働環境を
得たとしよう、週4日は。残りの3日間、どのようにすごすのか?

  • E = Employee 、従業員、あなたはシステムの一齣である。
  • S = Small Business Owner, Professional 、あなたは自分がシステムだ。
  • B = Big Business Owner 、あなたはシステムを所有している。
  • I = Investor 、あなたはシステムに投資している。

ロバート・キヨサキ氏著「 金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント 」の4つのクワドラントの考え方は非常に参考になるからオススメだ。

雇われ続ける力

仮に残りの3日間を他の仕事先で従業員( E=Employee )として雇ってもらうとしよう。あなたはシステムの一齣というのは別に誰がその仕事を行っても構わない仕事のレベルのこと。もちろん経験なども吟味されてくるであろうが、それも他の人材が同じような経験をつんでいたならばあなたはそのポジションを失う可能性があることに変わりない。

このポジションの仕事はコモディティーレベルにまでなりつつあり、多くの人は日本人同士でポジション確保を行ってきた現実から、今後は BRICsなどの新興国からの安くて優秀な労働者と競争を迫られることになる。日本語圏で守られているから大丈夫だ、という考えは通用しないとおもったほうがいいと思う。

デジタル化やロボットなどに置き換えられてしまうポジションもあるであろう。何もブルカラーだけではなくホワイトカラーのポジションも充分、コモディティーとなってしまう世の中に変わっていくのだ。

自営業者( Small Business Owner )や弁護士、医師、会計士( Professional )といったプロフェッショナルはどうだろうか? この人たちは自分がシステムなので働くことをストップした時点で収入が途絶えてしまう。皮肉なことに成功していくのと比例して自分の時間はどんどんなくなっていく。

本当に好きな仕事、これは自分にとって天職である、というような感覚を自分から望めるような仕事だったらそれでもこなしていけるであろう。多くのミュージシャンやスポーツ選手に料理人などの職人といわれるひとたち。日本人は一番ここの気質が合っているんじゃないかなぁ、ものを極めるというか、成長していく過程でも未完成のまま、生涯謙遜でいる姿勢とかね。

ビッグ・ビジネスオーナーはあなたが一ヶ月間現場に現れなくても、一ヵ月後現場に現れても仕事が、システムがきちんと動いている状態を所有している者のことを言う。そしてそのシステムに投資をしているのが投資家ということになるらしい。

いろいろな選択肢

さぁこの残りの3日間をどのように過ごすのか? もう歳だからといって週4日の賃金内で生活していこうとするのか? それとも家族の時間を大切にしたいといって一時的に週4日の賃金内で生活していく人もいるかもしれない。またはがむしゃらに若いからといって単純労働を行い、現金収入を得ることを目的にする人もいるかもしれない。

そんな体力的余裕はない、あるいはこの先続かないと見切って学校へ通うかもしれないし、または副業を始めるかもしれない。ビジネスの世界や投資の世界へ足を踏み入れるかもしれない、という選択肢を進む人はいるだろうか?

企業、会社側

週4日間の雇用は保証します。1週間を100%とするならば、60%は保障します、と。終身雇用制度が求められる背景には安心したいという思い込みがあるのだろう。

しかし、企業、会社側も労働者を確保するために余剰資金を使い込んでいたらいつしか会社自体の存続が危うくなることも薄々理解している。会社が倒産してしまったら元も子もない、M&Aでも同じ、いつまでも仕事があるという保障はない。

BRICsなどの新興市場と競争していかなくてはいけない。週4日間の労働環境の保障というのは最低限、会社側が提供できるセイフティーネット。その代わり、残りの3日間は自由に収入を得る活動に出ても良いと認める。( 電機大手のしみったれた副業解禁に見る、「副業の自由」確立の必要性|山崎元のマルチスコープ|ダイヤモンド・オンライン )

会社側は雇用、技術や会社の良い雰囲気を保てる、おなじみの顔ぶれ、お互いを知った気心という環境も確保したい。社員側、最低週4日間は労働が補償されているという安心感を得たい。

国にできること

週4日間で社員の労働環境を保障している会社を支援する。国も60%までしか保障できませんとアナウンスしてしまえ。借金を返していかないといけない事情、地方も自立してくれ! 自動車産業と電子産業の輸出型ではこれからは限界がある。新しい産業、内需拡大、そのためには国民も新しい時代の枠組みにアジャストしてくれ!

国は職業訓練所を積極的に設ける。情報を広く入手、選択できる仕組みを作る。でも60%までしか保障する体力が国には残っていない。その60%の財源を医療や教育に当てる。年金や最低生活保証金、後の40%の部分、週3日間という部分はそれぞれ個人がそれぞれの道を選択して!

個人は会社側や国から提供される60%でやっていくしかないことを受け入れるべき、それ以上求めるならば、企業が国が存続の危機にあう、という時代なのだろう。

カルチャーショック

アメリカに来たばかりの頃、最初はアメリカのすべてが新鮮、アメリカが好きになる。第2段階、少しずつ慣れてきたアメリカでの生活。アメリカの嫌いな部分、嫌な部分がわかり出す、日本の良さを振り返るようになる。第3段階、日本の良いところ、悪いところ、アメリカの良いところ、悪いところ、両方の面を受け入れられるようになる。

デジタル時代のカルチャーショック

デジタル時代、贅肉はどんどん削がれる。流通は限りなく消費者と直接結びつくようになる。デジタルによる物事の単純化、合理化、スピード化、複製化、あらゆる場面で社会に浸透していく。アナログ時代を懐かしむ。デジタルよりもヒューマンなタッチに憧れる。人とのコミュニケーションはやっぱり必要か? デジタルの社会の便利さ、受け入れる。アナログ時代の人間性、振り返る。デジタルとアナログのいい部分だけを取り出せるか?

世界市場というのができるまでこれらの統合、進化、改良は進んでいく。新興国市場はじめ、アフリカ、アジア、中南米、中東諸国、イスラム圏などはじめ、あらゆる場所ですべてがフラットな世界になるまで整理統合は繰り返されるであろう。左右どちらを向いても厳しい状態だけど自分の頭で物事を考えていく。この姿勢はすべての人に共通していることだとおもうのだ。


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