911アメリカ同時多発テロ事件、5周忌を迎えて(その2)


911アメリカ同時多発テロ事件、5周忌を迎えて(その2)

お店へはいつ戻れるのだろう? すこしずつこれからの対処を考え構築し実行し始めたニューヨーク他アメリカ社会。 しかし、グラウンド・ゼロ近く、トライベッカにある僕が働くお店へはまだ近づけない。14丁目以下は立ち入り禁止になっていて、それ以下に住んでいる多くのレジデンスの人々は不便な生活を余儀なくされた。

911アメリカ同時多発テロ事件から1週間過ぎた頃だろうか、すこしずつ解除されてきた。 それでも Canal St 以下へ行くには目的の場所へ何のために行くのかの理由と、ピクチャー ID が必要らしい。毎朝地下鉄を降りて地上に出るとポリスが待機しており、Canal St 以下にはところどころにフェンスが設置され多くのポリスが緊張感を前面に出して緊急時に備えてスタンバイしていた。

混乱が収まったのはいつ頃だろう? 2001年の感謝祭にクリスマスはどうだっただろうか? 毎日毎日行方不明の人々の死亡確認が行われていく。 途方がくれる物凄い量の瓦礫を撤去する作業。 多くの方がボランティアとしてグラウンド・ゼロを訪れた。

組織化されて本当の再建へ向けてのシステムが立ち上がったのはいつ頃だったろう? 僕の記憶にあるのは雨が降ると市中に立ち込めるプラスチックの焼ける臭い。半年ばかり続いただろうか。まだグラウンド・ゼロでは地下でくすぶり続ける様々な瓦礫が山のように積み重なっており、雨が降るとそれが自然鎮火されてプラスチックを焼いたような悪臭が漂う。

ダウンタウン一体を包んだ悪臭に包まれて30分もすると頭が痛くなってくる。そんな感覚が翌年2002年の春ごろまで続いた。僕が働いている日本食レストランにも少なからず常連客が犠牲になった。 その一人で富士銀行に勤めていたある日本人男性のエピソードは日本でもテレビドラマ911になったらしい。SMAPの稲垣吾郎と女優和久井映見が出演していたドラマらしいが僕はまだそのテレビドラマを見ていない。

亡くなられた男性のご両親はわざわざレストランを訪れ、「息子さんを偲ぶ会」を静かに開いておられた。そしてあっという間に訪れた一周忌。多くの人々にはあの日の記憶がまだ鮮明に残っているかのような快晴の9月11日であった。さらに2003年9月11日。快晴。2004年9月11日も快晴。

2004年はアメリカ大統領選挙だったため、多くの支持をニューヨークに持たないジョージ・ W ・ブッシュ大統領は911アメリカ同時多発テロ事件の式典を自分の政治生命のために利用し、地元では全くの不評であった共和党大会をニューヨークで開いた。僕もユニオン・スクエアーで開催されたブッシュ反対集会へ参加。 アメリカは大きく2つに割れはじめていた。

2005年9月11日、快晴。この4周忌は日曜日で、さらにニューヨークのフラッシング・メドウで毎年開催される全米オープン ( テニス ) の男子シングルス決勝の日であった。どことなーく日曜日ということもあって空気がゆっくり流れ、あの911アメリカ同時多発テロ事件の緊張感が薄れている感覚がニューヨークの社会に漂っていた。

ジョージ・ブッシュを選択した人たちの困惑

8月終わりに起きたハリケーン・カトリーナの被害対処に遅れ、ニューオリンズの悲惨な状況は何も変わらないブッシュ政権と同じように多くのアメリカ人が感じたのだろう。ブッシュを選んだ多くの人は “ なんでこんな大統領を選んでしまったんだろう ” と後悔。

ブッシュをはじめから嫌っていた連中は “ だから言ったじゃないか? ブッシュを選んだからこうなったんだ ” と心では思っていても “ じゃぁ、それに変わって何か具体的な案はあるのか? と聞かれればほとんど何にも示せない自分達はじめリーダーが見当たらないことに対して失望していた。

今年はどうだっただろう? あの2001年の時は全米オープン ( テニス )が日曜日に終わり、人々は少しの余韻に浸りながら秋の気配で包まれたニューヨークの週明けを楽しんでいた。5周忌の今年も日曜日に全米オープン ( テニス )が終わり、すっかり秋の空気に包まれている9月11日の朝を迎えた。

多くの場所で多くの国でメモリアル的な式典が行われ平和への願いを込めた人々の願いが表現されているが、ちっとも安全になった気がしないのはどうしてだろう? 久しぶりに見る CNN の特集からの映像を見てあの時の感情が甦る。

しかしそれと同時に国際テロ組織アルカーイダのナンバー2、アイマン・ザワーヒリー容疑者がインターネット上でビデオ声明を出しているではないか! イスラム教徒らに、米国との戦いを一層強化するよう呼び掛けているではないか!

フリーダムタワーなんかいらない!

フリーダムタワーの全貌が明らかになり、ニューヨークではその周りに立つであろう他のビルが、建設完了したときのデザイン画が先週の新聞に載ったばかり。歴史は語っている。2度あることは3度ある。ワールドトレード・センターは1993年に地下駐車場で最初の爆弾テロ(世界貿易センター爆破事件)にあっている。

フリーダムタワー。あんまり目立つような建物は建てないほうがいいんじゃない、と思うのは僕だけじゃないだろう。 3回目のアタックを密かにたくらんでいる連中はその実行の日を想像して今現在、着実にその準備を始めている。

世界はちっとも平和じゃない。 なのに世界中でイベントと化している911アメリカ同時多発テロ事件に関連した平和行事。僕は広瀬隆氏の「世界石油戦争」やトーマス・フリードマンの「フラット化する世界」を読んで、それらの報道がほとんどすべて西側のこちら側からの報道という事実に違和感を覚え始めた。

違和感を感じる日本の平和祈願イベント

平和を願うのはいい。 しかしそれだけではただの理想を追求するだけでとても陳腐な感じがする。 日本で行われた多くの911アメリカ同時多発テロ事件に関連するイベントのニュースを見たときに特に違和感を覚えた。

中には真剣に行っているものもあるであろう。しかしその全体からにじみ出るイメージは綺麗過ぎた。 平和を手にすることはそんなに幻想的なものではないとおもう。もっと現実的に事実、真実を知るべきではなかろうか? こちら側ではなく、向こう側、つまり絶望している多くのイスラム系社会の人々の感情を知る必要はないだろうか?

アメリカ社会はこの前のロンドン旅客機爆破テロ未遂事件で一気にまた外交寄りになってしまった。国内の多くの無知なアメリカ人に不安を抱かせるのは簡単。このまま不安を煽られたら、11月の中間選挙では共和党有利な結果に終わるような予感がする。

ブッシュはイラクも中途半端なまま、国内の政策も中途半端なまま、大統領の座を退くであろう。 その間に着々と向こう側の人たちの準備は進んでいる。911アメリカ同時多発テロ事件の時もそうだった。彼らはビル・クリントン政権の時から着実に準備を進めていた。

ビル・クリントン政権では何があったのか? 向こう側の人々の抱える絶望的な感情とは何なのか? そこからでも具体的な平和の可能性は生まれないのか? 911アメリカ同時多発テロ事件陰謀説が流れている。今年になって YouTube でそのインディーズ・ドキュメントが流れた。信じる信じないはその人の自由だが、よくできている。


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